70 丸出し
俺の悲痛な叫びは何処にも届きはせず、ただ部屋中にこだましては消えていくだけだった。心の中で神様に助けを求めた。が、心の声に返事をしてくれる気さくな神など居てはくれなかった。
――そう言えば、俺の身体の中には宇宙があるんだっけか? むしろ、俺が神なんじゃねえのか……。
もしそうだとしても、俺にはその宇宙とやらの力を使うことなど出来ない。それではただの宝の持ち腐れだ。いやさ『宇宙の持ち腐れ』だ。
そんなことを思っているうちにも、俺の身体は無情にもどんどん小さくなり若返りを続けていく。渾身の力を込めて握りこぶしを作ってみせるも、その無力さに心が折れるばかりだ。
「……もう、これじゃほとんどあかちゃんじゃないか……」
すでに俺は言葉を正確に発声することすら困難になっていた。鏡がないので確認など出来ないが、俺の身体は二、三歳程度にまで若返っていることだろう。一つの救いといえば、まだ立って歩くことが可能な事と、身体に比べると知能はそこまで衰えていないことだ。
こうなれば、赤炎さんの助けなど待ってはいられない。誰か他の人を頼るしか……。幸い俺にはわけのわからない能力を持つ知り合いが多数いる。そいつらならばもしかして俺を何とかしてくれるかもしれない。
俺がまずいの一番に助けを求めようと思った相手は『神宴久遠』だった。こいつならば、マッドサイエンティストな赤炎さんとも何かしら通じるところもありそうだし、それ以上に俺の変人グループの中で一番付き合いが長い。そして……元彼女だ。
俺は部屋に転がっていたスマホを拾い上げると、たどたどしい指先で操作した。が、スマホのアドレス帳には『神宴久遠』の名前はなかった。そうだ、そうだったのだ。あいつの住んでいる場所は基本的に電波が入らない場所ばかりなので、携帯を持っていないのだ。それどころか『盗聴されたら怖いじゃ〜ん』等という謎の理由で固定電話すら持っていない。だから、俺はあいつと連絡を取るために毎回面倒な思いをして、辺鄙な場所へと足を運んでいたのだ。それを完全に失念していた。いや、若返ったせいで記憶が幾らか欠落しているのか?
「つ、つぎだ」
俺が次に連絡を取ろうとしたのは、『魔王少女ベル』だった。魔法を使えるのだから、なんかよくわからんけど、どうにかしてくれたりしてくれるんじゃないの? という、何の根拠もない子供的思考からだったが、今は実際子供なのだから仕方がない。そして、今度はちゃんとアドレス帳に電話番号がある!
『はぁ〜い。天才美少女錬金……おっと、間違えちゃった☆ マジカルプリティアイドルのベル様で〜っす☆』
良かった。ちゃんと繋がる。
「もちもち、あの、あのね。おれだいうちゅうまもるなんなけど、たのみごとが……」
駄目だ、口が上手く回らねえ。何度も舌を噛みそうになりながらも俺は懸命に言葉を続ける。
だが……
『ベル様はぁ〜今ちょっと忙しくって電話に出られないのっ☆ ごめんねぇ〜☆ ご用件は言わないでいいよぉ〜☆ めんどくさいからっ☆』
無情にも留守番電話だったのだ。
俺は怒りのあまりスマホを床に叩きつけた。が、幸か不幸か、今の俺の腕力ではスマホの画面にヒビすら入りはしなかった。
くよくよなどしている時間などない。次だ! 次に頼りになりそうなやつに電話をしないと……。
「でんわ……?」
やばい! やばいやばいやばい! 電話が何かわからなくなってきた。えっ、電話ってなんだ? あれ……。
駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だダメダメだダメダメメメメ…………………
身体が小さくなることの怖さよりも、知能が衰えていくことが本当の恐ろしかった。けれど、もうすぐ恐ろしいということすらわからなくなるだろう。そして、その先で俺は完全な無へとなり、何一つ感じることなどなくなるのだろう。そう、俺が消えてしまうのだから、その後宇宙がどうなろうとそんなのは知ったことではない。何が『大宇宙守』だ。名前とは反対に宇宙を壊しちまうじゃねえかよ……。
もうどうにでもなれと、俺は素っ裸のまま大の字になって寝転んだ。気持ちよかった。このまま本能に身を任せて眠ってしまえば、何の苦しみも悩みを感じることなく、消えることが出来るのかもしれない。
――それもいいかも
そう思った刹那。
「ねぇ! 玄関のドア開けっ放しになってんだけどー!」
聞き覚えのある元気な声だった。というか、藤宮花火の声に間違いなかった。
どうやら、赤炎さんは急いで飛び出していったために、玄関のドアを締めていかなかっただろう。そして、開けっ放しになっている玄関のドアを見て不審に思った花火が訪ねてきたのだ。お、俺まだ色々考えられるじゃないか。言葉に出して話せないけど……。そう、すでに俺は言葉を話す力を失いかけている。いや、『パパー』とか『ママ~』くらいならかろうじていけるかもしれないが……。
「不用心だから! 仮にもうちのビルなんだからね、泥棒とか入られただろうすんのよ!」
花火の声が近づいてくる。
――来るな! 来るんじゃない!
俺は心の中で叫び続けた。
確かに、花火も異常な能力を持つ知り合いの一人だ。だが、この状況の助けにはならないだろう。なぜならば、こいつは基本的に物理法則を無視した俺に対する暴力だけが能力のようなものなのだから……。大人のときならまだしも、今の俺ならばデコピン一発で死ねる自信がある。
しかし、今までの時と同じ様に、俺の望みは叶うことはない。
ズカズカとまるで自分の部屋のように、花火は俺のいる応接室へとやってきてしまったのだ。
「え? なんでこんなところに赤ちゃんがいるの?」
俺を見た第一声がそれだった。勿論、これは俺『大宇宙守』であることに、微塵たりとも気がついてはいない。
花火はいつものように制服姿だった。どうやら学校帰りにちょいと俺の部屋を覗きに来たようだ。なんでこいつは登下校のついでに俺の部屋に寄りたがるのか。まぁきっと俺のことが大好きなんだろう。
花火は周りをキョロキョロと伺う。その動きに合わせるように、トレードマークのポニーテールがブラブラと文字通り馬の尻尾のように元気よく揺れていた。きっと、俺が居ないか探しているのだろう。いやまぁ、俺はここに、目の前にいる訳なんだが……。
「あいつ、子守の仕事でも引き受けたのかな? それなのに、何処にも居ないって職務怠慢じゃない! さらには玄関開けっ放しとか……不用心にも程がある! 今度あったらお尻蹴り上げてやらないと! ほんとバカでアホで間抜けなんだから」
俺が居ない事を良い事に言いたい放題だ。いや、俺が居てもこいつならばきっとこれくらいは余裕で言うだろう。それ以前に、俺は居るんだけどな。
と、ここまできて、俺はとんでもないことに気がついた。
俺はいま素っ裸……。つまりは、全裸! 全裸ということは……
おちんちんが丸出し!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
大慌てで俺は近くにあった元俺のシャツで下半身を隠そうとした。が、身体がうまく動いてくれない。そうこうしているうちに、花火は俺の直ぐ側までやってくる。
うわぁ、うわぁ、赤炎さんのときは、なぜかそれほど気にならなかったが。藤宮花火に、女子高生におちんちんを見られるというのは……
何ていうか、恥ずかしいというレベルを超越している!
しかし、そんな俺の今にも爆発しそうな頭の中を気にすることもなく、花火は俺の身体を抱き上げるのだった。




