みっけた
度々小石や魔物の骨を投げては音の反響の具合でダンジョンの構造を確認する。
暗闇で先の見えない空間をある程度把握するための原始的な技術であり、俺の馬鹿ほど良い聴覚を十全に活かしたマッピングの一種である。
「あっ、罠みっけ」
音の具合から隠された罠を察知し、落ちている魔物の骨を使って仕掛けを事前に起動させる。
普通の人に見られたら多分バケモノ扱いされる。コウモリかよこいつ、みたいな。
「体内に罠を仕掛けるなんてダンジョンというのは生物としての常識を超えているな」
だが知性ある生物であるからこそ罠も日々進化し巧妙になっていくのだろうとも考えられる。
人体にも病原菌を撃退するシステムが備わっているらしいが、仕組みなど俺は理解していないし意図して使えるものでもない。
きっとこれらの罠も、人体の病原菌に対する防衛、迎撃機能と似たようなものなのだろう。毒蛇が体内で意識せず毒液を生成するように。人体が胃液を自然と出せるのと同じようなものかしれない。
シクリッド教においては、この世の生物の半分は神の作り出したものとされているが、さすがは神である。
では残りの半分はどうやってつくられたのか。
教典には主神とは別の神が作り出したと書いてある。
主神ですら完璧ではないのだから我々人間が不完全であってもなんらおかしくはない。
「しかし生命とは実に神秘的なもんだな」
俺も生命を生み出す行為がしたいです神様。
☆
慎重に慎重を重ねるミルフィーユ慎重で歩き。
臆病者が指をさして笑うほど臆病になってダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。
「――――」
不意に洞窟の奥から風が吹く音が聞こえる。
異変に敏感な耳を澄まして意識を音の収集に集中する。
これが魔物の出した音であれば大事である。
先端が太くて丸い棒状の武器。状況に応じて伸び縮みさせられる、殺傷だけを目的として余計な装飾のない武骨な携帯メイスを握りなおす。じっとりとした汗を手のひらに感じる。持ち手のサイズ感は俺の方が太いな。
教団内での地位が上がればもう少し立派な剣や盾が授けられるのだが、聖騎士であるティアスと違って階位の低い俺ではこれを扱うのがやっとである。かりに剣や大盾など渡されても習っていないのでろくに扱えないのだが。
「――――」
「また風だ……いや」
賢い俺は遅れて気づいた。ダンジョンの奥から風など吹くはずがないと。
吹いたとしてもそれは発動した罠から発せられる毒ガスの類。あるいは別の地域に出入り口が繋がっている場合だ。
音の発生源は奥に潜んでいる闇に眼がなれた魔物か、ダンジョンの先を行っていた人間のどちらかだろう。
音を特定するため地面に耳を当て息をひそめる。
「パゥッ!」
耳を付けた拍子に小石が頬に当たって死ぬほど驚いてしまった。
毒虫か何かに刺されたのかと思って焦ったぞ。
気を取り直してもう一度地面に顔をつける。またチクリとしたが気にしない。何回もチクリチクリとしたので見てみるとサソリに似た毒虫がいた。
「…………」
拳を振り下ろして殺生。
俺だから大丈夫だったが一般人なら死んでいた。蚊ですら殺すか悩む俺でも、魔物と虫の中間であるなら容赦しない。
「人の吐息が一つ。魔物に襲われて倒れているか、罠にかかって動けずにいるか……だろうな」
いくら耳がよくとも状況を音だけで完璧に判断するのは不可能だ。
生存者がいるならばたとえ未確定であっても急がなければなるまい。
すぐに立ち上がり、周囲の警戒は怠ずに声のした方向へと慎重に移動する。
魔物に襲われているような緊急性のある音ではなかったように思う。
でも魔物に生きながら食われている最中とかだったらどうしよう。魔物の音はしないのでそれはないだろうが、この世に絶対などない。
