変態兄弟
「新しい仲間だぞ。仲良くしてやれよ。そらよ――っと」
「ングッ!」
しばらく視界を奪われたままどこぞへと運搬され、体がふわりと軽くなったかと思えば、放り投げられたらしく腰と頭を地面に打ちつけて転がる。
「……つぅ」
子供にこのような仕打ちをするとは許せぬ――そんな怒りが湧いても握った拳は解かなければならない。騒いだり喋れば殺すと脅されているので、ただ痛みに耐えて悶えることしかできないのだ。
「おいお前ら、そいつの麻袋と猿ぐつわを外しておけ」
「……はい」
「陰気くせぇ返事だな。声がちいさくて気分が悪ぃ」
「ご、ごめんなさ、ごめんさ――ごめんなさい……!」
「何言ってるかわからねぇんだよ。もっとシャキッと返事しろやコラぁ!」
「は、はいぃ! ごめんなさい!」
子供と男のやり取りからは、普段から暴力や恐怖で支配されているのが十分に読み取れた。
震える手で全身を包んでいた麻袋を取られ、口を塞いでいた布がほどかれる。
新鮮な空気を肺一杯に取り込もうとすると、とてつもない悪臭が肺を満たしてむせかえってしまう。
「し、静かにして。またあいつが戻ってきてみんなが殴られちゃうからっ」
「申し訳ありません……」
むせ込んだだけで叱られる日がくるとは思わなかった。想像以上に厳しい環境に放り込まれたようだ。
叱ったのは俺と同じぐらいの背格好の少女。同じと言っても今の子供体型の俺とである。
少女は初めて出会った頃のルカのように汚れていて。片目は腫れて見えなくなっており、前歯は折れてしまっている。
その後ろにも少女と同じような怪我をしている状態の少年が一人。少年は膝を抱えて座っては、こちらを値踏みするようにじっと観察している。
「御忠告ありがとうございます。ところでここは? あまり衛生状態の良い場所ではないようですが」
ざっとみまわしたところ、行きなれた牢獄と雰囲気がとても似ている。
しっかりとした鉄格子に錆はなく。この細腕では、ゆすったぐらいではびくともしないだろう。
石床には糞尿や吐瀉物などの汚物が散乱しており、かび臭ささと腐臭が入り混じっていて管理が十分に行き届いていない。
衛生状態は良くないどころか最悪と言ってもいい。
「こんなところに子供を放置しておくなど良識ある大人のすることではありませんね。人の心はないのか……」
少女に説明を求めておいて説明不要なほどに分析しきってしまった。
見ただけでわかるほど子供たちは憔悴しきっており、世話もされずに放置しているのは明らかだった。
今すぐにでも水浴びをさせてやり、栄養価の高い食事をたらふく与えてやりたい。
「ここは奴隷商のお店の地下室なの……。君は商品としてさらわれてきたんだよ。だから商品は商品らしく静かにしていないとダメだからね。また怖い人がきてぶたれちゃうから」
子供が自分を人間ではなく商品だと自認させられているのは、きわめて不健全な状態である。
この状況のいびつさに、本日何度目かわからぬ怒りが湧きあがった。
「ここから出る手段などは?」
「な、何を言ってるの。そんなのあるわけないんだから滅多なことを言ってはダメ。脱走なんて企てたと知られただけでも殺されちゃうんだから。この前だって逃げ出そうとした子たちがいたけど、私たちの目の前でいたぶられて、殴り殺されちゃったんだよ……」
絶体絶命の窮地に陥っているということは理解できた。
だが現状に絶望などしない。微塵の恐怖も湧いてこない。
恐怖などよりもずっと強い負の感情。怒りが理性を奪おうとしていた。
「子供を殴り殺した――ですか。……なるほど」
奥歯が砕けるほど食いしばり。握った拳が開けなくなり、指が白くなって骨がきしむ。
「そうだよ。怖いでしょ。だから絶対に逆らっちゃダメだからね」
「はい……えぇ、承知しました。重ね重ねの親身な御忠告、誠に痛み入ります」
落ち着こう。怒りに任せてオーク化したところで今の俺に何ができるわけでもない。
暴力に暴力で対抗するにはそれなりの力が必要だ。そして今の俺には力がない。
