エルフは雄っぱいの良さを知るに至り病的にハマる
買い物を済ませ、夜になる前には教会に戻ると、ロニは買ってきた調合用の素材を両手に抱え嬉々として研究室に向かった。
なんでも人を子供にするポーションは理論的には完成していて。あとは全生物に適用される効能を持たせるだけなのだがそれが難しい――とか。
神に弓引く研究な気がしてならないので司教に相談しておこうかな。
教会の共同スペースであるところの広間から、思わず膝をつきそうになる振動が流れてきて鼓膜を震わせえる。
「この音色はルカがオルガンを弾いているようですね。これだけ上手なのにまだ練習をするとは……」
精の出るルカにはお茶でも用意してやろうと給仕室に向かって支度する。
教会の奥の部屋ではルカがオルガンの練習をしていて。俺がきたことにも気づかない程に集中している。
その後ろでネロシェイドが手を胸の前で組んで、ブリッジしながら震えていた。ちょうどいいので腹の上に茶を注いだコップを置いておいてあげよう。
「あとでルカが飲むものなので決してこぼさないようにお願いしますね」
「感じて動けないのをいいことに、この似た者夫婦めっ……!」
ネロシェイドがなにやら見当はずれな恨み言を漏らしている。テーブルの真似をしているのではなかったのか?
そういえば、精霊は音楽などの感性に直接訴えかけえるものに対して非常に敏感なので、ルカの野性動物を呼び出すほどの演奏は媚薬に等しいとかなんとか言っていた気もする。
精霊の言葉を一々真に受けるのも馬鹿馬鹿しいので、ルカのじゃまをしないようその場を離れた。
☆
ネロシェイドの際どいかっこうに反応した聖棒を諫めるため。上着をいつもの木の枝にかけ、庭で上裸になって高負荷な筋トレで肉体を懲らしめていると、ダンジョンから戻ったらしいリリが帰ってきた。
俺と目が合うや否や足早に進み、苦労して得たであろう戦果のつまった荷物を投げ捨てて、外套を着たまま井戸水を頭からかぶりだす。
「リリ、いつも言っていますが、服を着たまま水浴びなどしたら風邪をひきますよ」
「だって汗臭いもん……」
だったらなおさら浴びてはいけない。
人間の汗臭さとは生の証だ。すぐに死のうとするリリには必要な香りだ。
「防具も錆びついてしまうでしょう。鍛冶代だって馬鹿にならないと聞きましたよ」
「つまり君の前で服を脱いで水浴びしろって意味? 夫婦じゃないのに? それは命令?」
「あいや……確かにそれもおかしな話になってしまいますが……」
「そんなに見たくないなら浴槽を買ってよ」
伯爵の屋敷で湯船につかってから湯による入浴を気に入ったのだろう。
しかし古い教会なので湯浴みができる環境など整っていない。浴槽を設置するにしても湯沸かしのための設備や、防湿性能の高い部屋も新たに必要になる。
元々ビビアンからも提案はされていたので本格的に検討するべきか。
「そうですね。前向きに検討しておきましょう。入浴用の浴室を作るところから始めないといけないのですぐには難しいですが。折よく伯爵様からもそれ用の出資を得られていますのでお金の心配はありませんし」
「ふーん」
最近というか、伯爵の屋敷から帰ってきてからというものリリの機嫌が悪い。
突っかかるとは違うが、余裕のなさが度々見受けられるというか。何かに迫られているような焦りを感じさせる。
「私は見られても構わないけどね」
容姿を嫌って顔を焼き。胸を押しつぶす胸当てをつけているリリがそれを言うのか。
「私が悪かったですから意地悪を言わないでください。この場は退散しますので許してくれませんか」
「…………意地悪じゃないのに」
もしかしたらロニとの関係に進展がないのを焦っているのかもしれない。
最近はダンジョンから帰ると軽い怪我を負っていることもあるが、ロニの作ったポーションの効き目がよくて俺の体液など必要としなくなっていた。
ロニは吸血鬼の血が流れているだけあって、血の臭いには敏感でリリが何かを言う前に生傷を見つけてくれる。そのたびに実験と称してリリに治癒ポーションを渡しては睨まれていた。
好意は嬉しくても実験などと言われれば面白くないのだろう。男女の仲とはままならず上手くいかないものである。
それでもリリが選んだ男なのだから、陰ながら応援させてもらおう。
もしもリリを泣かせるようなことがあれば、そのときは聖棒でもって街の噂を真実にしてやるのも吝かではない。肛門のサイズをはかるのに直径が適用されたくなかったらリリを幸せにしてやれよロニ。
「待ってよ」
リリが険しい顔で俺を睨んでいる。
本格的な反抗期の到来を予感させる。やはり妻のふりはやりすぎだったかと猛省しきりである。これは相当なストレスを抱えているな。
それまで娘のように可愛がっていたのに、性を意識せざるを得ない関係を強要すれば元に戻るのは難しいだろう。
「……」
リリは前まで来ると俺の全身を嗅ぎはじめた。
「な、なんでしょう。キジシローさんの真似ですか? 彼らは会うたびに臭いを確認してきますからね」
茶化してみるがリリは返事をせずに真剣な表情で臭いを嗅ぎ続ける。
「…………」
猫獣人たちは猫の習性が残っているらしく。嗅ぎ終わると自分の匂いをつけるため甘えるように体を擦り付けてくる。
ロニには何故かやらない。本能で相手が捕食者であるとわかるのだろう。
「………………女の匂いがする」
リリにも猫獣人の血が混ざっているのかな?
