思い立ったが吉日
「なんでッ!?」
「それは私の口からはとてもじゃないけど言えないかなぁ」
言及を煙に巻くように、コップに入った水を飲み露骨に視線を逸らす平泉先輩。まあ我ながら虫のイイ話ではある。精神的に余裕がなかったとはいえ、同じ釜の飯を食った景へ何も告げず剣道から離れた俺に、他人から辞めた事情を聞き出す権利などあるはずもない。
平泉先輩から景の事情を聞き出す権利はない。それは重々承知だ。それでも、景が剣道を辞めるなんてよっぽどの事態だ。
だから俺は過去の自身の行いを棚上げしてでも、何があったのかを知りたいと思ってしまった。
他人経由で事情を聞き出せないのであれば、自分の口から問い質すというのがせめてもの筋の通し方というモノだ。
「…………、だから『モノサバ』っスか?」
「お?話が早いねそういうこと!面と向かって話すと気後れしちゃうような内容でも、楽しいゲームの中なら気兼ねなく話せるんじゃないかなって!ま、とりあえ座って座って。ただでさえ湊本君、身長高いんだから余計目立ってるって」
「――っ、……うっス」
平泉先輩に促されて席に座り直す。身長はアキレス腱断裂の大怪我で剣道を辞めた中学2年の夏以降でめちゃくちゃ伸びた。心が空っぽになって渇き続ける飢えを埋めるようにヤケ食い気味だったのも相まってか、それはもう雨後の筍の如く伸びて、ついこの前の入学直後の身体測定では180cmを越えていた。
「まあこの提案は私の個人的な事情も含まれてるけどね。いやぁこの間の大型アプデで追加された『六厄災』の朱天童子と荊棘黄童子がバチバチのイケメンでね?危うく推し変しそうになるレベルなの!いやまあしないんだけどさ!それでも私の心を揺れ動かすには十分すぎるから至近距離で鬼スクショして魂の保養専用フォルダを満たしたいんだけどゲームバランスおかしくて強いのなんのでまともに接近することすら出来なくてねぇ!」
怒涛のノーブレスで捲し立てた平泉先輩は勢いそのままにスマホの画面をこちらに向けると、そこには額から角が2本生えた赤髪の少年と、同じように角が1本生えた金髪の少年が映っていた。
「それを俺に、いや俺達に手伝って欲しいと」
「そのとーり!!どうも『六厄災』戦はスキルどうこうじゃなくて純粋に立ち回りが要求されるみたいでさ。いやスキルも重要みたいなんだけどね?特攻武器も設定されてるっぽいし色々攻略に必要な事はあるけど、それ以前に相手との距離感とか限界ギリギリで攻撃に反応出来る反射速度がないとお話にならないみたいなんだよね。実際、ランカー上位の全部が全部ってわけじゃないけど武道関連で何かしら齧ってる人多いし」
「まあ景が上位ランカーに入れるって事は、そうみたいっスね」
「うんうん。あいにく私はそこまでゲームが上手いって訳じゃないからね。私がこのゲームを始めた理由も、一目惚れした推しに会う為だし!」
平泉先輩は重度の2次元オタクだ。容姿に関しては校内でも三本の指に入るだのなんだのと風の噂で聞いているが、男子生徒からの告白は全て断っているとのこと。クラスメイトの中にも入学して1ヶ月にも満たないにも関わらず果敢に告白したヤツがいたが、秒で撃沈されたそうな。
だが我こそは、という勇者は後を絶えないらしく毎週のように告白されているらしい。告白は出来ないが心に秘めている隠れファンも多いようで非公認のファンクラブもあるとかなんとか。
そんな校内のマドンナのような存在である平泉先輩と俺がこうして会話をしているのかというと、
「ちなみにこれ私の最推しの皆本埜廣柾!湊本君と名前も似てるんだけど、顔も似てるんだよねすごくない!?」
「平泉先輩、その話もう10回くらい聞いてるっス」
