みつかった
「矢を受けたのはいつでしょう」
分が悪い。強引に話しを変えよう。
「悪いけど時間の感覚がない。指を動かすのも億劫……いや、もう動かすこともできない……」
「そうでしたか。さぞつらいおもいをしたことでしょう。ですがもう大丈夫ですよ」
「最後の祈りでもしてくれるのかい……」
「祈る必要などありません。まだ間に合いますから」
「間に合うって……私はもう……」
エルのマントをめくり矢の刺さっている腹部を確認する。
恐らくは生物由来の毒だろう。通常よりも太い矢は、毒蛇の牙のように突き刺さってから毒が注入される複雑な機構になっている。
「毒を注入することに特化した矢でしたら、恐らく矢尻に返しはないはずです。これなら抜いても出血も少なくて済みます。治療の前に引き抜きますので一応舌を噛まないように布を噛んでおいてください」
苦し気ながら呼吸はしている。
指すら動かなくてもまだ喋れてもいるので顎の力は残っているだろう。
「治療なんて……ダメだ、触れたら毒が君の体にも侵入する……」
「なんと……」
驚くべきことにエルは自分ではなく俺の心配をしていた。
それも死の苦しみの只中にありながらだ。
窮地に立たされてなお人の心配ができるなんて、なんという高潔な精神か。
普通ならば藁にも縋りたくなる場面のはず。このような状況に陥っても他人に情けをかけられる者など教団内にもどれだけいるか。
司教のように毒で倒れた俺を慈愛に満ちた笑顔で眺めるようなバケモノとは違うな。
「あなたは救済するに値するひとのようですね」
「きゅう……さい……?」
司教の言う通りだ。一度救済してしまうと際限なく気軽にやってしまう。
個人的な後ろめたさからエルにはあえて返事をせず、胸部を圧迫している胸当てをはがした。
「ぬぉッ……なっ!?」
失礼ながら意外と胸が大きくて驚いてしまった。
まさか胸当てを外した反動で胸が膨らむとは思わなかったし。胸に驚く日が来るとも思わなかった。
女として見られるのを嫌うとマスターは言っていたので、胸も目立たぬよう隠していたのだろう。素晴らしいサプライズだ――などと考える自分の性欲の旺盛さに嫌悪する。
主張を始めた股間のメイスをしずめるため。性欲を発散しようと一度離れて緊急のスクワットをする。
大腿筋のトレーニングはいい。筋肉が大きいので疲労も多いのだ。
インスタントに性欲を散らしたいときはまずここからせめたい。
「そう、放っておいて……。どうか静かに死なせてほしい。私のせいで誰かを不幸にしてしまったら……私に生きる意味を与えてくれたあの人に申し訳が立たない……」
言葉から察するに想い人がいるのろう。それも相当な恩義を感じているご様子。
「…………」
それを聞いてスクワットなどせずとも性欲は失せてしまった。
理由がなんであれ、生を諦る人間には反射的に憤りを覚えてしまう。
バックパックのサイドポケットから用意された清潔な布を取り出すが、その動作も乱暴になってしまう。
エルの口に取り出した布を運ぶ。
震えて血の気の失せた薄い唇の端からは涎が垂れており、喋ることはできても布を噛む力はもう残っていなかった。
「舌を噛む力もないでしょうが、反射的に体が反応しないよう念のため」
勝手に失礼して口に布を押し込んでしまおう。
誰かに見られたら絶対に勘違いされるだろうな。
声を出させないようにして犯そうとしていた――とかね。
以前も旅の途中、男のお尻に刺さったサボテンの棘を抜いてあげていたらバックでホモセックスしていると勘違いされたことがある。「痛い痛い」と抜くたびに言うから無理やり拡張しているように見えたとか。
「詰めるのは綿じゃないの……? ああ、そうか……あれはオノドリムの話しだったね……――もぐぉっ」
矢を抜かれた痛みで舌を噛んでしまわないための措置だ。
よく喋るので了承も取らずに口に詰めた。
「痛みますよ。こればかりは辛抱してください」
強引に押し込んだ布が喉に詰まらないように位置を調整し、痛みを長引かせぬため一息に矢を引き抜いた。
「ぅ――」
くぐもった声を僅かにもらすだけにとどまり、思ったような悲鳴はあげない。
肉体の反応も薄く、反射的に少し跳ねただけであった。
想像以上に胆力があるのか。はたまた悲鳴を上げる体力すら残っていないのか。
俺なら泣いてわめいて失禁していただろうが、さすがエルとしか言いようがない。
「苦しかったですね。申し訳ありません」
呼吸ができるように急いで布を口から取る。
この布持ち帰ったら怒られるかな。怒られるよね。やめておこう。
「うぅ……」
凝固した血の塊がわき腹の傷口からドロりと溢れ、遅れて堰をきったように出血が始まった。
「さすがですね。まるで痛みを感じていないように見える。一流の探索者ともなれば耐えられるもなのでしょう」
「昔から感覚がないんだ。痛みも何も感じない体質さ……」
強がりもここまでくれば大したもの。十分尊敬に値する。
