71 細胞会議
赤ちゃんというものは悲しいほどに無力だ。
抵抗しようにもせいぜい手足をばたつかせることくらい事と、言葉にならない奇声を上げることしか出来ない。そして、このキラーマシン女子高生『藤宮花火』には、そんな慎ましい抵抗は通用しない。
「どうしたのかな? ご機嫌斜めみたいだね。ママはどこにいるのかなぁ?」
花火は暴れる俺が落ちないようにしっかりと抱っこしたまま、今まで俺に一度たりとも見せたことのない優しい顔で微笑みかけてくる。
――普段もこんな感じなら、俺もキラーマシンなんて呼び名を付けたりしないのに……
と、しみじみと考えている場合ではない。今大切なのは、俺のちんちんさんなのだ!! なんとか今は、もとの俺の服をローブのように体に巻きつけて、下半身の露出を隠すことに成功している。しかし、普通の服のように着ているわけではないので、今この時点でもズルズルとずり落ちてきてしまっているのだ。
しかし、しかしだ。この抱っこという状態はなんと心地の良いものか……。残念なのは花火が貧乳なので、おっぱいのクッション性を味わうことが出来ないことだ。が、それを差し引いても全身を優しく包まれているというこの安心感、思わず安らぎのあまり眠りの世界へと誘われてしまいそうだ。
――いかん! 寝たら死ぬ! これは比喩表現じゃなく死ぬ、というか消える! 赤炎さんの推測が正しければ、この宇宙ごと消える! 問題を解決しなければ……
しかし、問題を解決に必要不可欠な赤炎さんは、未だに戻ってきてくれていない。たとえ戻ってきたとしても、本当に俺はもとに戻る事ができるのか? 全ては不安しかない。だが、そんな不安を全て打ち消してしまうほどに、この抱っこ状態は夢心地なのだ。ああ、いま全てを忘れて眠ることが出来たならばどれだけ幸せなことか……。
いっそ全てのことを放り出して眠ってしまおう。今までの人生だって……あの《事件》以来すべてを投げ出してきたようなもんなんだから……
「おねむなのかなぁ? しかし、よく見るとこの赤ちゃんの顔……誰かに似てるような……」
花火の言葉に眠りに落ちかけた俺はビクッと身体を震わせる。
「なんか、この目元とか口元とか……アイツに似てるような……」
似ているも何も、俺本人なのだ。若返ったところで面影があるのは当然のことだろう。しかし、今は俺だということに気が付かれると面倒なことになるに違いないので、全力でスルーしてもらいたい。俺は視線をそらし、わざと変な顔を作ってみたりした。
が、その刹那、花火の顔が俺のすぐ前に迫ってくる。もうこれキスされるんじゃないかというほどに接近した花火は、俺の顔に穴が空くほどに視線を降り注がせてきた。その時、何度となく花火の鼻の頭が俺の頬に触った。少しこそばゆくもあり、気持ちよくもあった。
俺の顔を超至近距離で見つめること数十秒。ようやく、花火は俺から顔を離してくれた。
「うん……。似てる……ような気がする。って、まさかこの赤ちゃん、アイツの!?」
花火の眉毛が釣り上がる。それと同時に、部屋の中の温度が急激に上がったような気がした。心なしか抱きしめている腕に掛かる力も増しているようで、少し身体が痛い。
どうやら花火はとんでもない結論にたどり着いてしまったようだ。そしてこの結論は、もしこのあと無事に元に戻れたとしても、確実にいざこざを招くことだろう。
「いやいやいや、アイツに赤ちゃんとか、ないって!! それ以前にカノ……彼女とか……いるのかな……」
今度は先程とは逆に、俺の身体が落ちてしまうのではないかというほどに、抱っこをしている花火の腕から力が抜けていく。
そして、抜けていったのは花火の腕の力だけではない。抱っこしている腕のホールドが緩んだせいで、俺の身体に巻き付いていた服もずり落ち始めたのだ。そして、その事に花火はまるで気がついていない。それどころか、頭の中でいろん思春期的な妄想をめぐらしては、目の色を変えまくっている。
――やばい! これでは、俺の下半身が完全に露出してしまうではないか!