怒りに任せて暴れたところで事態が好転するはずもなく。感情の発散を優先して他の子供たちを巻き込んでしまっては元も子もないのだ。
だから身を焼くようなこの怒りを今はしずめることに集中しろ。
とりあえず子供たちとお話しをして癒されよう。
「部屋の奥においで。鉄格子の近くにいると棒でぶたれちゃうよ。それで失明しちゃった子は商品価値がないからってこの前殺されちゃったんだ」
「ふぅ…………」
次から次へと怒りの炎に薪をくべられてしまい怒りを抑えるのに必死で返事をすることすらできない。
それを恐れからくる無言と捉えたらしい少女は、俺の手を引いて部屋の奥へと案内する。その手は異様なほどやせ細っており、満足な食事も与えられていないのがわかる。まるで保護した当時のルカのようだ。
牢獄には俺以外に二人の子供がいた。そのどちらもみすぼらしく痛ましい格好をしている。
奴隷は商品なので、通常、奴隷として売られる者はそれなりに身綺麗にされるものだ。そうしなければ買う側が難色を示すからである。
靴屋は新品の靴や、なめした綺麗な革を並べ。武具屋は光沢のある武具を店先に置いて購買意欲をそそらせる。中古のものや見栄えの悪い商品でも、わざわざ汚らしい状態にしておくはずがない。
奴隷を高い金を払って買いとったのに、病気を患っていれば余計な治療費がかかる。不健康なままでは与えるつもりの仕事もすぐには任せられない。そういった観点から奴隷は丁重に扱われるものなのだ。だから奴隷というのは平民と同じか、それ以上の待遇を受けるものである。
よその国の基準ではあるが、奴隷は身分であり一種の職業だ。毎日二食以上の食事と酒が振舞われ。主にかわって様々な仕事をこなす。
高い地位を持たぬだけで、メイドや執事などと同じ使用人として扱われるのが一般的。
ほとんどの奴隷が納得してその身分を受け入れており。奴隷から解放されるのは衣食住と職を失うのと同義なので極端に嫌う。
この国でも大昔に奴隷解放を無理に行ったが、結果的に国情は大いに混乱した。
今に至るまでその混乱は尾を引いており。貧民街の更に奥にある棄民街などは、そういった混乱に巻き込まれた者たちの子孫が暮らす場所である。
とにもかくにも、奴隷は高位者の財産であり、棄民や平民よりも裕福な暮らしができる。
それなのに眼前の子供たちの状態は一体どういうことか。二人ともひどく汚れていて、目に見えるほどの怪我をしている。これではまるで売る気がないか、そういった用途で売られているかのようではないか。
「何故このような不当な扱いを受けているのですか。奴隷に暴力を振るうのはどこの地域であっても法律で禁じられているはずですよね」
尋ねると、ずっと無言で俺を見ていた膝を抱えて座っていた少年が口を開く。
「……当たり前だろ、俺たちは普通の奴隷とは違う。一般的な奴隷が財産ならば、俺たちは使い捨ての日用品。行く末は、買われて殺されるか、ここで殺されれるかの二つに一つしかない。つまり奴隷のさらに下。藁人形や案山子にも劣る、ただの道具なんだから」
少年は健康状態が悪いので幼く見えるが、受け答えはしっかりしている。背格好からして恐らく十歳かそこらだろう。
「他者の認識が道具であったとしても現実的には人ですよ。法律は適用されるはずです」
「法律など強大な権力があれば無視できる。ここの管理者は法律を無視できるほどの力を持ているというだけの話だ」
達観なのか諦観なのか、少年は自分の置かれた状況を恐ろしいほど客観視している。
俺がこれぐらいの歳の頃には、もっとアホな喋り方をしていたし、自分の置かれた状況を冷静に分析することなど出来なかったはずだ。この子は人生二周目なのかな。
「あなたはどうしてそんなにも詳しいのでしょう。まるで大人のように知識を持っている」
「元々俺も権力を振りかざす側の人間だったからな。だから少しだけ知っている。詳しいというほどじゃないさ。お前も言葉遣いが子供にしては綺麗だな。どこかの没落貴族の子息か?」
なにやら深い事情がありそうだな。
