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ダンジョンへいこう

 酒場での諍いから三ヵ月が過ぎた。

 

 あれからというものティアスのリターンマッチの誘いを恐れて極力外には出ないようにしている。見つかれば再戦を申し込まれて殺されてしまうから逃げ回ってい身を隠す作戦だ。

 見つかって捕まればボコされて殺される、鬼ごっことかくれんぼのハイブリッドルール。早くこのデスゲームを終わらせてほしいと毎日神に願っている。


 酒場にもいかなければ街にも出ない。

 時折ティアスが教会の近くを通ることがあるらしいのだが、教会の外掃除はルカに任せているので、もしも人に尋ねられたら「ロイズレッド様は――」のあとに続く言葉をいくつか用意し。お忙しいだとか、祈りの時間だとか、修行をしているだとかを使い回して門前払いしてもらっている。


 無論ルカに嘘をつかせるわけにもいかないので、忙しい時は本当に忙しく修理や修繕作業に勤しみ。祈り中は司教に近況報告を行い。修行は性欲発散のための筋トレをしている。


 食材などの買い出しはルカに全任し、教会内の修理修繕や料理は俺が担当する徹底ぶり。絶対に外には出ないという強い意志をみなぎらせている。


 だが最近になって大きな問題が生じ始めた。

 教会の修理修繕もゴールが見え始めてきてしまったのだ。


 本来ならば喜ぶべきことなのだろうが状況が状況である。

 だが終わってしまっては外に出ない口実がなくなる。

 外に出れば教会の一件で知り合って以来、無茶苦茶な因縁をつけてくる戦闘狂(ティアス)とエンカウントする確率が格段に跳ね上がってしまう。


 離れの居住区も、後付けでつくられたであろういくつか点々とある住居も有り余る体力でもって順調に修理が進んでしまっている。

 鍛冶工房や動物を飼育するための家畜小屋などがまだ残ってはいるものの、清掃自体はルカが専門家顔負けの手際で完璧に終わらせてしまっているため竣工も時間の問題であろう。


 なんなら俺が終わらせないでぐずぐずしていればルカが終わらせてしまいかねない。手伝いをしたすぎていつもウズウズしている様子だから。

 どうにか引き延ばそうと苦心しているのだが、働き者かつ高い能率を誇るルカがそれを許さない。ルカには仕事中毒者の素養がある。


 俺も俺で修理や工事をしていると自然と集中力が高まっていき、性に合うのかついつい没頭してしまうのも悪い。

 そうして気づけば俺たちは最高効率で動いており、仕事が終わるたびにルカが尊敬のまなざしで俺を見上げているのであった。


 教団時代にやることがないからと無駄に培ってしまった大工スキルが仇となり、己の首を真綿で力いっぱい絞めているような気がする。自分の異様なまでの器用さが心底憎い。


 諸々の修理代金は教団から渡されている運営資金から捻出している。


 運営資金に手を出さずともルカの稼いだ――ルカの才気によって集められた献金をあてれば、教会内の修繕費用など全てまかなえてしまうだろう。新規入信者が日に日に増えて献金の増える勢いはましていくばかりだから。


 だが、これにはほとんど手を付けずに別で保管してある。使うとすればルカのおやつや食事代、衣服代、それとお小遣いぐらいなもの。

 このお金は将来ルカが独り立ちをしたときに持たせるつもりで貯めているのだ。

 実際に全て持たせたらお金におしつぶされてしまうだろうから、そのときのために今は色々な方法を考えている。


 ルカは俺のような神父になりたいなどとろくでもない夢を語っては俺を困らせた。

 反応には困るが夢の否定はしてはいけない。もし本気で神父を目指すのであれば、その足で世界を見て回るべきだと説いている。そして神父どころか大司教だって狙えるポテンシャルを持っていることも伝えたが、男の本懐であるところの出世には少しも興味がないようだった。


 いま見えるものだけがすべてではないと何度も説いた。物事を様々な方向から見方を変えられる柔軟な思考を学んでくるべきだと。だがルカは頑として神父を目指すのだと譲らない。

 まだ子供ゆえに経験も少なくものを知らないのだから、これも仕方がないことだろう。俺も子供の頃は司教のお嫁さんになるとか意味不明なことを言っていたアホなガキだった。いずれは新たな夢も見つかるはずだと長い目でみている。


 神父となるためには、物事を別の角度から観察する能力も必要で、それは俺と一緒にいるだけでは養えるものでもない。言葉で教えることはできても体験させるのは難しい。


 とはいっても幼い頃に同じ理由で「可愛い子には旅をさせよと言うから」とかなんとかで、司教によってダンジョンに放り込まれたことが何度もあった。俺はあの人のような無茶を子供にさせるつもりなど毛頭ない。


