それぞれの調査
放課後――
銘は学校が終わるとすぐにある場所へと向かった。
その途中――
「お、銘じゃねえか」
銘はガタイの良い大柄な青髪の男に話しかけられた。
「っ――」
男の顔を見た瞬間、銘は目を見開いて驚き、そしてほんの一瞬、「うげっ」という顔をした。
男は、銘のよく知る人物だった。
「た、大さんっ」
銘はすぐさま顔を取り繕った。
銘に話しかけてきたのは青島海洋(親しい者たちからは青という愛称で呼ばれている)。かつての父の仕事仲間である。
「久しぶりだな」
「お久しぶりです」
親戚のおじさんがするような朗らかな笑みを浮かべる青に対し銘は愛想笑いを浮かべた。
「今日はお仕事じゃないんですか」
青の服装を見て、銘は青が今は仕事中でないと判断した。
青は普段、決まった服を着て仕事をしているのだが今の青が着ているのは私服。タンクトップにジーンズである。
「ああ、今日は非番でな。これから知り合いと会う予定なんだ」
「そう、なんですか」
早く話を終えたかった銘は、あえて話を広げようとせず、愛想笑いを浮かべ続けた。
「最後に会ったのは五年位前か」
「そう、ですね」
「あんなに小さかった銘が、今じゃこんな立派な女子高生に…………」
「…………」
「健吾の奴もきっとあの世で…………」
「か、海さん」
「うん――」
しばらく愛想笑いを続けていた銘だが、久しぶりに銘と会えた喜びでおしゃべりが止まらない青に堪らず、口を開いた。
「お時間大丈夫なんですか。何か用事があるんじゃ」
「あ、そうだ。アイツと待ち合わせしてるんだった。ねちっこい奴だからな。一秒でも遅刻したら、一日中嫌味言われる」
青は慌てて、待ち合わせ場所に向かって走り出した。
「じゃあな銘、積もる話はまた会った時にゆっくり――」
「はいっ――」
またっ、と言おうとして、銘は口をつぐんだ…………
「…………」
こうして、二人は別れた。
「はぁあ」
青の姿が見えなくなった後、銘は一度だけ大きな息を吐いた。そして、再び目的地へ向かって歩き出した………………………………
銘がやってきたのは、この国一の秀才たちが集まるこの国最高の偏差値を誇る大学。そこの図書館。
中学、高校とは打って変わって、大学は誰でも出入りできる解放された空間。何の関係もない銘でも簡単に入ることができた。
「うわぁ、本がいっぱい(あたりまえだけど…………)」
銘の目的はこの大学の図書館、にある資料室。
「ここも本がいっぱい…………」
資料室には、この大学にまつわるありとあらゆる情報(歴史)が保管されている。その中にはもちろん、この大学の卒業生――黒川明弘に関する情報も…………
銘は目的の物を見つけるため、誰もいない資料室を探し回った。
「四百四期生、これか」
銘は歴代の卒業アルバムが並ぶ棚から、以前聞いた教師・黒川明弘の年齢から逆算して導き出した卒業年のアルバム――四百四期生の卒業アルバムを手に取った。
(先生の性格的に何が何でも一番ってこだわりがある感じじゃないし、たぶん現役合格だよね……………………あ、いた)
パラパラとアルバムを捲っていると、学部ごとに卒業生たちの宣材写真が並べられたページで、銘はあっさり大学生時代の黒川を見つけた。
「うわ、今と全然見た目変わらない。先生って老け顔だったんだ」
写真は五十音順に並べられており、黒川より若い名前の学生は当時いなかった。
そのため、黒川の写真の横には所属している学部を示す文字が書かれていた。
(教育学部…………似合わなっ)
銘は早速、第四百四期生の教育学部の学生たちの思い出の写真が貼られたページを開いた。そして――
「誰っ」
そこで、満面の笑みで同じ学部の学生たちと肩を組んでピースをする学生、黒川を見つけて、思わず大声を上げてしまった。
「っ――」
すぐさま、銘は自身の口を手で覆った。そして、ソーッと周囲を見回した。
「…………」
幸い、近くに人はおらず、叫び声を聞かれることはなかった。
「ふぅう」
ホッと銘は胸を撫で下ろした。
(まさか大学デビュー…………)
さらにページをめくっていくと、新入生歓迎のバーベキューイベントや学園祭の写真が載っていた…………どれも黒川は同級生と楽しそうに笑顔で写真に写っていた。
(いや、本当に誰っ。とてもじゃないけど今の先生に似ても似つかない…………顔は同じだけど。これじゃまるで――)
別人みたい。
なおもページを捲り続けた銘はとあるページで言葉を失った。
「えっ…………」
開いたのは、大学生の部活…………当時あった各サークルを紹介するページ。
あるサークルを紹介しているページで当時大学生の黒川と、もう一人…………銘のよく知る人物が笑顔で一緒に写っていた。
「海、さん」
黒川と共に笑顔で写る、青髪の青年――大学生時代の青島海洋。
他にも五人の学生が写真に写っていた。