興味本位で無理に聞き出すのはやめよう。体が傷ついているのに、心まで傷つけたくはない。
「いえ、私は――――あー、貧しい商家の長男坊といったところですかね」
童貞を売る童貞屋さんだ。
新品のまま売れ残っているのでそろそろ誰か買ってほしい。
童貞はナマモノであり男性だけが患う病気の一種だ。このままでは腐ってしまうし、別の部位に童貞が転移してしまうだろう。
最近はもう童貞の末期症状なのか。起き抜けに二つのガイアがドクドクと疼いていることが多く、乳首までじんじんと痺れて朝立ちしてしまっている。時には母乳でも出したのかというほど周辺が濡れていることもあり。この前など唾液のような液体がガイアを伝ってシーツを濡らしていた。
まず間違いなく原因はリリだろう。このような症状が出始めたのは、リリが教会で暮らすようになってからなのだ。
朝起きると寂しがりなリリがベッドの中に潜り込んでいることも多くなったので、最近では下着も着用するようになった。しかしどういうわけか朝になると下着は破けるのではなく脱げてしまっている。
俺を聖人かなにかと誤解しているらしい、信頼しきってすやすやと横で眠るリリに聖棒は立つのに申し訳が立たない。
リリとのささやかな肉体的接触や体臭が、眠っている間に意識を介さず脳がダイレクトに興奮してしまっているのだろう。
意識して娘だと思い込んでいても、あの魅力的かつ蠱惑的な肉体と、あまりにも愛らしく可愛らしい性格に、深層心理では欲情してしまっているのである。
そうして御しきれぬほどの欲求不満が肉体に負荷をかけて、童貞が聖棒だけではなく乳首やガイアにも転移してしまったのだろうな……。
このまま全身が童貞に蝕まれれば、日常生活を送ることすら困難になるだろう。今だって十分に危険な状態にある。
子供の体では、リリに抱かれようとも髪にキスをされようともそのような症状は出ていないのが救いだ。
「――親が大貴族にはめられて多額の借金を背負わされたか。欲をかきすぎて恨みを買ったかだな。こんなところに連れてこられるってことは相当悪目立ちしたんだろう」
「そんなところですね」
確かについ先日も、童貞が過ぎて多額の借金は背負わされそうになったな。
他方司教は教団内では悪目立ちしまくっているのにその地位は揺るぎもしないのが不思議だ。あれでそれなりの政治手腕があるのだろう。
「余裕があるな。普通なら泣きわめいて洗礼を受けるものだぞ」
聞くまでもなく、洗礼とは大人による暴行だろう。
ただの暴力に洗礼なんて言葉を使わないでいただきたいところだが、子供の言う事ならば仕方ない。
しかしこの二人は可愛いな。
おいかけっこをしたり、チャンバラをしたり、花畑で花冠を作りあったりしてほのぼのしたい。膝の上に乗せて頭を撫で続けたい。
ダメだ、想像しただけで顔がふやけてしまう。
「フフッ……」
「な、なんだその慈しむような瞳は。その余裕といい、お前本当に子供なのか?」
「うん、なんかお父さん見たいだよね……」
子供には純粋な愛情をむけられるのに、リリにはどうしても性欲が混ざってしまうのが最近の悩みの種だ。
おしっこかけっこしたり、チンポをつかったチャンバラをしたり、花畑の蜜を吸いたいとか、そういうよこしまでやましい妄想が浮かんでしまうのだ。
出産適齢期の爆乳女性に子供のような無邪気さで甘えられてはそうなるのも仕方ないとは思う。だが俺は神父だ。リリは娘で俺は父親だ。仕方ないで済ませられる立場にない。
「洗礼の件ですが、つれさらわれた時点で既に一度やられていますので。それに、こういう場所には慣れていますしね」
「牢屋になれるなんてことがあるのか? おかしなやつだな」
声は笑っているが、表情を動かす元気はないようだ。
この子にたらふくプリンを食べさせて笑顔にさせてあげたい。クリームや果実なんかも乗せてしまってさらに喜ばせたい。
「名前はなんていうんだ」
「私はロイです」
現在リリに呼ばれている名前である。
リリにとって名前を短く呼ぶのは親愛の証。なのでけっこう気にいっている。