という具合で、2次元の推しと俺の顔と名前が似てるからという単純な理由で可愛がられている。俺が可愛いがられている事実にあまり快く思わない人物もいるそうだが、まあ比較的ガタイがいい部類に含まれる俺に手を出す人間はそういないようで、平穏な学校生活を送っている。
「あ、言ってなかったけど『モノサバ』のキャラだよ!」
「それは初耳なんスけど!?」
「だっていま言ったからね!」
ただ本日のように想定外の方向から殴りつけてくる事がちょくちょくあるので、正直気が休まる相手ではなく若干の苦手意識があったりなかったり。悪い人じゃないんだけどな……。
「まあそういうわけで、キミが手伝ってくれると私はめちゃくちゃソーハッピーでケイちゃんも浮かばれるんじゃないかなぁと思う次第なんですけど湊本君のご返事は如何に!?」
備え付けの割り箸をマイクに見立てて俺の口元へと突き立ててくる平泉先輩。俺の答えは決まっていた。
「勿論手伝うっスよ」
「よしじゃあ決まり!早速ログインしよっか!このあとゲーム内で待ち合わせね!ケイちゃんにも連絡しとくから!」
「えっ、ちょっ、は!?今日からっスか!?」
「善は急げって言うでしょ?それに今日の21時から朱天童子と荊棘黄童子のレイド戦予定なんだよね!討伐される可能性は現状かなり低いし運営的にもまだ倒させるつもりがないのが透けて見えてるけど、それを補って余りあるくらい美味しい経験値稼ぎイベだから初心者でもオススメ!『六厄災』って遭遇するだけでも経験値がめちゃくちゃ美味いんだよね!具体的には初心者が100人プレイヤー倒したくらいの経験値が貰えるの!それに高レベルプレイヤーやランカーがやられて武器をロストするから金策や装備集めするのにもってこいなんだよね!まあ『六厄災』の攻撃を回避出来ずにやられると同じように装備ばら撒いちゃうんだけど、初心者は失うモノがないので実質デメリットなし!初期装備ってロストしないんだよね!」
「…………ス、スンマセン平泉先輩、情報量多すぎて処理落ちしかけてるっス」
何が何で何の何?寝耳に水どころか決壊したダムから溢れ出た情報の洪水で脳味噌が窒息しかけている。
「やれやれしょうがないなぁ。要約すると『いまから友達と仲直りして裏ボスとパワーレベリング!出来れば武器もパクったれ!!』って事!準備はいい?いいよね?答えはさっき聞いたからハイこれ『モノサバ』のDLコード!バイト勤続1ヶ月記念のご褒美で拒否権はないので受け取るように!」
有無を言わせる暇もなく、平泉さんはポケットから『モノサバ』のダウンロードカードを手渡してきた。
無論断れるはずもなく、平泉先輩はそのままスマホで高速フリック操作をしたのちに伝票を掴んで席を立つ。
「じゃあ今日の18時くらいまでにゲーム内の『団子屋』に集合ね!道中色々あるだろうから多少遅れるの考慮して少し早めで!『団子屋』に着いたらカルムって名前のプレイヤー探してね!!それじゃまたあとでねー!!」
放たれた矢のようにあっという間に平泉先輩はファミレスから姿を消し、残された俺は溶けた氷水を飲み干してその後を追うのだった。
【登場人物紹介】
湊本芳雅
・高校1年生。かつて神童と呼ばれた元剣道少年。中学2年の時にアキレス腱断裂という大怪我を負い剣道を引退。現在はハンバーガーショップでアルバイトをしている。
平泉静夏
・高校3年生。重度の2次元オタク。湊本と同じ学校に通う高校3年生。湊本の顔が推しキャラと色々似ているという理由でかわいがっている。湊本のバイト先の指導係でもある。偏食。
武蔵景
・高校1年生。湊本と同じ剣道道場出身。女子中学剣道で三連覇を達成した後、剣道界から姿を消す。『モノサバ』を始めて日は浅いが、類まれなるセンスと集中力を発揮して先月上位ランカーとなる。




