ショタになんてなるから誘拐される
「――にわかには信じられやせんが……」
「信じるとか信じないとか、そういう話しじゃ……。でもだって、そんなのおかしいですよ」
ファミリアの一員、キジシローさんから受けた報告は、ボクを狼狽え動揺させるに十分な内容だった。
「ロイズレッド様が奴隷の販売業を始めるなんて、そんな突拍子もない話の出所はどこなんですか? またいつもの誤解や噂の類なんですよね?」
「オレだって信じられねぇ。だけどこの話は何人ものファミリアが聞いていたんすわ。あと話が飛躍しすぎています。旦那が買うのは奴隷商であって奴隷ではありやせん」
「あのビビアンとかいうおっかないメイドは、お貴族様のつかいらしいじゃないですか。この前の旅で屋敷に呼ばれたらしいが、そこで旦那となにかあったんだろう」
「だからあのときに護衛をつけるべきだったんだ」
「ついて行ったところでお貴族様との交渉だぞ。オレたちじゃあ何もできやしねぇ。まず俺らじゃ屋敷に入れてもらえねぇし旦那も同行を許してくださらねぇだろ」
「で、でもよ旦那の意志ってわけじゃあなさそうだな」
「ああ、それならまあ安心か」
なにが安心なものかと憤るも、すぐにネロさんが背中から抱きしめてくれたおかげで怒りの噴出は免れた。
「もし本当だとして、奴隷売買をするというのはそれだけ不幸な子供が増えると言う意味ですよ。何も安心なんてできません」
「旦那はあれで表の顔は神父なんだから大っぴらに売り買いするってことはないんじゃないか。それによ、お貴族様の指示だとしても、ただの神父にそんな仕事を頼むもんか?」
「ただの神父じゃないなんてのは、そこらを歩いている街のガキでもしってるんだぜ。お貴族様の耳に入ってないわけがないだろ」
貴族の意図はわからない。でもこれで、ここ最近ロイズレッド様が浮かない顔をしていた理由はわかった。
お一人で抱え込み、苦しんでおられたんだ。
ロイズレッド様はあくまでも平民という地位に甘んじている。意地ともとらえられるほど頑なにだ。
あれほどの人ならば、すぐにでも国の仕事を任されてもおかしくはないのに、あえて街の片隅にある教会で神父を勤めていらっしゃる。
それは我々のような社会の地を這うミミズが如き下々をお救いになるためだというのは誰の目にも明らかだというのに。
だが平民という地位にいる限りは、貴族に強権を振りかざされれば従わねばならない。つまりロイズレッド様の崇高な御意思を逆手に取られたのだ。
顔色が優れないのを心配していたが、まさかここまでの苦悩を抱いていらしたとは思いもしない。
「貴族め……またボクを苦しめるのか。ボクの大切な人まで巻き込んでっ……」
「契約主様、お顔が怖いですわよ。あちらにある、男女で激しい運動をするに適した程よい広さのお部屋でおっぱいをお飲みになりませんか」
「ネロさん……プフ。飲みませんよ。それに遊んでいる場合じゃないんです」
真面目に考えて真剣に怒っているのに、ネロさんはボクを笑わせてしまう。
思いつめて重くなっていた心が少しだけ軽くなった。
彼女は人の心を操る術に長けている。こんなすごい精霊を自由に使役していたお姉様はもっとすごいんだ。
「あの淫狂エルフがすごいのは認めます。特筆すべきはそのありあまる性欲と、男根に対する犯罪じみた執着心。精霊である私をも軽く凌駕していますもの。生まれる種族を間違えたのではないかと疑うほどですわ。あれはサキュバスの始祖たる女神の末裔か、生まれ変わりに違いありません」
よくわからないけど、精霊よりもすごくて女神様に似ているなら本当にすごすぎる人なんだね。
「それでボン、どうしますか。旦那が奴隷商を買っちまったらあの奴隷市は潰せなくなりますぜ」
「潰せないことはないだろうが、旦那とオレたちが敵対していることになっちまうな」
「バカいってんじゃねー。お貴族様に目をつけられているのは旦那なんだぞ。買収を果たせなかった責任の追及をされたらどうするんだよ」
「じゃあ買う前に潰しちまえばいいじゃねぇか」
「そうか、買うもんがなくなっちまったんだからお貴族様も罪は問えないもんな」
貴族にそんな道理は通らないだろう。
買えと言ったのだから買えなかったという結果だけを見るはずだ。
「奴隷商の館を破壊しつくそう」
「それはどうしてですかい。狙いは奴隷商一人。やるにしたって極力被害を出さないって方向でまとまっていたはずですぜ」
「問題をすり替えるんだよ。大事にして世間に広く認知させ、それこそ貴族が仕方ないと諦めるほどの騒ぎにして世論を動かすんだ」
ロイズレッドファミリアとして暴れたら、それこそロイズレッド様は貴族からの反感を買うかもしれない。それでもロイズレッド様に奴隷売買などさせぬためには仕方のない処置だ。
