聖裁
子供への拷問という許す余地のない蛮行の結果を目の当たりにし、理性が音を立てて崩壊していくなか、肉体には身に覚えのある異変が起きていた。
「ぬぐぅっ……! がぁああッ……」
心臓を鷲掴みにされ何度も揉みつぶされるような感覚。全身の血流は急激に促進し、押し広げられた血管が皮膚から浮き上がり今にも破れそうだ。
それは子供の頃に司教の手によって何度も味わった、致死性の猛毒を解毒する際に起きる肉体の反応とまったく同じものだった。
「どうしたどうした。いまさらになって怖気づいちまったか? 膝なんてついて命乞いかい坊や。安心しな、俺たちだって鬼や悪魔じゃないんだから命までは取りやしない。その醜い人の皮をちょちょいと剥ぎ取るだけだ」
「人は人のままでいるから醜いの。人の形を失えば坊やだって鮮やかで綺麗な赤い血で染まれるよ」
彼らなりの美醜に基づいた哲学を語っているようだが、聞くに値するものとは到底思えない。
「おいッ! 変態兄弟!」
「あら、また戻ってきちゃった」
「今度は何だよカジカ。作品になるまでの過程を覗き見でもしたいのか?」
扉がまた開き、部屋には新たに二人の子供が放り入れられる。
「誰がお前らの変態プレイなんて見たがるか! こいつらも追加だ。そいつと同じ目に合わせてやれ! 間違っても快感なんて与えるなよ。痛みだ、死ぬほどの痛みだけを与えておけ!」
怒り心頭と言った様子の男によって部屋に放り入れられたのは、ユリウスとコレットの二人。泣きそうなユリウスと、泣いているコレットだ。
「それ最後の二人だよね。その子たちまで殺しちゃったら商品がなくなっちゃうよ? また店主に怒られても知らないんだから」
「うるせぇ! ガキなんざそこら中にいるんだからまたさらってくりゃいいだろうが!」
「何度も言うのはカジカを馬鹿にしているようで悪いんだが、拷問をしてほしいならその理由を言わねぇと俺たちは働かないぜ」
「この馬鹿どもはな、その薄気味悪いガキをかばうために自分が悪口を言ったんだと騒ぎだしやがって、俺の腕に噛みついてきやがったんだ! 糞くだらねぇ。俺を否定するとどうなるか、まとめて教えてやれ!」
男はそれだけ言うと返事も待たず、再び扉を強く閉めて去って行ってしまう。
「乱暴だねカジカは。いつもプリプリしてて、まるでケモノみたいだ。権力に慣れていない人が権力を持つとろくなことにならない良い手本だね」
「人間ああなっちまたらおしまいだな。あいつは理性を感情でコントロールできてないんだ。上に報告して交代してもらうとしよう」
「それがいいね。そうだ、どうせ消えるなら最後は俺たちの作品にしちゃおうよ」
「そいつは名案だな。直属の上司でもないくせに俺たちに上からものを言うのが気に食わなかったしな」
唇から血を流すユリウスと、泣いているコレットが俺に謝りながら這い寄ってくる。
二人が俺のために何をしたのかは今の話しで理解できた。つれていかれた俺を案じ、身を挺して庇い、同じ罪をかぶろうとしてくれたのだ。
なんという美しき博愛の精神と自己犠牲だろうか。
この齢にして人のためにありもしない罪を背負って罰を受けようなどと、教団の人間でも同じことができる者は何人いるか。
「何故です……私などのためにそんな……」
大人として何か一言でも声をかけてやるべきなのだろうが、二人の黄金にも勝る魂の眩い輝きに照らされ感涙を抑えられず声は震えてしまう。
それと同時に、ユリウスの口の端から流れる血と、赤く腫れているコレットの頬が怒りを燃え上がらせる。
そうしてわずかに残った理性は激しく揺らぎ、感情でしかものを判断できなくなっていく――。
「どうして、どうして黙っていなかったのですか。私を庇えば自分が傷つくと二人とも理解していたでしょうに……」
やっとの思いでしぼり出した言葉は、怒りと喜びがない交ぜになって責めるような物言いと声音になってしまった。