 賢いルカは一の言葉でも十を理解するだろう。

 そして実体験を伴う形で経験値を得られたならば、一つの経験から百も二百も吸収してしまうはずだ。

 彼ほどの才能をこんな狭い環境に閉じ込めてしまうのは世界にとっての損失である。

 まだ未踏の地も多く存在するであろう広い世界を自分の()()()で確かめてきてほしいのだ。


 そんなルカに大きな変化があった――。


「ロイズレッド様、本日のご予定なのですが……本当に変更するおつもりはないのですか?」


 よろこばしいことにルカの視力は完全に回復したのだ。

 ルカも治療を進めて完治したときには涙を流して薄水色の瞳を光らせていた。


「あの僭越ながら申し上げますが、ロイズレッド様がそこまでの無理をなさらなくても教会の運営が滞るようなことはないかと思うのですが」


 目が完治したとき、ルカは周囲を一切見渡さず俺だけを視界におさめ。真っすぐな瞳で俺を見つめて笑った。


 緊張していたので笑いかけてくれたときにはほっとしたというのが正直なところである。普通の子供のように俺を忌避して離れていってしまうのではと不安でたまらなかったから。


「できれば僕もお供したいのですが……足手まといになるのは目に見えています」


 目が治ってすぐにルカは俺の容姿をこう評した。「想像をしていたよりもずっとかっこいいです!」と。


 子供らしからぬお世辞を言わせてしまったのは心苦しかった。

 この顔でかっこいいならば一体どんな化け物として想像されていたのだろうとも思わなくもない。


「すぐにはなくならないかもしれませんが、お金というのは川と同じでせき止めなければ一か所に留まるのを嫌いますからね。必要以上には必要としませんが、いつ何が起きてもいいようにある程度は備えておかなければなりません」

「備えあれば憂いなしというものですよね」


 運営資金が底をつくことはないだろう。

 なくなりそうになっても司教が送ると約束してくれているから。


 だがそれも絶対ではない。運搬中に事故に遭うこともあれば、賊に奪われてしまうこともある。間違ってもぎりぎりまで使い込むような無計画な真似はできない。

 距離も近いわけではないので極力は届けさせずにこちらの力でなんとかするべきだだろう。


「現状は焦るほどの問題ではなくとも、いずれは鳥や豚などの飼育もはじめて葡萄にベリー、薬草も育てたいと考えています。そうなってくれば出費もかさんできてしまいますよね」

「本部から資金を調達するなどのお考えは選択肢としてはないのですか?」

「教団は私にこの教会を信任しました。任されたからには私が自力でなんとかしなくてはならないのです。教団に頼るのは最後の手段になるでしょう。そしてその時は、私も不適格とされ、任を解かれてしまうでしょうね」

「それはいけません! ロイズレッド様でなければマフィーダの神父は務まりませんから! ダメです、絶対にダメですよ!」


 まあ本当は不適格でもいいからルカをつれて本部に帰りたいんだけどな。

 ティアスが怖いから。


 金が欲しくても俺の独力では献金を集めることはできそうにない。

 なので自分にならばできる、自分にしかできない集金を思いついたのだ。心配性のルカとしてはそれに行ってほしくないようなのである。

 

 俺が金策として思いついたこと。それはダンジョンの攻略である――。


 マフィーダの横には町に並ぶように空いた大穴がる。

 元はこの大穴があった場所にあとからマフィーダが作られ、こうして町は大いに栄えたのだという。


 その大穴の正体はダンジョンと呼ばれる巨大な魔物の口。

 分類上は肉食性の植物ではあるものの、その生態ゆえに世間では魔物として認知されている。


 ダンジョンの全長は個体ごとに異なるが、その生態はどれも大差がない。


 様々な地域に根を伸ばしては入り口だけを地表にあらし、そこから魔物を誘因する特殊な魔力(フェロモン)を放つ。

 そうやって自分の体のなかに魔物をおびき寄せては多様な仕掛けでもって争いを扇動。あるいは直接狩りをする。


 そうして倒れた魔物の流れる血を啜り。死体を溶かしては栄養として吸収し。さらに大きく成長していく。


 その大穴に飛び込む命知らずを探索者(シーカー)と呼ぶ。

 彼らは魔物の素材や財宝を持ちかえることを生業としている屈強な戦士たちである。


 酒場にいたのはそういった者たちで、ティアスも探索者の一人である。


「心配には及びません。これでも私は鍛えているので」

「はい、それは承知しております。この町のどこを探してもロイズレッド様ほどの肉体美を誇る益荒男など存在しませんでしたから! 強くてカッコいいなんて完璧です!」


 ストレートに褒められることに慣れていないのでルカの真っすぐな言葉はこそばゆい。でもね、筋肉があるからって強いとは限らないんだよ。体大きいからって心も大きいとも限りません。


