初対面の美女が気さくに話しかけてきたら絶対に詐欺
抱き着いてきた女性は誰なのか。
新手の詐欺か。良い匂いがする。スリの手口か。良い匂いがする。幻覚や白昼夢の類か――。
ふってわいたような幸運に気が動転し童貞が捻転している。いや、童貞が捻転しているから気が動転しているのか。
周りの男どもの精視線は薄らぎ視線に変化し、やがて死を願う死線になっていくのを肌で感じる。
「やっと会えた」
大通りを行きかう人たちの注目を引き続き集める熱烈な抱擁。
海を挟んだ隣国ファーランドには、挨拶の際に互いの体に腕を回して密着させるハグという文化がある。長いことファーランドにいても一度も経験のなかったそれを今まさに体験している。
だがこれではハグというよりも恋人同士がする抱擁だ。少なくとも初対面の男女がするような行為ではない。
両手をあげて周囲の死を願う視線を気にする俺とは対照的に、少女は周囲の目など気にした様子もなく抱き着いたまま離れない。それどころか、まわした腕をきつく締めて密着し、性行為でも始めるつもりかというほど足を絡めてきた。
「おっおうっおうっ!?」
こうなったら俺にできるのは天を見上げてアシカの真似をするのと、両手をあげて降参のポーズをとり続けることだけだ。
「あっ、ごめん!」
「おっおう、おっおう」
美女は謝りつつ離れてくれたが、アシカ語しか話せなくなってしまって上手く返せない。
はやく人間に戻るためにも、横で青ざめて挙動不審になっているロニをみて落ち着こう。
「と、都会というのはいきなり女が抱き着いてくるものなのか……。これを取り締まる法はないのか……」
ロニぐらいの美男子ならそういう事もあるだろう。
「マフィーダは無法地帯……? 俺は無毛痴態が好きだ……毛マン体は大問題だ……」
よし、ロニがアホなお陰でだいぶ冷静さを取り戻せてきている。
俺もロニと間違えられて抱き着かれたのかと思っていたが、女性の様子からしてそういうわけでもなさそうだった。
「おうっ……ふぅ……失礼、取り乱してしまいました」
よし、人に戻れた。
海獣よ、心の海へお帰り。もう戻ってくるんじゃないぞ。
「ねぇ、私のことを覚えてる?」
天下の往来で俺に抱き着いてくるような女性に心当たりなどない。
覚えていたらもう少し違った反応もできたろう。リリに抱き着かれても表面上は落ち着いているふりができるように、くるとわかれば心の準備ができるから。
「はて、あなたのような美女を忘れようはずはないのですが……」
「美女? でもそれって、忘れてるなら当時は美女だと思ってなかったってことだよね?」
余計なことを言って己の首をキュッと絞めたね。
安易に女性の容姿を褒めるものじゃない。慣れないことはするものじゃない。
俺は今、そう学んだ。
「やや、待ってください。あなたを覚えているやもしれません……」
どこか引っかかる部分がある。
俺が女性と知り合う機会などそう多くはない。ロニのお陰で冷静になった頭で過去に出会った数人の女性たちとの記憶を掘り起こせばすぐに思い出せそうなものだ。
「本当に覚えてるのー? いい加減なことを言ってるんじゃなくてー? 私は一日も忘れたことはなかったんだけどなぁ」
もとより記憶力のない俺でも、女性との思い出は全て大切にしている。だがリリやルカとの素晴らしすぎる幸せな生活をおくらせていただいているお陰で、過去の記憶が薄れてしまっているのだ。
「――思い出しました。たしか五年ほど前に、ここより西の大陸、ファーランド王国のダンジョンで居眠りをしていた方……ではありませんか?」
「べつに居眠りしてたわけじゃないんだけどなぁ……でもそれで正解」
「ふぅ……」
九割勘だったが正解なようだ。知り合った女性が少なかったお陰で難を逃れた。
「覚えてくれてたならよしとしようかな。うん、よしよし。美人との記憶を忘れてなくて偉い」
「ぬぉっ……」
安心して一息ついたが、とてつもなく眩しい笑顔が俺とロニを襲う。
太陽でも反射しているのかという眩さに、反射的に腕で隠して目を細めた。
ロニなど眩しさのあまり、吸血鬼らしく首を押さえてもがき苦しんでいる。さすがにそれは大袈裟だろ。