「すまないロイ。お前が連れていかれる前に言うべきだったのに、俺はまた震えることしかできない臆病者のままだった……。もう誰かが俺のせいで死ぬなんて、そんなのは嫌だと思ていたはずなのに、結局お前をこんな目にあわせて――」
過去を匂わせる発言をしたかと思えば、唇を震えさせて涙を流すユリウス。その表情には現在ではなく、ここに連れてこられる前に体験したであろう深い後悔が見て取れた。
ユリウスはどこか影のある少年で、大人びたというよりは大人ぶった印象を受けていた。その理由もこれでうっすらと判明した気がする。
きっと過去の経験により子供の身では背負いきれない重責や、心の自由を奪う呪縛に囚われていたのだろう。
それこそ子供のままでは耐えきれぬ、背伸びをして大人の真似事をしなければならないほどの後悔をだ。
「私も、二人が死ぬなら生きている意味なんてないかなって」
コレットの理由にはさらに驚かさせられる。
俺もユリウスも、彼女にとってはたかが数日一緒に遊んで寝食をともにした程度の間柄である。彼女はそんな者に命を預け、心の支えにしていたのだ。
昨日今日出会った相手に縋らなくてはならない程、彼女もまた追い詰められていたのだ。
理由がなんであれ、子供が自らの死を望む世などあってはならない。
二人の子供が同時に死を望むなど、この世に救いはないのだろうか。
神がいるならば、なぜ二人を助けてくださらない。どうしてはりつけにされている子供に救いの手を差し伸べないのか――。
「ハァハァハァっ、がっ……ぐぅう――」
「大丈夫か!? あいつらに何かされたのか!」
「だ、大丈夫、任せてください。私がお二人を必ずお守りしますから」
「守るって――」
灼熱する体。守ると言いながらもこの体では何もできはしないのはわかっている。
それでも、己の身に起きる極めて異様な状態に逆らい、二人の男――拷問吏たちへ向かって足を動かした。
「なんだ、結局坊やから最初にやられたいのか。誰から始めても遅いか早いかの違いしかないんだけどな」
「子供とは思えない恐ろしい顔。やっぱり人の表面て醜悪だ。それに友を守るため自らを差し出す美しい友情劇……あぁ、反吐が出るほど大好きだよ」
「こいつは人間の浅ましさと愚かさが堪能できる生命のスープだな」
「いや、友情劇でしょ。なんでこれを見てスープなんだよ。兄貴は人でも食べるの? この芸術的な展開がまったく理解できていないようだね」
「比喩もわからないやつが芸術を語るなんて世も末だな」
「はぁ、芸術を曲解しているのはそっちでしょう?」
「なんだやるのか?」
こちらを無視してまたしても言い争いをしている男たち。
それを無視して前に進み出るが、一歩進むごとに心臓が破裂しそうなほど跳ねている。
体表の血管が浮き出て未熟な筋肉がパンプアップしていくのがわかる。
頭が痛い。これ以上動けば脳の血管さえも千切れてしまいそうだった。
だからと言って前に進まないという選択肢などなかった。子供たちを守らなけばならないのだから、俺は前に進まなければならない。
「――――ッ!」
「――!」
男たちと子供たちの声が入り乱れ、何を言っているのかももうわからなくなっていた。
それでも体は動くのをやめなかった。
心の底でマグマのように煮えたぎる憤怒。この施設に関わる全ての者たちに、このマグマを浴びせてやり、子供たちすべてを救済する以外には、昂り燃え上がる感情を抑える手立てはないように思えた。
――その時、うちに眠る筋肉たちの声が聞こえてきた。
『愛を取り戻せ――』
筋肉の声が脳内にこだまする。
『健全な魂は健全な肉体に宿る――』
心臓は一層動きをはやめる。
筋肉たちの声を聴いて、肉体に起こっている異常の正体を正確に理解する。
