49 二つの策
と、腕まくりをして柔軟体操なんかをおっぱじめ、やる気満々をアピールした俺だったが、そのやる気は一瞬で叩き折られることになる。
「依頼などしないのじゃ」
着物幼女は、容赦のない言葉を発した。しかし、視線がほんの少しばかり下を向いていたことを俺は見逃さなかった。
「依頼をしたところで、これからやってくる存在は一介の人間がどうこう出来るような存在ではないのじゃ。だから……」
悲しげに瞳が曇っている。覇気のまるでないその声がどれだけ無謀な挑戦であるかを如実に語っていた。
「だから? このまま着物幼女は、消えてしまってもいいってのか? 良くないだろ? むしろ、着物幼女が良いって言っても俺が良くない。俺が許さない、絶対にだ」
「だから、無理なのじゃ!」
拒絶。今までに一度も見せたことのない強い感情の溢れた言葉に、俺は着物幼女が、こんなどうしようもない大人な俺を気遣ってくれていることに気がつく。そう、着物幼女は自分の身よりも、俺のことを心配してくれているのだ。こんなに嬉しいことがあるだろうか。こんなに嬉しい気持ちにさせてくれたのならば、最大最強のお返しをしなければならない。
だから俺は拳を握りしめてこう言うのだ。
「確かに、俺は見たまんま一介の人間だよ。力だってロクにありゃしないし、特別な能力なんて悲しいくらいに持ち合わせていない。――それにな、俺は一人じゃない。なぁ孔明先生!」
その刹那、まるでマリオネットの操り糸が切れたかのように、孔明先生は力なく崩れ落ち……る寸前、再起動したかのように目から光を発し身体を起き上がらせる。
「はーっはっはっは! 我輩なんだか幼女に身体を良いように使われるという斬新なプレイをする夢を見ておりました。いやぁ、これはこれでなかなかに良いもので……。しかし、ご安心めされい。こんな事を言っておりましても、今の状況は完璧に確実に把握しております。ここで私はこう言えばよいのでございましょう」
コホンと、孔明先生はわざとらしく咳払いをすると、手に持った扇を引き絞られたホーガンの鉄球を投げるように構えては、力強く解き放ちカッコいいポーズを決めた。
「孔明に策あり!」
そして、俺に向かって目配せじみた魅力的なウィンクを飛ばす。勿論、俺はそのウィンクを超高速回避してみせる。だって気持ち悪いから。
「さて、まず戦いにおいて必要なのは、『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』敵の戦力とこちらの戦力を冷静に分析する。これが大事なのです!」
孔明先生がまともな発言をしたことに、俺は驚愕した。孔明先生を頼ったふうなふりをしてみたが、実際は猫の手以下の存在、ミジンコレベルの手助けだと思っていたのに、割と役立つじゃないか。
「着物幼女殿、これからやってくる敵の戦力の差を我々にわかりやすく説明すると如何ほどのものでしょうか?」
今までと違い話し方にも心なしかインテリジェンスが溢れている。もし孔明先生がメガネを掛けていたならば、眼鏡のフレームがキラーンと光っていることだろう。
「大宇宙守とお主の戦力を一人の人間とするならば、カウンタープログラムはイージス艦レベルと思えば良いのじゃ。今の私と違って奴は戦闘に特化したタイプなのじゃ」
「なるほど、生身の人間一人VSイージス艦でございますか。はーっはっはっは! ……勝てるわけない! 無理ゲー! こんなの無理ゲーですぞ! やってられねぇですぞ!」
孔明先生は短い四肢を子供のようにジタバタさせ暴れだした。先程の役立つと言った発言はすぐさま撤回させてもらう。
「お前本当に何の役にも立たないな……」
俺はゴロゴロと床の上を転がって駄々をこね続けている孔明先生に、侮蔑の言葉を投げ捨てる。
「な、なんですとぉ!」
その言葉に、孔明先生のゴロゴロが静止した。そしてピョコーンと垂直にジャンプして真っ直ぐに立ち直す。
「まだ孔明には策がこざいます! 戦力差はあれど、戦とは『天の時』『地の利』『人の和』が合わさった時、それをひっくり返すことが出来るのです! まぁ、それが何処にあるのかはまったくもって知りませんけどね! はーっはっはっはっはっはっは!」
悲しい涙混じりの高笑いが綾小路家に響き渡った。どうやら希代の戦略家孔明先生でも、イージス艦に生身で勝つ策など浮かびはしないようだ。しかしここは孔明先生を責めるところではないだろう。普通に考えて人間一人でイージス艦を倒すことなど出来はしないのだから。
「そうか!」
俺は大きく手を叩いた。
「普通に考えるからいけないんだ。俺にはなんの能力もないが、非常識に巻き込まれ続けてきたことには定評がある。だから、相手の範疇を超える意味不明な策を取れば……」
俺はすぐさま『一休さんメソッド』に取り掛かる。
ポクポクポクポクポクポク……
前回よりも長いポクポクが続く。終わりが来ないかのようなポクポクタイム。
しかし!