「安全な日だから絶対に大丈夫って誘って、彼氏を夫に変えてやったと笑っていたシスターもいたからな……絶対なんてないんだ」
穏やかであるとは言いがたい吐息だったので、罠でも踏んでここに飛ばされ仲間とはぐれて救助を待っている――そんな状況かもしない。
山の遭難と同じで、ダンジョンで迷ったときには下手に動きまわるのは悪手だ。ただじっとしていても魔物に食われる危険もあるが、地図もなしに動き回るのはより生存率を下げるという研究報告がある。中層に挑むレベルならばそれぐらいは心得ているだろう。
ただしそれは仲間とダンジョンに侵入した場合の話しだ。
仲間も全滅してしまい自分も深手を負って死を待っているという可能性もある。
「どちらにせよ心細い思いをしているだろうな……」
声のした方へとさらに進み。暗闇の中、曲がり角から淡い光が漏れているのを見つけた。耳に意識を割かずともか弱い吐息が聞こえる距離まで近づく。
「私はスカト……じゃなくてスカベンジャーです! そちらは無事でしょうか!」
スカトロ扱いされたのが尾をひいていて危うく誤った自己紹介をするところだった。
ダンジョンの奥で初対面の相手にスカトロですと挨拶された相手の身にもなれ。満身創痍で魔物にでくわすよりも恐怖し絶望するぞ。
「もしあなたがゾンビ化していない理性ある人間ならば、人の言葉で返事をしていただけますでしょうか!」
曲がり角からは顔を出さず、立て続けに自分の知っている三つの言語で念押しの確認をする。喋れない状況に陥っている場合もあるので返事がないからと言って人間ではないとは言い切れない。
むしろ逆にこれだけの大声を出せば近くに魔物がいるならすぐにこちらへ寄ってくるもの。何も現れないということは、そこで人間が喋れないほど弱っているとみていいだろう。
もしゾンビ化しているならば遺品など回収せず全速力で来た道を戻ろう。
魔物とは言え元は人だったものを殴るのは気が引ける。腐乱しきってくれていればまだいいが、生前を想像させる新鮮なゾンビは御免こうむる。避けられるなら避けるべきイベントだ。
それにここがだめでも扇形のダンジョンなので、また戻って別の道を探せばいい。
「まだ意識はある……ハァっ、すぅッ……」
弱々しくはあるものの、最初に声をかけた言語で返事があった。
意識があるようなので曲がり角から慎重に顔をだす。
壁に寄り掛かり、長いブーツを履いた足を放りだす一人の女性。
床に落ちたランプに照らされた女の周りには他の仲間も魔物の姿も見当たらない。
女は俯いて髪で顔を隠し、苦しそうに肩を揺らしている。
その女に近づくにつれ緊張と心拍数は高まっていった。
今この瞬間ゾンビ化したりするなよ。
「ハァ……ハァフゥ……」
荒い呼吸を繰り返す女を至近距離で確認する。
「無事……ではないようですね」
まずゾンビ化の兆候はない。
薄い乳白色の髪は泥や血でべっとりと汚れている。そうでなくとも髪質が荒れているようなのでお世辞にも綺麗だとは言えない。
探索者である以上、町娘のように細かな髪の手入れなどする暇はないのでこれが当たり前だ。むしろ綺麗に整えられた髪である方が不安になる。
そういうのは大概がお貴族様の道楽で、好奇心だけでダンジョンに潜りに来た探索の「た」も知らぬずぶの素人だと聞く。
その点で言えば倒れている女性は装備も汚れているので一定以上の信頼を抱けるというものだ。
荒れた髪。
隻眼の深い青色の瞳。
顔半分にひどい火傷あと。
片方しかない腕。
「おや……?」
その隻腕隻眼の女については見覚えもあれば心当たりもあった。
彼女のことは以前酒場で見かけたことがある。
エルフであるという以外の一切の素性を隠した謎に包まれた女――エルだ。
「君は……」