悪人どもを懲らしめるべく、精神が肉体を操り、筋肉を躍動させて超高速で解毒を行っていたのだ。
子供たちを守るため本来の力を取り戻させようと、精神は甘んじて受けていたポーションの薬効を毒であると断じ。変えられていた肉体を急速にもとへと戻そうとしているのだ。
パァンッ――という破裂音がした。
衣服ははじけ飛び、俺は元の大人の姿に戻っていた。
「わぁああっ!? ロイが破裂しちゃった!?」
「落ち着けコレット。あれは破裂したのではなく大きくなったんだ…………いや、大きくなるってなんだ?」
後ろからはっきりと聞こえる子供たちの声。
子供の肉体の頃に聞こえていた声音と僅かに変化を感じるのは、体の成長に伴い肉体が変化したからか。
「な、なんなんだ、なんだこいつは! どこから入ってきやがった! いきなり変態が現れやがったぞ!?」
「違うよ、こいつはさっきの坊やだよ! 魔法かなんか知らないけど、目の前で急にデカく……で、デカ……デカく……なにこれデカぁいっ!? こ、こいつとんでもなくデカいイチモツをぶら下げてるよ!」
「ま、まるで柱みてぇな……いいや、長い煙突のついた家だぜこりゃあ」
卑棒に向かって誹謗中傷を繰り返す兄弟たちには取り合わず、まずは子供たちを確認する。
二人とも驚いて口をあんぐりとあけていて、俺と目が合うと反射的に体を揺らす。
怯えているらしい二人に努めて優しく微笑みかけてやり、再び拷問吏たちに向き直る。
「――これって穴から抜くときにズロロロって音がする長さだよ」
「腹の上に乗せられるとズシって音がするやつな」
「静粛ぃッ!!」
激しい空気の振動により、室内がビリビリと震える。
聖棒を悪し様に語っていた二人はびくりと跳ねて直立する。
「ッ――」
「ッ――」
一喝しただけで静かにはなったが、視線は相変わらず聖棒に固定されており、緊張した様子で身じろぎ一つしない。
「そこになおれぃ!」
男たちは素早く膝を立てて座る。
「これよりこの惨状について吟味を致す、一同の者面を上げい」
「さ、最初からあげてるけど……」
「これ以上あげたら天井をみることになるぜ……」
揚げ足をとるな。
「静粛ぃ! 悪辣極まる咎人風情が許可なく口をひらけると思うな!」
「なんだこいつ。無茶苦茶言ってくれるな……」
「こ、こんなの人権を無視しているよ。あまりにも横暴だっ!」
「人権無視だと? これのどこが人権を無視していると言うのだ? ひとの人権を蔑ろにしてきたであろう貴様らが、人が人として生きるための権利を語るな」
「いや俺たちは――」
無駄口を叩こうとする輩どもに刺激され、怒りの活火山はついに噴火してしまう。
「では貴様らがしてきたことは、正義と道徳に基づいた行動だとでも言うのかッ!」
軽く脚をあげて踵で床を叩くと、破砕音とともに石床が砕ける。
青ざめて口をつぐむ輩どもは破片が顔に当たっても微動だにしなかった。
念のため子供たちを見ると怪我はしておらず口を開けたまま呆けている。
「抵抗もできぬ力無き子供に、大の大人が寄ってたかって暴行及び凄惨な拷問を加えた。既に吟味結果明白であるが相違無いな!?」
「勘違いしてくれるな。あれはただの拷問なんかじゃねぇ。人を使った芸術だ」
「でたでた、ものの違いもわからない素人が芸術家に利いたような口を抜かしちゃって――」
「静粛ぃ、悪党ども!! 黙って聞いていれば次から次へと寝ぼけた事をぬかしおって!」
「一回も黙ってねぇじゃねぇかよ……」
おかしなことに、怒りは頂点に達しているが依然として理性はあり、冷静な思考と判断もできている。
だがしかし口と体の制御を離れており、オーク化した状態で意識だけが残っていた。
なぜこうなったのかは自分でもわからないが、俺はこれを好機だととらえた。
今は無理に肉体を制御しようとはせず、オーク化した俺にすべてを委ねよう。今後も意識まで失わずにオーク化できるならば、それに越したことはないからだ。