ロニからロリと呼ばれたときは、ロリ扱いされることに恐怖したが。
あいつにとって小さいものに性差などなく、無差別に性欲の対象になるらしい。
「ロイか。勇ましい響きの名だな。俺はユリウス……今はただのユリウスだ。ご先祖様は別の国の貴族だったが、オストガルドに併合されたときに――まあその話はいい。今は没落貴族のなれ果てだ」
「わ、私はコレット。魔法具屋の看板娘だったんだけど、貴族に騙されてお金と家をとられちゃったんだ」
自分で看板娘と言うあたり、本当は気さくで明るい子なのだろう。
明るさを取り戻すためにほっぺたが蕩けて落ちるような甘いケーキをお見舞いしてやりたい。
女の子だから一緒に水浴びなどはできないが、そのあたりはリリお姉さんにお任せしたい。
ああ、この子たちを教会に迎え入れたくて仕方なくなってきた。
こうして普通におしゃべりしてくれるだけでも嬉しくて、どんどん愛しさが溢れだしてきてしまい父性の制御がきかなくなってくる。
頭を撫でたい。抱っこしたい。手を繋いでお散歩したい。
「お母さんの実家に身を寄せようとして家族で町を出たんだけどね。実家が賊に襲われちゃって……お父さんもお母さんもおじいちゃんもそのときに……」
「コレット、つらいならば無理にお話しにならなくて結構ですからね」
「うん……ごめんね暗い話をしちゃって」
「謝ることなどありませんっ」
気づけばコレットをハグしていた。
びっくりしたようだが、さほど抵抗もせず素直に頭を撫でられて力を抜いてくれた。
大人の体ならばユリウスもまとめて抱けたのに。二人まとめて膝の上に座らせられるのに。
「コレットの実家を襲った賊も間違いなく貴族の手によるものだな。俺も似たような経緯と手口でここへ連れてこられた。同じやつの指示だろう」
十歳ぐらいの落ち着いた少年がユリウス。
同じく十歳ぐらいの明るい少女はコレット。
脱出した暁には真っ先にプリンをお見舞いしてやろう。イヤというほど肉と野菜とデザートを食べさせて艶々の肌にしてやる。
ロニにも協力を促し、傷を完治させるポーションを作らせるため馬車馬の如く働かせよう。ただし近づいたら即通報だ。
「二人とも無理に話してくださらなくてけっこうですよ。つらい思いをされたというのは十分に伝わりました。不幸な過去を思い出して気持ちを落とす、そんなことに時間を費やすのはエネルギーの無駄づかいです。今を見ましょう、今を」
「うん、そうかもね」
抱いていたコレットを離すと、先ほどよりも明るい表情をしているように見える。だが折れた前歯を隠して笑うのが痛々しい。
しかしハグってすごいな。リリが毎日求めるのもわかるし、眠るときも俺を抱いて離さなかった気持ちにも理解が示せる。
「過去にこだわらないという考え方は尊重するし同意もできるが、今おかれている現状の方がよっぽどつらいんだがな」
「たしかに……ぐうの音も出ませんね」
二人から笑いが生まれた。
まだ笑う力があるならいい。子供たちは四六時中笑っているぐらいで丁度いいのだ。
「おう、楽しそうだなお前ら」
「ッ――」
気づかぬ間に俺をさらった男がニヤニヤとしながら鉄格子の前に立っていた。
「その薄気味悪いガキが気に入ったのか?」
ユリウスとコレットは身を強張らせて震えはじめている。
この男から反射的に震えてしまうほどの恐怖を植えつけられているのだろう。
こいつには愛やプリンではなく、イヤというほどの聖ラリアットお見舞いしてやりたい。
「どうした答えろよ。新しいお友達ができてウキウキか? すぐに別れちまうかもしれないのによぉ」
「い、いえ……そういうわけでは」
「あ? 俺の言葉を否定すんのか? じゃあなんで楽しそうにしてたのか言えよ。いま笑ってたよな。それとも俺がいると楽しくないってのか?」
「そ、それは違います……」
「また否定かよ。二度も続けて人格否定か」
「あっ、やっ……」
コレットは俺たちをかばうために代表して喋っているのだろう。
こんな齢でなんと気骨のある子なのか。看板娘といっていたのも冗談ではないのかもしれない。
