さぁ魂の錬磨をはじめよう
「差し出がましい発言をお許しくだされ星鳴様!拘束が解けたのですが、もう動いてもよろしいでしょうか!?」
「なんじゃと?低級の符を使ったとはいえ、妾の拘束がそんな簡単に解ける筈は――。……ああなんじゃ、そなた加護持ちじゃったか。よかろう、好きにせい」
「ははぁ!」
熊男は深々と頭を下げた後、四肢全体を凝縮するかのように深く沈み込んだ。直後、大きく地面から反発して跳び上がってみせる。まるでうずくまった虎が臨戦態勢に移行するかのような俊敏な動きで、思いがけず一歩後ずさる。
「……森の獣にでも育てられたのかのぅ、そなたは。まあよい、再度拘束を施すのも手間じゃ。それではそなたら、どちらか事切れるまで死合うがよい。制限時間は四半刻じゃ」
星鳴がパンと両手を叩くと、眼前に半透明なウインドウで『チュートリアル開始:残り時間30分』と表示された。相対する熊男の眼前にも同じようなウインドウが表示されている。
そして続けざまに視界の左隅にHPと表記された緑のゲージとSTと書かれた白いゲージが浮かび上がった。Tipsと書かれた半透明のウインドウがそのゲージを覆い隠すように表示されると、説明文が浮かび上がる。
『HPは相手の攻撃を受け時や物体にぶつかると減少します。受けた部位によってダメージは変動します。ゲージが0になった時点で行動不能となり、復活後はデスペナルティで一定時間ステータスが低下します』
『STはダッシュやジャンプ、連続攻撃を行うと減少します。ゲージが0になると一定時間行動不能となるので注意しましょう。ゲージは行動を停止した瞬間から一定速度で回復していきます』
なるほど理解した。ゲージから視線を逸らすとTipsはゆるやかに消えていき、HPとSTゲージも半透明になった。視線を改めて熊男に向けると、相手も確認を終えた所だったのかバッチリと互いの目線が交錯する。
刹那、形容しがたい悪寒に襲われた俺は背筋を伸ばして中段の構えを選択する。攻防一体、あらゆる状況の変化に咄嗟に対応出来る万能の構え。出方を疑うならとりあえずこれ。
個人的に好きなのは上段の構えなのだが、あの野太い声から察するにおそらく歳上。剣道家じゃない上にゲームとはいえ、歳上に上段で構えないという決まりを遵守する習慣は年月を経ても抜けないらしい。
「……ほう? 剣道の心得があるとお見受けする。ワタシは熊お――ンンッ!!……失敬、オクマである」
わざとらしい咳払いで言い改めて名乗るクマオもといオクマ。熊っぽいとは思っていたが、ほんとに熊っぽい本名だったらしい。名は体を表すとはこのことか。
「いやいや、昔取った杵柄程度っスよ。えっと、トミナっス」
「そういうには些か声が若いが……、まあ詮索はよそう。さあトミナ少年!どこからでもかかってくるがいい!!星鳴様の御前で無様を晒すわけにはいかんのでなぁ!!」
相対するオクマは膝をしっかりと曲げて両手を大きく広げ、深い前屈みのような構えを取る。柔道にしては前のめりすぎるしこれは……プロレス?総合格闘技か?
「忠臣のような振る舞いをしておるが、妾はそなたを従えた覚えはないのじゃが……まあよい。双方、準備はよいな?決着がつかぬ場合は妾がどちらも仕留める。精々妾の手を煩わせぬことじゃ」
パンっと小気味よい柏手が鳴ると同時に、眼前のオクマの姿が消える――否。より深く、地面スレスレを這うように鋭い突進がこちらへと迫る。
「ハァ!!」
半歩下がった俺は迎え入れるような形で刀を振り下ろすが、急な方向転換であっさりと交わされる。いやはや参った、こんなに低い相手との試合は経験がない。
こちらの利は刀を所持する事によるリーチの差だが、先程加護がどうたらと言っていたのでなんらかのバフがあると思っていいだろう。とはいえ、互いにはじめたてのチュートリアル真っ只中。そこまで大きなステータス差にはならないとみた。
で、あるならば差はあってないようなものだろう、と楽観視する。初期装備でいきなり天と地ほどの差が生まれるようなゲームバランスになるとは考えにくい。そうなると警戒すべきは先程の突進か。
少し離れた位置のオクマは相変わらず低姿勢を維持したまま、こちらの出方を伺っている。捕らえられて組み伏せられたら詰みだろうな、という直感が警鐘を鳴らす。うん、組まれるのだけは絶対に回避しなければならない。
しかし、である。低姿勢で狙える部位が頭と手しかなく、叩き切ろうにも上段から振り下ろすまでの時間があれば、あの高速タックルであっさりと捕まってしまうであろう。そうなると俺が取れる選択肢は必然的に応じ技や出鼻技となる。うーん、下段はあまり得意ではなかったが仕方ない。
「む」
オクマの眉間にシワが寄るのを観察しつつ、俺は刀の切先を自分の膝の高さくらいまで下げる。現代剣道において終始この構えで戦う者はほとんどいない下段の構え。
心理的な揺さぶりをかけたい時や、膠着状態を避けるのに使うくらいで、正直試合でほとんど使う事はなかった。だから苦手でもあるのだが。
剣先を鋭く突き立てながらジリジリとすり足で近づいていくと、オクマは反発する磁石のようにジワジワと後退していく。いくらゲームとはいえ、刃物が眼前に向けられる恐怖は相当のモノだろう。
擦り寄り続けた結果、オクマは壁際まで追い込まれる。追い込んだ。しかし勝負はここから。
右か、左か。これ以上後退出来ないのであれば取れる選択肢は左右の二択。面抜き胴のように俺の左下に入り込むか、面抜き逆胴で右下に潜り込むか。




