52 留守番の終わり
長い長い一週間の終わりがやってきた。
「留守番ありがとうございました」
海外でのアイドルの仕事から戻ってきた綾小路桜は、健康的に日焼けしていて、小麦色の手足が俺の目には眩しく映った。さらに、現地で買ったと思われる南国色豊かなワンピース姿がトロピカルな気分を演出している。ほんの一週間前に出かけていったときは、白い肌に白いワンピースだっただけに、その変化は劇的に感じられた。しかし、変わらないことが一つある。それは……とんでもなくかわいい、美しい、と言うことだ。
「留守番は大変でしたか?」
ただのごくありふれた言葉に、俺は全てを見透かされているのではないかと、思わず胸に手を当ててしまっていた。
「どうかしたんですか?」
キョトンとした顔で綾小路桜は小首をかしげてこちらを見ている。
綾小路桜は俺の周りの人間の中では、ある意味珍しいタイプの人間である。そう、特殊能力が国民的美少女というだけで、他にはこれといってないのだ。だから、俺の心を読んだりはできないはずだろう。まぁ、インドの山奥で修行して能力に目覚めるレインボーマンのパターンよろしく『海外に行って帰ってきたら能力に目覚めちゃいました☆』ときたとしても、俺は別段おかしいと思わないだろう。そう、世の中ってのはまったくもって油断できないように出来ているのだから。
「いや、どうもしないよ。なんてことない一週間だったさ」
いつものように口元をニヤけさせて、ヘラヘラとした口調で俺は言う。けれど、この短い言葉の中に、俺はこの濃密な一週間の出来事を思い返してしまっていた。
――あれ……?
思わず涙腺が緩くなりかける。しかし、俺は大人だ。大人ってやつは感情を表に出さないで内に秘めておけるもんだ。だから、俺は涙を心のうちに封じ込めた。そして、悲しみを打ち消すために、眼前に居る綾小路桜の可愛さを堪能するのだった。
唐突に見つめられて、綾小路桜は戸惑いの色を隠せなかった。小麦色の肌がほんのり朱色に染まった気がしたが、それは日差しのせいだろうか。
「そっちこそ、アイドルの仕事大変だったんじゃないか?」
「えっと、まぁ……いろいろ大変……だったかもです」
撮影のことを思い返してか、綾小路桜は困った顔をしてみせる。まぁ綾小路桜以外のメンバーが、魔王少女ベルに、動く女学園ヱルなのだから、そりゃ目一杯大変だったことだろう。むしろ、撮影先が無事に原型をとどめているか心配である。
そうこう話をしているうちに、離れた場所から大きな物体が近づいてくるのが見える。そう、これこそ動く女学園ヱルだ。その周辺で爆発音が聞こえていることから、きっとベルも一緒にいるのだろう。『喧嘩するほど仲が良い』なんていうが、周辺区域の住民からすればたまったものではないだろう。
そしてご多分にも漏れず、その被害は俺にも及ぶわけで……。
「んじゃ、そういう訳だから、俺はここらで退散するわ。ベルとヱルによろしく言っといてくれよ」
スタコラサッサと逃げの一手である。
「あ、もしよかったらこれ」
逃げ支度をする俺に、綾小路桜がお土産を手渡してくれた。
「ありがとな」
俺はお土産をきっちり受け取りつつ、足早にその場を去ろうとしたが、あることを思い出して足を止め振り返る。
「そうだ! もし良かったら、台所にカレー作ってあるから食べてやってくれよ」
「え?」
不思議そうにしている綾小路桜の顔を見ながら、俺はその場から消えるのだった。
※※※※
「マカダミアナッツかぁ、これはこれで悪くないな」
久々に、本当に久々に事務所へと戻ってきた俺は、ソファーに寝転がると、綾小路桜のくれたお土産であるマカダミアナッツを口に放り込んだ。
そして、まだ残っているもう一つの問題に頭を悩ませていた。
「うふふふふふ、かわいかったでございますなぁぁぁ。ああ、綾小路桜様……あそこまでの正統派美少女はそうそうお目にかかれませんでしたぞ!」
そうなのだ。孔明先生はまだいらっしゃるのだ。
俺はゴミ袋に孔明先生を詰め込んで、なんとか綾小路桜にバレること無く連れ出すことに成功したわけなのだが、どうやら孔明先生はゴミ袋に穴を開けて綾小路桜の姿を見ていたらしい。
「こいつ、いつになったら消えるんだろうか……」
俺は思わずスマホで、『孔明先生消す方法』をググってしまっていた。が、そんな方法が見つかるはずもなく、途方に暮れていたのである。
そして残されたもう一つのもの、こちらはとてもとても大事なもの。それは、着物幼女が残してくれた謎の青い宝石である。
宝石をよく見ると、なにやらコンピューターのチップのような回路が見えているが、専門知識がまるでない俺にはチンプンカンプンだった。
「どーすっかなぁー」
俺はソファの上で大きく伸びをした。何も考えずに、このまま眠ってしまえばきっと気持ち良いことだろう。面倒なことは明日に回す。そうやって今まで生きてきたのだから、急に生き方を変えることもないだろう。狭い日本そんなに急いで何処に行くってね。
眠れば夢の中で、着物幼女に会えるような気がした。それがただの現実逃避であることはわかっている。それでも、この寂しさを埋めてくれるならそれもいいだろう。
そんな時、寂しい気分を吹き飛ばしてくれるような、ドタバタという足音が事務所に鳴り響いた。
「何よ! もう留守番終わって帰ってきてんじゃん」
いつものように、我が家よろしく傍若無人にやってきた藤宮花火のご登場だ。
どうやら、帰ってきてるなら一言言いなさいよ! ってな感じらしいが、お母様であらせられるところの『藤宮神狩さん』ならともかく、花火にはそんな筋合いは全く無い。
「まぁまぁ、マカダミアナッツでも食えよ」
俺はテーブルの上に無造作においてある箱を指差す。
花火はブツブツと文句を言いながらも、マカダミアナッツの箱に手を伸ばし、口に頬張る。どうやらマカダミアナッツは、花火の好みに合ったらしく、不機嫌そうだった顔が、あっという間に笑顔になった。
「笑ってると、普通に可愛いな」
不意に口から言葉が漏れた。
「は、はぁぁ? 急に何言ってんのよ! か、かわいいとか! わたし用事思い出したから帰るからね!!」
耳の先まで真っ赤にして、花火は部屋から出ていった。
どうやら、あのループで俺には、花火へのお世辞のテクニック身についたようだ。
兎に角、一仕事終えた俺は、そのままソファーで眠りにつくのだった。