「な、なにしてるの? なんかおかしかったかな」
「いえ、反射した陽の光が眩しかっただけですのでお気になさらず」
「そう?」
嘘は言っていない。
「しかしお久しぶりですね」
「うん、本当に久しぶりだよー」
改めて彼女の容姿を確認すると、当時の記憶とはだいぶ変わっていて。かすかに面影がある程度の大化けを果たしてしまっている。
たしかに彼女とは面識があったにはあったが。こうまで変わっていては、一目で気づけというのは無理があるのではなかろうか。
ダンジョンの最深層で出会ったという特別なイベントが絡んでいなければ、思い出すのにはもう少し苦労したかもしれない。
なにしろ薄暗いダンジョンのなかで一度会っただけの関係だ。当時は俺もまだ若く、思春期真っ只中の十五歳。
むしろ五年以上も前の、ほんの一瞬の記憶をこの短時間で思い出せたことを褒めてほしいぐらいだ。
――あれは司教からの誕生日プレゼントとして、マフィーダとは別のダンジョンで最深層へ挑戦する義務をプレゼントされたときの事だった。
人生初の最深層への挑戦は、誕生日の朝にサプライズで知らされた。
探索者組合で最深層へ潜るための資格を取らされていた時点で嫌な予感はしていたのだ。
司教はダンジョン最深層挑戦に必要な申請用紙を俺に手渡してきて「サプラーイズ。他の手続きはすべて終わってるから、あとは記入して攻略するだけよん」と、他人事だからとこれ以上ない笑顔で楽し気にしていた。
まだ完全な庇護下にあり、保護者として守られていた手前断ることなど出来ず。
心の中で聖歌をうたい恐怖を払いながらダンジョンを進んでいった。
そして数時間ほど探索したところで、ダンジョンの石床で眠っている彼女を見つけたのだ――。
彼女は魔物や自分の血で汚れていたし、髪の色も判別できなかった。こんなにふわふわとしておらず、ぺったり張り付いていて。服装も今とは違い探索者らしい装備をしていた。
それが今はどうだ。汚れ一つない整えられた柔らかそうな薄紫の髪は、風が吹くと陽の差し加減で銀色にも白くも見え。胸もたわわに実って、食べごろの二つの果実がこれでもかと主張している。
背も高くなっているし、あの頃とはまるで違う。
町娘らしいくるぶしまで隠した青色のスカートを揺らし。リリのように髪をいじる姿など如何にも女らしく映るじゃないか。
体の線は細くなく、肩幅もしっかりしているので、重そうな胸を体全体でしっかり支えているのがわかる。出るとこは出てひっこめるところは引っ込ます。節々の栄養に極端な偏りを感じる魅惑的な大人の体つきだ。
これだけ変化していれば当時の少女と即座に一致させるのは難しい。
「息災でしたか――とは聞くまでもなく、元気そうでなによりです」
美女が身じろぎすると、性本能を刺激する体臭が鼻腔に侵入する。
即座に彼女の正確なシコ度数が算出され。その数値は驚愕の200シコを記録した。
息災かなどとたずねておきながら、我が息子が災いの種をまき散らしそうだ。
「んー……うん、まぁ元気と言えば元気なのかな。まぁまぁ元気でやってたよ。あれから色々あったからね」
歯切れの悪い返事だ。
勝手に元気だなどと決めつけるあたりが最高に童貞していたな。
だがいくら童貞でも、「色々」の理由を無理に聞くほど野暮ではない。
「でも今は本当に元気だよ」
「左様でございますか。今が元気であるならば重畳の至りですね」
「うん、だって君に会えたからね」
「ハハ、そう言っていただけるのは光栄です」
これは奇跡か進歩か革命か。
リリ以外の女性と普通に会話ができているという事実に震えが止まらない。ロニも中腰のまま震えているが、あれは恐怖からだ。
震える二人の男とニッコニコで笑う美女。
この光景は周囲からはどんなふうに映るのだろう。どんな噂が追加されるのだろう。
「紹介します。彼はロニ。私の友人で、錬金術師の資格を取るためマフィーダへ引っ越してきました」
「……っす。ロニっす……。はじめざっす……」
相変わらずの人見知りというか女見知りを発揮しているな。