「か弱き子供を守るは大人の使命。それを疎かにするどころか、子供に害をなすとは不届き千万! たとえ神が許そうとも、このロイズレッドが許しはしない。悪が栄えたためしなし。聖なる正なる正義の鉄槌にて聖裁をくだしてくれようッ!」
肘を曲げて盛り上がった上腕二頭筋を見せつけると、座っていた男たちは動き出し、すぐ横にあったテーブルから各々拷問用らしき器具を手に取った。
「全裸の変態がよ。はいそうですかと素直にやられると思ってんのか」
「巨根の変態がさ。何様のつもりで俺たちに説教してるんだか」
変態兄弟は頭にかけていたゴーグルを装着し、口に布を巻いて顔半分を隠すと、それまでとは明らかに様子が変わっていく。いわゆるスイッチが入った状態というやつだろうか。
彼らもまた、心の中に別の自分をすまわせているのかもしれない。
「そのイチモツは切り取って俺の新しい恋人にしてやるよ。全部入れるのには一年ぐらいかかるかもな」
「俺は尻の方を恋人にしようかな。耕し壊すのには一年ぐらいかけるからね」
想像もしたくない悍ましい発言。普段の俺ならば竦んで震えてしまい、ものの一つも言えなくなっていただろう。
だが今は違う。強い憤怒の念から生まれたオークが俺の身体を支配しているため、恐怖など心身のどこを探しても見つからなかった。
「反省はする気もなくもなく、向かってこようと言うのか。貴様らは人の道から外れた人ならざる外道。よもや手加減など期待してくれるなよ」
「人の道から外れてるのはあんたの性器だろ」
「トンネルと交尾してそう」
中々に鋭い指摘である。
オーク化していなければ傷ついて動揺した姿をさらしていたかもしれない。
「品性の欠片もない。よろしい、召される覚悟はできているようだな」
「極長チンポ丸出しにした全裸の変態に品性を語られたくはねぇな。穴という穴に焼いた鉄棒をぶち込んでサボテンにしてやるぜ!」
威勢よく啖呵を切った男は、手に持った火造箸で熱された鉄棒を掴んで、俺の顔目掛けて突き込んでくる。
魔物に比べて緩慢な動きに逆に驚かされて面食らう。わざとやっているのか。何かの策だろうか。俺ならこの時間に三回はルカの頭を撫でられる。
「遅い――」
突きには突きでもって撃ち返す。
放たれた拳は火造箸と焼けた鉄棒を打ち抜き、男の顔をかすめて壁に突き刺さった。
衝撃を受け流しきれなかった男の手首は折れてしまい、腕をのばしたまま手首がだらりとうなだれている。
「は――? あれ? 棒は?」
鉄棒はどこへ消えたのかと足元をさがし、その視線は聖棒へ向かう。
明らかにそれじゃないだろ。俺のはそんなに細くない。
「――そして私が速すぎた!」
呆然としたまま突き出されていた腕をかいくぐり、肘で腕を跳ね上げる。
足の筋肉に力をためてしゃがみこみ、弾むように石床を砕き蹴る。そうして首元へ振り抜く剛腕による一閃。
「ゴェッ――!」
聖アックスボンバーによる一撃は男のがら空きになっていた喉を捉える。
ゴーグルは吹き飛び、男は空中で数回転すると逆海老ぞりの無様な体勢で落下し、白目を剥いて気絶してい。
間髪入れず矢のような速度で唾を吐き捨てる。狙いすまされた高精度の唾は、矢のような鋭さで男の口におさまると、股間をじわりと濡らして激しい痙攣をおこさせる。
負けた相手に唾を吐きつけるなど、品性を欠いた行動にも見えるかもしれない。だがこれも殺さぬための救済。いたしかたない。
罪人を裁くのは本来国の仕事。ここで俺が殺してしまえば罪を償わせることができなくなってしまう上に、最悪俺が監獄行きとなる。
「あ、兄貴! 大丈夫っ……もしかしてイっているのか!? お、おまえよくも兄貴を!」
「案ずるな逝ってはいない。逝く寸前ではあっただろうがな」
「なにをしたかしらないけど、兄貴を寸止めプレイで生殺しにするなんて。この変態巨根野郎!」
