25 アクシズ落とし。
綾小路桜は語る。
あれは数日前に、少し離れた街に『ヱル』と二人で遊びに出かけたときのことだった。
二人で仲良く恋愛映画を見て『こんな恋愛素敵だね』なんて女の子らしいことを語り合った後に、その出来事は起こったらしい。
はい! そこ! この時点で突っ込み所満載だとか言うんじゃありません! 聖ヱルトリウム女学園だって映画くらい見るんだよ。映画館より大きな体でどうやって中に入るんだよ……と、普通の人間なら思うかもしれないが、それはアレだ、きっと何かコツがあるに違いない。あれだよ、小さいバッグの中に入る芸人とかいるだろ、そんな感じだよ……知らんけどな!
まぁ、ヱルの後ろの席になったやつは、映画の画面どころか何一つとして見えないだろうし、それ以前に精神の均衡を保っていられるとも思えないわけなのだが……。
いろいろなことはさておき、映画館を出た二人の前に現れたのは、チャラい男子二人組。きっと、この男子の目にはヱルの姿は入っておらず、見目麗しい綾小路桜の姿岳が見えていたに違いない。そうでもなければ、いくら美少女とはいえこんなトンデモナイ連れのいる女の子に声をかけることはありえないだろう。
「ねぇねぇ、これから一緒にお茶でもしない?」
なんて、定番な台詞をチャラ男は投げたけたらしい。
「すみません、ごめんなさい」
綾小路桜は丁寧にお断りの台詞を言うと、足早にその場を立ち去ろうとした。が、そこであろうことか、チャラ男は綾小路桜の手を強引に掴んだのだ。
「痛いっ」
綾小路桜は苦痛に少し顔を歪めた。
それを見たヱルが黙っているはずはなかった。いや、まぁヱルは喋れないので黙っているわけだけれども。
この二人に対して、攻撃を試みたのだ。
その方法とは……。
はい、ここで回想終わり。
今まさに何かが起こらんとする、ベルVSヱルのいる川原へと戻ります。
「ヱルちゃん、その場で……倒れたんです……」
綾小路桜の言葉を聞いて、俺は少しの間頭上にクエスチョンマークをくるくると回転させた。
が、数秒後にはそれがどれほど恐ろしい破壊力を持っているかということを想像することが出来た。
ヱルは全長数百メートルの巨体である。しかも校舎だけでなく、その敷地面積も要している。その質量たるや、考えたくもないレベルなわけだ。それが倒れる……倒れる速度と質量を掛け算すれば、その破壊力が出るわけだが……そりゃ街の一つや二つ、壊滅させることは容易いに違いない。
たしか原子力空母が全長三百メートルくらいだったよな。直立した原子力空母が、倒れてくるところを想像すれば、その恐ろしさを感じることが出来るだろう。
一つ謎なことは、どうしてその場に居た綾小路桜が無事だったのかということだが、ここまで意味不明なパワーを持つヱルなのだから、きっとなんかよくわからん力で守ったに違いない。
「とすると、ヱルはその時と同じことをすると……」
「……ヱルちゃんすごく怒ってるから」
俺が雲を突くような巨体のヱルの姿を見上げると、ぼんやりと赤い色を放っていた。これは校舎内の非常灯が光っているわけではない、綾小路桜を無理やりアイドルになんてさせないという想いと、大事な校舎を攻撃されたことによる怒りが混ざりあった感情を示しているに違いない。多分……。
そして綾小路桜の予感は、的中することになる。
「ウォォォォッ! 聖ヱルトリウム女学園が傾いてきて……そのまま自重に任せて倒れッッッ!!」
実況が喉から炎を出さんばかりに吠えた。
「私の予想したとおりの攻撃です。しかしこれでは……」
そう、これじゃベルを倒すだけでなく、この周囲に集まった野次馬は全滅することは必至。勿論、その野次馬の中には俺も含まれていることだろう。
ああ、つい先日も死線を彷徨ったと言うのに、またしてもか……。ドラゴンボールくらいないと、この世界やってらんねえわ。と、俺が心のなかでぼやいている間にも、物凄い風圧を放ちながらヱルの巨体は迫りくる。
――あ、死んだわ。
そう思った刹那、迫り来る巨体がその動きを止めた。
「い、生きてる……」
