怪物の事情
時は戻り、現在――
「…………」
黒の、黒と呼ばれていた時代の怪物たちの昔話を銘は無言で聞き、聞き終わった後もしばらく口を閉ざしたまま、ジッと黒の方を見ていた。
「…………」
黒もまた自身の教え子の視線をジッと真正面から受け止めた…………やがて、
「つまり」
ようやく銘は口を開いた。
「先生と海さんはその人たちの人生を奪って、今、生活しているんですね」
「っ――」
「…………」
言葉同様に鋭い銘の視線を黒は真正面から受け止めた。
「奪ったというのは少し意味が違うように思います。僕らが見つけた時、彼らはすでに生命活動を終えていました」
「…………」
普段の授業と違い、銘は至極真剣な顔で黒の話を聞いた。
「これは簒奪ではなく、拝借というのがより適切な表現だと思われます」
黒の出した結論に、銘は怪訝な顔で眉を潜めた。
「それ、屁理屈ですよね」
「屁理屈かどうかは、個人の感想でしかありません。それが屁理屈かどうかは大したことではありません。大事なのは、それがちゃんと筋の通った、理屈であることです」
「それは…………そうかもしれないですけど」
ネットで有名な人が言っていそうな言葉を自身の担任から聞き、少し銘の中で黒の先生としての信頼度が下がった。
「…………」
ここまでずっと、無言で目線を落として、ちらちら銘の様子を伺うもう一人の怪物。
「海さん」
「…………なんだ」
銘の視線を、青は真正面から受け止められなかった。
「お父さんは、海さんがソノ…………人間じゃないってこと、知ってたんですか」
「っ――」
銘の言葉に、青は静かに首を横に振った。
「健吾は俺が怪物だってことを知らない。最後の最期まで、俺のことを…………相棒だと思ってくれていたよ」
捜査一課の刑事だった銘の父とかつてバディを組んでいた青は、仕事だけでなくプライベートでも仲が良かった。休みの日はよく、朝から釣りに出かけ、そのまま銘の家で夜が明けるまでお酒を飲んでいた。
正直、夜通しむさい男の笑い声が聞こえ、銘は嫌だったのだが、それでも父が亡くなった日の通夜で、青は誰より父の死を悼み泣いていたのを銘は覚えている。
そんな青がずっと父に隠し事をしていた。父の一番傍でずっと父の事を騙していた。
銘自身、簡単に受け入れられることではなかった。だが、それでも、銘には青に聞かなければならないことがあった。
ある、真実を…………
「あの日の事、海さんは知らないって言っていたけど。本当は何があったか全部知ってるんですよね」
「…………」
「あの日の事」、それだけで青は銘が何を聞きたいのか察しがついた。
「あの日――」
銘の父が追っていた犯罪者の反撃に遭い、殉職した日。
「俺たちは一人の犯罪者を追っていた。女子供を攫って、いたぶって泣き叫ぶのを見て喜ぶクソみたいな野郎だ」
飽きたら殺して、また新しい被害者を探す。結局、その犯人は計八人の子供と若い女性を手に掛けた。
「健吾――銘の親父さんは現場に残ったわずかな証拠から、被害者と何の接点もない犯人を特定してみせた。俺たちは早速犯人(その時はまだ容疑者)の家に突入した」
「そして、お父さんは犯人ともみ合いになって…………」
犯人は銘の父の腹を隠し持っていた刃物で刺し、逃亡。行方をくらませた。
それが、世間に知らされた事実であり、銘に伝えられた内容もほとんど相違ない。
「ああ、概ねそれで間違いない。だが――」
この話には続きがあった。
「お前のお父さんを殺した犯人は、もうこの世にいない」
「っ――」
知らされていなかった、真実を聞き、銘は目を見開いた。
「まさか、海さんが…………」
「……………………」
確かに青は現在の法では裁けない悪人を自身の食料とするためこの世から密かに消している。だが――
「あんなクソ野郎、いくら腹が減ってても、喰うのはごめん被るぜ」
青は銘の父を殺した犯人を、すでに殺害していた。死体は、喰わずにバラバラにして誰にも見つからないよう海の底に沈めてある。
「…………」
事件の顛末を知り、銘は言葉を失った。
「もしかして、銘さんが探偵活動をしていたのは、お父さんを殺した犯人を自分の力で見つけるためだったんですか」
「っ――」
「銘、お前…………」
銘が探偵をする理由。
