赤vs黒
翌日――
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
歓声とも怒声とも受け取れる、うるさい観客の声に黒は顔をしかめた。
(どうしてこんなことに…………)
黒がいるのは、赤がチャンピオンの地下闘技場。その鉄格子の中。
「それでは本日のメインイベント――」
実況兼盛り上げ役の男の声が、会場全体に響き渡る。
「連戦連勝。間違いなくこの闘技場始まって以来の最強のチャンプ。今日も相手選手の血で全身を赤く染め上げるのか――燃え盛る狂戦士、赤沢武琉ゥウウウウウウ」
赤の人間としての名前を聞き、観客たちは一層沸きあがった。同時に、赤がスポットライトで照らされる。
「対するは名前不詳。素性不詳。経歴不詳。分かっているのはかなりの実力者であるという事だけ。チャンピオン推薦の無名の選手――アンノーンンンンンンンンンンンン」
そうして黒も赤と同様、スポットライトで照らされた。
「「…………」」
赤が黒たちに協力する引き替えとして出した条件――地下闘技場でチャンピオンである赤と戦うこと。
闘技場という名の鉄格子の中、スポットライトは二人の怪物を明るく照らした。
「誰だ、あの選手。アンノーン」
「聞いたことねえな」
赤と違い、新参者である黒の、選手としての仮名を聞いても、観客たちが歓声を上げることはなかった。
「チャンプ推薦だってよ」
「まじかよ。てことは結構やるんじゃねぇのか」
「てか、チャンプ友達いたんだな。以外…………」
(あいつ、後でぶっころす)
観客たちの間で動揺が広がる中、この試合でのオッズが公表された。
「これが今回の試合のオッズになります。皆さまどうぞ奮ってご参加ください」
運営が設定したオッズは当たり前だが、チャンピオンである赤の方が遥かに小さく、黒の方が遥かに大きいオッズとなっていた。
「…………」
かけ金もまた、赤の方が黒より遥かに多い額となっている。
それはつまり、この場にいる誰も黒が赤に勝つとは思っていないということである。
「集金タイム終了となります」
そして、二人の間に審判――この地下闘技場の支配人である男が立った。
「…………」
審判はもったいつけるように、長めの間を置き、そして
「ファイッ――」
試合開始の合図を出した。
「「っ――」」
二人は試合開始と同時に、相手との距離を詰め、互いの顔面に渾身の右ストレートを放った。
「「っ」」
ノーガードで相手の拳を受け、勢いよく交代する二人。
「「「「「「おおぉ」」」」」
その光景に、観客たちは思わず、感嘆の声を漏らした。
「おいおいまじかよ。あのチャンレンジャー、チャンプのパンチ受けたってのに、立ってるぜ」
「てか、あいつチャンプ思いっきり殴ってなかったか」
「チャンプがチャンレンジャーの攻撃まともに受けたのいつぶりだよ」
「これはひょっとして、ひょっとしてがあるかもよ」
「かー、俺はチャンプに全財産賭けてんだよ。勝ってくれぇえええええええええチャンプ、俺のためにぃぃぃぃぃ」
「チャンレンジャーも負けんなぁぁああああ」
唯一事前に決めていた、試合開始直後の同時顔面ストレートを見て、一気に会場が沸きあがった。
(いってぇ、ちゃんと手加減しろよ、あいつ)
この試合での黒の役割は、試合を彩る――やられ役。
怪物である赤に人間が真正面から一対一で挑んでも敵うはずがなく、マンネリ化してしまっているチャンピオン戦の観客に刺激を与えるため、いい勝負をしている風を装ってほどほどのところで敗北する、かませ犬。
「「っ」」
だが、黒は最初の一撃で互いに距離を取った後、すぐさま再び赤との距離を詰め、攻撃を放った。
「黒の奴、結構本気だな」
(あれが、先生の本当の力)
黒の猛攻を防戦一方で受ける赤。
(おいおい、八百長だってわかってるのかよ。だから、演技がからっきしの青じゃなくて、お前を相手に選んだんだぞ)
「…………」
手を抜いているのはわかるが、明確に赤を倒そうとする意思も感じ、赤は少し焦った。
(まずいな)
赤の想定では、プロレスのように派手に見える技をいくつか繰り出して観客を沸かせた後、程よい所で黒がわざと倒れ試合を終えるはずだったのだが…………
黒の攻撃は、派手さの欠片もないただ純粋に相手を倒すことだけを目的とした効率重視の特殊部隊のような攻撃。
「っ――」
チャンピオンとして、試合を盛り上げるため、このままじりじり押されるわけにもいかず、赤も反撃に出た。
「おおっと、ここでチャンピオンも反撃に転じた。ノーガードの殴り合いだぁああああああ」
「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」
ただ相手を打ち倒すためだけの機械のように計算されつくされた黒の打撃に対し、本能で黒(敵)の攻撃を躱し、渾身の力を込めた一撃で相手を打ち倒す赤の野性的な戦い方は、ぱっと見の派手さこそないが、一撃もらったら終わる緊張感とぶつかりあう筋肉の鈍い音が観客の意識を目の前の戦いにのめり込ませていった。
「しまっ――」
「っ」
途中、赤の力の入った拳が、黒に躱され、そのまま闘技場を取り囲む鉄格子に命中してしまった。
全力ではないものの、力の入った赤の拳はサイがぶつかってもびくともしない鉄格子を容易に捻じ曲げた。
(あの馬鹿)
「っ…………」
人間ではあり得ない光景に観客は一瞬静まり返り、そして――
「うぉおおおおおおおおおおお」
より、一層沸きあがった。
「すげぇ」
「さすが、チャンプ」
会場の熱狂にうなされ、一時的に観客たちのIQが急降下したらしい。
青と銘以外のその場にいた全員、目の前のあり得ない光景をすんなり受け入れてしまっていた。
(そろそろ頃合いか…………)
ここで、観客たちのボルテージが最高潮に達したと判断した黒は試合開始直後と同じく、赤の顔面に向けて殴りかかった。
「ふ――」
黒の意図を直感で察した赤は、一瞬、頬を緩ませると黒と同様相手の顔面に向けて殴りかかった。
「っ――」
互いの拳が互いの顔面を捉え、一瞬二人は硬直。
「「「「「……………………」」」」」
最高に盛り上がっていた観客たちもまた、二人の真正面からの顔面ストレートの結果を、固唾を飲んで見守った。
ふらっ
そして、黒が当初の予定通り、リング上で倒れ込んだ。
「…………勝者、チャンピオンンン」
「「「「「うお――」」」」」
審判の判定を聞き、会場は再び沸き上がった。
「「……………………」」
しばらくして、倒れる黒に赤が手を差し出し、黒はその手を取って立ちあがった。
二人は生涯のライバル同士のように観客に見えるよう、力強く握手を交わした。
ワッ――
その姿に、再び会場は沸き上がった。
初めて見る、赤が、チャンピオンが苦戦する試合を見れて、今日一興奮する観客たち。そんな中、ただ一人…………
「…………」
銘だけが、黒と赤の試合を最期まで冷静に見守っていた。
(これが怪物(先生)たちの本気。そのほんの一端)
ほんの少しだけだが、確かに見た。黒と赤の、怪物たちの本気。
人間を遥かに凌駕する怪物たちの潜在的力を間近で見て、銘の心は熱狂する観客たちとは対照的に深海奥深くの深層水のようにシンッと冷えてしまっていた。
次回は土曜日投稿予定