リリと話しているときも俺が傍にいないときはこんな調子で。見かけるたびに怒られている。
ロニを笑っていられる状況でもない。
視線を少しでも性的な部分に向ければ聖棒が性棒になってしまう。
一瞬の油断が命とりとなる。
わずかでも気を抜けば聖棒はアシカに憑依され、落雷のような轟音を鳴らしてズボン引き裂き。眼前の美女にじゃれつくアシカごっこを始めてしまうだろう。
そうなれば俺の別荘であるところの牢獄行きは免れまい。
何があってもこの海獣を解き放ってはならない。
「錬金術なんてすごーい。よろしくねロニ!」
「ざっす……」
ロニは露骨に首を曲げてまったく目を合わせようとしない。地面に返事をしてどうするんだ。
「うぇっ……これって、もしかして私嫌われちゃってるかな?」
「いえいえ、彼は過去に色々と苦労をしていまして。それが原因で極度の人見知りになってしまい、誰に対しても最初はこういう態度をとってしまうのです。普段は礼儀正しい好青年ですので、彼の評価をこの一度で決めつけはせず、どうか慣れるまでは長い目で大目にみてやってあげてください」
「すっす……」
多分すみませんとかの謝罪の言葉を述べているつもりなのだろう。
リリが独り立ちの予兆を見せたかと思えば次はロニの心のケアか。まったく充実した人生である。
「そうなんだ。まっ、それならそれでいいんだけどね」
彼女は細かいことを気にしない性格のようだ。
俺とロニには真似のできない、羨ましい生き方である。
「それで、私になんの用事でしょうか。呼び止められたので用向きをうかがおうかと思ったのですが」
「えぇー? さっきは逃げようとしてたのにー?」
「それは……申し訳ありません。あまりにもあなたが美しかったもので」
ロニが逃げたいと言い出したのだが、ここでロニのせいにすると収拾がつかなくなりそうなのであえて罪を被ろう。
「えっ、なんで美しいと逃げるの?」
「モグラが陽の光を嫌うようなものとでもいいましょうか。本能的で衝動的な行動です」
「えっ、モグラの獣人だったの!? 珍しいね!」
「いえ人間ですよ。モグラの血など欠片も混ざっておりません」
「えっ……?」
強いて言えばオークと性欲旺盛なアシカの混血だ。
ロニは吸血鬼と地中で暮らすオケラだな。
「んぉー……え、どゆこと? おもろしろ」
「どういうことでなんしょうね」
ロニをかばっているせいで話しがまとまらなくなってしまったが、なにが楽しいのか面白がってくれているのでよかった。
「それで、なんの用でしょうか。逃げておいてあれですが、走ってまで呼び止めるなんて何かあったのですか」
「何かあったかなんてもんじゃないよっ!」
「おうっ!? おっおっ!?」
急に怒るものだからまたアシカが出てしまった。
なぜ怒ったのかなど考えるまでもない。
再開して間もなく、関係も浅い相手に過去の詮索をするなど失礼極りない愚行。深い仲でもないのに踏み込みすぎたのだ。
「お、怒らないでください。けっして悪気があったわけではありませんので」
「ひ、ひぃー……」
「べつに怒ってないよ?」
今ので怒っていないのかよ。
ロニなどもう恐怖のあまり立っていることすらできず、しゃがんでしまっているぞ。
「ですが声を荒げるほどには何か思うところがあったのですよね」
「そりゃあそうだよ」
詮索はいけないと反省したばかりなのに、間を持たすために即刻尋ねてしまった。
モテない男ここに極まれり。童貞のエリートコースを爆進中だ。
「だってさぁ、あのときお兄さんったら、すぐにいなくなっちゃうんだもん」
「あのときのお兄さんとは、もしかして私のことでしょうか」
「もうっ! もしかしたらもなにも文脈からして他にいないでしょ! あれからすっごい苦労して探したのにさ。お兄さんがファーランドから出たって聞いたときはびっくりして腰が外れたよ」
「それは大事ですね」
腰を抜かすならまだしも外れたのなら大変だ。
だから慰謝料と治療費を寄越せとかの無茶を言わないだろうな。
今の状況がいかに不自然かは俯瞰的に見ればわかる。
サングラスを付けた俺を一目で過去の俺と結び付け。街では様々な悪い噂が流れているはずなのに、ロニが消滅しそうなほど陽気に話しかけてくる。もうこれだけでもお釣りが出るくらいに不自然で怪しい。