黒の言う通り、父を殺して逃げ果せた犯人をこの手で捕まえ、公の場でその罪を裁いてもらうこと。
だが、それが叶うことはもう永遠にない。
銘の目的は自分ではない誰かの手によって、銘の希望とは違う形ですでに叶えられていた。
全くうれしくないわけではない。父を殺した犯人に同情する気持ちはこれっぽちもない。むしろ、ざまぁみろと思う気持ちまである。それでも――
「…………」
割り切れない気持ちが、銘の中に確かにあった。
「それで、先生と海さんは昨日の事件で捜査を」
結局、心のわだかまりは解れぬまま、銘は自分の心から目を逸らすように話題を変えた。
「ああ、そうだ」
そんな銘の内心を察し、察したうえで黒たちは銘の話に付き合うことにした。
「僕たちの古い友人に医学に精通した者がいましてね、彼に先日の怪物の調査をお願いしたんです」
「古い友人って、その人も先生と同じなんですよね」
銘の問いに、黒は肩をすくめて応えた。
「先生たちとアレは、別の生き物なんですよね」
「同じとは思いたくないですね」
外見でいえば共通する部分は多い。だが、内面、特に知性という点においては野良怪物と黒たちには明らかな差があった。それこそ人間と獣ほどの差が。
「まあ、今夜の白の検死結果次第だな」
(白…………)
ジロッ
不用意に白の名前を出した青を黒は睨んだ。
(あっ、やべ)
「「「……………………」」」
しばらく沈黙の時間が流れた後、銘は口を開いた。
「先生、海さん――」
続く言葉を聞くよりも早く、黒は答えた。
「だめです」
「――っ」
「自分も一緒に捜査に同行させろと言うのでしょ、だめです」
銘が言おうとした言葉を先読みした黒は念を入れて、断った。
「私は教師で、君は教え子です。教師として教え子を危険に晒すわけにはいきません」
「…………高校を辞めたら」
「どうして私が自分の教え子でもない子供の言うことをいちいち聞かなければないのですか。論外です」
「…………」
この事件、黒たちの協力は必要不可欠。真相究明もそうだが、自分の身の安全のためにも。なんとか自分も黒たちの捜査に加えてもらえないか、銘は思考を巡らせた。
そして、一つのアイデアを思いついた。
「冷蔵庫」
「「っ――」」
ポツリと銘が零した言葉に、黒たちは目を見開いた。
この反応を見て、銘は確信した。
「あー、熱い」
わざとらしく、服の襟を掴んで熱いアピールする銘。
「これだけ、熱いと喉が渇きますよね。お水をもらっても」
「…………」
銘の言葉を聞き、黒は一瞬、流し台の方を見た。
「まさか、客人に水道水を出したりしないですよね」
今度は黒の思考を、銘が先読みした。
「銘さんは客人ですから、座っていてください。飲み物なら僕が」
「いえいえ、お構いなく。先生は私の先生で、海さんは私のお父さんのかつての仕事仲間ですから。ここは、この中で一番の若輩である私が…………」
人間社会独特の、社会的地位もしくは年齢が低い者が、物を取りに行くといった雑用を率先して行わなければならないというよくわらかない風習に黒たちは窮地に追い込まれていた。
基本、冷凍庫で保管して、食す前日に自然解凍させている黒だが、中には調達した時点で食べられなくなる寸前――状態のよくない、腐敗寸前のものもある。
そういったものは、完全に食べられなくなる前にすぐに食べるため、冷蔵庫にほぼありのままの形で保管してある。
(今開けられたら、銘さんにあれを見られますね)
そうすると黒は銘に弱みを握られることになる。
銘自身、そんなもの見たくもないし、一歩間違えば口封じをされる危険な行為だが、今までの黒との会話から黒はそんなことしないと判断した。
「…………」
しばらく、考え込む黒。そして――
「…………はあ、わかりました。でも、命大事に。危険な時は一目散に逃げること。これが守れるなら、一緒に事件の捜査に連れて行きましょう」
「やった」
黒は銘の同行を了承した。
「おいおい、いいのかよ」
「仕方ないだろ。もしもの時は、お前がすぐに安全な場所に避難させてくれ」
「……………………」
下手に拒絶するぐらいないなら、一緒にいて見守ってあげた方がよい。黒の考えは青にもちゃんと伝わっていた。
「わかったよ」
結局、青たちが折れ、銘は黒たちと共に事件の捜査をすることになった。