「ダンジョンには子供の頃には何度も潜ったもの。何が危険で何が危険ではないかは熟知しているつもりです。それに一攫千金を狙うわけでもないので深い階層にはいきませんよ」

「ロイズレッド様の力を疑うわけではありません。戦神に愛されし万夫不当の益荒男たるロイズレッド様が魔物に後れを取るなど天地がひるがえろうとも起き得ぬ事態でしょう。ですが、細心の注意を払っていても不慮の事故というのが起こらないとは限りません。せめてどなたかお連れの方をさがしてみてはいかがでしょう」


 ルカが不安をぬぐえないでいるのは、つい最近に不慮の事故とやらに俺が見舞われたからである。


 ――居住区の修理をしている際の話だ。


 全ては柄の長いシャベルを地面に置いたままにしていた俺が悪かった。

 目が治ったばかりのルカが何かにつけて走り回る癖がついたのを責めてはいけない。


 その日もルカは元気に走り回り仕事を手伝ってくれていた。

 離れに置いてしまった釘をとってくるように頼んだところ、ルカは忠実な牧羊犬のように命令が下されるや否や風が吹くが如き素早さで駆けだした。

 

 そして数秒も待たずうちに戻ってくると、地面に置かれたシャベルに気づかず力いっぱいに踏み抜いた。


 ちょうど遊具のシーソーのように勢いよく跳ね上がるシャベルの柄。

 柄の跳ね上がった先には不幸にも俺の股間(シャベル)があった。


 シャベル対シャベルの激突である。

 

 もう数センチずれていれば我が鋼鉄の聖なる柄でもってうけられたのだが、不幸体質が悪さをしたのだろう。本家シャベルの柄は卑劣にも宝玉をピンポイントに打ち抜いてきたのだ。


 本家シャベルの柄は折れてすっ飛んでいき、俺はその場にうずくまってうめき声をあげた。

 生殖機能を破壊されかけていると誤解した脳は急遽聖棒に血液を流し込んだ。失う前に繁殖をさせようとしたのだろうが余計なお世話である。


 いやらしい気分など微塵もないまま勃起するという貴重な体験は、俺に困惑と虚しさをもたらした。

 仮に繁殖可能な状態であったとしてもあの状況で行為に及ぶのは難しかっただろう。人の脳とはおかしなものだ。


 しかし、数千、数万年のいにしえから続く決着の決まり事。最後に立っていたのが勝者――という理論を踏襲するならば、あの勝負は間違いなく俺の勝ちであった。


 なぜなら俺は勃ち、敵は倒れていたのだから――。 


 ルカはあの日の記憶が頭から離れないのだろう。


 あのとき、あまりにも情けなくて俺はうずくまって笑うしかなかった。

 最初は泣きながら謝り心配してくれていたルカも最後はつられて笑いだした。

 

 一人は股間を抑えてくの字に倒れて震える大男。

 一人は年端もいかぬ小さな子供。

 二人で地面に転がって笑い合う姿を偶然通りかかった夫婦に見られたので、間違いなくイヤな誤解をされて、悪い噂が街には広まっていることだろう。

 

 失敗をしても笑いあう。

 親子とはこういうものなのかもしれない――と、勃起をしながらしみじみと思ったものである。


「大丈夫、シャベルは持っていきませんから」


 ルカは少し考えたあと、盛大に噴き出して笑い転げた。



「スカベンジャーで登録をしたいのですが」


 ダンジョンの関門を守っている守兵にそう伝えると怪訝な顔を返される。


 何かまずいことを言ったか――。

 目を細め、自分の言った短い語句を頭の中で反芻するが特に誤りはなかったように思う。


「その装束、噂の絶倫……ではなくロイズレッドさんですよね……。一応神父の」


 正真正銘神父ですよ。


「あなたがスカベンジャーとして登録されるんですか」


 初対面の人に知られていた。

 絶倫とか言いかけていたし、どうせろくな噂じゃないんだろうな。


「はい。ダンジョンのなかには未だ祈りを必要とする者が多く遺されているであろうと思いまして。今回は教団の指示ではなく個人の都合で訪れたのですが、既に派遣されていましたか? 行き違いがあったならば引き返すのですが」