「私はマフィーダの教会で神父をやらせていただいております。ロイズレッドというものです。あなたを助けにきました。ですのでもう安心してください。治療薬もバッグに入っておりますのですぐに――」
「ハァッ……うぐぅっ……ごぶぅうっ」
頬を膨らませてすぐに尋常ではない量の吐血をする。
俺の顔を見て吐いたわけじゃないと信じたい。
濃い緑色のマントの下、わき腹に矢が刺さっており衣服を血で激しく汚してしまっている。吐血はこれが原因だろう。
「矢が内臓に達してしまっているのですね」
「ハァハァ……さぁ、どこまで刺さってるかは……自分じゃわからない……罠にかかって。油断をした……」
広い空間を見渡す。
仕掛けのトリガーになったのは膨らんだ広間の中央にある一か所だけ盛り上がったレンガだろう。
それまで狭かった道が急に膨らんで広い部屋になり、これ見よがしに置かれた踏み込み式の罠。こんな罠は探索者ならば新人でもかかるのは難しい。
だが手練れであろう彼女がかかったのだ、きっと巧妙に隠されていたに違いない。
「笑うかい……」
「笑うものですか。ダンジョンも生物なのですから過酷な生存競争のなかにいます。人や魔物の意表を突くため日夜研鑽と研究を続けていることでしょう。狡猾なダンジョンという魔物へ勇敢にも一人で挑んだ勇者を誰が貶められましょうか。もしもあなたを笑う者がいるならば、私はそれをけっして許しません」
大袈裟に話したが、これは普段つかっている定型文を場面に合せていじったものだ。「失敗は誰にでもある。不幸は誰にでも起こりうる。だから今後俺がへまをしているの見かけてもバカにして笑わないでね――」という保険を打つためにいつも言っている言葉だ。
「そんな巨躯のわりに……繊細なことを言えるんだね……」
体のわりに肝が小さい――という、人に言われたくない言葉ベスト3にちょっとかすっているね。
いいじゃないか体が大きくて心が狭くても。
じゃあなんだい。ドワーフのような背の低い種族や小型獣人のような種族はみんな心が小さいのか? そうじゃないだろう? 小者も小心者も体の大きさは関係ない。個性だよ個性。
「いま助けますので」
「助ける……? 血も流して……致死量の毒が全身に回っている……もう助からないよ」
「毒ですか。なるほど」
それは困ったな。助けられないこともないのだが。
「だから放っておいて……。このまま静かに終わりたいんだ……」
「なっ――」
すでに死を迎え入れているようなエルの言葉に衝撃を受ける。
「自分の命を他人事のように語ってはいけませんよ。もちろん他人の命も軽んじてはいけませんが」
命を捨てようとしているエルに若干の怒りを覚えてしまい少し早口になってしまった。平常心平常心。
「私の遺品を持ち帰るなら教団にはここから東に向かった森に……う、後ろに魔物がっ――」
エルの警告は魔物を接近を知らせるものだったが、魔物が近づいていることなど端から気づいていた。臆病者の俺がダンジョン内で魔物を警戒しない時間など一秒でもあるはずがないのだ。
「承知しておりますとも」
十分に近づいたのを気配と音で感知し体を勢いよく捻って、石床に靴のあとを残すほど強く踏み抜いての渾身の裏拳を放った。回転エネルギーは強いのだ。
背後から覆いかぶさろうとしていた粘性の強いジェル状の魔物――スライムの体表に回転エネルギーは吸収分散されて体内に拳が飲み込まれる。
吸収された衝撃は薄桃色の溶液を波打たせて波紋を幾重にもひろがらせた。
一部吸収しきれなかった衝撃はスライムの体を幾分か削って体積を減らす。
「素手はだめ……もっていかれる……」
エルの心配は杞憂である。
俺の狙いはスライムの体内に侵入すること。
武器の使用ではなく裏拳を選択したのも抵抗のためではなく、確実に息の根を止めるための一手だ。
「なんの。この程度の魔物にならば後れはとりようがありませんよッ――」
痛い。腕に巻きつき骨を砕かんとばかりに圧縮して締め付けるスライム。