女の匂いがするのは、あの勃起促進剤でも含まれているのかというセレスに抱き着かれ、抱きしめたからだ。
「よくわかりますね」
「女と会ってきたの?」
「むかし別の大陸で知り合った方と再会しまして、しばらく談笑したんですよ。恐らくそれででしょうね」
「他になにかした? ご飯を食べたり。同じベッドで寝たり。治療したり――」
「何もしていませんよ。人への治療はリリとルカ以外には施したことがありません。立ち話をしただけです」
子猫の目を治したことは前に話している。
子供の頃にも一人だけ救済したこともあるが、それを言ってもややこしくなるだけだ。
「秘密が漏れる可能性は少しでも低くしておきたいので滅多なことがなければこの力は使いません」
秘密を守るために妻の役までやらせておいて、人の気も知らずに見境なく力を使っていたとなればリリも面白くないだろう。俺もリスクを増やすのは極力避けたい。
もしこの力がバレたら、国に管理されて延々と採血や搾精され。恐ろしい人体実験を繰り返されるのは目に見えている。子供のころから司教にもそう言われてきた。
爵位でもあればまた変わってくるのだろう。それこそ領土を任されるほどの大貴族であれば救国の英雄となれる――そんな夢を見たことがないと言えば嘘になる。
だが現実とはそんな甘いはずもなく。平民という立場では搾取されておしまいだ。
貴族になったところで政敵やら国外のなんやらに命を狙われ続けるのだろう。狙われるなら大人の女性に聖棒を狙われたい。
「ふーん。じゃあ私は特別なんだ」
「はい、リリとルカは私にとって格別で特別な存在ですよ。いつもそう言っているでしょう?」
「じゃあ可愛いって言って」
前はよく見た、拗ねた娘然とした顔をしている。
この表情からは、反抗期の娘が、「疲れてるんでしょ。肩揉んであげよっか……」みたないなデレかたをしたような多幸感を得られる。
お小遣いをあげたい。新しいおべべ買ってきなさいってお金渡したい。
「リリは世界一可愛いですよ。この世で最も大切な宝物の一つです」
髪をいじりながらモジモジするリリ。
可愛いと言うよりも美人の方がしっくりくるのだが余計なことは言うまい。
「でもさ、立ち話だけでこんなに女の臭いが残るものかな」
表情を切り替えるリリ。
やはり機嫌の悪さが限界まで到達しているらしく、俺の身体を隅々まで睨みつけている。
眉間に皺が寄っているので、「リリは可愛いですね」と言うと再びにやける。だがすぐに眉間に皺を寄せてしまうので、すぐさま「可愛い」と言ってやるとにやけた。
それを数回繰り返して遊んでいると、遊ばれていると気づいたらしいリリは腕を組んで俺を睨む。
「はぐらかさないでよ。さすがに臭いがつきすぎだと思う。絶対なにかしたでしょ」
相変わらずの好奇心の強さを発揮するリリ。
なんでも知りたがる探求心こそ探索者や冒険者には必須の心構え。探検とは未知を既知に変えるものだ。
リリが現役一等の探索者と呼ばれるのは、この探求心と好奇心という天から授かった才能のお陰でもあるように思える。
「ファーランドではハグという文化がありまして、もしかしたら挨拶の代わりにそれをされたからですかね。そのせいで匂いがついたのかと」
「ハグってなに? 濃密な性行為?」
「フフッ、違いますよ。そんなわけがないでしょう」
俺が散歩のついでに濃密な性行為などできるはずがないだろ。
そういう角度から笑わせるな。悲しくなるだろうに。
思わず笑ってしまったが、知らないことを笑うのはよくないと改める。俺も性行為すら曖昧で、濃密などと言われても何も思い浮かばないのだから。
濃密な性行為とはいったいどんなものをさすのだろう。拘束高速交接や鼻フックなどだろうか。
司教は愛し合っているなら、すべての穴を使って奉仕できるものだと言っていた。それが初代聖女の教えであると。世界で初めて鼻フックを考案したのも、その聖女らしい。
「ハグとはですね――友情、慰め、励ましの意を込めたりして互いに抱き合い。喜びや悲しみの感情を共有する際に行うものです。互いに久しぶりの再会を喜び、ハグをしたのです」
一方的に順番にハグをしあって、ちょっと意味合いも違うが。