さらに走ってまで追いかけてきて突然抱き着いてくる――こんなの裏がないと考える方が無理筋だ。
だっておかしいだろ。この俺だぞ。
黒豹の飼い主とか、極悪女犯神官とか、邪神の右腕とか呼ばれているあのロイズレッドだぞ。
教会は裏社会への入り口だとか、精液風呂に女を漬けているだとか、聖棒でも息ができるチン呼吸の使い手だとか、散々な逸話を持つ俺に警戒心を持たないなんてあり得るはずがない。
ロニならまだわかるが、普通の神経をしていたら女性が俺なんかに抱き着くはずがないのだ。それこそ抱き着くとしたら、容姿に無頓着で、俺を父のように慕ってくれているリリぐらいなもの。
そのリリも最近ではまったく甘えてこなくなってしまったが――まあ今はそれはいい。
「大事も大事、大大事だよ。そっちは恩を売るだけ売っておいて、こっちにはお礼の一言もさせてくれないなんてひどいと思うんだ」
だから慰謝料を払え――とか、そうくるのではないかと警戒する。
きた瞬間にロニを捨てて逃げよう。「これが慰謝料です。好きに使ってください」と言い残して、風のように消えよう。
「お礼ですか。そんな大層なことをした覚えはないのですが」
「顔は覚えてるのに私に何をしたか忘れたの!? ダンジョンではあんなにいっぱい話してくれたのに!?」
「そ、それは覚えてますよ。ですから、その、もう少し声を抑えてくださいませんか」
また変な噂がひろまってしまうだろ。
既に集まっていた男連中は、「ナニをシたか忘れたふりをしているんだってよ」「あんなにいっぱいシてくれたのにって女の子泣きそうじゃないか」「これほどの美女をダンジョンでヤリ逃げたぁ、ふてぇ野郎だな」「実際にロイズレッドさんは、あそこも太っといらしいぜぇ……」「知ってる知ってる。一度は拝みたいもんだな。生のロイズレッド棒」と、聞き間違えから話を膨らませていっている。
「危ないところを救ってもらって、治療費まで払ってくれちゃってさ。それなのにお礼の一つもさせてもらえず急に街から消えちゃうんだもん。男ってそういうの好きだよね。カッコつけてるくせに、カッコいいところは見せないカッコよさみたいなの」
「そんなつもりはなかったのですがぁ……」
ありました。そんなつもりしかありませんでした。
何も言わずにクールに立ち去る自分がかっこよすぎて悦に浸っていた。
思春期の真っ最中だったのでどうか許してほしい。
意味もなく前髪を息で拭きあげたりとか、そういうのがカッコいいと思い込んでいたんだ。
「では、そんなことのためにわざわざファーランドからお越しくださったのですか?」
「そんなことじゃないってば! ずっと探したんだよ!?」
美女にお兄さんと呼ばれ。胸を押し付けるように抱き着かれ。ずっと探していたと熱っぽく打ち明けられる。
普段の俺ならば聖棒のアッパースイングでもって美女の股をすくいあげるように空高く打ち上げていただろう。だが聖棒はなりを潜め。性感など捨てたとばかりに静観を決め込んでは座して動かない。
性欲にとってかわって心の奥底からこみあげてくる感情が一つある。それは純然たる恐怖だ。
常になにかしらに怯えている俺が今さら何に怯えても不思議ではないが。今回ばかりは異質な恐怖の抱き方をしている。
彼女が何を考えているのか一つも読めなくて怖い。
片方の頬を膨らませる可愛い彼女が震えあがるほどに怖い。
向けられるあからさまな好意の真意が読めず、怖すぎてロニりそうだ。
たしかにダンジョンで命を救ったのは事実である。
だがその程度で何年もかけて俺をさがすほどの恩義を感じ。感謝の念を維持し続けられるものだろうか。その執着はどこからくるのだ。
ダンジョンの最深層に挑めるほどの実力を持つ探索者ならば、己の命の捉え方は一般人のそれとは大きく異なってくる。命の駆け引きを繰り返すうちにある種の達観を獲得するのだ。
自分の命を軽んじるあまり、魔物に襲われても冷静沈着でいられるリリがその最たる例ではないだろうか。