痛くて泣きそうだし後れを取りそうだ。
女性の手前かっこ悪い姿はさらせないので強がって不敵に笑ってみせたが油断すると泣き顔に変わりそう。
「っ…………」
エルの反応が芳しくない。
容体が悪化しているのだろうか。俺の顔が怖かったのだろうか。笑顔が気持ち悪かったのだろうか。
「筋肉もないのによくもこんな力が出せるものですね。さすがは野生で生き抜く天然の魔物と言ったところでしょうか」
今の意味のない言葉を訳すと「痛すぎる。怖すぎる。もうやだ、お願いだから離して」である。
スライムの桃色の体内に飲み込まれた腕を引き抜かず、逆に肩まで一気に押し込む。
腕全体に走る激しい激みに耐えながらスライムの中心で逃げるように動き回っていた赤い球体を追いかけた。
器用に逃げ回るので想定よりも手を焼き、顔にもスライムが張り付いてしまう。腕ならまだしも顔はめちゃくちゃ怖い。
顔に張り付かれたら終わりだ。息を止められながら頭を砕かれてしまう。
「よぉし、そぉら……さぁとっつかまえたぞ。どう足掻いても私からはもう逃げられませんからねぇ」
エルにいいところを見せようとして余裕のあるふりとかっこつけるのを同時に行った結果、妙に変態ぽくなってしまう。
教会の庭でルカと追いかけっこをしているときに悪人役をやってやるのだが、そのときの癖が出てしまったようだ。
この遊び方のせいで一回ちゃんと通報されている。
俺の迫真の演技を楽しみすぎたルカは、追いかけられる恐怖と笑いで過呼吸になってしまう。そこを偶然通りがかった人に見られ「凶悪な面で笑う性犯罪者が子供を追いかけまわして喘ぎ声を出させている」と通報された。
通報は国民の義務と権利なので責めはしないが、最初から性犯罪者と決めつけて通報しに行くのはやめてほしい。
「ヌンッ!」
球体を掴んだまま渾身の力で床に叩きつけると腕に絡みついてたジェルも遅れてずるりと抜け落ちる。
床にひろがったジェルを見て、色々な用途がありそうな液体であると妄想が膨らむ。
「ほう、さすがに一発では逝きませんか。ではあと何発まで耐えられるかなぁ? 私の体力は無限ですので何十発でも付き合えますよ」
より変態ぽくなっていく自分を中々修正できない。
もう喋るのはやめたほうがいいかもしれない。一度リセットしよう。
「そいっ!」
二度目の叩きつけでコアにひびが入る。
だいぶ弱っているらしくコアの動きも鈍くなっているので捕まえやすい。
続けてもう一度掴みなおして振りかぶる。
「そぉいッ!」
腰を捻った三度目の投擲。床ではなく壁に叩きつけて完全にコアを粉砕する。
スライムは形状を維持する力も抜け、ダンジョンの床にボタボタとジェルがひろがっていく。
あそこに裸で寝転がったらさぞ気持ちよいだろう。スライムの液状の死体はいずれダンジョンが吸ってしまうので片付けずとも消えてなくなるだろう。スカベンジャーでなければ持って帰っていたのにもったいない。
「素手でたおした……」
なかなか取れない手に残った粘液を払い、改めてエルに向き直る。
今の勇姿を見て好感度が少しでも上がってくれたらいいな。
「すごいね……」
女の子に褒められた。
今まで生きてきたなかで、女性関係では一番うれしい出来事かもしれない。
つらい人生でもめげず諦めずに頑張って生きていてよかったと本気で思えた。
感動のあまり鼻の奥がツーンと熱くなり涙腺が仕事をはじめてしまう。
「これでも厳しい修行を積んだ一人前の神父ですので。このような相手に後れはとりませんよ」
「こんなところで死にかけている私への皮肉なら……なかなか切れ味だね」
「やぁ……」
更にかっこつけて好感度を上げようと追撃したら勘違いをされてどん底まで下げてしまった。自分が誤解されるのはいつものことだが、傷つけてしまったのは誤算だ。