「はっ……? あっ……え? 女と抱き合ったってこと? なに、それ……男と女がするものなの? それもう半分性行為だよね?」
それで半分なら俺とリリはキスをしながら抱き合っているのだから、やりまくってることになるよね? でも俺は童貞なままなのはおかしいよね?
「性差はないですし性行為じゃありませんよ。簡単に言えば、ただの挨拶ですからね。恋人同士ならもっと深いハグをするのかもしれませんが、私にはそういった経験はないので加減はわかりません」
「ふーん……じゃあ挨拶なら私もしていいんだよね? 君にハグしていいんだよね?」
好奇心が旺盛なので、質問をされた時点でそうくると思っていた。
そう言いだすだろうと、予め聖棒を心で呪縛しておいてある。仮に突然ハグをされていても慌てることはなかっただろう。
「構いませんが、私は買い出しに行ったばかりで、さっきまで運動をしていたので汗臭いですよ。それにリリだって、びしょ濡れです」
「な、なんでびしょびしょに腿まで濡れてるってわかるの!?」
「なぜって、見たままですよ? 頭から水をかぶったばかりではありませんか」
「…………」
何故か斜め上を見た後、あたりをきょろきょろと見回してから外套を脱ぐリリ。脱いだ外套は俺の上着の横に並べられた。
一応こちらを濡らさないための配慮はしてくれるみたいだ。反抗期なのに根の優しさが滲み出てしまっているのが愛しい。
「ただいまのハグをするから、お帰りのハグをして」
「いまさらですか?」
「はじめるに遅いはないよ」
新しく得た知識を早速実践したいのだ。
おもちゃを買ってもらってすぐに遊びたくなってしまった子供みたいで可愛いじゃないか。
「挨拶は大事だってルカに教えているでしょ? 私たちが挨拶を蔑ろにしたら教育に悪いよ」
「一理ありますね……。ですがハグはそんな頻繁に行うものでもないかと。そんなにハグをするのは、それこそ新婚の夫婦ぐらいではないでしょうか」
「よそはよそ。うちはうちでしょ。うちは新婚じゃなくてもするの。おじいちゃんになってもおばあちゃんになってもするの」
母親みたいなことを言い出したな。
胸当てをつけていなかったらオギャって吸い付いていたかもしれない。
「じゃあいくね。ただいま――」
これが本当のリリの在り方なのだ。
妻のふりをしていたときとは違い、おずおずとぎこちなく、そっと抱き着いてくる。そんなリリを筋肉で包むよう、壊さぬよう、優しく抱き返してやる。
「はい、お帰りなさい。今日も無事に我が家へ帰ってきてくれましたね。あなたの無事が私にとって何よりの幸せです」
「んおぉ……おぅっ! (ヤバッ、ダーリンの動く生胸板ヤバッ! 汗だ。汁だ。舐めなきゃ。これもう母乳でしょ。飲んでも可? だめっ、雄っぱいの乳圧エグくて意識飛ぶ。ヤバ汁吹きそぉおおお――!)」
抱きしめながら濡れそぼった頭を撫でてやると、完全に脱力したリリがくすぐったそうに身じろぎをする。
力が抜けすぎているので、俺にはない女体らしい柔らかな腰に腕を回して支えてやると、足が震えていることに気づく。
「なるほど、ダンジョンで怖いことでもあったのですね」
「んぅ……? (あっ、また何か勘違いしてる。ダーリンのなるほどは、なるほどじゃないからわかりやすい)」
だから珍しく甘えてきたのか。機嫌が悪そうだったのも恐怖が残っていたからだ。
では女の匂いがするなどといつもは言わないようなことまで言って必死に引き止めてきたのも、父の胸で不安を消し去りたかったのだな。
そんな簡単な事にも気づけないなんて、俺は何度父親の失格判定を受ければ気が済むのか。
「な、ななっ、なにもないよぉ(久しぶりに抱いてもらってるから、この短時間で十回も連続で……あっ、十一回目クるっ!)」
「声が震えていますよ。ひどい真似をしましたが、以前のように父親だと思って甘えていいのですからね」
「ち、乳親……!? いいの? 言質は取ったよ? (さすがにダーリンの勘違いを利用して青空のもと雄っぱいを吸うのはダメ。そういうのは眠ってるときにこっそり吸うのが乙なんだ。ダーリンは起きる時間になるまでは何しても起きないから)」
