34 ママ
大宇宙守
今更ながら、俺の本名ってやつはフルネームで呼ばれるとトンデモナイ破壊力をもって襲い掛かってくる、主に俺の精神に……。
名付けてくれた両親には悪いが、よくも俺は幼少期にこの名前のせいでグレないでいたものだと思う。いや、よく考えてみれば、ファーストネームの『守』はキラキラネームでもなくごく普通のありきたりなものだ。そう、明らかに名字の『大宇宙』がおかしいのだ! とすると、俺の親もこの名字のせいで恥ずかしい思いをし続けてきたに違いない。
そこでふと疑問が頭をよぎる。
一体、この名字はいつの時代に産まれたんだ……?
そもそも日本が宇宙というものを認識したのは、それほど昔このことではないだろう。とすると、割と新しい時代のものなのだろうか。まぁうちはそんな代々続く名家って感じではなかったし……。と、実家のことを思い浮かべようとして、なんだか記憶の中にモヤのようなものがかかっているのに気がついた。いや、その表現はおかしいかもしれない。いつだって、俺の過去の記憶にはモヤがかかっているのだから……。昔のこと、家族のこと、そんなものを思い出そうとすると、何故だか頭が痛くなったり、薄ぼんやりしてしまう。それはいつの頃からだろうか……。それすらも思い出せない。
と、普通の人間ならば不安に陥ったりするものなのだろうが、普通ではない俺は違う!
『俺は過去など振り返らない! 絶えず未来を見据えているからなっ!』
と、意味不明なカッコイイ台詞を口走っては、なぁなぁにして誤魔化してきたのだ! それどころか、これからも誤魔化し続けていくきである!
「こほん」
小さく可愛らしい咳払いが、俺を思考の渦から引き戻した。
ふと顔をあげると、『いつになったら本筋に戻るの?』とメタ的な面持ちで幼女がこちらを見つめているではないか。
「ジト目幼女キタコレッッッ! 吾輩これだけでご飯三杯はいけますぞ!!」
相も変わらず、孔明先生はノリノリだった。
「えっと、そうそう俺に会いに来てくれたって言ったよね? って、あれ? ここは俺の家じゃないわけだし……。あれっ? なんで俺がここにいるって知って……」
と、ここまで言いかけて、この幼女が完全にただ者ではないと理解できた。一瞬にして俺の額から冷や汗が溢れ出る。
それに気がついたのか、そうでないのか、幼女はクスクスと妖艶に笑ってみせた。
「妖しい感じもまたたまらないですぞ! ギャップ萌えですぞっっ!」
この場の緊迫した空気を、瞬時に壊してくれる孔明先生に、俺はある意味助けられた。
シリアスなんてもんは、正直やってられん! だってあれだろ、シリアスだと誰かが死んだりとか、殺したりとかあるじゃん! だから、この場の空気を即座に打開しなければならない。その為に、満を持して放つ俺の強烈な一撃……。
「ぴろぴろむひょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!」
これぞ俺の必殺技、奇天烈に指先をピラピラと動かしながら、とっておきの変顔をしての裏声での奇声! これによってシリアスな空気は破壊されギャグフィールドが形成される。
更に俺はこのあと謎なオリジナルソングを歌いながら、十分ばかり踊り続けた。何故か肩の上の孔明先生も踊っていた。
ふぅ、ここまですれば完全にここはギャグゾーン。死んだとしても、次の話では何でもなかったかのように生き返ったりするに違いないし、何かに押しつぶされたりしてもペラペラの紙のようになるだけで復活できるに違いない。
「…………………」
幼女はこの異様なサバトを目の前にしても沈黙をして表情一つ崩さないでいた。
――だ、駄目なのか! こいつのはこれは通じないのか……。
俺が落胆しかけた刹那……。
「ぴろぴろむひょ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!」
何と幼女は、俺がやった奥義を完全に模倣してみせたのだった!
何ということだろうか……俺がやると変態以外の何者でもない行為が、可愛らしい幼女がやると、抱きしめたくなるくらいに愛らしく見えてしまうとは……。
「はっ!?」
気がつくと、俺は無意識のうちに幼女を抱きしめていた。そう、幼女のあまりにも可愛らしい行動が、俺の本能に訴えかけてしまったのだ。
「ずるい! ずるいですぞぉォォ!」
孔明先生は悔しがっていた。
「あれ?」
俺は幼女を抱きしめながら、おかしな点に気がついた。幼女にはまるで幽霊のように、体温というものがないのである。とは言え、幽霊のようにすり抜けたりなどはしないで、しっかりとした感触は存在する。そう、このプニプニとしたたまらない感触……。俺はロリコンではないが目覚めてしまってもおかしくないレベルだ。
というか、あれ……? これって通報されて逮捕なんじゃなかろうか? もしかして、いきなり最終回なんじゃなかろうか?
まさかの逮捕エンド?
相手が人間であるかどうかよりも、自分が逮捕されるかどうかを考えてしまうあたりが、我ながら自分らしいと思える。
懲役何年になるのだろうか? 執行猶予はつくのだろうか?
そんな俺に幼女は、まるで聖母マリアのように慈愛に満ち溢れた微笑みをみせる。
「やはり、大宇宙守は面白いな。わざわざ訪ねてきて正解だった」
そう言って、優しく優しく俺の頭を撫でた。
その時俺の身体に電流が疾走った!!
――なんだ! 何だこの感触!? この快感!? 俺が産まれてから今までに味わったことのない溢れ出る多幸感はなんだ!! 俺は今まさに、この幼女に向かって……『ママ!』と叫びたいまでに歓喜乱舞している!!
俺は今まさに、新たなる性癖の扉を開いてしまったのだ。きっとそれは開けてはならぬパンドラの箱だったに違いないのに……。更に頭を撫でられるごとに、『止まるんじゃねえぞ!』と、心から強い衝動が湧き出てくる。
そして遂に……俺は……。
「ママぁぁぁっ!」
己の中の衝動を言葉として出してしまっていたのだった。