俺が巨根なのは認めるが断じて変態ではない。成り行きで全裸になっているだけだ。子供たちの前で妙なことを言うんじゃない。誤解されたらどうしてくれるのだ。
「どうした、かかってこないならば私から征くぞ」
「お、お前がイクのか!? やめろ、俺はウケじゃない! ウケは兄貴の方だ!」
わけのわからぬことを喚いて錆びた巨大な鋏を突き出してくる男。それを肘を曲げることで上腕筋と前腕筋で挟み込んでやり、軽く力を込めて捻ると兄と同じように手首が粉砕される。
「ひぎゃぁ! 手首が――おれ、折れてる! ひや、ひやぁああああ!」
手首が折れた程度で腰を引いて狼狽する男。
俺は司教に年齢を聞いて「千歳ぐらい?」と軽口をたたいて肋骨を全部折られたことがある。あのときは痛みもすぎれば悲鳴も出ないのだと学んだものだ。その程度の痛みでうろたえているようでは司教との旅など一日ももつまい。
「何を怯えている。貴様はそれ以上の痛みと恐怖を子供たちに味わわせてきたのだろう?」
「あ、あれは現代美術の最先端で痛みなんて――」
「兄弟そろって芸のない動きと芸のない話ばかり繰り返す。貴様らに芸術を語る資格などあるものか」
芸術とはルカの奏でるオルガンのことを言うのだ。
芸術とは人の心を動かすもの。人が傷つく芸術などあってたまるものか。
「いいだろう、では私が本物の芸というものを見せてやろう」
「本物のゲイを見せる――なっ!?」
跳躍して長い滞空時間の末、男の肩に乗る逆肩車の形となる。
これと同じことを女性にしてもらえたら、俺はその日に死んでも悔いはない。
「もごごお――! おぐぅッ!」
「むぅんッ!!」
両足で首を締めあげながら一息で背面へと回転し、男の頭を石床へと叩きつける。
古文書に記されていた神技、聖フランケンシュタイナーである。
脆い石床に埋まった男の髪を掴んで持ちあげて生死を確認をすれば、兄と同じように白目をむいて気を失っていた。
抜けた歯の隙間から唾を吐きつえけてから子供たちの様子を確認しようと振り向くと扉が開く。
「襲撃だ! 大量の獣人どもが上で暴れて――な、なんだこりゃあ!?」
部屋に飛び込んできたのは俺を誘拐した男だった。
突然大きな音を立てて入ってくるものだから驚いて跳ねてしまったじゃないか。
オーク化していても根っこの小心な部分は変わらないらしい。
「て、テメェなにもんだ! さてはお前も上の奴らの仲間――だとして、どうやってここまで入ってきやがった!」
さきほどはカジカと呼ばれていた人さらいの男。子供の頃は随分な大男に見えたものだが、大人の姿に戻ってみればなんのことはない。見下ろさなければ目が合わないほどの身長差がある。
「気の短い、短小包茎巾着スタイルの小指サイズ陰茎男……だったか?」
子供の前でなんて汚い言葉を使うのか。
こういうことがあるからオークには肉体を任せたくないのだ。
だが予想に反して子供たちのうけはよく。ユリウスは「プッ」と噴き出し。コレットは口角をあげて、カジカを見下すような悪い顔をしている。
ユリウスはともかくコレットは将来が心配になる笑い方だな。
「な、なんでそのことを知って……つ、つかなんだそのイチモツは。そんなもん見せびらかして何が目的なんだよ」
見せびらかしているつもりはない。見えちゃっているだけだ。へんな誤解をするな。
「倒れている変態兄弟に全裸の巨根……そうか、話が繋がったぜ。変態兄弟をそいつでもってごてくり倒したってんだな!」
「現況を繋げてその結論にしか至れないのならば、もう少し現実的な思考を導入するべきだな」
「現実的な嗜好で挿入した……? 趣味や道楽でこいつらを犯したってのか!? と、とんでもねぇ変態じゃねぇか。どんな性嗜好をしていたらこいつらを犯す気になれるってんだ」
もう誤解されるのはいい。いつものことだ。
