48 神殺し
「ちょっと、ちょっとたんま!」
俺は両手を前に突き出してシールドを形成し、言葉を矢継ぎ早に続けようとする着物幼女と孔明先生を静止した。
「少し頭の中を整理する時間をプリーズッッ!」
任せてくれ! なんて大見得を切った癖に、俺の頭の中は予期せぬワードを真正面から投げつけられて、ショート寸前状態に陥っていたのだ。いやぁ、イレギュラーな事態には慣れっこになってきたはずだったのに、流石に《神》だからなぁ。
そこで俺は目を閉じ瞑想状態に入ると、古来人間が編み出したある方法を実演する。
それは……
座禅を組み、両手の人差し指の先っぽをぺろりと舐めては、頭の上で髪の毛を軽くかき分ける。するとどうだろう、何処からともなく……
ポクポクポクポク
と、効果音が聞こえてくるではないか。
これは《一休さんメソッド》と呼ばれる脳内活性法である。トンチで困ったときなど是非活用あれ!
ポクポクタイムが続くことを約数十秒。
チーン
の音とともに俺の頭の中は冴え渡った。
……わけではない。
「なるほど」
得意台詞の『なるほど』でその場をごまかして話を先に進めるという結論に至っただけである。
さらには、
「気にしなーい、気にしなーい、ひとやすみー、ひとやすみー」
この魔法の言葉さえ唱えておけば、たいてい事には対処できる。そう、細かいことなど気にせずに、一旦休憩を挟めばよいのだ。本当に『一休さん』は良いことを言ってくれる。
「あ、それじゃ話戻して大丈夫だぞ! どんとこい!」
俺はまたしてもゴリラのように胸を叩いた。いささか強く叩きすぎてむせそうになったがご愛嬌だ。
着物幼女はコクリと小さくうなずき、先程遮られた言葉をまた続け始める。
「私は君から様々な情報を得るために、時間軸を操作して何度となくアプローチを開始したのじゃ」
着物幼女は、着物の両袖を花びらが舞い散るかのように、優しく振ってみせる。すると、何もない空間に突如としてディスプレイのようなものが無数に現れた。そこに映し出されている映像は、今までに繰り返したであろうこの一週間の日常、いや非日常そのものだった。
「あった、あった。こんなことあったなぁ」
早送り状態で目まぐるしく映し出される映像に、俺は懐かしささえ覚えていた。だが、見ていくうちにある違和感を感じた。
「あれ? こんな事あったっけ?」
俺の記憶にない出来事も、この映像の中には映し出されているのである。それにおかしい、ここに映し出され続けている映像の数はあまりにも膨大すぎる。
「なんだこれ……。確か俺がループをしていたのは、確か百回も行っていなかったはず……」
二日酔いのような頭痛と吐き気が襲いかかる。
「それは人間である君が近くできた回数に過ぎないのじゃ。実際繰り返された試行回数は約一千万回以上なのじゃ」
映像が再生スピードがすでに人間の視力では負えないほどに高速になっていく。それでも映像は終わりはしない。尽きることがない。
「お、落ち着け俺。こんな時こそ魔法の言葉だ。き、気にしなーい、気にしなーい。……って気にするわァァァァっ!!」
俺は星一徹のようにちゃぶ台をひっくり返した。勿論先程まで俺の前にはちゃぶ台などは存在しなかった。しかし、世のちゃぶ台職人は、ここだというタイミングでちゃぶ台を用意してくれるようにできている。こうしてちゃぶ台を豪快にひっくり返すことで、限界まで高められたリビドーが発散され冷静さを取り戻すことが出来るのだ。ありがとう、ちゃぶ台職人さん。
冷静さを取り戻した俺は、懐からスマホを取り出してある計算を始めた。
「えーっと、一日を一千万回繰り返したってことは……に、にまんななせんねん……繰り返してたってことに……」
膨大すぎる時間に俺は手の中のスマホを落としてしまっていた。
「しかし、そろそろ私の時空間操作にも限界が来たようなのじゃ」
「いやまぁ、一千万回も繰り返せたらもう限界もクソも無いんじゃないですかね……。それより、一千万回もこんなことを繰り返す意味はあったのか?」
俺の問いかけに、着物幼女は、初めて考え込むような素振りを見せた。そしてこれもまた、初めて本当の子供のように笑った。
「楽しかったのじゃ」
その微笑みは、子供のようでもあり、全ての慈愛を司る仏のようでもあった。いやここはこういうのが一番だろう『ママ』のようであったと。
「そっか。なら良かった。俺も楽しかったぞ」
俺はきっと今、鏡を見たら恥ずかしくなるような表情を見せているに違いない。いい年ぶっこいて子供みたいな笑顔を……。
こうして物語は大団円を……と行きたいところだが。
「あれ、すると究極のカレーは全くループとは関係なかったことに……。俺の一千万回の苦悩は意味がなかったことに……。一千万回生まれた宇宙の立ち上は……」
俺がムンクの叫びのような表情で固まっていると、着物幼女はよしよしと優しく頭をなでてくれた。もうそれだけで一千万回分の苦労は報われたと言えよう。
「そろそろ時間なのじゃ。私は消滅させられてしまう……のじゃ」
着物幼女は頭を撫でる手を止めずに、トンデモナイ言葉を口走った。
「は……? いま消滅とか、物騒な言葉を言わなかったか?」
俺の問いかけに着物幼女は、撫でる手を止めた。これが答えだと俺はすぐにわかった。
「お、おいおい。あれか? 時間を弄るのにパワーを使いすぎたとかそういうあれか? それなら、あれだ、そう! 一休みすれば回復したりとか! な、なんとかなったりとか……。だって、だって神様なんだろ!」
俺は着物幼女の華奢な両肩を強く握りしめていた。手にはびっしょりと汗をかいている。
「私は《神》というシステムの一部に過ぎないのじゃ。しかも権限的には一部しかあたえられておらんし、この地域は私の権限が及ぶところではないのじゃ。故に私というエラーを発見したセキュリティーが、いまカウンタープログラムをこちらに派遣……」
俺はこれ以上悲しい言葉を続けさせはしなかった。
「そんなもん、俺がどうにかしてやる! こちとら『よろず屋 大宇宙堂』だ! お客様の依頼ならなんだって受ける! たとえ相手が神以上の存在でもな! さぁ、俺に依頼しろ! その着物幼女を困らせるやつを退治しろって!」
一世一代の大博打。
神様だってなんだって、着物幼女のためならやってやる。
なにせこちとら『大宇宙堂』不可能の二文字なんてもんは、とっくの昔から辞書には載ってない。
さぁ、仕事を始めよう。




