人波割いて現れたるは、凛々しき乙女
「…………ふぅ、やれやれ」
「……自分から提案しといてなんなんスけど、斬ってよかったんスか?」」
深い溜息をこぼした琥二郎に思わず声をかける。なんか育児に疲れた親みたいな雰囲気を醸し出している琥二郎は、青白い光を吸収して淡く輝きながら、振り抜いた刀を鞘へと戻す。
「……いやー、ダメだね!ダメだったと思う!でもたまにはガツンとしないとさぁ!?アーチェちゃん、実は姪っ子なんだけどあんなデショ?まぁ年頃の女の子は気難しいのなんので。ああいう性格だから、学校でも浮いちゃってるみたいでねぇ。姉夫婦に頼まれてオジサンがこのゲームに誘ったから、見かけ次第気に掛けてはいるんだけど……って、こんな話をいきなりするもんじゃないね。失敬失敬」
気恥ずかしそうに自身の後頭部をポンポンと叩く狐次郎。なるほど、そんな事情があったのか。くたびれている雰囲気が漂っているのは育児のストレスか?いや叔父さんならあんまり関係……うん?オジサン……叔父さん?
「ああ、だから叔父さん」
「……うん?わははっ!違う違う!オジサンは叔父さんじゃなくて普通にオジサン!おっさんと同じ意味のオジサン!」
「え?あっ、スンマセン!口に出てました?」
「わははっ!いいよいいよ!笑わせてもらった!そうか、言われてみればどっちも『おじさん』か!そんなの意識したことなかったなぁ!!」
うっかり口に出してしまった事がツボに入ったようで、ケラケラとお腹を抱えて笑う琥二郎。
「はーっ笑った笑った!うん、少し心が軽くなった!ありがとうトミナ少年!」
「……ど、どういたしまして?」
「まあでもまたすぐに重くなるけどねぇ……。あー、どうしよ絶対怒ってるだろうなアーチェちゃん。……まあなるようにしかならないか。とりあえず斬るねトミナ少年?約束は約束だからさ。これで斬らないなら完全にひねくれちゃう」
「あ、うっス」
「そうそう、プレイヤーがやられたり再ログインする際のリスポーン場所は、全体の中心部に位置する『神社』の参集殿になるから覚えておくといい。『団子屋』もすぐそばにあるし、オジサンもトミナ少年を斬ったらすぐ向かうから、それまでにアーチェちゃんをなだめておいてくれると助かるかな」
キラリと歯を覗かせての笑顔のサムズアップ。いやいや無茶言わんといて下さい。
「あと境内は攻撃禁止だから注意するように。破るとおっかなーいNPCに捕まって大変だから気をつけて。過去にやらかして簀巻きにされた状態で神社内の池に沈められたプレイヤーいたからさ」
「えぇ……」
「ま、そういう感じで。ヨロシク!」
と、琥二郎の言葉が耳に届ききるよりも先に到達した切先が胴体に触れた直後、視界はいつのまにか屋外から人混みで混雑した畳張りの大広間に切り替わっていた。え?そんな一瞬?
困惑しつつ周囲を見渡すと人、人、人でごった返していた。ここが参集殿とやらか?
なんかギラギラとした高そうな武器を装備したプレイヤーから、俺と同じような初期装備で悔しげに顔を歪めるプレイヤー、なぜか上裸で袴だけ履いた奇抜な格好のプレイヤーなど様々。
いや待て狐面に褌一丁のプレイヤーまでいるじゃん、あれ大丈夫なのか?セクハラなんじゃないのか?と警戒していると、突如眼の前に半透明のウインドウが出現する。
『琥二郎に撃破されました。破損した魂修復の為、一定時間魂の出力が低下します』
その直後、HPとSTゲージの下に『全ステータス30%低下 残り10:00』と表示される。10分間のデスペナルティのようだ。ふむふむ、こういう感じか。
ゲームの理解を深めつつ、視界を改めて周囲に向けるが先にやられたはずのアーチェの姿が見当たらない。もしかしていじけてログアウトでもしたか?と考えてると、なにやら周囲のプレイヤーの喧騒が大きくなりはじめた。
「おい見ろよ。『蔵景』ちゃんだ」
海を割ったモーセのように人の波が静かに割れて、その中心を1人の女が毅然とした足取りで歩いていた。
腰に差した歴戦感漂う傷だらけの漆黒の鞘に包まれた刀とは不釣り合いな整った顔立ちの少女は、後ろで束ねた黒髪を僅かに揺らして参集殿の外へと向かう。
その姿を見送ったプレイヤー達は、互いに顔を突き合わせて盛り上がり始める。
「いやー、やっぱこのゲームのデフォ顔ってクオリティ高くねぇか?」
「わかりみふかしいも」
「でも蔵景ちゃん、首から下はデフォルトじゃないよね。デフォルトだともっとあるし」
「きっしょ。なんで服の上からなのにわかるんだよ」
「心眼極める我に見抜けぬモノなし!」
「お前の見抜くは別の意味だろうがハラスメント通報すんぞボケ」
どうもクラカゲと呼ばれた先程のプレイヤーは有名人のようだ。デフォルト顔なのかあれ。普通にオリジナルなのかと。
「腰に差してるのあれ【同田貫正国】だろ?ランカーの剛兎さん倒して奪ったってヤツ」
「マジかよ、あんな人形みたいな細い子が豪兎さん倒したの?」
「いやゲームなんだから体格関係ねーだろ」
「いやいやステータス抜きに剛兎さんと対峙してみろって。バスケットゴールサイズの熊がAGI特化で高速接近して上段から刀振り下ろしてくる恐怖体験くらってこいって。軽くトラウマになるから」
「お手軽ミンチ体験な、あーれはヤバイ」
「まあステータスに差があっても、首刎ねれるならどんなプレイヤーでも一撃必殺なのがこのゲームのいいところだからなぁ。……尤も普通は上位ランカー相手にして生き残れるのが稀なんだが」
「人間辞めてるような挙動するの多いんだよなぁ。城下町エリアの北部とか人のカタチをした怪物しかいないもん」
こっそり聞き耳を立てて情報を得ていると、どうも城下町エリアの北部は猛者が集っているらしい。今の俺じゃあミンチにされるだけだろうが、心身鍛え直したら行ってみるかな。




