39 昨今のゲーム事情
「わかったのじゃ」
着物幼女は、抑揚の少ない言葉でさっくりと返した。
座っていた少し高めの椅子からヨッコイショと身体をおろすと、そのまま玄関へと向かう。
「また明日なのじゃ」
小さく会釈を一つする。
「さようならママ、また明日ァァァァ!」
俺は絶叫した。背後には空気を読んで突然現れた夕日と夕焼けが別れを劇的に演出してくれた。
そして着物幼女は、一度も振り返ること無く去っていったのだった……。
俺は小さくなっていく後ろ姿が、完全に見えなくなるまで全力で手を降って見送った。勿論、愛する人との今生の別れ宜しく号泣していたのは言うまでもない。
「よし! 明日だ! 明日こそは、ママを満足させるカレーを作り上げてみせる!」
俺は拳を高々と夕日に向けて掲げた。その闘志の炎は太陽すら凌駕する熱量へと達していたのだった。
「とは言え、どうすりゃ料理がうまくなるんだか……」
俺はそんな事をつぶやきながら応接室へと戻ると、テレビの下に設置されていたゲーム機におもむろに手をかける。
俺は皆がご存知の通りに貧乏だ。故にゲーム機なんてもんは持っていない。しかし持っていないからと言って興味が無いわけではない。むしろ持っていないからこそ興味津々だったのである。
ふむふむ、綾小路家は何気にゲーム機が充実している。任○堂、S◯NY、Micr◯softだけでなく、SE◯Aは勿論、レトロゲーム機すら網羅していたのだ。さらにデーンと大きく鎮座している超大型テレビとホームシアターサウンドシステム。
「うん! 取り敢えず、取り敢えず、ちょっとゲームで遊んでから考えよう」
俺はコントローラーを手に取ると、適当にゲーム機の電源を入れた。八十インチの大型有機ELテレビでやるゲームはきっと迫力満点に違いない。
「最近のゲームってやつはすげぇもんだぁ」
等と口をあんぐりと開き馬鹿面をひっさげてゲームに興じている俺だが、ただのアホではない。
先程の、『明日本当のカレーってやつを食べさせてやりますよ』の発言にはちゃんとした意味があるのだ。何を隠そう、『明日』と時間敵的猶予を得るのは全くの建前で、明日も着物幼女と合うための口実だったのだっっっ!!
だってそうだろ? もし着物幼女の依頼をこなしてしまっては、そこでもう会う口実がなくなってしまうではないか。着物幼女と会えないことは、世界から太陽が消えてしまうことと同義と言っても過言ではない。
太陽がもしもなかったら地球はたちまち凍りつき、花は枯れ鳥は空を捨てると、太陽戦隊サンバルカンも言っていた。そして、俺は微笑みをなくしてしまうに違いない。俺は微笑みをなくさないためにも、まだ着物幼女と会っていたいのだ。
そして気がつくとゲームをしたまま数時間が経過していた。外はもう完全に真っ暗の夜。ゲームをしている間、ずーっと台所からドタバタともがき苦しむような音が聞こえてきていたが、完全に無視をしておいた。きっとロリコン変態ネズミでも暴れているに違いないのだから。
さてさて、人間というものは時間が経つと冷静さというものを取り戻し、正しい判断が出来るようになる生き物である。そして俺は例外なく人間という生き物だ。
「やっぱ、どう考えても着物幼女の『ご飯を作ってもらいたいのじゃ』ってのは、とってつけたような依頼だよな」
ということに気がつく。
多分、着物幼女の目的は別にある。そして今更言うことでもないが着物幼女はただの着物幼女ではない。確実に今までの依頼人と同じ様に、常軌を逸した存在である。それが地底人であるのか、魔法少女であるのか、はたまた動く巨大建造物であるのか……。
とは言え、こちとらよろず屋としてのプライドがある。一度受けた依頼はきっちり遂行してみせる!!
「でも、もうちょっとゲームを……」
と、新しいゲームを手に取りかけて俺はあることに気がつき台所へと向かった。そして厳重に封印を施してある生ゴミ用のゴミ箱を開けると、半泣きになってゴミ箱の隅をツンツンと突いている孔明先生をつまみ上げる。
「孔明先生、一緒にゲームやろうぜ!」
その言葉を耳にして、今までべそをかいていた孔明先生の顔にパーッと明るい花が咲いた。
「ギャルゲー! ギャルゲーなら天才的策略をもって攻略いたしますぞぉぉぉ!」
と、ギャルゲーを要求する孔明先生の言葉を完全に無視し、俺は対戦格闘ゲームを起動させた。
そうなのだ。孔明先生をゴミ箱から出したのは、対戦ゲームを楽しみたいからに他ならなかった。
こうして、何らカレーの改良をすることなく夜は更けていったのだった。
※※※※
目が覚めると首筋のあたりが寝違えたかのように痛かった。
「う〜ん」
俺が寝ていたのは布団でもベッドでもなく、応接室の絨毯の上のようで、どうやら孔明先生と対戦プレイに熱中しすぎてそのまま寝落ちしてしまったらしい。
さて、孔明先生はと言うと……。
「しおりぃぃぃぃぃん! わたくしと手のひらに策略を書いて見せ合いましょうぞぉぉぉ」
と、気色の悪い声をテレビ画面に映る美少女に向けて浴びせていた。
どうやら俺が値落ちした後、一人でコソコソとヘッドフォンをしてギャルゲーを始めていたらしい。しかし、どうしてこの家にはギャルゲーまで完備しているんだろうか。一体全体誰の趣味なのか? 考えると少し怖くなりそうなので、考えるのはやめておいた。
まぁこんな具合なわけなのだから、カレーの改良など全く出来ておらず、もし今着物幼女がやってきてしまったらと考えると冷や汗モノである。
とは言え、一晩置いたカレーは上手いという。なので『カレーを熟成させて味に深みを出した!』 などとそれらしいことを言えば通るかもしれん。自信を持って胸を張り揺るがぬ信念で言い通せば、割と相手もプラシーボ効果で勘違いしてしまうものなのである。
「よっこいしょ」
俺はおっさんのようなセリフを吐きながら立ち上がる。孔明先生はヘッドフォンをしてゲームに熱中しているせいで俺が起きたことにすら気がついていないようだ。
ふと時計に目をやると、なんととっくの昔にお昼を回っているではないか。まぁ着物幼女は夕飯を食べに来ようとしているようだから、まだ時間はある。とは言え、大した時間はない。
俺は急ぎ足でカレー鍋のある台所に向かおうとして、ある音で足を止めた。
ピンポーン
それは紛うことなき玄関のチャイム音。
「ちょっと待て、流石にただ放置しただけのカレーってわけにも……」
と言いながらも、急ぎ足で玄関へと向かう。勿論顔はニヤけている。だって、一日ぶりに着物幼女に会えるのだ。嬉しくないわけはない。
宙を舞うようなスキップで玄関にたどり着いた俺は
「いらっしゃい、着物幼女」
と、満面の笑顔で出迎えた。
しかし……
そこに立っていたのは、キリングマシーンこと藤宮花火だったのだ。