俺は弄るように服を掴んで押さえつけようとしたが、それよりも服がずり落ちるスピードは早かった。
無常にも服はすべて折れの腕をすり抜けて、床へと落ちてしまった。そして俺は生まれたままの姿に!!
俺は慌てて手で下半身を隠そうとした。
が、その俺の激しい動きのせいで、妄想世界から花火が戻ってきてしまったではないか!
「あぶない! そんなに動いたら落ちちゃう!」
――え?
もがく俺のせいで、抱っこのホールドは完全に崩れてしまい。あわや俺の身体は地面へと……と、 なる寸前で花火は見事に折れをキャッチすることに成功した。
だが、それが大問題だった!
「んぎゃん!」
俺は赤ちゃんらしからぬ絶叫をした。
なぜならば、捕まえてくれた花火の手が、俺の下半身に触れているからだ。正確に言えば、花火の右手は折れのおちんちんを押さえつけてくれちゃっているのだ!
「あぁ、ごめんごめん。かわいいおちんちん掴んじゃっった」
少し恥ずかしそうにしながら、舌を出してはにかんでみせる。そして俺は死にたかった。今すぐここで死んでしまいたかった。
だが、この悲劇はここで終わりはしなかったのだ。
そう、女子高生は色々と興味津々なお年頃である。そう、清楚なお嬢様だとしても、おちんちんに興味があるのは当然のことなのだ。あ、一言言っておくが、花火は清楚なお嬢様ではない。
そしてここに、無防備な赤ちゃんのおちんちん。更に部屋には他に誰もいない。花火は改めて、部屋に誰もいないことを確認すると。わざとらしくコホンと咳払いを一つ。
そして
「へ、へぇ〜。こ、こんなふうになってるんだぁ……」
なんと、なんと花火のクソ野郎は、俺のおちんちんを観察しだしたではないか!
ああ、ぶん殴りたい! 女であろうとぶん殴ってやりたい。しかし今はそれ以上に羞恥心で死にたい……
そして、興味津々な女子高生は止まることなく、さらなる行動へと出てしまったのだ。
「えい! えいえいえいっ!」
――あふん!
俺のおちんちんは、花火の人差し指によって突かれてしまっている。何度となく突かれてしまっている。もし、俺のおちんちんが今ドリルへと変形してくれたならば、花火のやつをズタズタにしてやれるものを……。残念ながら、俺のおちんちんはドリル形態へと変形はしてくれない。
もう、俺の羞恥心は限界マックス……これ以上はない所まで来ている。と思っていた。が、悲しすぎることにまだ先があったのだ!
――あ……これは……やばい……
突かれたせいなのか、それとも今までとった貯水量が限界を超えたせいなのか……さらには神のイタズラか!
ぷしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
空に虹ができた。
直接的に表現すると、俺はおもらしをした。花火の目の前でおもらしをした。ああ、した。おもらしした。したしたしたしにたい。
「ああ、ごめんごめん。タオルか何かないかな」
花火は俺をソファーへと置くと、拭くものがないかと部屋を探し出した。しにたい。
ちのうのていかがいまきゅうげきにおこったのか、しにたい。すべてにぜつぼうしたのか。しにたい。
ぜんしんぜんれいのすべてのさいぼうが、このじょうきょうからにげだしたいといういけんにさんどうしかけていた。
すぽっとらいとがかがやく
そこにはかぞえきれないほどのおれがいた。こうべをたれてうつまるだしのかおでしんださかなのめでむすうのおれはしにたいとつぶやく
こんなのいや。しにたい。
くそはずかしい。しにたい。
じょしこうせいにおもらしみられた。しにたい。
しにたい?
うん、しにたい
でも、いまのはぎゃくにかんがえてみれば?
……あれ、あるしゅみのひとにはごほうび?
うれしい?
そういうかんがえかたもできなくはない
あたらしいせいへき?
いやいやいやいや、あいてがはなびだからそれはちょっと……
なら、どうしたい?
おれはもとにもどりたい
もどる?
うん、もどる
全細胞の意見が今一つにまとまった。これは俺史上初めてのことだろう。
そして、俺は今までに無いほどの五十六億七千万色の光を全身から四方八方十六方向へと放ちだしたのだった。




