26 男子はみんなガンダムが好き。
「どうすれば……」
彼らベル様親衛隊にとって、ベルのために力を貸すことは至極当然なことなのだろうが、それと引き換えに毛髪を失うとなっては、誰しも簡単に決断はできはしないだろう。
俺だって、若ハゲになんかなりたくはない。あ、それ以前に俺はベルに力を貸す気なんてサラサラ無いわけなのだけれど。
とは言え、俺達の街の崩壊のカウントダウンは、今のこの時点も止まること無く続いている。
何重にも張り巡らされたベルの魔力障壁も、ヱルの巨体との衝突による衝撃と摩擦熱によって、昔のロボアニメのバリアーのようにパリンパリンと砕け散っていく。砕け散った魔法障壁の欠片が、摩擦熱によりルビーのように煌めき空を舞い踊り美しかった。そう、それはもう今置かれている状況を忘れさせてくれるくらいに……。
とまぁ、俺が辛く苦しい現実から目を背けていた頃、横にいる藤宮花火は、お礼状に現実を見ていなかった。見ていたのは、手に持っているりんご飴と、あんず飴だった。
はてさて、メインキャラである俺たち二人が、現実と真逆のベクトルを見ていた頃、遂にベル様親衛隊は決断を下したようだった。
「べ、ベル様のためならば、毛根の一本や二本!! 惜しむべからず!」
「そうだ! 我らはベル様のために命を尽くすと決めたものの集いだ! ならば……毛根くらいッッッ」
「今こそ、我らの団結により、ベル様への愛と忠誠を示す時!」
口から炎が溢れ出しそうな熱い言葉だった。それとは反対に、目からは涙がこぼれ落ちていた。それはこれから別れゆく定めの、頭髪におくられたものに違いないだろう。
「ベル様っ! 我らの魔力をすべて捧げます!」
ベル様親衛隊は、高々と天高く拳を突き上げ泣いていた、血の涙を流していた。
「ありがとっ☆ ぜぇ〜んぶもらっちゃうね☆」
その血の涙など知ったことかというくらい軽い口調で返しながら、ベルは魔法のステッキを天に向け掲げる。すると、ベル様親衛隊の頭頂部から溢れ出たキラキラと煌くキューティクルの様な物質が、ステッキに向かい集まってくるではないか。
ステッキに集められた力こそは、ベル様親衛隊の毛根の力! それを魔力としてベルは強力な魔力障壁を新たに展開する。
だが、これで事態が打開するわけではなかった。
いくらか持ち直したベルの魔法障壁ではあったが、それでもヱルのただ倒れるというストレートな力に対抗しきれてはいなかったのだ。
「もっと☆ もっと☆ ベル様に魔力をちょうだいねっ☆」
親衛隊の毛根の心配など微塵もするはず無く、ベルは魔力を要求する。
無情にも流れ出る頭皮からの魔力。それと比例するようにして、親衛隊の毛根は一本、また一本と抜け落ちていく。
嗚咽にも似た声を殺した叫び声が、俺の周囲に響き渡る。
現状ではいたちごっこでしかならないのに、親衛隊は魔力を捧げ続ける。
俺はあまりにもむごたらしい惨状に、声を上げてしまっていた。
「もうやめろ! やめるんだ! 見ろ、もうバーコードハゲになってる奴だっている!」
「へへっ、この街がどうなるかどうかの瀬戸際なんです。やってみる価値ありますぜ!」
親衛隊は清々しい良い顔をしていた。
「しかし、このままじゃみんなズラのお世話になることになるんだぞ!」
俺の制止の声に耳を傾けるものは一人もいなかった。
それどころか……。
「親衛隊じゃない奴らまでもが……ベルに魔力を……おくりだしている……だと……」
親衛隊の自己犠牲の精神に感動した者たちが、こぞってベルへの魔力供給を行いだしたのだ。
この時、ここに集まった野次馬たちの心は一つになった。
