幼女には絶対に近寄らせないという強い意思
巨大な丸太が全身を通過したような――奇怪で凄まじい邪気を受けて咄嗟にセレスを抱きしめて庇ってしまう。
「な、なんだ今のは!? 殺気か!? 戦場に連れ戻されて矢でも射られたかと錯覚するほど強烈なものだったぞ!」
下からロニの声がしたので見てみると地面にふせていた。
姿勢を低くするのは正しい防衛行動ではあるが、こいつがやると何故か笑えるな。
「今のは殺気ではなくよこしまな気、邪気かと」
現実には何も飛来してはおらず、体には痛みもなにもない。
むしろ柔らかな感触が身体の前面に張り付いており、先走った聖棒が子作りを前提とした婚前交渉を仕掛けようとしている。
聖棒、お前が邪気を溢れさせてどうするのだ。
「なになに!? なにがあったの!? いまどんな感じになって――」
「動くな、じっとしていろッ!」
「は、はいっ!」
勃起しかけた聖棒に命じたのに、誤解したセレスが強張ってしまった。
面倒なことになるのは確定しているので訂正するのはやめておこう。
「ロイズ、今のはなんだ? マフィーダはまだ戦時中なのか? 攻城兵器をこの身に受けた日を思い出させる凄まじい気だったぞ」
まだと言われてもいつの時代の話をしているのかわからないし。攻城兵器を体で受けたことがあるような口ぶりなのも無視しよう。
詳細を聞いて、ものすごい英雄だったりしたら余計に気を遣うから。
「わかりません。ですが我々に向けた邪悪な気を感じたのは確かです」
「魔法の発動……いや呪術の類か」
「その可能性も十分にありえますね」
殺気を向けているのは何者かと周囲を見渡してもそれらしい姿は見あたらない。
だが先ほどまでの精視線がかすむほどの邪気は強まる一方だった。
「ハァフゥハァフゥーッ……」
セレスが苦し気に荒い呼吸を繰り返す。
彼女も探索者だけあって邪気には気づいているようで呼吸を乱してしまっている。
俺の大胸筋とじゃれ合うおっぱいが縦横無尽に動き回っていて、意識をかき乱され集中できないからあまり動かないでほしい。聖棒から邪気がほとばしってしまう。
「特定できないほど大きいですね……まだ膨らんでいるのか」
「い、いきなり!? でも、う、うん、けっこう大きいとは言われるかな……。さ、さすがにもう成長しないと思うけどっ」
邪気の話をセレスが自分のおっぱいの話だと勘違いしている。
気が散るからこんなときに誤解しないでくれ。
気恥ずかしく気まずい空気をつくり出すぐらいなら律儀に答えなくていい。意外といい子なんじゃないかと絆されてしまうだろ。
「胸ではなく邪気の話しです」
「ん? あっ、そうなの? やはは……勘違いしちゃった。恥ずかし」
可愛く照れるな興奮してしまう。ぶっ飛びたいのか。
「平和な世を作るために血を流したというのに……物騒なのは相変わらずか」
嘘つけ。お前は女のために騎士団に入団したと話していただろ。
初対面の人がいるから格好つけて自分を大きく見せる……気持ちはわかるがロニがやると腹が立つ。
ロニとセレスにかく乱される意識を邪気にのみ集中させて出所をたどる。
魔物も襲う瞬間に同じような殺気を放つ。だが魔物が放つ殺意などとは明らかに違う。これは純然たる邪気だ。
「魔物ではありませんね」
「だろうな。これだけ人がいる中で魔物など出たらもっと騒ぎになる。だが魔物にも小さくて可愛い者はいるんだぞ。たとえば――」
ロニは一旦無視しよう。
セレスと親しげに話す俺に向けられた男どもの嫉妬からくるものだろうか。
しかし人の身でこれだけの邪気を放つに至れる者がそういるはずもない。
殺しを生業にする殺し屋。
純粋に殺しを楽しむ狂人。
事後など気にする必要のない絶対的な権力者。
あるいは嫉妬に狂ってしまった者や、あとのない者。何も考える必要がない者たち。それらは邪気ではなく殺気を放つ。
「ダメだ、候補が多すぎて出所を辿れないぞロイズ」
「セレス、あなたに恋人はいますか」
「い、いないよ? なんで急に?」
「そうか、ならよかったです」
「よかったって!? な、なんで僕に恋人がいないとよかったの!?」
そりゃあ色恋沙汰に巻き込まれるのは面白くないからな。
だからといって殺し屋なら嬉しいというわけでもないが。
「町にきてどれくらい経ちますか。知り合いはいるでしょうか」
「ついこの前に到着したばかりかな。だから知り合いは君とロニ以外には一人もいないはずだよ」
