ハジマリノオワリ
「……ふっ、この程度で追い詰めたと思ったのであれば甘いぞ少年!!」
「――ッ!?」
長考で油断した一瞬の隙を穿つ高速滑空タックルが、右でも左でもない中央から迫る。突きつけた切先がオクマの頬を切り裂くが、それをものともせずに広げられた両手が俺の身体を掴まんと襲い掛かる。俺は咄嗟に渾身の力で地面を蹴り上げた。
「なにッ!?」
「うお!?」
自身でも予想だにしない超跳躍で突進を回避した俺は、バランスを崩したオクマの姿を眼下に捉える。ゲームだからか?いや考察している時間が惜しい後回しだ。空を掴まんと伸びきった両手、がら空きの背中。完全に前のめりとなった重心。
――――いける!
「ドォォォオオオオッ!!」
材質は違えど長年染み付いた所作はそうそう消えやしない。隙だらけの胴を叩くべく空中で膝を折り曲げながら、俺はオクマの左脇腹から右肩に向かって伸びる対角線をなぞるように思い切り刀を振り抜いた。
「ガハッ!?」
カッターナイフで紙を切り裂いたような軽い引っかかりと共に、オクマの身体から青白い飛沫が吹き出した。舞い散る青の雫は顔に触れるとそのまま融けるように染み込んでいく。どうも表現規制された血ではないらしいが…………――それはそれとしてこのあとどうする!?
急速に我に返る。空中で刀を振り抜いた事で回転の動きが加わり、現在天地がひっくり返っている。
丸まった背中は地面を、視界は木目の天井を捉えている。なんかもう一周しそうな勢いだが、それと同時に重力に従い落下運動も始まっている。想定より高く跳べたとはいえ1.5m程だろう。地面に激突するまでもう時間がない!
「こ、根性ォォォ!!?」
自分でもよくわからない掛け声と共に着地に対して全神経を傾ける、――が。
「んがッ!!?」
振り抜いた勢いが強すぎたせいか、回転しすぎて着地は盛大に失敗してオクマの背中にヘッドダイブをぶちかます。激しい痛み、というのはゲームなので存在しないのだが、その代わりに設定されているのか視界が大きく揺さぶられる。かつて師範に脳天へ思い切り面を叩きつけられた時のような衝撃だ。
「うへぇ……ちもちわる……っ」
揺れる視界で焦点が定まらないまま地面、というか下敷きにしているオクマを押しのけて立ち上がろうとした、その直後であった。
「………………つーかーまーえーたぁ!!」
「ハァ!?うっそだろ!!?」
完全に倒したと思っていたオクマがまさかの復活。想定外すぎて言葉を取り繕う暇もなかった。
後ろに眼がついていると言わんばかりの正確無比さで、オクマは後ろに回した左手で背中に乗っていた俺の右手首を掴む。オクマはそのまま右手をバネのように使い身体を爆発的に押し上げると、そのまま背中に全体重を乗せて俺を地面へ抑え込もうとする。
「ハッハッハーッ!!攻守逆転の時間だトミナ少年!!プロレスラーのタフさ、侮る事なかれ!!」
「ぐ、ぐぬっ!?」
完全に油断していたのでがっしりと掴まれた腕を振りほどく事も出来ず、そのまま押しつぶされそうになる。抑え込もまれるのはまずい!と、咄嗟に自由の左手でオクマの左腰付近を殴りつける。
「残念!そんなやわな殴打で怯むワタシではな――――ぐばぁ!!!?」
「効いたぁッ!?」
もう何がなんやら。突然苦しみだしたオクマは俺の手を掴むことすらままならなくなり、身体の内側から爆発でも起きたかのように大きく仰け反ると、そのまま胴体が爆発四散して青白い液体が周囲にぶちまけられた。
「……勝負あり、じゃな」
一部始終を見ていた星鳴がポツリと言葉をこぼすと、頭だけで地面を転がるオクマと眼があった。ちょっとしたホラーである。
「ま、まだです星鳴様!!止めないでくだされ!ワタシはまだ戦えます!!」
