現在地
立ち尽くしている俺を見て、荊棘黃童子が吠える。
「あんまり退屈させんじゃねぇ――よッ!」
「ぐッ!?」
サッカーボールを蹴るように繰り出された荊棘黃童子の蹴り。刀を盾にして防ぐも、膂力の差で身体は遥か後方へと吹き飛ばされた。しばらく浮遊し、着地。地面を滑る。減少する体力。慌てて兵糧丸を取り出し、口に放り込んで噛み砕く。
「オラ、来いよ。大口叩いておいて、その程度で終わらせんな」
挑発するように手招きをする荊棘黃童子。悔しい――と、心の中で歯噛みする。
いや、違う。最初からわかっていたことじゃないか。俺と荊棘黃童子の間には、途方もない力の差があるなんて事くらい。
相手は熟練のプレイヤー達ですら、歯が立たないと恐れられている存在だ。そんな存在相手に悔しがるなんて、自惚れにも程がある。
だから悔しがっている場合じゃない。見つけるんだ、微かな勝機の道筋を。力の差があるからといって、足を止めている場合じゃない。
臆するな。攻めるんだ。ゲームであるならば、必ず突破口は存在する。
離れた距離を埋めるべく、再び荊棘黃童子へと接近する。少し踏み込めば、斬りが届く距離へ復帰する。荊棘黃童子は、その場から動かない。
勝つには、攻める必要がある、攻めなければ、勝てない。だが、動かない相手に無闇に攻めると、返される可能性が高い。実際、荊棘黃童子は俺の攻撃を簡単に返してみせた。
――相手が動かない時は、心を動かさなければならない。
ふと、道場の師の言葉が頭をよぎる。心を動かす。一瞬意識が逸れた、その直後であった。
「気ィ抜いてんじゃねェぞオイ」
「ッ!!」
苛立ちの混じる荊棘黃童子の横薙ぎが、思考と構えを強引に持っていく。刀が弾かれ宙を舞う。それを目で追うよりも先に、追撃が来る。振り抜いた横薙ぎが即座に切り返し、身体を抉り取らんと迫る。
「くっ!!」
バックステップで慌てて回避。しかし振り抜いた金棒の先端が、僅かに袖先に引っかかり裂けた。風圧で身体が押し返される。砂を削って勢いを殺し、停止。留まったすぐ脇に、宙を舞っていた【同田貫正国】が突き刺さった。
「ヌルいんだよ。オレを殺してェなら出方を伺ってんじゃねェ。今のオマエが持ってる全力を叩き込んでみろ」
荊棘黃童子は挑発するように、手招きをする。全力。今の俺が叩き込める全力。それは『韋駄天』と『雲耀』のスキルの合わせ技。上位ランカーである蔵景にすら届いた一撃。
どの道、もはや選択肢はない。ならば荊棘黃童子の気が変わらない内に、持てる全力を注ぎ込むしかない。空っぽの手を埋めるように【薄緑】を取り出し、スキルを唱える。
「『韋駄天』」
全身に力が漲る。重苦しさが僅かに軽減する。そしてすぐさま、【薄緑】を手放すように地面に刺し、【同田貫正国】へと持ち替える。構えは上段。摺り足で、距離を詰める。荊棘黃童子はおそらく待たされるのが嫌いだ。
だから、じわりじわりと焦らして揺さぶる。そして『韋駄天』による加速と『雲耀』による迅雷の一太刀で届かせる。
そうして、間合いに到達。対峙する荊棘黃童子の表情は、険しい。そりゃそうだ。出方を伺うなという言葉を無視しているのだから。
一歩踏み込み、下がる。右に回り込み、下がる。そんな動きを何度か繰り返し、『韋駄天』の効果時間が1分を経過した辺りで、荊棘黃童子が我慢の限界を迎えた。
「チョロチョロしてんじゃねェぞ雑魚が!!」
一歩踏み込んだ荊棘黃童子が怒気をはらみながら、右手で金棒による横薙ぎを繰り出した。先程より鋭い一撃が、空間ごと抉らんとする勢いで繰り出される。俺はその攻撃に対し、脚を踏み込み横跳びで回避する。そして跳んだ先の地面へ着地した瞬間、全力で踏み込む。
「――――『雲耀』!」
踏み切る。現実で壊れたはずの箇所から噴き出した推進力を得て、俺の身体が荊棘黃童子に肉薄する。振り下ろす刀が鋭く伸びる。肉眼で目視するのも困難な、稲妻の如き一撃を叩き込む。
伸びた先にあったのは、荊棘黃童子の左手であった。届く、届くはずだった。
視認するのも困難なはずの迅雷が、捉えられる。掴まれた刀の先には、荊棘黃童子の顔があった。
「それがオマエの全力か?」
「ガッ!?」
【同田貫正国】の刃が折られる。荊棘黃童子の膝が腹に入る。自動車に撥ねられたのかと錯覚するような衝撃と共に、後方へ弾き飛ばされた。視界が揺れ、HPが一度に大きく欠ける。
背後に壁はなく、砂を削りながら地面を滑る。止まらない。荊棘黃童子を見ると、その姿がそこにない。砂が僅かに舞っている。
「――トミナくーん!上ーっ!」
遥か後方からカルムの声が響く。視界を頭上に向けると、そこには大跳躍をみせる荊棘黃童子が、両手で金棒を振りかぶっていた。月光を背に、鬼が迫る。
ボンッ、という爆発するような音と共に、上空の荊棘黃童子が加速する。まるで隕石のような勢いで降り注ぐ一撃が、俺をすり潰さんと迫る。
「――『縮地』」
蔵景の声が、意識に割り込む。その声の後に、二刀の銀の煌めきが眼の前を横切る。火花が散り、砂が散る。
「くっ……!」
「チッ、割り込んでんじゃねェぞ!!」
荊棘黃童子が金棒を押し込む。蔵景は退かない。呆気に取られている俺の襟首を誰かが掴み上げて引く。
「オジサン前に言ったよね?武器を壊されてボケっとしないって」
引かれた直後、剣戟が打ち鳴らされる。蔵景が荊棘黃童子の振りを押し戻していた。後方に下がる荊棘黃童子。
「す、すいません」
「謝る暇があるなら、何が通用しなかったのか考えることだ。オジサンは教えないよ。自分の眼で見て、頭で考えて、オジサン達から学び取りなさい」
琥二郎が、刀を抜いて前に出た。足利照々も、いつの間にか再び刀を差し並べ、いつでも戦闘に入れる準備を整えている。選手交代の時間だ、と彼らは暗に告げていた。