であるならば、俺たちを害そうとしている者は絞られてくる。ロニもそれを理解しているようで再び出所をさがしはじめた。
「では過去に別れた男などがこの町にいる可能性は? 手ひどく振った経験などはありますか」
「な、ないないない、ないよ! 恋人なんて一人も作ったことないから!」
なるほど、肉体だけの割り切った関係の男しかいないというわけか。
強く否定するところから見て、恋愛における立ち回りには相当な自信があるようだ。あと腐れのない綺麗な別れ方をしているのだろう。
では俺を狙う殺し屋はどうか。ファミリアに消された賊の残党が命を狙っているという線だが――ありえない。
そもそも殺し屋は殺す前に殺気など放たない。放つのは三流以下の小者である。
一流の殺し屋や暗殺者は、確実に仕留められると踏んだ時に、わずかにもれる程度の殺気しか出さない。それはファーランドで指名手配を受けて逃げ回っている際に経験済みである。
それにこれは殺気ではない。邪気だ。
となるとロニの素性を知っている者という線も考えるべきか。
人さらいが目をつけるのは何も子供だけではない。
お忍びで街に訪れた貴族が誘拐され、身代金を奪われるなんて話は古今東西どこにでもあるありふれた話だ。
「あっ……あっ、あうぅっ」
緊張から無意識に強く抱きすぎたせいでセレスが苦しそうにあえぐ。
もし何者かが俺を狙っているのなら、これ以上彼女を巻き込むわけにはいかない。
視界にうつるナンパ男や対象にならなそうな者たちの顔に脳内でモヤをかける。これはリリの胸を見ないようにしているうちに習得したロイズレッド奥義の一つである。
モヤをかけていくうちに不審な者たちだけが数人浮かび上がってきて、その中に一人だけ明確な邪気を向けている者の影をみつけた。
「いました」
「俺もちょうど見つけたところだ。人ごみに隠れている背の低い女だな」
「はい、どうやら見当は一致しているようですね」
上手く人に紛れているが、邪気が漏れる瞬間にこちらを見ている。
その一点だけを見ていると、不意に動いた犯人と目が合った。
「なっ……まさかそんな」
「ど、どうした。裸の幼女でもいたか!?」
「うるせぇ。あれは、知り合いがやっている酒場のマスターの奥さんです」
「……いまうるさいと言ったか? そういうのだよロイズ……俺はそういうのが欲しかったんだ……」
いきつけの酒場のマスターの妻。ロリ奥さんである。
彼女はみたこともない、含みのある微笑みを浮かべてこちらをみて。少女らしからぬ笑顔とは不釣りあいな膨大な邪気をたたえている。
知り合いだとわかって慎重にセレスの体を離すと、ロリ奥さんから放たれていた邪気も徐々に薄れていく。
ロリ奥さんは視線を外すと挨拶をするでもなく、そのまま市場のある道へと曲がっていってしまい。小さな体は人ごみの中へ完全に消えていった。
「なんだったんだあのバケモノは」
小さくて可愛いものに分類されるはずのロリ奥さんを強く警戒するロニ。
こいつがそこまで言うのなら、さっきの邪気は間違いや勘違いではないといういやな説得力がある。
しかしロリ奥さんが邪気をおくってきた理由がわからない。
「ど、どう? なにかわかった?」
「失礼しました。私たちの勘違いだったのかもしれません」
今はそう言っておくしかない。
彼女も一流の探索者ならば理解してくれるだろう。街中で邪気を浴びせかけられたなど騒げば、絶対に面倒なことになると。
「そっか……あっ、ひきとめちゃってごめんね! そ、それじゃあ僕はもういくから!」
「おっ、ああ、はい。どうぞお達者で」
俺の胸を手で押すように離れて、ロリ奥さんとは反対方向の道へ駆けていくセレス。
すごいな。大きな胸って走るとあんな感じに左右別々で揺れるんだな。俺の大胸筋が共鳴して一緒に揺れてら。
「やれやれ」
セレスの姿が見えなくなると、ロニも立ち上がって体についた汚れをはたく。
表情もいつもの美青年然とした煌びやかな顔に戻しているが、どんなに取り繕っても先ほどまでの痴態はなかったことにはならない。
「慌ただしい女だな。出会い頭に抱き着いて体で礼をしたいなどと言い出し。かと思えば醜悪な肉塊を弾ませて逃げていってしまった。いったいどんな情緒をしているのやら。これだから有毛者は」
いなくなった途端にキリっとした顔で冷静になれるお前も大概だ。
それにセレスに対する認識も俺とは大きく異なっている。
「体で払うなんて言っていませんよ。去ってしまったのも、女性の気分は移ろいやすいものですからね」
