51 かわいいキス
ああ、花火の真っ赤に燃え盛る瞳が、いやさ拳が雄弁に語っている。
『あんたダメ人間だとは思っていたけど、そこまでのロリコン変態野郎だったなんて……三十回くらいは地獄に落ちておくべきだよね? ね? そうだよね?』
と、俺の耳にはしっかりと拳から発せられる言葉が聞こえてくる。『目は口ほどに物を言う』なんて言葉があるが、こいつの場合はそれ以上に拳が語るから恐ろしい。もしかすると花火のやつは拳に脳みそが詰まっているんじゃなかろうか。
ともあれ、まさに導火線に火の着いた花火は、大爆発寸前で俺の前へと歩み寄ってくる。これはひょっとすると、俺は大蛇以上のボスキャラを呼び寄せただけじゃないのか?!
――短い人生だったな……。でもまぁ、最後に着物幼女を守れたからよしとするか……って、そんなわけあるかぁぁぁ! こんなところで死んでたまるかよっ!!
結界はもう無いのだから、逃げることは可能はなず。とは言え、花火の脚力は光速を超える。あれ、これって逃げるのが不可能と同じ意味じゃねえか……。
俺の身体の水分の全てが冷や汗になって流れ落ちていく。もう俺はミイラのようにカラッカラだ。
そんな俺の真正面に五十センチの距離へと到達した花火は、拳からメキメキという嫌な効果音を鳴らしながら、首をほぐすように一回転させると
「さぁ、最後に言い残すことなんかある?」
と、俺に最後通告を告げた。
待て、待つんだ。こいつは今までのループでもわかるように、チョロいはず。今だってお世辞の一つでも言えば、この場を切り抜けることだって……。
「え、あ、あ……」
駄目だ、極度の緊張のあまり声が出ない。万事休すか……。
そう思った瞬間、
「お姉ちゃんごめんなのじゃー。わたしがお兄ちゃんを困らせようと冗談でお電話しただけなのじゃー。ごめんなさいなのじゃ」
今まで俺の影に隠れていた着物幼女がひょっこりと顔を出すと、ペコリと花火に頭を下げた。
「え? そ……そうなの?」
花火が俺に視線を向ける。俺は声が出せないのでコクリと頷くだけしかできなかった。
だが、花火の猜疑心まみれの瞳はゆるぎはしない。
「本当にそうなの? ねぇ、この変なおじさんに、そう言えって脅されたりとかしてない?」
花火は屈んで着物幼女と同じ目線に合わせると、俺が今までに聞いたことのないような、優しい口調で語りかけていた。
「守お兄ちゃんは、とっても良い人なのじゃ。一緒に楽しく遊んでくれたのじゃ」
そう言って、着物幼女はにっこり微笑みながら俺の袖口をツンツンと引っ張った。俺もそれに合わせるように微笑み返す。とは言え、未だ緊張のあまり頬の筋肉は引きつっているわけだが。
花火は俺と着物幼女とを交互に見ながら、事の真実を見極めようとしていた。が、『はぁ〜』とため息一つつくと。
「そうだよね。いくらあんたがアレなヤツだとしても、こんな子供にそんな事したりとか……ないよね?」
『ないよね?』の部分にだけ狂気が込められていたことに、俺は恐怖を感じたが、ここは大きく頷くしか無い。
「じゃ、わたし用事あるから帰るね。わかってると思うけど、子供相手に変なこととか……ね? わかってるよね?」
「サーイエッサー!」
俺は思わず背筋をぴんと伸ばして敬礼をしてしまっていた。
こうして破壊神は去っていった。いや、本当ならば大蛇を倒して、俺たちを救ってくれた女神的立場なはずなのに、本当に花火ってやつは油断がならない。
こうして物語はハッピーエンドを迎える……と思ったら大間違いである。
大蛇の結界を超越した、着物幼女叫び声と、結界崩壊後の俺と花火との玄関前でのやり取りは、全てご近所様に丸聞こえだったのだ。
すなわち……
「あらいやだ、あの人ってば、幼女と女子高生とのただれた三角関係らしいわよ」
「違うわよ。あの女子高生との間にできた子供が、あの子なのよ。それを認知させようとやってきたのよ」
「チョット待って、確かママって言葉が何度か聞こえてきていた気がするわ。まさか……あの小さい女の子を妊娠させ……いやあぁぁぁ、変態!!」
「「「「変態よ!!」」」」
こうして、俺のもとから低かった社会的地位は、これ以上無いほどに最下層にまで落ちていったのだった。
「兎に角、着物幼女が無事でよかったってことにしておこう」
俺は玄関マットの上に座り込んだ。すると、着物幼女が俺の膝の上にやってきては、さもそれが定位置であるかのようにそこに座る。暫く二人とも無言で、静かで穏やかな時間が流れた。
俺は思わず抱きしめてしまいそうになったが、もし今抱きしめたならば、女の勘ならぬ、動物的直感によって気付いた花火が光速で戻ってきそうなのでやめておいた。それに今は、この何でも無い状況が、たまらなく幸せなのだ。
よく見ると、どさくさに紛れて孔明先生が着物幼女の膝の上に座っていた。が、役に立ったかどうかはさておき、ある意味死線を乗り越えたメンバーのうちの一人なのだから、それぐらいの特権は許してやってもいいだろう。もし、それ以上なにかしたならば、即座にゴミ箱に投げ捨てるわけだが。
そして、この永遠に続くかのような至福の時間は唐突に終わりのサインを告げた。
「え……」
着物幼女の身体が、ドットが欠けていくかのように消失し始めたのだ。
「そろそろ時間なのじゃ」
着物幼女がこちらを見ずに、背中を向けたまま呟く。
「待てよ! 大蛇は居なくなったんだ。だから、もう大丈夫なはずだろ?
」
「確かに、わたしの消滅は避けられたのじゃ。けれど、このエリアにとどまることの出来る時間は……もう……」
「ってことは、元いた場所に戻るってことなのか? でもさ、あれだろ、また遊びに来てくれたりとか?」
「……」
着物幼女は答えてはくれなかった。そして、それこそが返事であるということを俺はわかっていた。
「楽しかった。楽しかったのじゃ。大宇宙守のいろんな顔が見れて楽しかったのじゃ。怒ったり、泣いたり、笑ったり。こんなデータ今までに味わったことがないのじゃ」
俺は膝の上の着物幼女を両腕で抱き上げる。その時、孔明先生がずり落ちたがそんなことは気にしない。
そして、抱き上げて正面を向き合う。もうすでに着物幼女の下半身は消滅していた。その姿を見て、俺は泣いてしまいそうになったが、それをぐっと堪えると、精一杯の笑顔を見せる。だって嫌じゃないか、最後に見せる顔が悲しい顔だなんて。
「そこはさっきみたいにさ、守お兄ちゃんって呼んでもらいたいところだな。その方が、萌えるぜ」
俺はウィンクを決める。
「守るお兄ちゃん、ありがとうなのじゃ」
着物幼女は、俺の頬にキスをした。頬がじんわりと熱を感じる。生きていると感じさせる。
「わたしはこの世界から消えてしまうかもしれないけれど、私のデータの一部を残すことはできるかもしれないのじゃ。だから、あとは……守お兄ちゃんに任せるのじゃ」
「え? それどういう事?」
「ふふふっ、秘密なのじゃ」
普通の子供のように、いたずらっぽく笑う。そして、その笑顔のまま、着物幼女は完全に消え去ってしまった。
ただ一つ、俺の手の中に青く光る宝石のようなものを残して……。