「発言の許可をいただけますでしょうか」
「おう。喋れ薄気味悪いガキ」
薄気味悪いを文頭にくっつけるな。略したら悪ガキになってしまうじゃないか。こんなにも俺はいい子なのに。
リリなんて何もしていないのに、いい子いい子と撫でまわしてくれたぞ。
「私がふざけて二人に迷惑をかけていたところです。騒がしかったのなら謝ります。どうかお許しください」
「まあいいだろう。ところで薄ガキ、ここの仕来りは教えてもらったよな」
薄ガキって略すんだ。ここ数年一回も出していないのでかなり濃いんだけどな。
「教わるとは――」
二人を見ると怯え切ってしまっていて恐怖以外の感情を読み取れない。
しかしそれだけで十分だった。ここで教わっていないと答えれば、二人が何らかの罰を与えられるのだろう。
であるならば、俺の返答はこうだ。
「はい。しっかりと教えていただきました」
嘘も方便。司教に習った言葉である。
あの人は嘘ばかりつくので、己の保身のために使っている言葉だが。
「そうか。なら十か条を一から言ってみろ」
詰んだね。一もわからんよ。
やっぱり嘘はいかんな。
「どうした。早く言えよ」
「……申し訳ありません。私は物覚えと要領が悪く理解も遅いので、何度も教えてもらっていたところなのです。そこで私が飽きて集中力が散漫となり、おふざけをして話を進ませずに困らせ楽しんでいました」
「ハッ、ちっとは利口なやつかと思ったが所詮はガキだったか。まあ顔からして頭が悪そうだからな。鼻の拭き方はわかるか薄ガキ」
お前の顔は覚えたからな。
必ずや正規の手段で牢獄にぶち込んでやる。
俺のわからずやな性器もリリの牢獄にぶち込んで反省させてやりたい――っと、いかん。それではリリに対する拷問になってしまうじゃないか。
「ここじゃあ俺たちが神様だ。そんでお前たちは家畜以下のオモチャだと思ってろ。どんな生活をおくってきたのかは知らねぇが、俺たちの言うことは絶対だ。家畜は糞も床でしろ。飯は気が乗ったら食わせてやる。いいか覚えたか」
家畜以下なのかオモチャなのか家畜なのかどれかはっきりしろ。
俺がオモチャなら大人のオモチャになってしまうぞ。言葉の響きが素敵すぎるだろ。退屈な夜にはリリに使ってほしすぎる。
「はい。しかと覚えました。私はオモチャで、あなた様は神様です」
「どうせ馬鹿だからすぐに忘れるんだろうが、そんときは痛みで教えてやるからな」
「そのようにお願いいたします」
「自分から痛みを求めるなんて薄気味悪いガキだぜ。お前と話してると調子が狂うな」
男が去ると、二人が安堵のため息を漏らす。
「あ、ありがとう。ロイは私たちをかばうために嘘をついてくれたんだよね」
「度胸があるなお前。子分にしてやってもいいぞ」
「なんのこちらこそ息子にしてさしあげてもよいですよ」
「フハハ、なんだそれ。俺たちは同年代なんだからせめて兄弟だろ」
「ええ、兄弟も悪くないですね」
「パパ……」
そうなるとリリも娘ではなく妹の方がしっくりくるかもしれない。
しかし血の繋がっていない爆乳美女かつ寂しがりで家族愛に飢えた甘えん坊の妹か……。
いけない、それは生殖対象としてあまりにも優れているポジションだ。まだ娘だと思い込んでいた方が、倫理観が優位にたって我慢できる。
「冗談はさておき、度胸があるなんて大袈裟ですよ。無駄話をして二人の時間を奪っていたのは本当ですからね。私は事実を事実のままお話ししただけです」
☆
牢獄に放り入れられてから数日が経った。
住めば都というやつだろうか。牢獄の暮らしや立ち回りにもすっかり慣れてしまっていた。
食事は一日に一度、硬いパンを一つと臭い水を三人で分ける。
俺は飢餓感の耐性には自信と実績があるので一欠けらでも貰えればそれでいい。
用を足したいなら端っこの方でそのままするのだが、そもそも体に何も入れていないので大した排泄は行われない。
客は一度も来ておらず、追加で入ってくる子供もいないので依然として三人のままである。