「ええ、リリやルカが甘えてくれるのは私の生き甲斐ですから」
声が上ずって驚くほど父親に飢えている。
やはり彼女に必要なのは夫としての俺ではなく父としての俺なのだな
「……(じゃあ一生甘えよ。そろそろキスをして未来が視たいところだった。変わっていたら怖いから定期的に見たいのに、ローレンツが邪魔をするせいでイライラしてたんだ)」
リリも恐怖心を抱けるようになったのを喜ぶべきなのか。
それとも恐ろしい目にあったリリを心配するべきなのか。
どちらかではなく両方するべきだろう。
慰めながら喜ぼう。
「怪我はしていませんか?」
「ない…………ううん、口の中をいっぱい怪我した。もしかしたら見えないところにも結構したかも(あとで舌嚙もう。胸も切り傷入れとこうかな)」
「口の中をいっぱい!? どんな恐ろしい罠や魔物に遭遇したらそんな……」
「……(恋という名の罠と、私というの名の愛の魔物だよ)」
「いえ、無理に答えなくてもいいです。ではすぐにロニに伝えないといけませんね」
「……(よし、あいつ消そっと)」
伯爵の屋敷から戻って以来、治療をする機会もなく、まったく甘えてこなかったから。こうして久しぶりに抱きしめていると妙に安心してしまう。
リリが自分に依存しているなどと思いあがっていたが、案外依存していたのは俺の方なのかもしれない。
そんなこと、正直に話せばひかれてしまうので口には出さない。
「いつも頑張っているので、今晩はリリの好きなものを作ってあげますよ。なにがいいですか?」
またこんなふうに甘えてほしくて、機嫌を取るのに必死になっている自分が情けなくもある。だが女性の下につきたくなるのは俺の性分だ。下から突きたくなるのは男の性分だ。
「ダー棒が……食べたい(上裸の生ダーリンに抱かれてると頭が朦朧として理性が保てない……)」
「うーん、私の知らない食べ物ですね」
リリの故郷に伝わる郷土料理かなにかだろうか。俺が食べさせられる棒など聖棒ぐらいなものだな。
今夜あたりマスターに尋ねてみるとしよう。いや、ロリ奥様に会うのはちょっと怖いので、今夜はやめておくか。
なんとか自力で考えて似たものを提供しよう。
「どんな料理ですか? 歯ごたえや形などのヒントをください。似たものを作れるやもしれません」
「舌触りはつるつるとしててね……フヒッ……飲み物でもあるの……」
「食べ物で飲み物でつるつるとしてる? ハハ、何を笑っているのですか。あっ、もしかして、これはなぞなぞすね?」
「……ダーメンでも可」
ザーメンみたいな名前の料理だな。
日焼け止めポーションみたいな味なら絶対に食べたくない。
「ダー麺とはまた聞かない料理名だな……わかりました、それはスープ料理なんですね? それでいて具もしっかり入っている」
「うん……溢れてくるからこぼさないように啜るモノだよ。まだちゃんとしたのは飲んだことがないの」
「ふむふむ啜るのか……。麺類で溢れるほどの汁気があって啜るものとは、なかなか難しい注文ですね」
「む、無理しなくていいよ! ルカの食べたいものでもいい。私は自分で調達するからさ」
夢の中に現れるリリは、聖棒を指で弾いたりキスをしりと、本番以外のありとあらゆる悪戯をして好き放題いじり倒してくるが。現実のリリはこの通り。大胸筋に大人しく収まって穢れなき純粋な瞳で俺を見上げている。
こんなにも無垢で清純な子が聖棒に悪戯をするなどありえないのに、飽きずに懲りずに毎晩やましい夢を見てしまう不純な自分が恥ずかしいったらない。
込み上げる羞恥を誤魔化すように濡れそぼった水気のある髪を撫でてやると、腕に力が込められて顔を押し付けられる。
「このままだと風邪をひいてしまいますね」
「ひいてもいいよ」
いいわけがない。
風邪などひいたら治るまで何も手につかなくなってしまう。さっさと聖水を飲ませてしまうのが手っ取り早いのだが、やはりそれは気が引ける。
「これからの挨拶は全てハグにしよう。朝昼晩、全部これ。はい決定」
「やれやれ……」
リリがしているのはハグというよりは、無邪気な子供が親に抱き着いて甘えているようなものだ。それは、それだけリリが父性に飢えているという証左にほかならない。
