79 まもたー
コクピットから脱出しようとしたら、得体の知れない魔王器のマスターにされました。
何処のなろう系小説のタイトルだ!! 俺はこんな展開何一つとして求めてはいない。俺はただ心の傷を癒やすために、寒々しい海を見に来ただけだと言うのに、なんでこんな面倒に巻き込まれなきゃいけないんだ。
泣きたかった。海を造れるくらい大量に涙を流したかった。そうしたらいくらか気も晴れたに違いない。しかし、今は泣いている場合ではないということを俺は理解していた。
「一つ聞いていいか……」
俺は頭を抱えながら、苦虫を噛み潰ししたような顔で尋ねた。
《一つじゃなくても、三つでも四つでもいいですよー。あ、わたしのスリーサイズを知りたいんですねぇ! 主人様のエッチスケッチワンタッチー☆》
俺はさらに苦虫を五匹ほど追加して噛み潰すと、今にもイライラで崩壊しそうな精神を保つためににオデコをリズミカルにトントントントンと左手の人差し指と中指で叩いた。この行動に意味はない。しいて言うならば、古畑任三郎というドラマで、田村正和がよくやっていたというくらいだ。
「あのさぁ、マスターってのになると、俺はどうなるんだ?」
《はい! わたしとずーっと一緒にいられます!》
「……いや、あの、それは俺にとって一体どういう……」
《二人でラブラブできますよ!》
一体どうやって巨大ロボとラブラブしろというのか……。そもそもこいつはラブの意味を理解しているのだろうか。正直こいつの人工知能? はどこか壊れているとしか思えない。
「出来れば、具体的に教えてもらいたいんだが……。いや、具体的にラブラブを教えてってわけじゃなくてだぞ!」
俺は先に念を押しておいた。そうでもしなければ、このクソウザ魔王器はありとあらゆるラブラブの方法を延々と語るに違いなかったからだ。
《えぇーラブラブ以外のことですかぁ〜》
予想通りトンデモなく不満そうな声だった。
《ラブラブなこと以外となると〜。大したことじゃないですけど、世界を滅ぼしたりとか、時空を破壊したりとか、そんな程度のことを主人様の気まぐれで好きに出来ちゃうってことくらいですかねぇ〜》
俺の額から冷や汗が一滴流れ落ちた。どうやら俺はこの世界を好きにできる力を手に入れてしまったらしい。ここは喜ぶべきとことなのだろうか? それともいきなり世界の命運を左右する力を手に入れたことに恐怖すべきなのだろうか? だが、俺はそのどちらでもなかった。
何故ならば……
――世界がどうとかなるとか、そんな重たいもの背負いたくもない! 俺はもっと身軽に気楽に生きていきたいんだ!
そう、会社に入ったとしても俺は社長や重役になんかなりたくない。責任感の少ない仕事をこそここなし、そこそこな給料をもらって、そこそこ美味いものを食べていられればそれで幸せなのだ。
肩に乗っかる重圧は出来るだけ軽いほうが良い。それが俺の性格にはあっていると思えるからだ。
だからこそ、俺はここから脱出しなけれないけないし、このマスターという状態からも抜け出さなければならない。
俺は改めて決意を固めた。
《主人様、どうしたんですかー? なんだか真面目そうな顔をして、似合わないですよー?》
固めたばかりの決意だが、幾らか訂正させてもらう。肩の荷が軽いとかどうとか、世界がどうとか、そんなのはもうどうでもいい。兎に角、こいつと放していると無性にイライラする。それだけで理由はもう充分だっのだ。
《それよりそれより、見てくださいよー! わたしご主人様のために、こんなに綺麗になったんですよぉ〜》
魔王器レヴィアタンの言っている言葉の意味がわからなかった。綺麗? 綺麗と言われても俺はコクピットに座っているだけで、目に見えるものはコクピットの壁とモニターだけだ。
そう思っていると、全周囲モニターが数十物画像を到るところに映し始めた。
「これは……」
それはこの魔王器レヴィアタンを外部モニターから様々な角度から捉えたものだった。