「たしかに成熟した有毛者の思考など追うだけ時間の無駄か。まぁ大方、陰毛でも下着に引っかかって取り乱したんだろ。そういうことにしておこう」
「最低なまとめ方をしないでください。私はそんなことは言っていませんからね」
大人の女性を有毛者。子供を無毛者と分類しているらしい。
絶対にそれ人前で言うなよ。お前を預かっている教会の名誉が傷つく。
「しかしあの有毛者、けっきょく次に会う約束はしないままいってしまったな。そそっかしいやつめ」
「そういえばそうですね」
約束などしなくていいならしないに限る。
俺は死ぬまで清い身体でいたい。美人局の被害にあって男に犯されてたまるものか。
「お前も気をつけろよロイズ。有毛者はバケモノ揃いだ。例外なく男を貶めて陥れることしか考えていないのだ」
リリは恐らく無毛だが言うのはやめておこう。
こいつは口が軽いから、何かの拍子で言いそうで怖い。
そうなったときになぜ知っているのかを好奇心旺盛なリリに問い詰められたら父としての俺が死に、恥々として生きなければならなくなる。
「気を許して信じた瞬間に裏切り。こちらが下手に出ると本性をあらわし牙を剥く……。何もしていないのに悪にしたてあげられ。話し合いの場を設けてもパッションと感情論で押し通そうとしてくるんだ。証拠をあげても無駄なんだぞ? 俺は何もしていないのに……。やつらは無敵なんだよ」
相当女運が悪いのだな。
幼馴染の乱交不倫寝取られ以外にも過去に壮絶な何かあったようだ。長く生きていれば色々あるのだろう。
ふと体に残る女体の柔らかさと、触れられていた箇所のぬくもりに気づいて残滓勃起しかける。
聖棒が下着を突き破るか否かという寸でのところで高負荷の腕立て伏せ――グラスホッパープッシュアップを放つことで事なきを得た。
「その突発的な鍛錬にはもう慣れたが。せめてやるときはやると言ってくれないか。仲間だと思われる前に離れたい」
俺もロリコン仲間だと思われたくないから、子供をみて中腰になったら速やかに牢獄へ頭を冷やしに行け。
プッシュアップをしばらく続けて性欲が筋肉の栄養として分散されていくうち、自分がしでかしたことに気づいて血の気が引く。
「私はなんてことを!」
「フッ、どうやらお前も有毛者の怖さに気づいたようだな。こいよ、こちら側へ。いこうぜ、夢の先へ」
「それは一人で行ってください」
お前が行くべきは牢獄だ。現実を見て夢を醒ましてもらってこい。
「なんだ。ではなにを怯えていると言うのだ」
「セレスがいくら男慣れしていようとも、私のような強面が筋肉に取り込むつもりかというほどきつく抱きしめたら逃げだすに決まっています。あれでは最早強姦未遂とかわらないではないですか」
急によそよそしくなった理由がわかった。獲物だとおもっていた男に獲物にされそうになればあんな反応もする。
胸の話をしだしたのもそういう展開を予期していて、警戒していたから咄嗟に出てしまったのだろう。
「たしかにそういう見方も忘れてはいけないな。俺も昔、すれ違った程度の間柄の有毛者に手を付けられたと騒がれ。孕んだから責任をとれなどと脅されて金をむしり取られたことがある。本当に孕んだならその子供を俺に寄越せという話だ」
締めの言葉はともかく、こいつも俺に負けず劣らずの不幸体質だよな。
「客観的に今の自分を見て気づきました」
「お前でも客観視できるのだな。所かまわず筋トレをするし、人の好意にも気づかないので主観しか持たないのかと思っていたぞ」
喧嘩売ってんのかこいつ。俺ほど客観視に長けた者などそういまい。
値札をつけて女の前に引きずり出してやろうか。
「これでは絶世の美女を食らうように抱きしめ。天下の往来でプッシュアップを繰り返し汗水を垂らす変質者に見えてしまう」
「見えてしまうも何もそのものだろ。すぐ横で見ていても、女を襲えず欲求を解消し損ねて、地面に腰を振って欲求不満を晴らす凶悪な変態といったところだったぞ」
ほぼ事実なので何も言えない。
罪状などはいくらでもでっちあげられるとファーランドでは学んだ。
衆目にさらされた極悪非道な蛮行にはいったいどれだけの罪がかぶせられるのか想像もできない。
どうしよう……。
逮捕される前に、せめて重要参考人かつ被害者であるセレスにはちゃんと誤解を解いておきたい。
父親が性犯罪者になるなんて、リリとルカがあまりにもかわいそうだから。