だが人と話すときは目や、その周辺を見て話せ。聖棒を見るな。失礼なやつめ。
「しかし改めて見てもとんでもねぇブツだな……ゴクリ」
ゴクリじゃない。改まってまで人の恥部を見るな。
男に聖棒を見られながら生唾を飲まれるのは不愉快極まりない。
拷問吏たちの現実離れした脅しよりも、こいつの生々しい反応の方が生理的嫌悪感を掻き立てて心をざわつかせる。
「ところで、貴様はこれまでに何人の子供を殴ってきたか覚えているか」
「あぁん? な、なんだそりゃ。覚えているわけねぇだろ。そんなもの一々かぞえる奴がいてたまるかよ。お前だってそのイチモツで泣かせた女の数なんて覚えて――」
「静粛ぃッ! 無駄口を叩かず質問にだけ答えろ!」
性体験や経験人数の話は分が悪い。オークにしては冷静な判断だ。
「私は数えているぞ。女子供を殴ったことなど一度たりともない」
性体験もないのでかぞえるのが楽だ。
「そ、それは数えたって言うのかよ……」
「小悪党、では貴様がこれまでに殺した子供の数を答えてみせろ」
「さっきからなんなんだよ。なんでお前にそんな話をしなきゃならねぇ。だがそうだな。数えたこともなかったが、いい機会だから数えてみるのも悪くねぇな。恐らくは二十はこえ――ぎゅちゅッ」
かたく握りしめられた拳がカジカの顔面にめり込み、足は床を離れて吹き飛んでいく。
「ひっ、ひぃいッ。歯ぎゃ、はにゃぁ……! ま、まっへ、まっへくらはい!」
「貴様が子供にしてきたのと同じことをしただけだろうに。何を待てと言うのだ。そこの女児を見て見ろ。今の貴様と同じように歯が数本欠けているようだが――」
コレットを指さすとびくりと跳ねて居住まいを正し、口の端を指で引っ張り折れた歯を見せてくれる。
改めて見てみればなんと痛ましいのか。
「子供の……それも女児の顔を変えるほどの暴力を振るうなど……。貴様、それでも男のつもりなのか?」
「お、男です! 俺は男ですのでどうかあいつらみたいなことはしないれくらはい!」
一度は落ち着きかけていた怒りも、コレットの受けた仕打ちを想像して再燃しはじめる。
「来い」
「こ、恋ですか? い、いや俺、同性相手はちょっと――」
「来いと言ったのだ」
「こ、濃いとイくんです? じ、じゃあ俺は薄いかもしれません」
こいつはさっきから何を言っているのだ。まるで話がかみ合っていない気がする。
「女児にはできても私には立ち向かうことすらできないのか? ならば私からいこう。貴様は二度と女児(に暴力をふるうこと)で楽しめない体になるよう、その身に正義を叩き込んでやる」
「そんな性器なんて叩きこまれたら死んじまうっ……! 無理です、お、犯さないでくだひゃい! 俺にはそんなの入りませんからぁ!」
すっかり怯え切ってしまった男はイヤイヤと首を振り失禁しながら股を閉じて震えている。
「そそっかしいやつめ。勃起てではない。足を使えと言っているのだ」
「あ、足コキですか!? それならまだ……!」
「違う! その両の足でもってその場で起立しろと言っているのだ!」
ようやく理解したらしい男は素直に立ち上がる。
この期に及んでなお抵抗する意思があるのか、震えながらも腰に刷いた曲刀を握った。
「あと二十……いや、殴られた子供の数を合わせて千回は聖裁してやろう」
「ひゃ、ひゃってくだひゃい。俺はそんなには殴ってまひぇん。だから性裁だけはどうかご勘弁を!」
無論そんな拷問じみた真似はしないだろう。
男の前まで進み出てても握られた曲刀は一向に振るわれる気配はなかった。
たったの一撃で圧倒的な力差を理解し。これから振るわれるであろう暴力を前に、曲刀を振るう気力を失ってしまっているのだろう。
「ナイフに自信があると言っていたように記憶しているが、いざとなれば随分と大きな得物に頼るのだな」