やり方は間違っているのかもしれないけれど、ロイズレッド様を穢さぬためならば、それは正しい行いになる。
「手始めに奴隷の反対運動を起こします。襲撃計画のあとも続けて、そもそもマフィーダでは奴隷を売買できない空気を作る。暗黙の了解を明るみに引きずり出すんだ」
「言うは易いが、並べられた言葉ほど簡単なことじゃないですぜそれは。他のお貴族様にも狙われちまうかもしれねぇ……いや、それは襲撃の時点でそうだったな」
貴族と敵対する覚悟はできている。
準備ができていないだけで、計画が少し前倒しになったにすぎない。
「オレたちは影に潜むのが売りでしょうに。まだ力もたくわえてない、今このタイミングで表立って動くのは、やっぱり得策とは言えませんぜボン。感情に流されて冷静さを欠いているように見えやす。ここは一度冷静になって――」
「冷静になってどうなるんです! 冷静になって認めろとでも言うんですか!?」
ロイズレッド様が奴隷商の主になって奴隷売買をする。そんなこと許容できるはずがない。
「ボクはいやだ。あんなにもお優しいロイズレッド様に悲しい顔をさせるなんて絶対に許せないんだ……」
「ボンの言う通りだ。なあ、そろそろ本音を出してもいいんじゃないか。お前らだって本当は旦那のために何かしたいんだろ? 血の繋がりのない親子でも、血の繋がりよりも濃い絆を結んでいるんだからよ」
みんな一様に黙り込む。
「オレたちはファミリアだ。血の繋がりなんてなくても家族同然だと思ってる。お前らに子供ができたら、それはオレたちの子供だって……それぐらい本気になってんだぜ。本音を言わせてもらえばよ、今すぐにでも奴隷商をぶっ飛ばしにいってやりてぇし、お貴族様なんて潰してやりてぇさ。でもオレたちの誰かが抑止力にならなきゃ自浄作用が働かねぇ暴走集団になっちまうだろ……」
キジシローさんはうつむいて目に涙を溜めていた。
ロイズレッド様がそうしてくれたように、ボクはキジシローさんの頭を撫でながら膝に乗せて抱きしめた。
「ごめんなさい、ボクは勘違いをしていました。みんながあまりにも冷静だから、自分だけがロイズレッド様を心配しているなんて、ひどい誤解をしていたよ」
みんなの気持ちは一つだったと知り、僅かな羞恥と奮い立つような勇気が湧いてくる。
でも、ボクから冷静さを奪っているのは、何も奴隷商の情報だけはなかった。
「気がかりなのは、ロイズレッド様とお姉様が買い物に出てから家に戻ってこないことです」
「お二人もいい歳ですし、そういう事もあるんじゃないですかね。特に姐御のほうはオレたちの監視を疎ましく思っているみたいですし」
「そういう事ってなんですか?」
気まずそうな顔をする面々。
「おセックスですわ。あの逆夜這いの常連エルフは子供の姿のうちに勝負を決めに行くのでしょう。普段のアレは処女には大きすぎますし、まずは小さいサイズで慣らすのは賢明な判断と言えますわ」
ネロさんは明確な答えを持っているような素振りである。
ボクだけわからないという疎外感はべつにいい。子供なのだからみんなよりも知識が浅いのは仕方のない。帰ってきたらロイズレッド様に尋ねればわかることだ。
「もしも事故や事件に巻き込まれていたらどうするんですか」
「心配なのはわかりますが、あの二人が事件に巻き込まれて命を落とすような姿は想像できませんて。雪崩がきても押し返して直立しているでしょうし、火山が噴火しても抑えてしまうんじゃないっすかね」
「どうするかと言われても、あの二人でどうにもならないなら俺たちにもお手上げですぜ」
「違いねぇ」
二人が帰ってこないのに、みんながのほほんとした雰囲気でいることに違和感を覚える。
みんな経験の豊富な大人だから、ロイズレッド様に会えない寂しさや寂寥感にも多少は耐えられてしまうのだろう。
ボクがお二人に依存しすぎているだけで、心配をするのは取り越し苦労なのかもしれない。それを理解するのが大人になるということならば、成長とはなんて苦しいものなのだろう。
「――そういやメイドと奴隷売買の話をしているとき、早く話しを進めるようにってせっついていたな。旦那は不服そうだったが、最終的にはうけいれていた。もしかしたら今も姐御を連れて奴隷商を買収にいったんじゃねぇのか?」
賑やかになりかけていた隠れ家は途端に静まり返る。
「だとしたら奴隷商の家か、大本の貴族の屋敷に向かってまた旅に出たのかもしれねぇな」
「だ、だったらボクに一言あるはずです。一日何も言わずに家を空けるなんてロイズレッド様らしくない」
「ボンに言えるような内容じゃないから黙って出て行ったんじゃないか」
「でもロイズレッド様は子供の姿のままなんですよ。奴隷商がまともに取り合ってくれないと思います」
「普通では考えられないような奇跡を起こすのが旦那だ。普通なんて言葉で枠にはめることはできない」