チーン!
「閃いた! この大宇宙守に二つの策あり!」
座禅から立ち上がると、俺は勝利のヴィクトリーサインよろしく二本の指を立ててみせた。
「本当でございますか、守殿!」
いつの間にかやけ酒をかっくらっていた孔明先生が酒瓶を投げ出して食いつく。
「とは言え、どちらの策にもリスクが有るんだよな……」
その策の一つには『天の時』『地の利』を使わなければならない。そして最大の問題点が『天の時』すなわち時間である。
「カウンタープログラムってやつがやってくる前に、なんとかしてそこまで移動しないと……」
俺の取る策は、相手をコチラにとって優位な場所へと誘い込むことにある。そう、あの場所にさえ誘い込めれば、たとえ相手が神様だろうとなんだろうと力を失うはず。何故ならそこは……
ピンポーン
唐突に玄関のチャイム音が響いた。
「来たのじゃ!」
「え? まさか、そんな……」
そのまさかだった。
まさか、カウンタープログラムとやらが礼儀正しく玄関の呼び鈴を押してやってくるなど、誰が想像しようものか。
俺が玄関に設置されているカメラで外の様子を見ると、そこには全長十メートルはあろうかという八つの頭を持つ大蛇が座り込んでいた。表皮には蛇特有のぬめり感は見受けられず、まるで金属でできているかのような光沢を放っていた。しかし、蛇のくせに器用に玄関のチャイムを押せたもんだ。あれだろうか、舌先をチョロっと出して押したんだろうか。そのシーンを想像して緊迫した場面だと言うのに思わず吹き出しそうになってしまった。
「今から外に出れないんじゃ、一つ目の策は使えねえ。ならば、もう一つの方を……しかしこの策は俺に大ダメージが及ぶ」
しかしもう迷っている時間はない。
「さぁ、ここで俺に決断させるためにも、着物幼女から一言もらいたいんだけどな。そう、仕事の依頼をさ」
「何を言っておるのじゃ! 相手を見たならばそれがどのようなものか人間であるお主にもわかるじゃろ!」
確かに、ドア越しですらもその異様な圧迫感はビリビリと伝わってくる。だが、悪意のようなものはまるで伝わっては来ない。善、悪、ではなく中立であり、課せられた使命をただ機械的にこなす。ある意味質の悪い存在のように思えた。
さらに、あの大蛇の周囲の空間は変質し、別のものに書き換えられてすらいた。いわゆる結界的なやつだろうか。だとするならば、ここから逃げ出すことはもはや絶望的だ。
俺の足は恐怖にすくんでいる。だが、こんな時こそカラ元気だ。
――頑張れよ、頑張れよ、俺。糞ダメ人間でもたまには頑張らないとな。着物幼女の前でいい格好の一つもやんなきゃな。
心の中でガッツポーズを決めた俺は、精一杯の強がりフェイスを作ってみせる。
「おいおい、こちとら大宇宙守だぜ? 着物幼女一人守れなくてどうすんだよ。だから、頼っていいんだ」
俺は着物幼女の頭を優しく撫でた。まるで本当の幼女にするように。顔を伏せた着物幼女の肩が小さく震えているのがわかる。
「依頼……依頼するのじゃ。私を守って……」
顔を上げた着物幼女が、俺の頬に手を当てながら懇願する。冷たい水滴が俺の頬に当たる。それが涙であるということに、着物幼女が気がついているのだろうか。
「その依頼引き受けた!」
これで俺の決意は決まった。
そう、もう一つの策を実行する決意が。




