石橋を踏み締めて渡らない
「さぁてと、そしたらオジサン、ちょっと張りきっちゃおうかなぁ。蔵景ちゃん、代わって貰えるかい?」
琥二郎の問いに、蔵景は無言で頷く。歩み始めた琥二郎が、緩やかな足取りで荊棘黃童子へと向かう。
「立て続けに邪魔して次はオマエか、コジロウ。……オイ、なんだそのニヤケヅラ、ふざけてんのか?」
荊棘黃童子の声に不快感が宿る。眉間にシワが寄り、苛立ちを隠せないといった様子だ。
「ふざけてないさ。至って真剣、大真面目だよ。有望そうな新人がここにいるからねぇ、そういうのを見るとオジサンって生き物はつい嬉しくなって自然と笑っちゃうのさ」
にぃっとわざとらしく口角を指で押し上げてみせる琥二郎。だが荊棘黃童子には火に油を注ぐ行為のようで、苛立ちを顕にするように、金棒で地面を叩きつける。
「大見得を切って蓋を開けてみてりゃ、口が立派なだけだった雑魚のどこが有望なんだよ。寝ぼけてんのかオマエ」
「本当の雑魚なら、そもそも大見得を切ることすらしないで、哀れに逃げるだけさ。少年はただ逃げる選択を良しとせず、非力でもキミに立ち向かう選択を選んだ。オジサン的にはそれだけで称賛に値する」
琥二郎は歩みを止めない。荊棘黃童子の一振りが届きそうな距離まで詰めると、刀を肩に担いで、口を開く。
「どちらが寝ぼけているかどうか、確かめてみようじゃないか?」
荊棘黃童子の返答は、無言の横薙ぎであった。振り抜かれた豪快な一撃を、琥二郎は半歩下がっただけで回避。荊棘黃童子は地面を蹴り、追撃を仕掛ける。
大地を砕かんとする一振りを、琥二郎は半身を捻って避けた。切り返す突き上げは前に踏み込んで横をすり抜ける。
背後に回った琥二郎に、荊棘黃童子は半円を描くように金棒を振り回した。しかし琥二郎は猫のように靭やかにしゃがんで回避し、荊棘黃童子の足元を切り払いながら、間髪を容れずに後ろに跳ぶ。
「チッ!」
「おおっと!あぶないあぶない!」
いとも容易く、あっさりと。スキルすら使うことなく、琥二郎は荊棘黃童子へ一太刀を入れてみせた。これが上位ランカーの実力。琥二郎が身につけていて、俺に足りないものは何だ。
いや、何もかもが足りないのはわかっている。どうすればあんな立ち回りが出来るようになのか、考えるんだ。これは見取り稽古だ。俺との違いを、感じ取るんだ。
「トミナ君」
下がってきた蔵景が声をかける。その手には兵糧丸が握られていた。
「体力は、常に気にかけておいた方がいい。身体と心が動けても、ゲームシステムには逆らえないから」
「あ、ああ」
差し出された兵糧丸を受け取り、体力を回復させる。その間にも、荊棘黃童子は琥二郎へと攻撃を続ける。
「少しはやるようだが、足元を斬りつけるだけじゃあオレには勝てねぇぞ」
「そりゃあまだ勝つつもりはないからねぇ。まぁ、かっこよく一刀で斬り伏せられるなら、それに越した事はないんだけど、キミは一撃で倒せるほど弱くないしね。いやぁ困った困った」
攻撃を躱しながら、琥二郎は会話を続ける。琥二郎は決して、自分からは踏み込まない。荊棘黃童子へ話術を織り交ぜながら、攻めを誘発している。
「本気で困ってんならその余裕なツラを今すぐやめろ。腹立たしい」
「腹立たしいならそれは結構!いやぁ、オジサンがトーク力を長年磨いてきたのも、決して無駄じゃなかったんだなぁ」
「……いちいち癪に障る野郎だ――なァ!!」
荊棘黃童子の大振りが琥二郎へと襲い掛かる。刀を握る琥二郎はそれに対して、決して刃で受け止めようとはしなかった。足捌きだけで、凌いでいる。それも大きなステップではなく、小刻みなステップだ。
剣道のように床を滑るような摺り足ではなく、ボクシング選手のように上下する動き。身体を上下させない剣道の摺り足とは真逆の動きだ。あの動きは、一朝一夕では身につかない。ましてや、初見で真似したところで付け焼き刃にもならない。
今俺が学ぶべきなのは、それじゃない。俺が学び取らなければいけないのは、他にある。