 ダンジョンの外に生きたまま出れず。命を失い亡骸のままのこされた者が多くいる。

 そういった者に追悼を捧げ、遺品を持ち帰り家族の元へ帰してやるのも教団の仕事である。


 普通は聖騎士が主にこなす役回り。あるいは聖騎士を引き連れて行うのが通例である。だが神父がやってはいけないというルールもないので単身乗り込んだ次第である。


「先輩あの人、すごく険しい顔をしていますね……よっぽどの事情があるんでしょうか……」

「まるで血に飢えたトロールのような目をしてやがるな……」


 話している人がいる前で露骨にヒソヒソ話をするのは感心しないなぁ。


「先輩トロールをみたことがあるんですか? よく生きて帰りましたね……」

「ああ、伊達にここでお前の先輩をやっているわけじゃないってこった。しかしあの面、あの時遭遇したトロールに比べても数段も恐ろしいるぜ。いいか、ここは俺が受け持つから新人のお前は下がっていろ。間違っても下手に刺激をするようなことは言うなよ……」


 聞こえてますよ。トロールではありません。人間です。


 歓迎して涙を流してほしいわけでもないが、少しぐらい疑いの顔を隠す努力をしても罰は当たらないのではないかな。


「す、スカベンジャーで登録ってことは素材もいらないんだな。死んだ冒険者の遺品回収や、負傷した者をつれて帰ることを目的とするものなんだぞ。わかってるのか?」


 本来、金を払わなければ入れないダンジョンに無料で潜れて少ないながらも報酬をもらえてしまう素敵システムがスカベンジャーである。


 捜索願いの出ている者の遺品を回収できれば国から謝恩も得られるので、貧乏人や、右も左もわからぬ駆け出しの冒険者などはまずスカベンジャーで登録しダンジョンに潜るのが通例となっている。


 本職を疎かにして金儲けに執心していると勘違いされても困るので、俺がダンジョンに潜るならばスカベンジャーしかない。


「ええ、今回は依頼もうけていないので魔物の素材が目当ではありません」


 スカベンジャーは原則魔物の素材などを関門の外には持ち出すことはできない。だがいくらでも持ち出す方法はある。もちろんバレれば即処罰されるのだが。


 神父であり、さらにはノミの心臓を十分の一スケールにした極めて小心な俺がそんな犯罪行為に手を染めるわけもない。手に入れた素材は素直に守兵へ引き渡し国庫の足しにしてもらうつもりだ。


「言い方を変えれば、ただ暴れて血が見たいだけってわけか。野蛮なやつの考えることは理解をこえるぜ」


 言い方を変える必要はないですよ。

 想像を超える解釈も不要です。


 守兵は(ノミ)を疑っていらっしゃるのか胡散臭そうな目を向ける。

 疑うのも彼らの仕事の一つなので公然と悪くは言えないが、曲がりなりにもシクリッド教団に認められた神父なのだから少しぐらい信用してほしいものだ。


 強大なネームバリューをも跳ね返す己の呪いには恐れ入るばかりである。


「スカベンジャーのロイズレッド……。略してスカトロイズですね先輩……」

「ブフっ……! 馬鹿やめろ……聞こえたらどうするんだ……!」


 漏れなく聞こえてますよ。


 スカトロイズの「ト」はどこから飛んで来たのだろうね。

 こんなひどい飛び道具を受けたのは始めてだ。


 年若い兵士はスカベンジャーに支給される貸出用バックパックをカウンターに置き、不名誉なあだ名も一緒に寄越してくれた。

 

「しかしロイズレッドはスカもイケるんだな……」

「そういう噂もありましたから、多分イケるんじゃないですかね……」


 イケません。冗談や噂を真に受けて事実化しないでください。


 認めたくはないものだが、正直者は馬鹿をみる世の中だ。

 善意をみせれば隙になり。善行を積めば仇となって返される。

 嘆かわしいことだが、こんな荒んだ世では一国の兵士であってもこの程度の道徳観しか育たないのだろう。


「さっきの質問に答えると、聖職者はまだ来てもらっていない。というかもう数年は見かけていないんだ」


 教会が何年も放置されていたのだからそれもそうだろう。


「先輩先輩、あれでは聖職者ではなく、いいところ生殖者ですよね……。生殖行為をなりわいとするほうの生殖者……」


 そんな仕事があるなら過労死するまで働いてやるよ。

 町一番の精子工場として名を馳せよう。


「新入り、そういうのはあまり茶化すもんじゃない……」


 おや、珍しく擁護されているぞ。


「実際に犯された被害者はな、心に傷を負い被害届も出せない者もいるんだ……。お前だってあいつに掘り倒されたらどうだ。新しいダンジョンはここか――とか言って尻穴を探検されたらどう思う……」