「どういうこと、これ」
学生たちの背後で広げられた横断幕には山岳サークルの文字がデカデカと書かれていた。
★★★
「よお、待たせたな黒」
「青…………」
人通りの多い駅前広場で、スーツケースと共に立つ黒の元に先ほど銘と別れたばかりの青が現れた。
青の待ち合わせ相手は銘の担任である黒のことだった。
「二分遅刻だぞ」
スマホの画面を見て、時間を確認した黒は青の想像通り、青の遅刻を指摘した。
「まあ、まあ、いいじゃねえか、たった二分ぐらい。固いこと言うなよ」
そう言いながら、青は馴れ馴れしそうに黒の肩に腕を回した。
「いいか、どうか決めるのは待たされた俺が決めることだろ」
青に回された腕を黒は迷惑そうに離した。
「青島さんは学校で十分前行動って習わなかったんですか。約束の十分前には集まっているのはこの世界の常識ですよ」
「おおー」
黒のこの発言に、青は心の底から感嘆の声を漏らした。
「まるで学校の先生みたいだな」
心の底から感嘆とする青を見て、黒は腹の底からせり上がってきた息を思いっきり吐き捨てた。
「まるで、じゃなくて、俺は今、本当に学校の先生なんだよ」
「ああ、そうだったな」
そう言って、青は腹から声を出して、大笑いした。
「それで、俺をわざわざ呼び出した理由はなんだよ。まさか、久しぶりに俺の顔が見たくなったとか言うんじゃねえだろうな」
「まさか」
黒は皮肉たっぷりに笑ってみせた。
「だろうな」
それを見て、青は肩を竦めた。
「で、なんで俺を呼んだんだ」
「…………」
黒は青に今日呼び出した理由――昨日、銘と共にあった野良怪物の話をした。
「まじかよ、俺の知らない所でそんなことが」
「心当たりはないか」
黒に問われ、青は首を横に振った。
「あるわけないだろ。そんな怪物が出たなんてことになったら、街中大騒ぎだ。クマどころの騒ぎじゃねよ」
「そうだな…………(警察官ならもしかしたら一般人に出回っていない情報を持っているかもと思ったが、今のこいつは交番勤務。情報があっても、こいつの所まで回ってはこないか)」
今の青の仕事は、この辺りを管轄にしている警察官。
普段は制服を着て、街の巡回などをしている青だが、黒と会うため今日は休みを取っている。
「お前の方こそ、何か心当たりはないのかよ」
「それは…………」
一瞬、青に話して良いかどうか考えた黒だが、青の反応を見て、この件に青は関与していないと判断。
黒は今ある情報から導き出した現時点での自身の憶測を青に話した。
「俺は、俺たちの中にこの事件に深く関わっている奴がいると考えている」
「俺たちの中にっ」
青もまた、黒と同族(同じ)だった。
「俺はこれから、その最有力候補に会いに行く。青、お前はどうする」
「どうするって、そりゃ――」
青は迷わず、黒の肩に再び腕を回した。
「行くに決まってんだろ」
(だろうな)
そうなることを期待して、黒はまず青と会う約束を取り付けた。
「行くぞっ」
「おう」
そうして、二人は共に歩き出した…………………………………………
「…………ここは」
二人が向かったのは、とある病院。
「…………」
無言で病院内に入る黒。
「お、おい」
後を追って、青も中へと入っていった。
「「……………………」」
すでに診察時間を過ぎているため、病院内の人はまばら。職員か入院患者の面会人しかいない。
黒たちは真っすぐ診察室へ。
「急患ですか――」
診察室の中にいたのは白衣を着た白髪の優しそうな青年。
「久しぶりだな、白」
「おーす、白。久しぶり」
黒がこの病院に来た目的――白樺白兎(親しい者たちからは白の愛称で呼ばれている)。この病院の若き院長である。
「…………黒。それに青も」
黒と青の姿を見て、白は目を見開いて、驚いた。そして――
「久しぶりですね。どうしました」
白は笑顔で、同族二人を迎えた。
黒と青はここに来た事情を白に説明した。
「…………なるほど、僕たち以外にも同族が」
「まあ、本当に俺たちと同族かどうかはだいぶ怪しいみたいだけどな」
「一種の突然変異、もしくは意図的に作られた造物…………」
黒たちの話を聞き、白は興味深そうに顎に手を当て、ブツブツ独り言をしゃべり始めた。
「遺伝子操作、異種族同士で交配…………それはあり得ないか」
自分の世界に籠る白に黒は鎌をかけた。
「単刀直入に聞くが、この件にお前は関わってないのか」
「と、言うと」
白はどこか面白がるように、黒の問いの根拠を聞いた。
「お前は、医師でありこの病院の院長だ」
白の挑戦的な笑みを見て、訝しむ黒。
「あの野良怪物が自然発生ではなく意図的に作り出された者だと仮定した場合、怪物を作り出すための相応の知識と施設が必要になる」
「確かに」
黒の説明を白は肯定した。
「その両方をお前は併せ持っている。だろ」
「そうだね…………」