「ハグというのはストレスの解消やリラックス効果が得られるそうですよ。不安や恐怖感を和らげる効果があるとも」
「うん、とても実感した。言語化されて得心がいきすぎてる。あっ、だから治療のときも抱きしめてくれてたの? 不安を取り除くために」
それは体勢的な問題と、本能による無意識なものだ。
「子供が泣いているのを見ると、自然と体が動いて抱きしめてあげたくなりますよね。ルカが教会にはじめて尋ねて来たときも、私は気づいたらそうしていました。弱った相手を見ると抱きしめてしまうのは、人間の体には最初から備わっている本能みたいなものなのかもしれませんね」
「伯爵の屋敷から帰ってきたときにルカが飛び込んできたのも、不安を解消したかったからかな?」
「言われてみればそうかもしれません。抱きしめる側ではなく、抱き着く側にもそういった意図が無意識にあらわれるものなのかもしれない。頭を撫でてしまうのも案外同じ原理かもしれませんね」
自分が抱き着いてしまっている理由を言語化しようとしているのか。
さすがだな。なんでも知りたがるじゃないか。
「ふーん(だから元気のないダー棒を見ると手で包んでしまうのか。じゃあ次はダー棒の頭を撫でてあげよう。たくさんよしよししよう)」
不安なときは聖棒を咥えると安心するとか、そういう研究はされていないのだろうか。
いや、そんな研究結果が出ていたとして、ロニやマスターが不安な気持ちになったときに相談されても困る。ロリ奥様とビビアンに殺されて尊厳も死ぬ。
「じゃあこれからは私以外としちゃダメね」
「ハグをですか? それはなぜでしょう」
「まだ誰かとハグするつもりでいたの? そういう予定の女が他にも
いるんだ?」
まだ小さいルカをいまのうちに山ほど抱っこしておきたい。
片手で抱っこして水平線を眺めたり。子供を抱いて山頂から町や景色を見下ろすのが夢なんだ。
ほかにも肩車をして祭りで賑わっている街を散歩したりとか……ああっ、想像しただけで父性が暴走してしまいそうだ。
「くっ……」
「んぉおおおおッ!」
いけない、無意識にリリを強くだきしめてしまった。
「い、いえ、そのような女性は皆無ですが。ルカを抱き上げてあげたいので」
「ハァハァハァ……抱っことハグはちがうからそれはいいよ」
きつく抱きしめられすぎて苦しそうにあえぐリリ。
突然そんなことをされても文句ひとつも言わないのだから優しい子である。
「でも二人だけの挨拶にしておかないと、あのアホどもが利用してルカに変なことをするかもしれないでしょ」
アホどもとはロニとネロシェイドか。
「そこまで考えが及びませんでした。さすがはリリ。いいお姉さんですね」
「うん(そして私はダーリンの妻になる女だ。ルカはいずれ義理の息子となる)」
「たしかに。てっきりロニに抱き着くための練習かと思っていましたが――」
しまった、うっかり口を滑らせてしまった。
「なんであいつの名前が出るの?」
「いえ、お気になさらず。誤って名を出してしまっただけですので」
「ふぅーん…………なるほどね(ああ全て理解した。教会に戻ってからよそよそしいのもそういうわけか。ダーリンはまた誤解をしていたんだ。甘え過ぎて距離を置かれているのかと思ってたよ)」
俺を見上げてじっと動かず何かを考えているリリ。
真っすぐに射抜くような視線は、心のうちを見透かされているような感覚に陥らせる。
「うん、わかった。そういうことならローレンツは消そっか」
「な、なんでそうなるのですか?」
「あいつがルカを見る目は異常だから教育によろしくないもん。これを機に消しておこうかなって」
教育に関して言えばネロシェイドのほうが特段に悪い。
頻繁におっぱいを吸わせようとしているし。
「一理もあってはいけないのですが、百理あるのがまいりましたね。ですが消すなんて物騒なことを言ってはいけませんよ。ネロシェイドはともかく、ロニは私の大切な友人なのですから」
「…………(大切とか言われてるのずるい。私にだけ言って!)」
背後からもの音がする。
壁から半身をだしたロニが口を片手で押さえて震えていた。