俺も子供の頃には、司教が何事か呪文を唱え始めた時点で覚悟を決めたものだ。
だいたいは言いつけを守らなかった場合に行われる折檻だったので、余計な抵抗は反省の意思なしととらえられて、追加の折檻をくらう。
「だがこんななまくらでは、私の筋肉に刃を通すことは叶うまい」
震える曲刀を掴んで指に力を込めてへし折ってやると、男は表情筋をすべて失ったような垂れ下がった顔で折れた切っ先を眺めている。
「もう少しましな武器を用意するべきだったな」
「あぁ、ああぁ……」
涙と鼻水で顔を濡らす男は、俺をさらったときの威圧的な雰囲気など微塵も感じさせなくなっている。
その情けなく弱々しい姿を見ても微塵の同情も湧きはしない。せめて一息に聖裁してやろうと、固まる男の肩に両手を乗せて力を込めて屈ませる。
「あっ、は、はい! 舐めます。舐めますから犯さないで! そんなの放り込まれたら本当に死んじまう!」
誰が男になど舐めさせるものか。
舌を突き出した男から聖棒を守りながら更に下まで頭を下げさせ、腰を掴んで高々と持ち上げる。
「俺のをおしゃぶりになるんでひゅか!?」
もう黙っていてくれ。子供たちに悪い影響を及ぼすだろ。
「もしかして、これは……待ってくだ――ひゃぁっ!」
まだ何か喋ろうとするのを無視して、聖パワーボムで男を背中から床に叩きつける。
「――がぅぇッ」
加減をしているとはいえど、頭蓋や体の骨が砕ける手ごたえはあった。
放置しておけば死んでしまうので、即座に空いた口に唾を吐き捨ててから、足をどかせて立ち上がる。
「……聖裁完了」
男三人が白目を剥いて気絶しているのを確認したあたりで、怒りが急速におさまっていく。
拳を握ってはひらいてを繰り返し、オーク化が解けて己の意思で体が動くのを確認する。
「よし、問題はないな」
完全にオーク化をしながらも意識を保つというのは、きわめて貴重で奇妙な体験だった。
この感覚を常態化できるようになれば、甘えたがりなリリの意図せぬ誘惑によって理性を失ったとしても牢獄送り級の過ちを犯さずにすむかもしれない。
できることならば今すぐにでも身につけたい技術ではある。これからもリリの保護観察者として彼女を見守りたいならば、純粋無垢なリリの貞操を俺と言う淫獣から守るためにも必ず習得せねばならない。
しかし練習をするにも今のと同じ条件を整えるのが難しい。まず前提として理性を失わなければならないというのが再現を難しく、そしてややこしくさせている。
最初から理性を保てればいいのだが、それができれば苦労はない。
なんにせよそう簡単に習得できる技でもないだろう。今夜あたりに司教へ相談しておくとしよう。
「今はそれよりも――」
拷問を受けていた少年の元へ駆け寄り、口元に手の甲を近づけると微かな吐息が当たるのを確認する。
「意識はないか……だがよかった、まだ生きてくれている」
喜んでもいられない。このままではそう長くはないだろう。
「元の顔が想像できないほど傷めつけられて……かわいそうに。これほどの傷となれば、聖水でなければ間に合わないが……」
ちらりと子供たちを覗けば、ユリウスとコレットが俺を見上げて硬直している。その表情には極度の緊張がありありと見て取れる。目の前であれだけの残虐行為を見せられれば緊張もしよう。
彼らの前で拷問されていた子供に救済を施せば、俺の体液の秘密を知る者の数が増えてしまい、諸々のリスクも増すだろう――。
「一度救済を使えば敷居が下がり癖になってしまう――か。司教の言う通りだな」
自嘲まじりに呟き、硬直している二人の前でしゃがむ。
救済を施さないという選択肢はなかった。今考えるべきはどう施すかだ。
「大丈夫ですよ、君たちには何もしないから安心してください」
「……」
「……」
反応が芳しくない。
暴れまわっていた全裸の大男が目の前に現れて安心できる者など大人でもいないか。