暴力を振るわれないためには、何を言われても全て「はい」と肯定しなければいけない。こちらにそのような意図はなくとも相手に反対意見であると判断されたら牢から出されて折檻されてしまう。
何度か二人の身代わりに折檻を受けたが、手加減は一切されなかった。
大人が子供を本気で殴れる神経を疑う。俺など肌をつねることすらできやしないというのに。
だが折檻を肩代わりしたお陰か、二人とは随分と打ち解けて仲良くなれた。暇なときには隠れて手遊びなどをして楽しんでいる。
ユリウスは最初、幼稚な遊びだと冷笑していたが、人間とは何事も本気で取り組めば楽しめるものだと諭すと。元々負けず嫌いで勝負事には真剣に挑むタイプなのか、一番熱中して参加するようになった。
そして、熱中しすぎたユリウスがやらかしてしまう。
うっかり俺をさらってきた男の悪口を言ってしまったのだ。そして運悪く、偶然様子を見に来ていた男が聞いており、何を言っているのかわからないほど激昂させてしまうに至る――。
即座に機転を利かせてユリウスの声真似をし、俺がふざけて言ったことにしたまではいい。
子供たちが殴られるぐらいなら、折檻などいくらでも耐えられる。人よりも怪我の治りは早いし死ぬほどの痛みにも慣れている。
だが男は俺を一発殴るだけで済ませて、首根っこを掴んでは引きずるようにどこかへと連れていく。
連れていかれたのは様々な拷問器具がテーブルや床に散らばっている、石壁で囲まれた閉塞感の強い部屋だった。
拷問器具は実際に使用されていたものなのだろう。さきほどまで入れられていた牢獄よりも数段血の臭いが増している。
「――おら入れ!」
指示に従い自発的に動かなくても放り投げられたのでスムーズに入室できた。
ごろごろと転がってのダイナミックな入室である。こんな激しい入室は女性の赤ちゃん部屋だけにしたいものだ。
「おい変態兄弟、こいつを徹底的に痛めつけろ!」
変態兄弟と呼ばれたのは、真ん中だけ残した奇抜な髪型のでっぷりとした男と、波打つ長髪を肩まで伸ばした長身痩躯の男。
「カジカ、俺たちを変態兄弟と呼ぶのはやめろって何度も言ってんだろ」
「あんまり舐めてると、お前を女の子にしちゃおっかなって。そんなこと考えちゃうよね兄貴」
「うるせぇ! 拷問が趣味なやつなんて変態としか言いようがねぇだろうが! それが兄弟となれば変態兄弟で問題ないだろうがよ!」
どうやら俺は、拷問が趣味の変態兄弟に譲り渡されてしまうらしい。
やだ、さっきまでの牢獄に帰らせて。あそこは子供たちと一日中触れ合える楽園みたいな場所なんだ。こんなむさくるしい男たちと遊びたくない。
「ただし絶ッ対に殺すなよ。できるだけ長く生かして、生きているのも嫌だと言うほどの生き地獄を見せてやれ。三日後に俺がぶち殺すから、それまで丁寧にいたぶりつくせ。それと必ず尻は掘っておけな!」
前半も中々のものだが、最後にとんでもない命令をしやがった。
当たり前のように注文していたところから察するに、そういう被害に子供がいたということか。
もしそうなら、聖ナックルアローの高速連打をこいつの尻穴に叩きこんでやらないといけない。子供に与えた苦痛は、億倍にしてその身に返ってくるものと思え。
「そういうことなら喜んで受けるけどよ。でもやるにしたって条件がある。なんでこのガキを俺たちが拷問しなくちゃならねぇのか、その理由をはっきり教えろ。俺たちの雇い主はお前じゃないんだからただで従う義理はない」
「チッ……陰口をいわれたんだよ」
「それだけで拷問か? 何を言われたかを言えよ。それを言わなきゃ個人的な仕事なんて請け負わないからな。俺らだって仕事でやってるんだから金もいただくぞ」
「あぁ、クソっ……一回しか言わねぇからな。こいつは俺のことを、気の短さに比例してチンコも短いやつだって言ってやがったんだよ!」
「チン……ぶわははははッ! そいつは傑作だな!」
「事実じゃないかカジカくぅん! どっちも短いのは揺るぎない事実だよぉ!」
「なんだよ、この坊ちゃんセンスがあるじゃないか!」