継戦の意思を示すようにゴロゴロと頭だけで高速ローリングをするオクマ。どうやってんスかそれ。
「頭だけでどう戦うつもりじゃ阿呆、餓者髑髏でもあるまいし。文字通り手も足も出せないそなたの負けじゃ。霊力が完全に流出した以上、そなたに出来ることはもうなにもない。見よ、そなたから溢れた霊力があやつの糧になる瞬間じゃ」
星鳴がオクマの胴体からぶちまけた青白い液体を指し示すと、散乱した液体は淡く光り輝き始める。そしてまばゆい光の奔流は一塊になると、真っ直ぐ俺の心臓目掛けて飛び込み、そのまま身体の内側へと浸透していった。
『オクマを撃破しました。トミナの魂が輝きを取り戻しました。スキルが解放されました』
その後、半透明のウインドウが表示されてリザルトを掲示する。なるほど、どうやらさっきの苦し紛れの一撃がトドメになって、それで倒したってわけか。斬撃やヘッドダイブじゃ体力を削り切れなかったらしい。
「…………あ、だから首を狙うのか」
「そうじゃ。そなたは何を思ったのか胴切りを狙ったようじゃが、あそこで首を刎ねておればあの瞬間に決着はついておったのじゃ。全く、妾の手解きを無視するから足元を掬われそうになるのじゃぞ」
やれやれといった具合の浅い溜息を零した星鳴は、足元に落ちたオクマに視線を落とす。
「然らば手解きはこれで仕舞いじゃ。あとは廣柾、任せたぞ?」
パンパンっと、星鳴が小気味よい柏手を鳴らすと鈴の音と共に烏帽子を被った銀髪の男が星鳴の背後に現れる。
「うわっ!?」
「……星鳴、私も暇ではないとなんど言えば」
煙の如く出現した男は深緑色の裝束を纏い、その右手には閉じた扇子が握られていた。眉間にシワを寄せた男は眼下の星鳴を恨めしそうに睨めつける。
あれ、この顔どこかで……あ、俺か!?いや俺じゃないけど俺に近い顔だ!じゃあコイツ平泉先輩の推しか!?
「ほう?陰陽助ともあろうそなたが陰陽頭たる妾の命令が聞けぬと申すか」
「雑務をこなすのであればご自慢の式神がいるだろう」
「将来そなたが陰陽頭の仕事を引き継ぐ予行と思うのじゃ!さすれば気乗りするであろう?」
「寿命を超越した存在が世迷言を……。…………はぁ、わかった、やればいいのだろうやれば」
「うむ、物分りがよいのがそなたの美点じゃな。褒めて遣わす」
「恐悦至極ニ存ジマスル」
「心が込められておらぬようじゃが、まあよかろう。してそなた、トミナといったかのぅ?そなたは其処の鳥居を潜りて狂都へ向かうのじゃ。以降は独自で研鑽を積むがよい。期待しておるぞ」
「え?あ、ハイ!頑張るッス!」
俺の返事を聞き届けて僅かに口角を上げた星鳴は右袖から数枚の札を取り出すと、床に自身と平泉先輩の推しと転がったオクマの頭を囲むように展開してみせる。すると地面に張り付いた札から白煙が立ち昇り、三人を覆い隠すと瞬く間にその姿を消した。
なんか嵐みたいな出来事だったなと思い耽けそうになった所で、平泉先輩と待ち合わせをしている事を思い出した俺はあわてて鳥居へと飛び込むのだった。
【登場人物紹介】その②
阿倍乃星鳴
・NPC。陰陽師のみで構成された陰陽寮のトップ『陰陽頭』。モノサバの作品根幹に深く関わる最重要キャラクター。プレイヤー登録担当の星鳴とチュートリアル担当の星鳴は別人。
皆本埜廣柾
・NPC。陰陽師のみで構成された陰陽寮の副官『陰陽助』。現実の湊本と同じ顔つきの青年。自由奔放な星鳴に日夜振り回されている苦労人。平泉の最推し。
熊丘兵十郎
・プレイヤーネームは『オクマ』。社会人。現役プロレスラー。うすほそ信仰を胸の内に秘めた男だが、星鳴と対面した際に抑えきれず弾けてしまった男。アバターを決定する際にも同様の行為をして盛大にドン引きされている。