「俺が間違っていました先輩……。そこまでの考えに至っていませんでした……」


 間違いを素直に認められるのは素晴らしいが、おそらく間違えたままだろうな。


「悪いのはお前じゃない。世の中だ。奴を捕まえる法がないのは現代司法の敗北だぜ……」


 俺が凶悪強姦犯であるのは確定事項らしい。

 童貞なのに。


 子供の頃の俺は、それはもう可愛らしく汚れを知らぬ純朴な少年だった。

 雲行きが怪しくなってきたのは十代に入り精通をむかえた頃だ。途轍もない性欲が溢れ出し自我を保てなくなってしまったのである。


 売るほど溢れる性欲を抑えるには性欲を発散するしかない。

 だが純朴な俺が性行為など知るはずもなく。突如襲った謎の昂りを発散するため森の中で暴れまわった。


 暴れることで昂ぶりが発散されると学んだ俺は、以来、ムラムラするたびにトレーニングに励んだ。

 結果、筋肉量は性欲の強さに比例して増え続け、気づけば人間離れした筋肉を纏うに至っていたのである。


 性欲のピークは年々強まって更新されている。

 今日よりも明日、明日よりも明後日と常に強まり続けていくお陰で筋トレが捗ることこの上ない。


 この肉体はすべて性欲の反動によってつくられたものだが、そのせいで恐れられてしまうのは本末転倒。

 性欲をおさえているのに恐れられ、筋肉のせいで性欲旺盛だと勘違いされるのは皮肉な話である。


 いや性欲旺盛なのはまちがいないんだけど。


「しかし筋肉から音がしてきそうですね……」


 この筋楽器から奏でられる音色はきっと「ムラムラァ」だろうな。


「たしかにあの筋肉で神父は無理があるな……」

「なんかもったいないですね。神父よりも魔物を殺し回って血を浴びて高笑いしている方が似合ってますよ……」


 血なんて進んで浴びるか。

 魔物からの感染症を侮るな。俺だけではなく人様に迷惑をかけるかもしれないんだぞ。


「――おい、いつまで登録に手間取っているんだ!」


 二人が慣れ合っていると、奥の部屋から出てきた初老の守兵が現れる。


「もういい俺がやる。お前らは別の業務に移れ」


 老兵の登場で空気は一瞬にして引き締まり、二人は気まずそうに口をつぐみ、それぞれの仕事をしにいく。


「む? 神父……か?」


 登録の際に二人が書き残していた内容を見て、俺を見てを繰り返す。

 見紛うことなき神父ですよ。


「なるほどな。若いのが足止めをしてしまい申し訳ない。いつまでたっても若いもんが育たなくてな。さて、注意をしておいて自分が無駄話をしていては笑い話にもならんので早速始めるぞ。今期は瘴気が非常に濃いため魔物も活性化している。罠も例年よりも多い。低層の難度ですら罠だけとっても過去最高クラスだ。どんなに自信があろうとも油断だけはせずに気を引き締めていけよ」


 報告書を片手に定例の注意報告を淡々と始める老兵。

 

「直近でも十三人の未帰還者がいるが死体は見つかっていない。筋肉の鎧を着ているから俺は無敵だ――とでも言いたそうな不貞腐れた顔だが、それこそが過信であり油断というものだぞ」


 顔は生まれつきです。

 筋肉が鎧になると過信するのは、それはただの馬鹿です。

 筋肉はいくら鍛えても鋼にはなりませんもの。


「今期のダンジョンは仕掛けの隠し方も巧妙でな。厄介なことに致死性の高い神経毒と出血毒の矢を見つけたという報告が相次いでいる」

「毒ですか」

「罠だけではないぞ。魔物のほうも強力で。未知の新種の魔物が出るとの報告が上がっている。恐らくダンジョンが成長して人類未踏破地域と繋がってしまったのだろうな」


 最悪のタイミングで来たな。

 物騒すぎる。こんなことなら森に山菜をとりにいけばよかったか。


 だが追悼を捧げるために来たと申告してしまった以上、このまま帰るわけにもいかないので低階層だけでもちょろっと見て回ろう。


「魔物には特に経験の浅い若いやつらが被害に遭っている。運よく脱出できても処置が間に合わず、ここで命を落とす者も例年よりも多い。バックパックには応急用の解毒薬も複数入れてあるので、もしものときは状況に応じてつかってくれ。ハァ……昨日から入っている低階層の未帰還者がちらほらいてな……無事でいてくれればいいのだが」


