初心者は大切にして沼に沈めるべし
「ああもうっ!待って!待ちなさい!いいからアタシの!話を!聞きなさいよ!!」
ピンク髪の女は弦の切れた弓をブンブンと振り回し、地団駄を踏みながら怒鳴り散らす。しかし話をする前に大量の弓矢で貫かれそうになったのは俺の方である。であるならば話を大人しく聞いてやる必要なんてない――が、まあ弁明があるなら聞いてやってもいいかもしれない。
まあそれが減刑に影響することはないだろうが。
「……聞いたらなんか変わるんスか?」
俺は刀を上段に構えつつ、女との距離をじわりじわりと詰めていく。切断系攻撃に対する自動回避、あれがスキルによるものだと仮定するならリキャストタイムがあるはずだ。そしてリキャスト中に回避の恩恵を得られなくなるのであれば、女が最優先に警戒するのは切断系による首への一撃だろう。
女の視線は頭上に掲げた刀に注意深く注がれていた。予想通りかなり警戒しているのが見て取れる。一歩一歩、着実に距離を詰めていく。
「……~~ッ!!変わるわよ!!アタシの寿命と…………――アンタの寿命がね!!」
女は弦が切れた弓をこちらに向かってぶん投げた。俺はそれを半身を捻る事で容易く回避する。そんな直線的な軌道、どうぞ避けてくださいって言ってるようなものじゃないか。
「アレ斬らないっ!?やばっ!?」
どうやら叩き斬って迎撃すると思っていたらしい。目論見が外れた事で、女は反転してこちらに背を向けて大慌てでこの場から逃げ出そうとする――が、逃がすわけないだろう?
俺は右手で刀を握りしめたまま、腰につけた鞘を左手で抜き取り女の足元目掛けて投擲。回転しながら飛んでいった鞘は女の両足の間に直撃すると、それに脚を取られた女はもつれて盛大に顔面からすっ転ぶ。
「ぎゃぶっ!?」
情けないうめき声を上げながら、女は干からびたカエルのように地面へ打ち付けられた。転倒したのを確認した俺はダッシュで距離を詰める。
「なにも知らない新人いじめて気持ち良くなってた所悪いんスけど、それのちのち惨めになるだけだと思うんでやめた方がいいっスよ」
「ハァ!?なによアンタえらそーに!?アタシに説教!?何様のつもりよ!?」
偉そうに、そう見えるのか。うん、まあ言わんとしてることもわからなくもないが、それはそれ。
しかし圧倒的不利な状況にも関わらず、こちらに向けて牙を剥く。ある意味すごいなこの人、武器はなくあとはやられるだけって状況なのにまだ反抗心を保てるなんて並のメンタルじゃない。
「さっきやられそうになった新人様っスね。まぁとりあえず因果応報って事で」
女の首に狙いを定めて思い切り刀を振り下ろそうとした――その刹那、背後から忍び寄る気配に俺は気付く事が出来なかった。
「あーらら、なーにやってんのアーチェちゃん」
「こ、琥二郎!?」
「ッ!」
咄嗟に背後に立つ声の主に刃を振るう。しかし背後に立っていたどこか全体的にくたびれた感じを漂わせた男は、なんてことなさそうに平然とした様子で迫った刀身を左手だけで摘んで完璧に防いでみせる。
「なッ!?」
「おーコワイコワイ、まぁまぁ落ち着きなさんな少年。大丈夫、オジサン弱い者いじめするつもりは一切ないから」
飄々とした男はなだめるように俺の肩を右手で軽く叩きながら、掴んでいた刀から手を離す。さっきの女と同じくスキル……なのか?にしては何もエフェクトのようなものは見られなかったが……。
「お、なんだい少年?オジサンの顔になんかついてるかい?」
どこかとぼけるような態度で小首を傾げる男は腰に二振りの刀を携えていた。俺が現在所持している初期装備の刀とはかけ離れた重厚感を放つ存在に思わず息を呑む。
参った。この人技量や装備込み込みで疑いの余地もなく桁外れに強い。逆立ちしても勝てる光景がまったく思い浮かばない。
幸い、男に交戦の意思はなさそうである。ピンク髪の女と顔なじみではあるようだが、下手に刺激するのは悪手か。
「そうっスね、目と鼻と口と眉がついてます」
「うん?わははっ!いいねぇ!オジサンそういうユーモア嫌いじゃないよ!!おもしろい!気に入った!!オジサンは琥二郎って言うんだけど、少年の名前は?」
奇をてらうのがどうやら功を奏したらしく、いたくお気に召したようで琥二郎にバシバシと両肩を叩かれる。
「きょ、恐縮です、トミナっス」
叩かれ続けて視界と言葉がブレながらも自己紹介をすると、琥二郎の叩くペースが何故か上昇する。
「トミナ少年か!いい名だ!!わはは!」
朗らかに笑いながら俺の両肩を叩き続ける琥二郎。……あれなんかダメージ入ってる?微妙にHPがジワジワ減ってる?と画面端のHPゲージが目減りしていくのに気を取られていると、倒れていた女が立ち上がったのに反応が遅れる。
「ちょっと琥二郎!アンタなに仲良くなろうとしてんのよ!?状況見てわかんないワケ!?アタシこいつにやられそうになってたのよ!?助けようと思わないの!??」
食って掛かるように俺と琥二郎の間に割って入った女は、琥二郎の胸元に頭突きをぶちかますも、琥二郎はそれを片手一本で簡単に受け止めてみせる。
「えぇ?だってアーチェちゃんの自業自得じゃないの。それを助ける義理はオジサンにはないよ」
「ぐっ……!」
「そもそもオジサン、前から初心者狩りなんてみっともないからやめとけって散々言ってたのに、それでも聞く耳を持たなかったのはアーチェちゃんだよ?だいたい初心者減らして最終的に損するのは、アーチェちゃんみたいな雑魚狩りしか出来ない子だってわかってるかい?初心者が入ってこなければ、今度はアーチェちゃんが狩られる側になるんだよ?」
「ぐ、ぐぬぬ~~……っ!」
休む暇なく続く琥二郎の正論パンチに反論する事が出来ないアーチェ。そんな二人のやり取りで完全に毒気を抜かれてしまった俺は、それを尻目に投げつけた鞘を回収して腰に差し戻した。