俺はまだ自分が現世にいることを確認すると同時に、何故生きているのかを確かめるべく、視線を向かわせた。
そこには……。
「えへへっ☆ 全力全開の魔法障壁だよっ☆」
エルの巨体と擦れ合うようにしているのは、ベルの展開する漆黒の魔法障壁。俺たち野次馬全部を包み込むほど巨大な魔法障壁をベルは瞬時に展開してくれていたのだ。こんな状況であるというのに、可愛い口調を忘れないのは、アイドルの鏡と言えよう。
「お前……そんな人間みたいな優しさを持ち合わせていたんだな……」
正直驚いた。こいつは自分以外がどうなろうとなんとも思わないタイプのやつだと思ってた。
「ベル様はぁ、アイドルだからぁ〜、金づる……、コホンっ☆ ファンのみんなは大切にないとねっ☆」
なるほど。よくよく周りを見てみると、野次馬の中にはベル親衛隊と書かれた鉢巻と法被を身に着けた連中が大量にいるではないか。
ファンを大切にする。いきなり結婚宣言なんてしたりしない。うむ、アイドルの鏡である。そして金づると言う言葉が聞こえたのはあえてスルーしておこう。
これですべてが助かった。
と、楽観するのは早かった。
少しずつ、少しずつではあるが、ヱルの巨体はこちらにむけて倒れかかり続けているのだ。
「くっ、このベル様ともあろうものが、この程度の魔力しか出せないなんて……。まだアイツの封印が完全に解けてないっていうのかよっ!!」
ベルの表情が苦痛にゆがむ。それはアイドルがみせて良い類の表情ではなかった。
つまりは――ベルの力はもう限界レベルに達しようとしているのだ。ところでアイツの封印がどうのこうのいっているが、きっとこれは伏線であるに違いない。
「ベル、大丈夫なのか? 大丈夫じゃなくても頑張ってくれないと、俺的には死んでしまうわけなんだが!」
自分のことしか考えていない、主人公にあるまじき台詞を、俺は何ら恥じることなく胸を張って言ってのけた。
「ふふん。ベル様は伊達じゃないんだからっ☆ たかが学園一つ、ベル様の力で押し返してみせるよっ☆」
と、何処かで聞いたような台詞だが、今はそんな突っ込みをしているような事態ではない。
このままでは数分を待たずして、ベルの魔力障壁は崩壊して、俺はお陀仏に……。
おっと、俺の周りには女子が二人いるんだった。とは言え、綾小路桜はきっとヱルの力によって守られるだろうし、藤宮花火も持ち前の鬼神じみたパワーで何とかするに違いないので、心配はいらないだろう。そう、心配すべきは我が身だけなのだ!!
まだ距離はあるというのに、ヱルから発せられる圧力に今すぐに押しつぶされてしまいそうで、俺は思わず膝をついてしまった。
だが、この絶望的な状況下においてなお、胸を張り顔を上げる連中が居た。
「ベル様に、俺たち親衛隊の声援を送るのだ!」
「そう、俺達の声援はパワーとなりベル様を支える!」
「ベル様ァァァァ! ファイトォォぉ!」
それはベル様親衛隊の面々であった。
統制の取れたフォーメーションでヲタ芸を披露しているその姿は、さながらキチ○イのようでもあり、女神に祈りを捧げる敬虔な教徒のようでもあった。
その声援にベルもパワーを貰い、頑張る……かと思いきや。
とんでもないことを言い放ったのだ。
「みんなぁ〜ベル様のことぉ〜大好きぃ〜?」
「大好きでぇェェェっす!」
全員が一糸乱れぬタイミングで言葉を返す。
「じゃあ、ベル様のためにっ魔力をちょうだい☆」
「あげまぁァァァァス!」
え? 何言ってんだこいつ。一般人から魔力を吸い上げようっていうのか? ってか、一般人に魔力ってあるのか?
「じゃあ貰っちゃうね☆ あ、一つ言い忘れたけどっ、魔力を失うと毛根が死滅しちゃうけどいいよねっ☆」
「いいでぇぇぇぇ……え?」
親衛隊の一糸乱れぬ言葉が乱れた。
なんと魔力は神ならぬ、髪に宿っていたのだ!
そう言えば、魔法少女ってのは大体キューティクル万全な艶やかな髪をしているよな。なるほどそういうことだったのか、納得納得。
こうして、親衛隊は自らの毛根と、信奉するアイドルへの忠義を天秤にかけることとなったのだ。