 老兵は表情を曇らせる。

 犠牲になったかもしれない若い冒険者たちを悼み、何も出来ぬ自分を責めているのかもしれない。


 だからといって俺に何かしらの期待をこめた視線をチラチラと送らないでほしい。

 無理だぞ。罠にかかって身動きが取れないならばまだしも、未知の新種モンスターなどに襲われているなら助けようがない。ただのハリボテ神父に多くを求めるな。


 多くを求めても出せるのは精子ぐらいなもの。

 それなら女の子にいっぱい求められたい。


「貴方の責任ではありませんよ。どうかご自分を責めすぎぬように。用意を怠った者。力量をわきまえなかった者。鍛錬をなまけた者。油断をした者――真っ先に死ぬのはそういったダンジョンを侮った者たちです。いかに十全な準備をしていようとも動かぬダンジョンでの死は、自ら向かった当人の問題であり、個人の責任です。王国の兵は命令がなければダンジョンには入れないのもみな承知しております。そのうえで様々なサポートをしてくれているのですから、感謝こそすれ貴方を責める者はいませんよ」


 言ってほしいであろう言葉をならべて慰める。

 これで少しでも肩の荷が下りて、無用な罪の意識が軽くなればよいのだが。


「長年こんなところで働いていると探索者たちにも情が移ってしまってな。城働きのやつらよりも探索者の知り合いの方が多くなてしまった。もしも倒れている者をみつけたら、どうか死ぬ前に連れてきてくれると助かる」


 スカベンジャーで登録しているのだから最初からそのつもりです。

 あなたも結局のところは俺が暴れたいだけだと思っていたんですね。


「善処します」

「貴殿が噂通りの男ならば……善処が最善となるのだろうな。頼りにしているぞ」


 期待が重い。


 しかし期待されたからにはやらなければいけない。

 無理はしないつもりだったのに最低でも一人か、一パーティーを助けるまで戻ってこれない雰囲気になってしまったな。


「期待を寄せたが、犠牲者を増やすのはこちらも本意ではない。じきにダンジョンの変動も起こる。教団主導の大捜索も入るので最悪遺品の回収だけはやってくれるだろう。念を押して言うがくれぐれも無理をしてくれるな」

「私は臆病者ですので無理などはしませんよ」


 ダンジョンとは知性のない、習性だけで生きる植生生物である。


 獲物がかからなくなると仕掛けはより凶悪になり、見抜くのも難しくなっていく。

 一定の周期で罠や難度はリセットされるが、それは多くの人間や魔物の血が流れダンジョンの腹がふくれたことを意味する。


 そんな相手に臆病な俺が油断するはずがないのだ。


「臆病とは最も縁遠い男がよく言う」


 さらっと吐露した本音は軽い冗談だととられ、これまた軽く鼻で笑われて流される。


「新人たちにも啓蒙してやってほしいものだ。探索者になるやつは一獲千金の夢ばかり追いかけて命を軽んじ、自分だけは死なない、不幸な目に合わないと本気で思い込んでいる」


