77 ロストヴァージン
――はぁ……《魔王器》しかも《七大魔王器》ときやがった。とすると、コイツみたいなウザい巨大ロボが後六体居るってことなのか?
俺は七体の巨大ロボが横並びになり、戦隊ヒーローのような決めポーズをとっているシーンを思わず想像してしまっていた。勿論背後には七色の爆発の演出付きだ。正直、かっこいいじゃねぇかと思ってしまったのは、俺も少年の心を失っていないからに違いない。
だが、今の俺は悲しい事に少年ではない。結婚して子供がいてもおかしくない年齢なのだ。そんな年齢の俺が今言いたいことは……。
「何でもいいから放してくれ! 降ろしてくれ!!」
だった。
俺は別段高所恐怖症というわけではない。しかし、今の現在位置は高さ約二十メートルの地点、遠くの景色見れてある意味絶景だ。だが、こんな謎の巨大ロボに掴まれたまま、身体の自由を奪われて居ては軽くパニックになるというものだ。
《はいはーい。わっかりましたー》
俺の提案は思いの外素直に受け入れられた。巨大ロボ改め、魔王器のレヴィアタンはゆっくりと俺を砂浜の上へと降ろしてくれた。俺は真っ直ぐに立つことが出来ずに、そのまま砂浜にペタリと座り込んでしまった。どうやら腰を抜かしかけてしまったようで、身体に力が入らない。
俺は座り込んだままレヴィアタンを見上げる。ふむふむ、確かに言われてみれば《魔王》っぽい風貌と言えなくもない。二本の頭部に設置されたアンテナ? は悪魔の角の用に見えなくもないし、肩と背中に取り付けられている放熱フィンのようなものは、これまた悪魔の翼? 羽? のように見えなくもない。テラテラとした昆虫の甲殻のような歪かつ刺々しい装甲は、これまたなんとなく悪魔っぽい。さっきまで鼻垂れ小学生にいじめられていたせいで何も気にしていなかったが、改めてよく観察すると、こいつは確実に見るものに恐怖心を植え付けるフォルムをしている。そう考えると、あの鼻垂れ小学生軍団はとんでもない奴らだったのかもしれない。魔王をいじめていたのだから……。
《とーこーろーでー》
レヴィアタンの目? 頭部につけられたカメラアイ? のようなものが光った。
《わたし、まだあなたのお名前を教えてもらってないんですけどー》
巨大ロボが揉み手をしながらこちらを覗き込む。その様は異様を通り越して、寒気すら覚えた。
名前……。知っての通り、俺の名前、もとい名字はとんでもなく変わっている。それ故、誰かにお名前を聞かれても有耶無耶にして誤魔化すことが多かった。それ以前に、こんなやつに名前を教えてやるなんざ、まっぴらごめんだ。なんか知らんが、名前を教えた途端に変な契約とか成立しそうでも怖いし。
「……」
俺は答えなかった。それと同時に、またしても俺の背後に熱戦が走った。どうやらまた指ビームを放ったらしい。俺の鼻に焦げ臭い香りが漂ってきている。
――なるほど、なるほど。
俺は納得した。何に納得したのかと言うと、俺に選択権など無いということに納得したのだ。名前を答えるか死ぬか。そう二択であって二択でないのだ。
ならばどうするか? 普通なら死ぬ選択肢を選びはしないだろう。そして残されたほうを選ぶ。だが、俺は違う! あえて存在しない三択目を作り上げるのだ!
「名前なんて野暮だぜ! 俺とお前の間に名前なんて必要か? いいや、必要じゃない! まったくもって微塵も必要ない。もっと大事なのは、そう《愛》だろ! それが一番大事だろ!」
おわかりいただけただろうか。これが危険を回避しようとして、大危険に自ら飛び込んでしまう、アホな男の末路である。死と隣り合わせという極限状態で、俺がまともな思考を働かせられるわけがないのだ。そろそろ俺自身もそれを自覚すべきである。
《愛……愛……愛!!》
魔王器レヴィアタンの全身が、黄金色の光りに包まれていく。それと同時に、背中と肩の放熱フィンが翼を広げた鳥のように広がる。その神々しい姿はまるで天使のように見え……なかった。翼を広げることで、その巨体は更に威圧感を増し、黄金色の光は今まさに世界を滅しようとする破壊のそれにしか見えなかったからだ。
《わたしわかりました! 愛なんですね! そう、この出会いは運命! いじめられていたところを助けられて、竜宮城にいって真っ白に燃え尽きるまで、あんなことやこんなことをする物語が、わたしのデータベースにも存在していますし!!》
いやいや、浦島太郎はそんな話じゃない。竜宮城で乙姫様と老化しちゃうほどいろんなプレイをしすぎたって話じゃないからね!
《わたしずっと謎だったんです。わたしの胸の中にポッカリと空いている穴の意味が!》
そう言うと、レヴィアタンは胸を軽く撫でてみせる。するとどうだろう、胸部装甲が開閉し、そこにはコクピットと思われるものが現れたではないか。
《わたしは自分で自由に動けますし、操縦者なんて必要ないんです。それなのに、こんなところにこんな意味不明な部分があることが謎で謎で仕方がなかったんです。でも今その謎が解けました。この大きな胸の穴を埋めてくれる人の……その人の愛の存在が必要だったんですね!!》
藪をつついて蛇を出すという言葉をご存知だろうか? 俺は今まさに、自分の失言で蛇ならぬ魔王を出してしまったわけだ。
大きな、大きなレヴィアタンの手が迫り、その指先が俺の頬ならぬ、全身を愛撫するように撫でた。不思議とゴツゴツした金属の質感はなかった。むしろ愛しさ? のような感情すらそこからは感じられた。だが。そんなものを感じている余裕はない。そう、俺はすでに数滴ほど漏らしていた。
逃げなければならない。だが、逃げる方法は思いつかない。足もすくんで動かない。頭もちっとも働かない。パンツも変えたい。いっその事このまま眠ってしまって、全部夢でしたー! ってオチにしてもらいたい。だが残念ながら、世の中というものは悲しいかなそんなに上手く行くようには出来ていないのだ。
ひとしきり優しく俺の身体をなで続けた指先が、俺の身体をつまみ上げた。そして、そのまま胸部のコクピットの中へと放り込まれた。
《あんっ!》
まるで自分の性器に異物を入れたかのように、レヴィアタンは悦楽にも似た声を上げた。
コクピットの中にある椅子にすわり、背もたれにもたれかかると同時に、椅子の形状が変化しては、身体に一番フィットする状態へとトランスフォームを遂げた。周囲の脈打つような生物とも金属ともわかぬものが、突如として全周囲モニターへと変化しては、周りの風景と訳の分からぬ数値を表示しだした。
巨大ロボのコクピットに座っている。このシチュエーションに俺の少年心がむくむくと燃え上がりかけたが、それをズボンの中の水分が鎮火してみせた。
《うふふっ。あなたはわたしの中に入ったはじめての人なんですよー。きゃーきゃー!》
これはロストヴァージンと呼ぶべき行為なのだろうか? 勿論わかるわけがない。というか、今の俺の頭の中がどうにかなりそうだ。
兎に角、ここに居てはいけない。俺が椅子から立ち上がろうとした刹那、コクピットのハッチが猛烈な勢いで閉まった。俺はなんとかしようと、力の限りに目の前のモニターを殴りつけた。だが、傷一つ着くことはなかった。
《逃しませんよー》
コクピットの中に響くレヴィアタンの声を聞いて、俺の脳裏にはこのまま一生このコクピットに中にとらわれる人生が浮かび上がるのだった。