「さっきとまるで形が違っている!?」
俺が外から見たこいつの外見は、悪魔のようなオドロオドロシイ風体で、昆虫のような刺々しい外骨格をまとっていたはずだった。それがどうだろか! まるでピンヒールを履いているかのような踵に、流れるような線を描く見事な脚線美。胸部には女性のような柔らかな膨らみがすらもある。さらにまるで羽衣でもまとっているかのように、お尻と胸のあたりを透明な装甲板が覆っているではないか。そして頭部には、銀髪の髪が風になびいていた。いや、これはきっと髪などではなく放熱のための何かしらに違いないだろうが、遠目には髪にしか見えない。そして悪魔の二本の角は、羊のような角へと変化していた。まるで戦女神の美しい彫像を見ているようだと俺は思った。
《えへへへっ。どうです? わたし綺麗になったでしょー? 主人様の愛の力でわたし変身しちゃったんですよぉ〜》
この外見の変化でこいつに対する考え方を少しくらいは変えたかもしれないが。このウザい喋りが全てを台無しにしていた。
《主人様! 主人様! 早く早く褒めてくださいよー! あーたん、とっても綺麗だよ! って歯の浮くようなセリフをいっぱい言ってくださいよー》
俺はこのとき決意した。もし命を奪われるようなことになろうとも、絶対にそんな事は言わないと!!
《うーん……。主人様って呼んでますけど、なんだかオリジナリティ? わたしだけの呼び方って感じがしないですよね。イマイチって感じじゃないですか? そう思いません? そうだ! 良いことを思いつきましたよ!!》
俺は言葉を聞かないように耳に栓をしてしまいたかった。何故しなかったのかと言うと、残念ながら俺は耳栓を持ち歩いてはいなかったからに他ならない。
《主人様の名前の『守』をもじって、主人様って呼ぶのはどうですか? 可愛いと思いませんかぁ〜?》
俺が可愛いと思うわけがなかった。だが勿論……俺に決定権など存在はしなかった。
《今度からわたし、愛を込めて主人様って呼びますね〜。えっへへへへっ〜》
なんだかわからないが魔王器レヴィアタンはとても嬉しそうにしていた。二本の触手がわけもなくあやとりをやりだしては、五重塔を作っていることでもその浮かれっぷりがわかった。
喜び浮かれるレヴィアタンと反するように、俺の表情は曇っていく。だが、俺は少し前にした約束を思い出した。
「そうだ! 約束したよな、俺は名前を教えたら変わりに一つ願い事を聞いてくれるって!」
《はい! 約束しましたよ! ってか、覚えていたんですね》
危なかった。完全にレヴィアタンのペースに流されて忘れてしまうところだった。
「いいかぁ! よく聞けよ! ちゃんと願いは叶えてもらうからな!」
《はい! 魔王器に二言はありません!》
「俺をここから脱出させろ!!」
俺は椅子の肘掛けに足を載せ、左手では握りこぶしを作り、アントニオ猪木のように顎を尖らせて、勢いよく言い放った。
《わかりました! この重力に縛られた不毛の大地から脱出したいんですね!!》
「え……」
なんだろう。なにをどうすると、俺の脱出したいという言葉が、そんなこじらせた中学生的解釈をされるのだろうか。ああ、そうか。そもそもこいつは魔王器レヴィアタンとか言う、名前からして中二病を絵に描いたような存在だった。
そう思ったときには遅かった。
モニターには、魔王器レヴィアタンが背面に装着されている大きな翼を広げる姿が映し出されていた。それはまるで天使の羽のようで美しく思えた。魔王なのに天使とは……。いや、悪魔とは天使が堕天したものなのだから、ある意味間違っては……。
「うごぉぉ」
意識が飛んでしまいそうになる衝撃と共に、俺の身体はシートに押し付けられた。猛烈なGが全身を襲い骨をきしませる。
嫌な予感がした。嫌な予感以外しなかった。そしてそれは的中するだろうと俺は思いたくはないが確信するのだった。