そしてそのハゲの頭の輝き……もとい心の輝きは、サイコフレームの力となってアクシズを押し戻し、TMネットワークのビヨンド・ザ・タイムが流れ出してエンディングに……。
「っておい! なんだよ! サイコフレームって! アクシズってなんだよ! 落ちてきてるのは、聖ヱルトリウム女学園だし、サイコフレームなんて何処にも出てきてないからな! てか、逆襲のシャア見てないやつにはさっぱりわからねぇじゃねえかよ!」
と、突っ込みを入れながらも、俺は思っていた。ガンダムを見ていないやつは男じゃない! 男とはガンダムを見てこそ男なのである。それは俺の中で揺るぐことのない数少ない真実なのだ。
さて、俺がガンダム大好きっ子であることは良しとして、これだけの魔力が集まったのだ、アクシズならずとも、聖ヱルトリウム女学園など持ち上げられても……と思ったのが甘かった。
これだけの魔力を集めたにも関わらず、これだけの毛根を枯らしたにも関わらず、ベルに出来ることは拮抗状態を保つことだけだったのだ。
「ちっ、所詮雑魚の魔力をかき集めてもこんなもんか……。大した足しにもならねぇ……」
親衛隊に聞こえないくらい小さな声でベルがつぶやいたのを俺は聞き逃さなかった。
つまりは、散っていった奴らの毛根は、完全に無意味だったのだ。
ああ、何という無常……。
これにて万事休止、この街もろとも俺も終わりか……。
そう思った刹那、今まで沈黙を続けていた綾小路桜が口をひらいたのだ。
「もうやめてヱルちゃん! そして私の話を聞いて!」
その言葉に、ヱルの落下速度が心なしか弱まった。
「ねぇヱルちゃん。ヱルちゃんは、私がアイドルになんかなりたくないのに、無理やりならされようとしているから、戦ってくれているんだよね? でもね、ヱルちゃんそれは勘違いなんだよ。わたし、実は……アイドルに少し憧れていたりしてて……」
全ての状況を破壊してしまう、そんな一撃を持つ言葉を、綾小路桜は言ってのけてしまった。
そう、ヱルが戦っているのは、綾小路桜のためである。しかし、この一言により、ヱルが戦う意味が完全に喪失してしまったのである。
と言うか、なんで綾小路桜はこのタイミングでカミングアウトするんだよ……。もう少し早くそれを言ってくれれば、どれだけの人間がハゲにならないで済んだことか……。
そんな思いをいだきつつ、綾小路桜の表情を覗き見てみると……あろうことか恍惚とした表情を浮かべているではないか!
――こ、この女……この状況に興奮していやがる……。自分がヒロインという立場に置かれていることに陶酔している……。
綾小路桜は今まであまりにもモテすぎるので、自ら人間関係を作らないようにして生活を送り続けてきたという過去を持つ。それ故に、このような周りを巻き込んだ状況が嬉しくて、嬉しくてたまらないのだ。いや、もしかするとこれこそが綾小路桜の本性なのかもしれない……。女ってば本当に恐ろしい……。
綾小路桜の言葉に反応し、ヱルは自分の体の落下をやめて元通りに垂直に立った。
これによりベルも魔法障壁の展開を終了させる。
しかし、無くしたものは大きかった。
ベル様親衛隊の殆どは良くてバーコードハゲ、悪くてツルッパゲ状態に陥ってしまったのだから……。
これにて、戦いに終止符を打たれた……かに思えたその時。
「おい! 聖ヱルトリウム女学園! いやさヱル! こんなことで、ベル様とお前との決着が付いたと思ってんじゃねえだろうなぁ! 違うだろ? 決着ってのはもっとシンプルにつけなきゃいけねえだろ!」
アイドル口調を何処かに置き忘れたベルが、ヱルに向け啖呵を切ったのだ。