黒の話を聞き、白はしばらく無言で黒を見つめた……………………そして――
パチパチパチ
突如、嬉々として手を打ち鳴らし始めた。
「お、お前」
「素晴らしい。君には探偵の才能があるよ」
ひとしきり拍手をした後、白は――
「でも、残念。僕は無関係だ」
黒の推理を否定した。
「証拠は」
「それを提示する義務があるのは君の方じゃないかな。探偵クン」
二人はしばらく無言で互いに視線をぶつけ合った後、
「とりあえずは信じてやるよ。とりあえずは、な」
「それはどうも」
黒が折れた。
先ほど黒が言ったのはただの推論。推理だ。白の言う通り、現段階で白が先日の野良怪物の一件に関わっていた物的証拠は何もない。
もし、自分たちの同族が関わっているのだとしたら、現状、白が一番怪しいというだけ。それもだいぶ薄い、オフホワイト程度の怪しさ。
これ以上、白に詰め寄っても時間の無駄と判断した黒は、話題を変えた。
「ところでお前には折り入って調べてほしいことがあるんだ」
「僕に」
黒がここに来たのはほんの少しだけ他の同族より疑惑が濃厚な白を問い詰めるためだけでは、もちろんない。
黒にはもう一つ、目的があった。
むしろこちらが今回の本題である。
黒はここまで引きずってきたスーツケースの中身を白たちの前で見せた。
「っ――」
「おいおいこれって」
スーツケースの中に入っていたのは、昨日、黒と銘を襲った野良怪物。その死骸(防腐処理済み)。
「こいつが俺たちの同族なのか、それとも全く違う別の生き物なのか。白に徹底的に調べてほしい」
「「…………」」
初めて自分たちと同じ、かもしれない実物の野良怪物を見て、二人は言葉を失った。
(この驚き方からして、この二人は今回の件に関わってなそうだな…………もちろん、演技という可能性もなくはないが)
少なくとも、そんな器用な真似ができるとは到底思えない青は今回の件に無関係であると黒は確信した。
気色悪いと言うように顔を歪ませ、野良怪物の死骸から一定の距離を保って近づこうとしない青に対し、興味深げに至近距離まで近づいて野良怪物の死骸をまじまじと眺める白。
「いいのかい。この件に関して僕はまだ潔白を証明できていないのだけれど」
「とりあえずはお前を信じるよ。このままじゃ何も進展しないからな」
その後、黒と白は一瞬だけ目を合わせるとほんの少しだけ、笑った。
「お前ら…………」
それを見て、青は一言――
「相変わらず、素直じゃねえな」
「うるせぇ」「うるさいよ」
今夜、誰もいない深夜に死体解剖をしてみるという白に野良怪物の死骸を預け、黒と青は診察室を出た。直後――
「あれっ」
黒たちは偶然、小柄な金髪の少年と邂逅した。
「黒と青じゃんっ。久しぶりっ」
人懐っこい笑みを浮かべ、黒たちに話しかけてきたのは鷹峰黄色(親しい者たちからは黄と呼ばれている)――鷹峰財閥の御曹司である。
「黄っ、久しぶりだな」
「どうしてここに」
黄もまた、黒や青と同じ…………
「ちょっと、白と内密な取引があってね」
「取引」
黄の不穏な言葉に黒は思わず、眉間に皺を寄せた。
「ん、どうしたのそんな怖い顔して」
「っ――」
疑う黒に対し、あっけらかんとする黄。
「その取引について俺たちにも教えてもらっていいか」
「うん、いいよ」
あっけらかんとした様子で、黄は取引の内容を黒たちに説明した。
「…………」
黄の話を聞き終わった、二人は――
「なんだ、そんな話かよ」
「はあ」
拍子抜けして肩を落とした。
黄と白の取引は、今回の件と関係がなかった。
「じゃあねぇ」
その後、黄は白のいる診察室へ入っていき、二人は病院を出た。
「結局何の手掛かりも見つからなかったな」
「あとは白の解剖(頑張り)次第だな」
そうして、二人は黒の自宅がある方向へ向け、肩を並べて歩いていった…………
「いつまで付いてくるつもりだ。用件はもう済んだはずだが」
「連れねえこと言うなよ。久しぶりに会ったんだから。二人で飲もうぜ。俺今日非番だし」
「一人で飲んでろ」
他愛もない話をしながら歩いていると――
「「っ――」」
二人は同時に足を止めた。
二人の足を止めさせたのは、目の前にいる、本来この場に居るはずのない一人の少女。
「銘…………」
「銘さん…………」
黒の担任するクラスの生徒の一人であり、青のかつての相棒の大切な愛娘。桐谷銘は電柱を背に、これまでの黒との会話から自宅があるであろう場所の近くで黒と、恐らく黒と一緒にいるであろう青を待ち伏せしていた。
「二人にお話があります」
そう言って銘は手に持ったスマホの画面――つい先ほど、大学の図書館で撮った、山岳部の集合写真――大学生時代の黒川たちが映る写真を黒と青に見せた。
「「…………」」
その後、三人は場所を変えましょうという黒の案に乗り無言で黒の借りるアパートの一室に向かった。