「血の臭いがしたので着てみれば……。友よ、そんなにも俺を大切に思ってくれていたのか? エルの魔の手から俺の身を守ろうとしてくれるほどに」
なにか変な思い違いをされている気がする。
この陰茎も握ったこともない綺麗で無垢な手を魔の手とか言うな。
「チッ……」
リリはロニを見ると舌打ちをした。
はたして好意を持った相手に舌打ちなど聞こえるようにするだろうか。
ロニはすっかり委縮して震えてしまっている。
「今日もリリにポーションを持ってきてくれたのですか?」
「ああ、また新しい治癒ポーションが完成してな。即効性だけに特化した傷薬で、深手などにはあまり効果を発揮しないものだ。だが軽く舌を噛んだ傷や、擦り傷程度の怪我ならたちどころに治してしまう代物だぞ。ルカきゅんは遊びから帰ってくると怪我をしていることが多いだろ? それをすぐに癒すために開発してみたんだ」
この犯罪者予備軍の軍隊長殿は真剣にルカの身を案じてくれている辺りが厄介なのだ。
下心だけとも言い難く、ちゃんとルカの身を案じ。睡眠時間も削り身を粉にしてポーション開発に取り組んでいる。
「私もうポーションはいらないや。全部ルカに使ってあげてよ。ただし効果が明らかになっているものだけね。実験はあの熟女ですればいい」
「それはなぜですか? お金もかからず傷を治せるならロニに甘えた方が得ですよ」
毒などの治療も俺と唇を重ねなくても済む。
本来こんな美女にキスができるはずもない。治療でキスをするたびに罪悪感でおし潰れそうになっていた。
だから、どうしてそんなつらそうな顔をするのかも理由がわからない。
「……最初に約束したのは君だよ。いつでも一緒にいて、怪我を治してくれるって約束したのは君でしょ? なんで他の人に私を任せちゃうの?」
ロニには聞こえない小さな声でリリが言う。
「ッ……」
リリが長らく不機嫌だった理由が、ここにきてようやく理解できた気がする。
そうだ。俺は約束したじゃないか。
信頼して身を預けてくれて、度々唇まで許してきたというのに。理由も話さず距離を置くなど深刻な裏切り行為だ。いまのリリをロニに任せるのは子供を見も知らぬ他人に預けるようなもの。
最近は明るくなってきたからと、リリの気持ちを聞きもせず、勝手に判断してしまっていた。それは約束を破ってもいい理由になどならない。
依存気味にならぬよう配慮していたつもりが裏目に出てしまった。
「申し訳ありませんでした。リリには私との約束を守るため、たくさんの苦労と迷惑をかけさせていました。だというのに私は……」
「……フヒッ(かけてくれるなら苦労でも精液でもなんでもぶっかけてほしい)」
ハグして離れないリリの頭を撫でてやると顔を隠してしまう。
自分から言い出すのは多少なりとも羞恥をともなうものだったのだろう。
「お熱いな。やはり二人は夫婦なんじゃないのか? あの圧倒的有毛精霊も言っていたぞ」
見た目の妖艶さに比例して有毛具合も変わってくるんだな。
「いえ――」
「そうだよ。熱々だよ」
俺が答える前にリリが返事をする。
いつもの適当に返してしまうやつだ。
「やはりそうだよな。そうじゃなければおかしいと思っていたのだ。この前もエルは、真夜中にも関わらず忍び込むようにロイズの部屋に侵入――」
ロニは突如として射出された氷を膝裏に打ち込まれて転倒し。いつのまに胸の中から消えていたリリにマウントポジションで胸ぐらをつかまれている。
「なんで知ってるの。いた理由はいい。それ以上喋ったら今すぐ消すからな……」
「……っす」
小声で話す二人。
美女に跨れて胸ぐらを掴まれる良さを知らない憐れなロニは、目を彷徨わせて音が鳴るほど震えている。
「細かい説明はあとでする。とにかく私の話に合わせろ。合わせなくても合わなくても消すからな。いくよ――」
「っす……」
ちらりとこちらを覗き見るリリ。
なにかしようとしているのはわかるが、それがなんなのかは見当もつかない。
「――私と彼はいつも同じベッドで寝ていて、子供は何人作るかも既に決まってるんだ。まず三から五人かな」
指をさしているので、どうやら彼とは俺の事らしい。
急に何を言い出すんだ。おままごとの導入か?