だがこれぐらいのやせ我慢ができなければ探索者としては生きていけないのだろう。厳しい世界である。絶対に生業にしたくない。
改めてエルの頭から順に容態を確認していく。
瞼の異常な腫れ。
巨大な乳房。
血の気のない白を通り越した青い顔。
巨大な乳房。
床には血尿らしきあとと、どす黒い血の混じった吐しゃ物がひろがっている。
胸部には大きく腫れた乳房があり、おっぱいが呼吸に合せて揺れ、大きなおっぱいが巨大な乳房である。
「…………」
胸ばかりに意識がいってしまう愚かで未熟な自分の頬をわりと強めに張る。パンパンパーンといい音がした。
あまりパンパン鳴らしていると人がきたときにいらぬ誤解を生みそうなのでこのぐらいにしておこう。
「しかし……容赦がない……ハァハァ……あんなにあっさり引き抜くなんてさ」
先ほどよりも呼吸が荒くなっている。
矢を引き抜いたことで血が抜けて体力を削いでしまったか。
「死んでもよいなら処置をせずに容赦しますがそうもいきませんので」
「死にたいからそうしてほしいんだけどね……」
「っ……」
死にたいだの生きたくないだのと、聞きたくない言葉の連打が耳に優しくない。思わず舌打ちしそうになった。
俺など過去に何度「死ね」という言葉を頂戴したことか。イヤな思い出だ。
壁に寄り掛かっていたエルを床に寝転がし服をたくし上げる。
エルの腹部には矢傷以外にも古い傷がいくつも刻まれていた。
引き締まった腹筋に刻まれた古傷……何か不思議な興奮が湧きあがってくるのを抑えられない。
「やめっ……触れちゃダメだよ……」
はい。胸には触れないようにします。理性が飛ぶので。
胸は見ない。胸は見ない。おっぱい大きい。胸は見ない。
「次は患部周辺の毒を抜きます」
まず抜くべきは俺の聖棒の毒だろう。
胸を見ないよう、生々しい、できたばかりの矢傷に口を近づける。
「なにを……。やめて、今さら毒なんて抜けない……。毒を飲んだら君も死んでしまう」
死を前にしてなお赤の他人を心配する。
嘘偽りのない真実の慈悲。清廉かつ高潔な魂を持った敬服すべき人物である。
彼女の石像があたっら絶対に買う。教会に十体は飾る。
爪の垢を頂戴して司教の飲んでいるワインにサラサラッと混入してやりたい。
「心配ありませんよ。大丈夫、私に任せてください」
一度顔をあげる。
彼女に誤解させたままでいるのは酷だ。
「この世にある生物由来の毒ならば、私はほとんど耐性をもっていますので」
子供の頃、薬師の資格もない司教によって様々な毒を盛られた結果。抗毒素、抗体を強制で作らされた。
驚異的な回復力があるからと、将来きっと役に立つからと、司教はありとあらゆる毒物を惜しみなく俺に盛り続けてきた。
司教はイカれていた。ただ摂取させればいいだけなのに、エンターテイナーとしての血が騒ぐとかなんとか言ってありとあらゆる手段を講じて毒を盛ってきた。
俺なら子供の大好物に毒を仕込んでトラウマを作ったりはしない。
寝込みに天井から糸を伝わせて口の中に毒をたらしたりもしない。
靴の中に毒針を仕込みもしないし、水浴び用の桶に毒を入れて体を洗わせたりもしない。股間に刷り込まないし、目薬を毒薬にすりかえたりも絶対にしない。
ルカを見ていて改めて思った。子供に毒を盛るなど頭のネジがすべてふっとんでいないとできない蛮行だ。
だが、そのお陰でこうしてエルを救えるというのなら。悔しいが司教の選択は正しかったと言わざるを得ない。
「そんな馬鹿げた話があったとして……今さら毒をぬけるはずが……」
「痛みを感じない体質というのも眉唾ですしお互い様ではないでしょうか。大丈夫、私に任せてください」
「任せろって…………」
しかし嫌がる女の上に乗るのは気乗りしないな。
両手を広げて「きて……」みたいな感じで受け入れられるのが理想的なシチュエーションである。
だがまたしてもいいところで闖入者の気配を察知する。
「まったく一分一秒が惜しいと言うのに。少々お待ちください。すぐに終わらせてきますので」
気配の正体は魔物。奥の通路から姿を現したのは巨大な魔物だった。
「…………」
思ったよりも大きくて少し怖気づく。
身の丈は巨躯と言われる俺よりも頭一つ大きく横幅は数倍ある。
全身が硬い毛で覆われていて顔まで毛むくじゃら。
その魔物の詳細は知っている。
知能レベルは高くはないが、長く生きた個体は人の言葉や仕草を覚える。そのため討伐の際は口やハンドサインによる作戦の伝達は厳禁。予め決められた作戦を使って待ち伏せるのが定石である。
その魔物の名はトロール。
古くはオークの亜種とされていたが、今は完全に別種として扱われている。
オークは長らくトロールと混同されていたせいで亜人に分類されるはずがその地位を大きく下げていたとも言われている――。
「グルゥッツグルゥ――ハッハッハッハァアアアア! キャァアアアアア!」
うるさい。そして怖い。