一理ある。
この前も懸垂に使っていた太い枝が折れてしまい、その拍子に空を飛んでいた。
あれは物理法則的にありえないと思う。まさに奇跡だ。
ネロさんも「そうはならないでしょ」と呟いていたし。
「姐御もついているなら旦那が子供の姿であろうと関係ねぇやな。あの色香で迫られたら交渉なんてすんなり進んじまうぜ」
理知的なお姉様ならロイズレッド様の威光に頼らずとも交渉できてしまうと言う意味かな。
「ネロさんもそう思いますか?」
「あれは痴の女神ですもの。大男のためならなんでもするでしょうし、交渉を代理するなど朝立ち前でしょうね。最近は朝立ちの仕組みと、それに連なる前立腺の仕様についての勉強と研究をしているみたいです」
お姉様はすごいなぁ。好奇心が旺盛だとは思っていたけれど、探索者としても一流の腕を持ちながら学問にもそのあふれ出る探求心を向けてしまえるなんて。
生きているうちは学ぶことをやめない――人生これ勉強と言ったところだろうか。その姿勢と勤勉さはボクも学ばなければならない。
「聡明かつ賢明な知の女神たるお姉様がついているなら、奴隷商との交渉など即日終わらせてしまうといいたいんですね」
「契約主様はあの淫乱エルフを少々誤解なさっていますわね。人を見る目を養う必要があります」
ボクの思っている以上に偉大な人なんだ。
治してもらったばかりの目ではそんなことも見抜けないなんて、己を恥じるばかりだ。
「旦那だって好き好んで奴隷売買をしようってわけじゃないんだ。貴族からの指示なのはもう確定している。せめてそれだけでもわかってやってください」
それはそれだ。一度は認めようとしたけど、やはり頭ではわかっていても心が否定してしまう。
敬愛するロイズレッド様が子供を不幸にする奴隷商の片棒を担ぐなんて認められるはずもない。
でも、きっとなにか深いお考えがあるはずだ。ボクみたいな凡人には到底思いつかない深いお考えが。
だっていつもそうじゃないか。ロイズレッド様はボクの抱く期待を容易く超えていってしまい、期待以上の結果を見せてくれる。
もしも……ありえない仮定だけど。子供の売り買いをして私腹を肥やそうというならば、ボクはもうボクではいられないかもしれない。人ですらいられなくなってしまうだろう。
「襲撃計画は一旦凍結の方向で話をすすめましょう。ロイズレッド様の動きを見て、お考えを聞いてから判断したいとおもいます」
ロイズレッド様がボクを裏切ったら、もう誰も信じられないんだ――。
☆
翌々日の昼、お姉様は疲弊しきった顔で帰ってきた。
「あっ、おかえりなさいお姉様!」
「…………」
こちらを見ることもなく、見た瞬間にわかるほど顔色が悪く、明らかに具合が悪そうだった。
いつもならべったりとくっついているロイズレッド様の姿も見えない。
「あの、ロイズレッド様はどこにいるのですか?」
そう尋ねると、泣きそうな顔で「私が目を離したのが悪いんだ――」と、要領を得ない返事を繰り返す。
そうかと思えば壊れてしまったのかと思うほど激しく泣き出し。その場にうずくまってしまった。
お姉様の姿からはいつもの聡明さなど感じられず。どうすればいいのかと助けを求めてネロさんの顔色をうかがった。
「――詳しく話を聞かせてくださいまし。あなたがそんなになるなんて、余程のことがあったのでしょう」
ネロさんはすぐにお姉様に近づくと二言三言交わし。二人だけで話をすると言って別の部屋へ連れて行ってしまった。
しばらくするとネロさんだけが出てきて、お姉様には同意の上で睡眠の魔法をかけて眠らせたと言う。
「そんな魔法もあるんですね。でもやつれていたように見えましたが、さきに食事などはよかったのですか? お姉様が大好きな水浴びもしていませんよね?」
「あれは水浴びが好きなわけじゃありませんわ。洗っても洗い流せぬ下から溢れる下心を水で濡らして誤魔化しているだけですもの。でも、今あのままにしておくと自害しかねないので、休ませるためにも眠らせておくのが適切な処置ですわ」
「そんな深刻な状態になるなんて、いったいなにがあったのでしょう」
すぐにでもお姉様の看病をする支度をしなければと、頭の中で一日のスケジュールを組み替えていると、ネロさんがいつになく深刻な表情のままだと気づく。
嫌な予感がして、何かあったのかと恐る恐る尋ねると「小男になった大男が誘拐されたそうですわ――」と言った。
それを聞いた瞬間に、途中だった食事の用意も、やる予定だった昼の仕事もすべて投げ出して駆け出していた。
向かったのはロイズレッドファミリアの隠れ家。
到着してすぐに幹部を招集し、集められるだけの人員をかき集めてボクは叫んだ――。
「ロイズレッド様が行方不明になりました。ファミリアの全精力を尽くして捜索してくださいッ!!」