 無駄話はしないのではなかったのか。これ以上ない無駄話が続いているが。


「ああ、長々と引き留めてすまないな。ところでランプはいいのか?」


 貸し出し用のランプを受け取り忘れていた。

 というよりも若い兵が出し忘れていたようだ。

 老兵はすぐにそれと気づき若い兵を睨む。


「すっ、すみません出し忘れちゃってて!」

「見ればわかる! 忘れたが言い訳になるか! これで何度目だ。貴様らは無駄話ばかりして――」


 若い兵が叱られる萎縮しているさまに共感してしまい居たたまれない。


「不要ですよ。灯りなどなくとも五感でどうにかなりますので」 


 助け舟を寄越そうとして無茶を言ってしまった。

 五感で暗闇がどうにかなるならそれはもうルカ並みの特殊能力を持っているか、夜行性のケモノだ。

 獣人の髭のような器官があるならいざ知らず、人間の俺ではどうにかなるはずもない。


「股間でどうにでもなるんですか……?」

「五感です」


 股間でどうにかなるならそれはもう発情期のバケモノだ。

 獣人の髭のように股間を使えとでも言うのか。


 おや、この隙間には股間は()いれるけど体は入れないなぁ――とはならない。


「皆さんの交代時間の前には戻る予定です。それでは」


 自分で想像したバカ話がツボに入ってしまい笑いそうになるのを堪える。

 兵士たちにさとられる前にバックパックを受け取って逃げるように関門を抜けた。


「あいつ笑っていたな……」

「やっぱり暴れたいだけなんですよ」

「それでも頼もしいものだ――おっと言い忘れたことがあるので少し行ってくる。お前たちはしっかり仕事をしておけよ」

「ハッ」

「ハッ」



 ダンジョンには大まかに分けて三段階の難度と、それぞれの入り口が深度にわけて複数ある。


 魔物も少なく罠も少ない初級冒険者が利用する低階層。

 次に熟練の冒険者が利用する魔物が多い中階層。

 そして最後に、瘴気は常に濃く、大型の魔物が徘徊する滅多に人が足を踏み入れない神秘の最深層の三つだ。


 中階層は魔物がこわいのでいきたくない。

 最深層など格段に難度が上がるため直接依頼でもされない限りは絶対に選択しない。

 よって今回は低階層へと向かおうとはじめから決めていた。


 しかし残念ながら「今日は中階層から戻らぬ者が複数いる――」という言葉を追いかけてきた老兵に投げかけられてしまったので、中階層へいかなくてはならなそうだ。


 低階層なら同年代の若い冒険者たちもいるだろう。

 即席のパーティーを組めれば心強いし、なによりも寂しさもまぎれたはずだ。

 その手を封じられたのは非常に痛い。 


 大穴の壁に沿って作られた道。徐々に下る階段をおりて低階層にたどり着く。

 大穴の壁に面した板張りの長い道は深部まで続いている。

 木のきしむ音に不安を覚えながら更に下へ向かい、中階層相当の深さでいくつもあいている横穴から適当なものを選ぶ。


 ランプやかがり火があった外壁沿いの道とは違い、一歩ダンジョンに踏み入れば光源の類が一切ない、闇に閉ざされた空間が広がっていた。


 光のとどかぬ地中の迷宮は時に蒸し暑く、時に寒い。今回は湿気が多い場所らしく不快感をあおる悪臭が際立つ。

 

 この悪臭は魔物が好む魔力を含んだ霧――瘴気である。または魔力(フェロモン)とも言う。


 やっぱり不安になって恥を忍んで借りたランプに火をともし、暗闇に石を投げて反響音から内部構造を分析する。


「形状はおそらく扇形か……厄介なパターンだな。こういうのを報告で先に教えてほしいのに」


 入る穴や時期によって姿を変えるダンジョン。複雑なダンジョンではマッピングは不可欠である。


 情報(マップ)とは探索者の生命線であり、ライバルとの差をつける商売道具の一つ。

 特にこのような大型のダンジョンのマップは町で高額で取引されている。俺の小遣いでは桁が三つも四つも足りていなかったため今回は購入を諦めた。

 

 入り口の特徴から扇形の形態をとっていると予想する。


 扇形は奥に行けばいくほど枝分かれしていき、枝分かれした道のいずれかの大部屋に宝が眠っているパターンである。


 道は別の地域からもつながっているので、極まれに別の入り口から入った探索者とかちあい宝の奪い合いが発生する場合もある。


 この形は見返りも大きく宝までたどり着ければダンジョンが用意した人間だけを釣るための餌――魔力や妖精の力を用いて変質した様々なアイテムや魔物の素材が高確率で手に入る。


 これがあるから無茶な探索を続けて倒れてしまう者も多いわけだが、宝を求め危険を承知できているのだからすべては自己責任だ。さきほどのように国から派遣された兵たちが気に病むことではない。


「入り口にひとの気配はないな。無事であるに越したことはないけれど、どうせ倒れているならばできるだけ近くに倒れていてほしいものだ」


 最奥までの距離はまちまちだが短くとも半日以上かかり、中層ともなれば最長で七日ほどかかったこともある。


 中層の探索など命と金を天秤にかけるとあまりにも効率が悪いので、はやいところ負傷者か死体を見つけておさらばしたいところだ。


「あー、こわい……――いや全然こわくないぞ。俺が恐れるものなど名誉なき死だけだけだからな」


 弱気な己を叱咤し鼓舞するため、考えたこともない言葉を口にしてダンジョンの奥へと進んでいく。



 ――光視のルカの手記。


 師には多くを与えていただいたが、そのなかでも格段の一つをあげよと言われれば、それは不幸という概念そのものを与えてくださったことだろう。


 師は他者の感情に寄りそうことに長けた方だった。

 人が笑えばともに笑い。怒ればともに憤り。哀しめば情けをかけ。楽しめむ者にはより一層の楽しみを与える。


 それは旧来の教えをひろめるための意図した行動ではなく、強要することも説くこともなかった。

 師が生きる新教典と呼ばれるに相応しい、無意識な自然な振る舞いであり。私はその姿こそ人としての常であるべきだという手本とした。


 盲目の私を憐れみ、世の理に反する超常の奇跡を起こしてまでこの目に再び光を与えてくださったのも。師が私の境遇を己が身を引き裂かれたかのように哀しんでくれたからである。

