68 消滅
「ま、またなのかよ……」
言葉を発すると同時に、口の中から心臓が飛び出してきそうになる。普通ならそんなことはありえないが、今の状況は普通などと呼べるものではない。ならば、何が起ころうと何一つとしておかしくないのだ。そう、俺の口からホラー映画さながらに心臓が飛び出してきても。
さらには……
「なんじゃこりゃぁぁっっっ!!」
そう、俺の身体が突如として謎の七色の光が溢れ出し、レーザービームのよう部屋中に撒き散らしだしてもおかしく……おかしいだろ! それは間違いなくおかしいだろ! 何だ、何なんだ! 俺は往年のディスコのミラーボールにでもなったのか!
とは言え、これは事実なのである。ありえないことだが、俺の身体から放たれた色鮮やかな七色の光が、四方八方と撒き散らされ部屋中を覆い尽くした。これでは、至近距離で俺を押し倒したままでいる赤炎さんは、目をやられてしまっているのでは? だが、当の赤炎さんは不敵な笑みを浮かべ……
「こんな事もあろうかと」
ジャキーンという、謎の機械音が鳴り響くと同時に、赤炎さんのかけている眼鏡が突如として変形を始めた。そして、宇宙戦○ヤマトで波動砲を撃つときに登場する、遮光グラスへと変化したではないか!?
「これくらいは想定済みですわ」
眼鏡あらためサングラスのフレームに手をかけ、自慢げに言ってのける。
いやいや、あんた一体全体何を想定してんだよ! と、小一時間ばかり問い詰めたかったが、勿論今はそんな場合ではない。
身体は小学生、そして七色に発光。そんな三十手前の男はこれからどうやって生きていけばいいのか? わかるはずがない。あの名探偵コ○ンだって、身体は光ったりしていなかった。
だが、その心配は無用に終わった。俺から出ていた七色の謎の光は数十秒後には完全に収まったのだ。これで何の問題も……なくなったわけではない。
むしろ、新たな問題、いやさ大問題が発生していた。
それにいち早く気がついたのは、俺自身ではなく赤炎さんであった。
「これは……まさか、まだ先があっただなんて……」
馬乗りになって俺を抑え込んでいた赤炎さんの腕から力が抜ける。いや、それどころか俺の腕から手離れていく。これは、実際赤炎さんが手を離した訳ではなかった。俺の手足が短くなってしまったために、そうならざるを得なかったのだ。
つまり……
「え? え? まさか……。俺また……小さくなってるぅゥゥ!?」
先程まで十歳程度の身体の大きさだった俺は、今はなんと五歳程度まで小さくなってしまっている。
心なしか口調も何処か辿々しくなっているようだ。
ここで俺はある疑問にたどり着いた。
――もしかすると、俺の知能も五歳レベルにまで落ちているんでは?
俺は知能レベルを確かめるように、頭の中で九九を暗唱してみせる。流石にアホな俺でも掛け算の九九くらいはスラスラと……
「あれ……七の段が思い出せない……。やべぇ、これはやべぇ! マジでやべぇやつだ!!」
名探偵コ○ンとは違って、俺は身体だけでなく知能も子供のときにまで戻ろうとしている。まだ、こんな事を考えていられるということは、完全に戻りきってはいないのだろうが、それも時間の問題のように思われる。
「せ、赤炎さん! 俺、頭の中まで子供に戻りかけてます! 何とかしてください!」
俺は泣いた。全裸でむせび泣いた。もはやなりふりなどかまっていられない。俺の今まで生きた人生が頭の中から消えてしまうのだ。確かに、いい人生じゃなかった。クソみたいな人生だった。それでも消えちゃ困る。こんなクソ人生だって色んな人との出会いや、思い出もあったりしてるんだ。
俺は赤炎さんの上着の襟元を掴むと、五歳児の拙い腕力で、必死になって首を絞めるように引っ張り回した。
赤炎さんは掴まれた襟元など何一つ気にせずに、なにかに取り憑かれたよにブツブツと数式のようなものを呟いている。そして、呟き終えたあとに、馬乗り状態を解除しソファーへと座り直した。
「私に中で結論が出たわ」
赤炎さんはサングサスを人差し指で軽く弾く。すると、サングサスはもとの眼鏡へと変形を遂げた。
「まずいわ。本当にまずいわ。私の作り出したこの薬は、身体がもっとも正常な状態へと変化させるものだった。どうやら、何がどうなったのかはわからないけれど、あなたの存在は《無》になるのが、もっと正しい状態だということに導き出されているのよ……。つまり、あなたは若返り続け、最終的には消えてしまうわ」
言葉に抑揚はなかった。まるで実験結果を伝えるコンピューターのようだった。
俺は言葉を耳にしながらも、何処か夢を見てるように思えた。
だって、消える? 俺が消える? 昨日までごくごく普通? に生きていた俺が……こんな仕事を引き受けたせいで消えてなくなっちまう!?
「助かる方法はあるんだよな! なぁ、あると言えよ! 頼むから言えよ!」
もはや俺は相手を仕事相手だとは思っていない。言葉使いに気を使ってなどいられない。
「何でもする! 何でもするから! たすけてくれ!」
「その言葉が聞きたかったわ」
赤炎さんは優しく俺の頬にキスをした。
ここで、俺は『何でもする』と言ってしまったことを後悔するはめになるのだが、五歳児になりかけている俺の頭ではそんな事を考える余地はなかった。
「さて、始めるわよ」
赤炎さんの手には、今まで見たことのないような超特大の注射器があった。そして、その注射器は俺の尻の穴に狙いを定めているではないか。
「え? え? え? え? えぇぇぇぇぇ?」
俺は今すぐにでも前言を撤回して、この場からの逃げ出したかった。が、すでに遅かった。いつの間にやら、俺は体の自由が奪われていたのだ。どうやら、あの時の頬へのキスにそんな効果が含まれていたようだ。
「大丈夫、痛いのは最初だけだから。だんだん気持ちよくなるから」
こうして、俺の尻の穴に注射針が打ち込まれた……。
ちょっとだけ快感だったのは一生の秘密にさせてもらう。




