33 呼び方。
俺の言葉を受けた着物姿の幼女は、玄関で下駄? のようなものを脱ぎ行儀よく綺麗に揃える。そして、一度こちらを向き直してゆっくりと口元を緩め笑みを見せた。
ごく普通の感性で言えば、これは『愛らしい』と感じるべきところなのだろう。実際、肩の上にいる孔明先生などは『我、今幼女に微笑みかけられたァァァァっ! キタコレーーーッッッ!!』と、けたたましく騒ぎ立て、鬱陶しいことこの上ない。
そして、俺の後をついてくるように幼女は歩く。当たり前だが歩く。一歩一歩が定められているかのように正確に、的確に、スムーズに……。こんな表現はおかしいとは思うのだが、オートメーション化された工場を思い出させてくれた。
とは言え、この幼女にメカメカしい部分など微塵もありはしない。一般人と比べて祭をあげるとするならば、まるで産まれてから日に当たったことがないように思えるほどの、雪のように真っ白な肌くらいなものだ。そう、この幼女が人間そのものであるのは間違いない。だが、何かがおかしい。そして、その何かがわからないままに、俺はこの幼女を他人の家の応接室へと招き入れようとしてしまっている。
一抹の不安が、今からでも何とかしてこの幼女を家から追い出してしまおうかとも考えたが、もしそうしたならば、
「幼女ッッ! 幼女ッッ! 可愛い幼女ッッ!!」
と、今や蜀軍の丞相かつ大軍師である設定などどこぞに爆発四散してしまった孔明先生に阻まれるに違いないだろう。今となっては、くだらない理由(女子高生の靴の匂いを嗅ぐ)でこの孔明先生を呼び出してしまったことを全力で後悔している。うーん、まさに後悔先に立たずとはこのことだなぁ、うんうん。
いくら普通の家より豪邸である綾小路家とは言え、十秒足らずも歩けば応接室へと付いてしまうもので、俺は応接室の扉を開け、幼女は部屋の中に入りチョコンとソファーへと腰掛けた。そして、俺も向かい合うようにしてソファーに腰を下ろす。
そして向かい合ったまま無言の時間が流れた。
正確には、俺と幼女の間で無言の時間が流れた。
何故ならば、肩の上の孔明先生はしきりに『かわえええー! 嫁にしたいー!』等と何かしら喚き続けていたからだ。
俺はこの無言の時間を利用して(孔明先生のことは無視で)、現在置かれている状況を頭の中で整理しようとした。
――考えろ、考えるんだ。まず第一に、こいつは何処かが普通の幼女とは違っている。まず第一に、今時着物姿の子供なんてそうそう居るはずがない。とは言え、綾小路家は名前からしていかにも名家っぽい、とすると、こういう格式高い家柄の子供はこういった着物などをお召になっていたりしてもおかしくないかもしれない。
俺は上から下まで幼女の姿に改めて目を通す。
着物の良し悪しなど俺にはわからないが、この幼女に似合っていることだけはわかった。まるでオーダーメードで完全にこの子に合うようにあつらえたかのようだ。
――更に考えろ。この幼女がこの家を訪問し、そして『あーそーぼー』等と言ったのは何故なのか? 何かしらの用事を大人から承ってきたのならば、『あーそーぼー』などとは言わないだろう。ならば言葉の意味をストレートに受け取れば、この幼女はこの家に遊びに来たわけだ。そう言えば、綾小路桜には、姉に似て顔立ちが整って利発そうな弟が居たな。もしや、この幼女は弟の友達? もしくはガールフレンド!? とするならば、目的は綾小路桜の弟に会いに来たことになる。ならば、個々の家族が不在なことを教えてあげるのが得策だな。
と、結論めいたことを導き出すことに成功したわけだが、ある一つのことを失念してしまっていた。そう、この幼女は実は詐欺師忍者の変装であるかも知れないということだ。もしくは、なんらかの忍術で操られているということもありえる。世の中は油断できないものであふれているのだがら、なにがあってもおかしくなどないのだ。
はてさて、こうなってしまっては思考の袋小路へと陥ってしまったも同然で、次の一手を打てないまま膠着状態へ向かうだけだ。
ならば、ここはあえてアホになろう!
お前はもとからアホじゃないかとのご意見があるかもしれないが、そんなことはない、そんなことがあるはずがない!!
俺は脳みそをまるで使わずに、相手に言葉を投げかけるという、ある意味無策を投じることにしたのだ。
「あの、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんはこの家に何しに来たのかなぁ〜っ。なぁんて、おじちゃんは思ったりなんかしちゃったりなんかしてェェェっ」
しまった! ここは『お兄ちゃん』と言っておくべきだった。いくら俺がアラサーだとは言え、まだまだ確実にナウなヤングだ! おじちゃんはなかったな。そこの諸君、そんなの気にするところじゃないと思うかもしれないが、それはとても大事なところなのだ。譲れないところなのだ。
「こほん! お兄ちゃんは思ったりなんかしてェッ」
なので、改めて言い直しておいた。
これは本当に大事なのだ。ここをちゃんとしておかないと、これからこの幼女に延々と『おじちゃん』呼ばわりされることになるかもしれないのだから。それはこの繊細なハートを持つ俺には大ダメージを与えかねない。
「わたしは、『大宇宙守(だいうちゅうまもる』に会いに来た」
幼女の言葉に俺は戦慄した。『おじちゃん』でも『お兄ちゃん』でもなく、幼女ははっきりと『大宇宙守』と俺のフルネームを口にしたからだ。




