我武者羅の一歩
「ま、アレコレ考えて頭でっかちになるのは、もっと先でいいって事さ。今の自分を変えたいなら、まず自分の脚を前に動かさないとねぇ」
見下ろしていた琥二郎は、くるりと踵を返した。まるで道を示すかのように背中を向ける。
「さて、オジサンのお節介はここまでかな。情報共有も済んだ事だし、オジサンちょっと長屋エリアで肩慣らししてくるよ。またあとで会おう!」
伸ばした人差し指と中指を、ウインクを飛ばすように目元で軽く動かした琥二郎は、呼び止める間もなくそのまま店外へと出ていった。
残されたのは俺と蔵景とカルム。互いに顔を見合わせる。周囲のプレイヤー達の注目は、外に向かった琥二郎に大半が向けられ、次第に収まっていった。
「……どうしよっか。『六厄災』のレイド開始までまだ時間あるんだよね」
カルムはメニュー画面を開きながら眉を顰める。
「時間ってどこで確認出来るんですか?」
「『ログアウト』の部分で確認出来るよ。あ、そうそうログアウトは出来る場所が決まってるから気をつけて。今みたいなお店の中とか『参集殿』じゃないと無理だからね」
メニュー画面を開くと、さっきは暗くなっていた『ログアウト』の文字が明るくなっていた。触れると現在時刻の表示とログアウトするかどうかの選択肢が浮かんだ。示された時間は19時。まだまだ時間に余裕がある。
「成程、わかりました」
「どういたしまして!……で、話は戻るけどどうしよう、まだ2時間近くあるんだよね。アレなら二人ともさっきの会話の続き……は、ちょっとここじゃあアレか」
「……」
隣に座る蔵景の目が若干伏せる。さっきの今で景が話してくれるとは思えないし、俺も触れない意思表示をした手前、話題にしづらい。
かといって別の事を話すにも、道場以外で接点がなかった俺達だ。会話の種がない。
――ああ、ダメだ。また思考が渦を巻き始める。
琥二郎からアドバイスを受けたが、その一言で簡単に切り替えられるなら苦労はしない。染み込んだ心の重りが思考を鈍らせる。
……いや、ダメだ。ここで足踏みしてはアドバイスを受けた意味がない。諦めるな。ここで踏みとどまったら今までと変わらない。一歩だ、一歩を踏み出せ。
前でも後ろでも構わない。話の種がないなら見つければいい。踏み出すんだ。一歩を。
「……あの」
意を決して、口から言葉を切り出す。
「うん?どうしたの?」
切り出した言葉に対して、カルムが問い返す。
「さっきの戦闘で、蔵景に聞きたい事があるんです。……それで、ここだと他のプレイヤーが気になるので……、その、一旦ログアウトしてゲームの外で話をしたくて」
まとまりのないまま、思い浮かんだ言葉を並べ立てた。それを隣で聞いていた蔵景の目が少し見開き、警戒を示すように細められる。
「それでその、先輩。蔵景の連絡先を教えてもらっていいですか?本人が眼の前にいるのに、遠回りでおかしな話ですけど、連絡先の繋がりがあるの、先輩だけなんで。まあ、蔵景がダメなら、引き下がります」
その一方で、カルムは目を一瞬だけ丸くして、口元で小さく笑みを浮かべる。
「だってさ、蔵景ちゃん。どうする?」
「……」
蔵景は沈黙。顔は俯き、垂れた髪で表情は伺えない。膝に乗せた両手が硬く握り締められている。
身動ぎひとつしない、沈黙だけが続く。この一歩だけじゃダメだ、もう一歩、付け足す。
「足利照々相手にみせた二刀流、あれをどうやっていたのかを教えて欲しい」
「――っ」
蔵景の顔が、上がる。下を向いていた目がこちらを向いた。あの問い方では、勘違いさせてしまったのだろう。触れないと言って濁した会話を、掘り起こされたのだと。
いや、本音を言えば俺が気になるのはそっちだ。でも、そこまでは踏み込んではいけない。今は、そちらではない。
だから、別の種を植える。ゲームにまつわる会話の種から、新しい会話の花を咲かせて心の距離を埋める。
姿勢をただした蔵景はこちらと視線を合わせたまま、静かに口を開いた。