言ったのはユリウスだ。
俺も笑ったが。
「ぐぬぉ……だからてめぇらには言いたくなかったんだよ! いつかまとめてぶっ殺してやるからなッ!」
男は扉を強く締めて部屋から出ていったが、しばらくは部屋の中に笑い声が響き続けた。
「あぁー久々にこんなに笑わせてもらった。坊やなかなかやるじゃないか」
「あいつのは細くて短い小指ぐらいのサイズしかないからね。隙間に物が落ちても取れるから便利だねって褒めたのに、そのときも怒りまくってたよ」
そりゃあ怒るだろ。
司教との旅の道中の話しだ。渡し船による渡河の最中、船底に穴が空いてしまい、応急処置として聖棒で塞さげとズボンを脱がされたときは俺だって怒った。それでなんとかなったからよかったが。
気さくに話しかけてくる二人。
異常者特有のフレンドリーさというか。これから拷問にかける子供に話しかける態度ではない。
男たちから目をそらさずにいたが、不意に何者かの吐息が聞こえて横を向く。
それは壁に鎖で繋がれた男――かもわからない。顔の特徴は皮膚以外残っていない。性別もわからぬほどの激しい拷問を受けた人間だった。
「すごいだろ坊や。惚れ惚れしちゃうよね。これで生きてるんだよ。命ってすごいね」
「俺たちの最高傑作だ。尻に火鉢をさして獣人の真似をさせるなんて思いつくのは俺たちぐらいなものよ。まさに獣みたいな声を出してたな」
「待ってよ、それを思いついたのは俺だよ? なに勝手に自分の手柄にしてるんだい兄貴」
「はぁ? 火鉢を焼いていたのは俺だろ。それを奪い取ってお前が入れたんだ。俺は最初からそうするつもりだったのによ!」
「俺が思いついたのをあとから自分もやろうとしていたなんて、せこい言い分だね!」
「だから最初から俺は考えてたっていってんだろ!」
俺がここにいることなど忘れたかのように、血走った目で口角に泡をつくり唾を飛ばし合って激しく口論をする兄弟。
さっきまでの柔和な雰囲気はどこへやら。ここまで苛烈に怒っている人を見るのは生まれて初めてかもしれない。
「――じゃあこいつでどっちがすげぇ拷問を思いつくか勝負しようぜ!」
「望むところだよ! この坊やに一番の悲鳴をあげさせて、一番美しい姿にした方の勝ちでいいね!?」
ふざけるな。怒りの矛先を俺に向けるなよ。
そこはお互いに向け合うところだろ。アンガーマネジメントが上手すぎる。
「あいつよりももっとむごたらしい作品にしてやるからな」
「残酷なんて言葉じゃ表現できない美しい姿に作り上げてあげるからね」
「子供には子供の美しさってもんがある。それをどう活かすかに職人としての技量が問われるんだ」
「あっちの子は十三歳ぐらいなんでしょ。子供というにはガッチリしすぎてたし、やっぱりこれぐらいの小さな子供じゃないとね」
はりつけにされていた子を見る拷問吏たち。
「十三歳の子供に拷問をした? あの人は子供なのですか……?」
背が高いのでてっきり大人かと思っていたが。
「そうだよ。あれは奴隷として連れてこられたんじゃなくて、最初から俺たちの作品になるために捕まった子なの」
そうか、こいつらは子供にも平気で拷問ができるのか。
子供相手にも当たり前のように暴力の限りを尽くせるのか。
であるならば、こいつらはもう人間としては扱えない――これは魔物と同じだ。
「………」
「あれ、怖くて声も出なくなっちゃったかな? いまのうちに出しておいた方がいいよ、そのうち出したくても出せなくなるんだから――」
ユリウスたちとの幸せな時間のお陰でなんとか抑えていた怒りが、一気に頂点に達し、いまにも噴出しそうだ。
オークが目覚めの兆しを見せている。
理性ではもう封じることも難しく。ほんの少しの刺激でも与えられれば表に出てきてしまうだろう。
体の熱が逃げ場をなくし、全身が燃えるように熱い。
こいつらは許しておいてはいけない種の生物だ。
子供に残虐の限りを尽くすなど、人の面をして心に魔物をすまわせる魔者だ。
けっして世に野放しにしておいていい存在ではない。
――神に代わって聖裁が必要だ。




