陽炎の意思
俺は荊棘黃童子へ消えない、と宣言した。しかしそれは、琥二郎に勝てなければ逃げる、という発言とは矛盾していた。あまりにも早い朝令暮改。わかっている。
それでも、この場から逃げる気にはならなかったし、なれなかった。逃げてしまえば景の背を見送るだけで、俺だけもう一度錆びていく事になるから。
込み上げる熱に浮かされている。意思が陽炎のように揺らめく。揺らめいたまま、それでも刀だけは離さない。
対峙している荊棘黃童子は金棒を掴む。そしてその先端を足利照々へと差し向けた。
「アシカガテルテル、コジロウ」
金棒が琥二郎へ移る。それからその金棒は俺に向けられる。
「トミナ、クラカゲ。オマエら4人は覚えた」
続けて蔵景まで金棒を突きつけ、荊棘黃童子は自身の敵の名を確認する。
「後ろの女は興味ねェ。邪魔だから失せな」
荊棘黃童子は目線だけをカルムに飛ばす。視線を向けられたカルムは少し戸惑いながらも、口を開く。
「あ、あの!遠目からスクショを取るのはアリですか!?」
「あァ!?ワケわかんねェ事言ってんじゃねェぞ女!殺されてェか!?歯向かう気がねェなら失せてろ!!」
「攻撃しないならスクショしていいって事ですね!?下がります!!」
荊棘黃童子の発言を超解釈。【スクショを撮る】という自分の最初のスタンスを崩さないカルムはそう告げると、俺達から少し距離を置いた。あの空気の読まなさ、逆に凄いな。いや、ブレない自分を貫き通せる胆力があるとも言えるのか。
「チッ、調子狂うなあの女……」
自分のペースに飲まれないカルムに、荊棘黃童子は僅かな苛立ちをみせる。乱雑に髪を擦り上げた。
それから数瞬。荊棘黃童子は金棒を肩に担いで、気を取り直すように不敵な笑みを浮かべる。
「……ハッ、まァいい。オレがわざわざ名を覚えてやったんだ、感謝しながら静聴しろ。千丈ヶ嶽の首領、荊棘黃童子。それがオレの名だ。魂まで刻んでおけ」
名を告げた荊棘黃童子の肩から、金棒が滑り落ちる。
「さァ、誰から来る?誰でもいいぞ。せいぜいオレを楽しませてみろ。オレの眼が間違ってなかったと証明してみせな」
荊棘黃童子が金棒を構える。俺も刀を中段に戻す。上位ランカー勢は、すでに刀をそれぞれ構えていた。
「トミナ君」
隣の蔵景が問う。視線が語りかけてくる。気概は買うが、やれるのか、と。
「誰から、と言ってもねぇ。まあここは、気合が乗ってる人に口火を切ってもらうのがいいんじゃないかな、やっぱり。どう思う?」
「……そうね。大見得を切ったのなら、一番槍の誉れはあなたに譲るわ。ただし、こちらに飛んでくるなら容赦なく斬るから、そのつもりで」
会話の間、荊棘黃童子は動かない。代わりに退屈そうに欠伸を零す。金棒は地面に突いたまま、微動だにしない。
「誰でもいい、さっさとしろ。あまりオレを待たせるな」
琥二郎のパスを受け取った足利照々は一歩下がり、俺と視線が合う。先手を譲るが、期待はしていない。といった感じの目だ。誰も俺が勝てるとは微塵も思っていない。とても正直な空気だった。
「誰が来ようと同じだ。捻り潰してやる」
荊棘黃童子が不敵に笑う。鋭い犬歯が覗く。額から伸びた角が月光を浴びて僅かに光った。
その輝きを合図に、俺は飛び出す。
「まずはオマエからか」
「よろしくお願いします」
距離を一気に詰める、荊棘黃童子は動かない。止まったまま、金棒を地面に着いたまま、気怠そうに立っている。
あまりにも隙だらけ。そう見えた。だから俺は急接近し、突き出した切先を荊棘黃童子の喉元に預けた。
「――んなトロい突きなんざ喰らうかよ。欠伸が出るぜ」
攻撃は完全に読まれていた。
荊棘黃童子は本当に欠伸をしながら、金棒を横へ薙ぐ。突きつけた切先が消える。衝撃で腕ごと持っていかれるのを、なんとか握り締めて堪えてみせた。
「遅ェよ」
即座に荊棘黃童子の手刀が左肩を叩いた。なんの変哲もない、ただの手刀。にも関わらず、ズルリと肩が落ちるかのような錯覚と共に、肩口から青白い光が散った。HPが急速に減り、膝が落ちる。
「ぐ……ッ!」
ただの一手で構えが崩壊した。荊棘黃童子は、追撃しない。品定めするように、俺の顔を見る。
「大口叩いたのに、こんなもんか?あァ?」
膝は、着かない。気合で持ち直す。隙だらけだと思い、先手を突いた。しかし、呆気なく返された。
致命的な一撃を入れられると、思っていたわけではなかった。
かすり傷でも、入れられるならという淡い希望はあった。
蔵景相手に通用した攻撃なら通じると、どこかでまだ信じていた。