「先ほどは乱暴な振る舞いを見せ、不快な思いをさせてしまって大変申し訳ありませんでした。ですがあれはあなたたちを守るために致し方なく行ったもの。決してあなたたちに暴力を振るったり、嫌がることなどしないと神に誓いましょう」
「お、お前……いや、貴方はロイなのか? 目の前で急に大きくなったように見えたが……」
「はい、わけあって子供の姿にされていましたが、こちらが本来の姿なのです」
「どんなわけがあれば子供になれるのかはわからないな。信じがたくはあるが、実際にこの目で見たものを疑うのも馬鹿げている。その言葉を信じるほかないか」
「パパすっごいムキムキだ……すっごい逞しい……」
ユリウスは難しそうな顔をし。コレットは口を隠すのも忘れて呆けている。
「詳しい説明は省きますが、これから子供には見せられないことをしなければなりません。だからお二人には目を瞑って、しばらくのい間は手で隠していただきたいのですが、この願いを聞いてくださいますでしょうか」
「あっ、私知ってる! そのお大事様でその男たちに意地悪するんでしょ!?」
「そ、そうなのか? しかし意地悪とはいったいなにを? 既に気を失っている者たちだぞ」
「気を失っているからこそすんなり事が進むんだよ」
「しませんよ」
コレットは何か大きな勘違いをしているようで。ユリウスもコレットの勘違いを信じてしまっている。
イチモツがただの排尿するための器官ではないと知っているとは、ずいぶんなおませさんである。
「このような身なりをしていますが、私はシクリッド教団に属する神父です。これから子供に見られてはならない、教団に伝わる秘匿すべき緊急性の高い神聖な儀式を行います。ですのでお二人には、私がいいと言うまで目を瞑っていてほしいのです」
「シクリッド教団……なるほどな。そういうことならばあいわかった。ロイの言う事ならば信じようじゃないか」
さきに返事をしたのはユリウスで、すぐに目を瞑って手で覆てくれた。
お貴族様の生まれ故なのか大人の事情を匂わせると察するのがはやい。ただどういう解釈をしてくれているのかは判然としないが。
「私たちに何か儀式的ななにかを行ってくれるわけではないんだよね!?」
なぜかワクワクした様子のコレット。
何を期待しているのかはわからないが、期待は裏切ることになるのは心苦しい。
代わりではないが、二人にはここを出たらたらふくプリンを食べさせてあげよう。
できれば膝の上に乗せてスプーンを口に運んだりして、受けた不幸の分以上に甘やかしてやりたい――。
いかん、想像しただけでも父性が熱狂してきた。二人を腕にぶら下げて回転したりして遊びたすぎる。
一時的な保護になるやもしれないのに、二人が自分の子かのように愛しくなってきているのだ。
「ええ、お二人には何もいたしません。もし信じられないようならば、ユリウスを連れて部屋を出ていても構いませんからね。もし他の暴漢どもが現れるようならばすぐさま私が聖裁して差し上げますのでご安心を」
いずれはロニのポーションと偽って二人にも俺の聖水を飲ませて治療してやるつもりだが、それは言わないでおこう。
「なぁんだ……でも信じるよ。ロイは最初からずっと優しくて、私たちを何度も庇ってくれていたから。痛いことなんて絶対にしないもんね」
コレットも目を瞑って手で隠すと下を向いてくれた。
「ありがとうございます。二人とも」
二人の頭を撫で回したかったが、ぐっとこらえてはりつけにされた子供の前に向かう。
「いましばらくの辛抱ですよ――」
拷問を受けていた子供の前に立ち、股を肩幅の広さまで開いて尿道の通りをよくする。
腰に手を当て、手を使わずとも自在に角度の調整のできる聖棒を斜め四十五度の位置に固定。
下腹に力を、神へ祈りを込め、治癒効果の聖なる力を宿した水――聖水を勢いよく放水した。