おままごとではなく本当に作ったって俺はかまわないぞ。御ママにしてさしあげたい。
「そ、そうなのかですね!?」
リリのぶっ飛んだ発言もさることながら、ロニのその返事はなんだ。
まるで言わされているみたいじゃないか。
「そういうことか……フフ、可愛いものですね」
リリがこういう悪戯を仕掛けてくるのも俺を信頼してくれているからだ。
これは素直になれないリリが、機嫌をなおしてくれたというサイン。またいつものように父と娘としてじゃれ合いたいからと、ロニを巻き込んでまで遊んでいるのだ。
ならば盛大に乗ってやらなければなるまいて。
「違いますよねリリ」
「ち、ちがくないもん」
言葉遣いまで子供になってしまっている。
どれだけ俺の父性を刺激するつもりなのやら。
「子供は三人どころか、百人は作るという約束をしたでしょ? そして二人で村を作るんだと」
「ひゃっ、百ぅう!? (最低でも百回以上は注ぎ込んでくれるって意味!?)」
冗談であるとわかりやすくするため大袈裟な数字を提示してみたが、リリは真に受けてしまったらしく思いのほか驚いている。
「それだけいると子供の世話もさぞ大変だろう。子供のうちは俺が預かってやってもいいぞ。そのための施設を併設するならクロロック家は全面的に協力しよう! まずは土地の買収からだな!」
同じく大袈裟な話をしているが、ロニのは冗談なのか本気なのかわからない。
少々倫理に反する冗談だったが、悪戯には悪戯で返すのも家族らしくてほのぼのするじゃないか。
「一年で一人だから……百年続けてやっとその数字だよ。百年間愛し合えることが確定した……?」
ロニの胸ぐらを離してフラフラとした足取りで戻ってくるリリ。
俺の腕を自分の体に巻き付けて再び大胸筋におさまってしまう。
「だがエルフは孕みにくい上、種族が違えば種もつきにくいはずだぞ。目標の達成は百年どころじゃすまないだろうな」
「そうなの!?」
「さ、さぁ。私はそういう話には疎いのでお答えしかねますね」
「ふ、ふーん(体で教えてあげきゃだ……)」
おままごとでそこまでリアルな話を持ち込むなロニ。リリが好奇心を溢れさせてしまっているじゃないか。
リリはまだ、子供がキャベツ畑からとれたり、コウノトリが運んでくると思っているであろうお子様だ。好奇心の旺盛さが悪さして、性行為に興味を持ち始めたらどうしてくれる。
「まあロイズならそれぐらいは余裕でいけるか。股間に竜族が宿っているわけだしな」
宿ってないよ。
いけたとしても養育費だけで破産してしまう。
もしそうなったら両親共働きでダンジョンの最深層に通わなければなるまい。
「そういえば、さきほど街で抱き着いてきてロイズを誘いまくっていた女も、中々見ないほど怖かったな」
美人のことを怖いと表現するんだな。
「見たところあれは人間だったろ。あの女とエルとで力を合わせれば、百ぐらいは実現可能な数字だな。エルフは寿命も長いので気長に――」
「おい……お前、そこに座れ」
「っす」
水で濡れた庭でも言われるがままに足を畳んで三角座りするロニ。
仲がいいな、この二人。
「その女の話、詳しく話せ。隠し立てをすればただで済むと思うな」
「……っす」
それからロニはしばらくリリに詰問されていた。
俺は二人の邪魔をしないよう、別の用事を済ませるためにその場を後にするのだった。