 

 奇跡を起こしていただく前、師の提案に対して私は愚かにも消極的な反応を示していた。

 恥知らずな私は不敬極まりないことに、盲目を治癒したとて我が人生には何の変化ももたらさぬという甚だな想い違いをしていたのだ。


 師を信じぬわけではなかった。

 師を信じぬ日などこれより数百年数千年が過ぎようとも訪れることはないだろう。

 ただ私は、矮小な自分ごときのために敬愛する師の手を余計に煩わせることに強い忌避感を覚えていたのである。


 師は私を抱き寄せてこう仰った。『人の目で見えるものが全てではないように、心の目で見るものもまた(ぜん)ではない』と。そして私にはそのすべてを見る権利と義務があるのだと続けた。


 いまでこそ光を取り戻し、様々な教えを得た私は師の言葉を理解できる。だが幼き日の私にはその言葉の真意をしばらく汲むことはできなかった。


 筋骨たくましく賢良なること並ぶものなし。月すら身を雲に隠す傑出した美丈夫。立てば霊峰、座れば神像、歩く姿は天下無双。

 心を見抜く心眼をお持ちであられた師は、己を持たぬような取るに足らぬ者たちからは妬まれ、疎まれ、言葉による石をぶつけられていた。


 しかし悪意の的にされてもなお、師は他者を慈しむ。

 これほど外見と内面の一致している人間を師の他には未だ見た記憶がない。


 その背をこの目で見続けることでようやく私は師の真意に気づけた。

 もし盲目のままであれば本当の暗闇の中を彷徨い続けていただろう。


 光を得てしばらくして、進むべき新たな道が無数にもひらけていくのを実感した。

 目が見えるだけで師のためにできる、見えぬままではできなかったことがいくつも視えはじめたのだ。


 そして私は不幸とはなんであるかを知るに至る。


 それまでは目が見えなくとも苦などなく、自分が不幸の只中にあるなどとは考えもしなかった。


 毎日食事をとれぬことを苦とは思わず。

 体のかゆみや悪臭を苦とはせず。

 自由の制限を苦だと感じず。

 遅々としか進めぬ足も苦とはならず。

 ひとの笑顔をみえぬことが苦だとは知らず。

 いずれ訪れるであろう死すらも苦とは信じていなかった。

 

 自分は幸福の中に生きていると思い込んでいた。


 光を取り戻したとき、私の目が最初に映したものは師の笑顔。

 春という概念は師の誕生とともに生まれたのではないかという、陽だまりを具現化したような師の微笑みは我が心に差した光そのものだった。


 心を穏やかにし、大地にありながら雲の遥か上の天上にいるかのような錯覚を覚えた。


 その時、これまで人の笑顔を見ずに生きていたことが、これ以上のない不幸であったと知る。


 それが切っ掛けとなり、師の教えもあって物事の見方が多角的になり。画一的なものなど何一つ存在しないと悟った。

 

 師に与えられた多くの幸福は、そのどれもが格別なものばかりで。私の基準を次々に塗り替えていく。 


 食事は日に二回。多い日には三回。さらに多い日には大量の甘味まで頂戴した。

 それまで三日に一度の食事で満足していたのが不幸であったと知る。


 水浴びを毎日させていただいた。それも温いお湯を使ってだ。

 清潔になり。体調が良好に変化し。川に浮かぶ死体の臭いを嗅いで、それが以前の自分と同じものであると気づいたときに不幸であったのだと知る。


 二つの不幸を知り、もしや一事が万事ではないのかと、己のおかれていた過去の環境を改めて見つめなおす。結論はすぐに出た。どれもが人の生における最低の基準すら満たしていないものだったのだ。


 師を除き、人とは多かれ少なかれ自己を中心において生きるものである。

 私も多分に漏れず自己中的な生き方をしてきたものだ。


 もしも真の幸福を師に与えてもらえぬままであったなら、私は独善的な理由により大きな思い違いをしたまま、大きな過ちを犯していただろう。

 それが人々のためであると信じて疑わず、闇に飲まれ、救済を与えんとし世界を滅ぼさんとしていた未来もあったはずだ。 


 私は師によって与えられた数多の幸福によって、本当の不幸とはなんであるかをこの目で見極めることができるようになった。


 師よって幸福を知り、不幸を学び。真に不幸とはなにかを知り、真の幸福を得ることができたのだ――。

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