63 依頼受けますか?
「なるほど、その薬を私が飲めばよいわけですね?」
俺は手渡されたカプセルを三百六十度くまなく観察してみた。が、何の変哲もないカプセルだった。まぁ、薬というものはカプセルがどうであれ、中身の成分で決まるものなのだから、外面を見てもどうにもならない訳なのだが、医学的知識が皆無な俺が成分を知った所でこれまたどうにもならないのだ。
「実はそれ……座薬なんです」
完璧な営業スマイルで、この眼鏡美人『赤炎東子』はとんでもないことをいいきった。
「いや待ってください。あれですよね。座薬と言うと、お尻に入れるタイプということですよね?」
「あら、もしかしたら、尿道に入れる革新的なタイプが良かったでしょうか?」
営業スマイルを微塵も崩すことなく、この女は更に斜め上を行くとんでもないことを言ってのけやがった。こんなもん尿道に入れようものなら、尿道結石の比じゃねぇぞ1
「どうでしょう。もしご自分でなさるのが難しいのでしたら、私がお手伝いいたしますけれど?」
「な、何ですと……」
このとき俺は、尿道に入れるタイプも有りかもしれない、と一瞬思ってしまった。いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、これってお仕事だよね? そういうタイプの風俗プレイじゃないよね? いや待てよ、この人実は、医学関係の人でもんでもなくSMの女王様なんじゃねえの?
俺は改めて、この女性をマジマジと観察し直す。確かに知的な臭いがプンプンとしてきている。きっと頭が良いことだろう。しかし、それ以上に他の危険な匂いを感じるのは俺の気のせいだろうか……。
とは言え、男は危険な匂いに酔いしれたくなったりする生き物! いや違いますよ、尿道プレイなんて言うマニアックなものに興味はないですよ? 女医に尿道を責められることに興奮を覚えたりなんてしないですよ? むしろ、俺のほうがお金を払いたいなんて思ってももいませんよ!
俺は必死になって、いつ終わるともしれぬ自分自身相手の言い訳合戦を繰り広げた。その時の俺の姿を客観的に見ることが出来たならば、それはそれは見事なゴミムシのようなものだっただろう。
そして、その様子を客観的に見ていた赤炎さんはと言うと……。
「あの、冗談ですけど? 普通にお口から飲んでいただくタイプですので」
俺を見下すわけでもなく、表情を変えることもなく、淡々とした口調でこれまたとんでもない事を言ってくれたのだった。
「は、はぁ……冗談ですか」
「はい、冗談です。まさかお信じになるとは思いませんでした」
「あ、あはははははは……」
俺の乾いた笑いが、事務所の応接室に虚しく響くのだった。
……
……………
……………………
俺が心の平安を取り戻すのに、暫しの時間を有した。
――そうだ、そうだよ。そんな尿道に入れるタイプの薬なんてあるわけがないじゃないか。しかも、それをこんな美人の赤炎さんが手伝ってくるとか、常識的に考えればあるはずがないんだよ。けれど……それでも僅かな奇跡に賭けたい俺が居たんだなぁ……。
時間というものは素晴らしいもので、ほんの少し前まではこっ恥ずかしくて赤炎さんの顔を直視できなかったのが、今は引きつった作り笑顔でではあるが見ることが出来ている。
「わかりました。この薬を飲んで……あ、勿論口から飲んで!! そのデータをあなたが取る。そういうことで宜しいんですよね?」
「はい。依存ございません。つきましては、こちらの書類にサインをお願いいたします」
赤炎さんはハンドバッグから一枚の紙切れを取り出すと、静かにテーブルの上に置いた。
俺はそれを手に取ると書かれている文面に目を走らす。
「ふむふむ、この試飲において、命を落とした場合……責任は……当方にはないものと……」
そこまで読んで、俺の引きつった笑顔がフリーズした。そのフリーズした状態で、首だけを四十五度回して、赤炎さんを方を向く。
「これ、あれですよね。この試飲で俺がもし死んだとしても、あなたは責任を取らないってことが書いてあるわけですよね?」
「そうなりますね」
言いやがった。この女、あっさりと言ってのけやがった。
「確かに、この仕事の報酬は私の予想よりも高額ですよ。とは言え、命がかかっているなんて聞いてないですよ!」
「ええ、言ってませんでしたから、聞いていなくて当然だと思いますけれど」
この女、さっきから顔色を変えることなく、非人道的な言葉を連発しまくってくる。
「とするとですよ! この俺が飲む薬は、人の命に関わるような作用がある薬ってことになるわけですよね!!」
俺は勢い余って、テーブルを両手のひらで叩きつけた。バンという思った以上に音が鳴り響き、俺自身がビックリしてしまったのだが、それでも赤炎さんは顔色一つ変えることはなかった。もしかすると、こいつは精巧に作られたアンドロイドではないのかとすら思えてきた。
もはや、考える余地はない。確かに金は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。しかし、命と引き換えにしてまでは欲しくない。となれば、結論はもう出ている。
「すみませんが、今回以来のお仕事はお断り……」
と、ここまで言いかけたところで、俺の手に温かいものが重ねられた。それは赤炎さんの手である。そして重ねられた手は、いわゆる恋人繋ぎと状態に指を絡めさせられることとなった。
「な、な、な何をするんですか!」
俺は突然のことに狼狽しながら、手を振り払おうとした――が、思いの外強く握られた手は振りほどけない。そして間髪入れずに、赤炎さんは上半身ごとこちらに身体を押し寄せてくる。
「受けてくださいますよね? いまさら断ったりなどしませんよね? 私、この『大宇宙堂』の評判を聞いてここに来たんです。どんな非常識なことも、頭のおかしいことも引き受けてくれるって」
くそぅ、俺の知らないうちにこの店はとんでない方向で評判になっていやがる。
「この依頼、受けてくださりますよね?」
赤炎さんが指を絡ませたまま、俺の目を見つめる。名前の通りに、赤い炎のような瞳をしている。そして、その目を見つめていると、何だか意識が薄ぼんやりとしてきて……あれ、これヤバイやつだ。
「受けてくださいますよね?」
それはもはや懇願の言葉ではない。命令のそれである。
「は……い……」
俺は朦朧とする意識下の中で、操り人形のように返事をしてしまっていた。そして、意識がはっきりと戻ったときには、例の書類に俺の筆跡でサインがされていたのだった。