この美女も、助けた当初は今のような深い感謝の意を示してはいなかったと記憶している。
探索者同士ならば、助けたお礼に酒を奢ったり。言葉での感謝を伝えることは当然ある。だが恩を返すために海と国境までこえるなど絶対にありえない。ゆえに彼女の言葉は到底信じられるものではなかった。
含みのある好意を向ける彼女に、本能が警戒せよと訴えている――。
これは罠であると警鐘を爆音で鳴らし続けている。
そういう意味ではロニの震えも俺の震えも最初から正しい反応だったのかもしれない。
「お兄さんってなんか鈍そうだし。言葉のまま受け取らず、頭の中では僕のことを色々疑ってそうだよね。なんかの詐欺じゃないかとか。騙そうとしていないか、とかさ」
なんという観察眼だ。すべて当たっている。
ジトっとした目がまた凄まじく可愛くて余計に警戒してしまう。
蔑みの目はまずい。俺はその手の目が大好物なのだ。
眠りの呪いにかけられた姫を起こす王子様のキスのように、ジト目は聖棒を起き上がらせてしまう。
「い、いえ、けっしてそんなことは」
「じゃあなんでどもるのさー。目も逸らしてわかりやすく動揺してるし」
その目で勃起するからだよ。その目で勃起する体よ。
「それは……あなたが美しすぎて緊張しているのでしょうね」
馬鹿の一つ覚えのように美しいを連呼するが、彼女には大した効果は見られない。
美人が美人といわれるのはもはや日常で、慣れてしまっているのだろう。
「ふふん、悪くない返しだね。はぐらかされてる気もするけど、そっちのほうが楽しいから、そういう事にしておいてあげよかっな」
目を細めて意味ありげにほほ笑むのが死ぬほど可愛い。
だがリリのときほど、その可愛さを素直には受け取れない。
陽に照らされた髪は白く輝き天使の輪が見えたかと思えば、雲に隠れると途端に薄紫色の髪が現れる。その極端な変化が彼女の二面性を表わしているように感じ。言い得ぬ恐怖と不安を加速させる。
彼女はどこか無理をして背伸びをしているように見えた。
もっと言えば自分を作っているような雰囲気を感じるのだ。
俺自身、己のキャラクターを意図して作り上げているからこそわかる。
自分が嘘をついているので、人の嘘にも敏感に察知できるのだ。
神父としての人格者である自分を演じているので、何かを演じている人間にはすぐに勘づいてしまう。
だからこそリリの演技の上手さもわかるし。清楚で清純で純情で裏表のない、性行為など知りもしない無垢な性格だと見抜けたのだ。
「セレス……」
「せ、セフレ?」
なぜ急に聖棒をワクワクさせるワードを小声でつぶやくのだ。
「セフっ……せ、セレスだよ! セしかあってないじゃん! 人の名前をそんな風に間違えるのは、いくら恩人でもさすがに失礼だからね!」
「あお、おうっ! おど、そ、そうでしたか。大変申し訳ございません」
勘繰るあまりセフレになろうとかそういう誘いかと勘違いしてしまった。
危うくエロイズになるところだったな。
「それで、セレスは私にどういったご用件があって話しかけてきたのでしょうか」
この問いは何度目だろう。
同じ話題を怪しい人物と何度も繰り返すのは気乗りしない。
セックスなら何回でもできるし。クリ返すのもマン繰り返すのも乗り気だが。
「用って程の事でもないんだけど……。そう言えばさ、さっきからお互い名前も教えあっていないよね。ロニだけは紹介してもらったけど」
「そういうとこぞ……。俺だけ紹介して盾に使うとは卑怯ぞ……」
まったくそんな意図はなかったのだが、誤解したロニが暗い顔で俺を睨んでいる。でも手で半分顔を隠してセレスを見えないようにしているのが面白くて笑ってしまった。
つられてロニもわらっているので案外余裕はあるみたいだ。
「ねぇえ、なに二人して笑ってんの? 人の前でナイショ話はやめよーよ。そういうのよくないと思うな」
首をかしげて俺を覗き込むように前かがみになるセレス。
あざとい。こってりとあざとい。もっこりとあざとい。くどいほどあざとい。これでもかというほどあざとい。
絶対に視線は向けないが、胸の谷間はこれでもかと強調されているのだろうな。
あざといという言葉はセレスを語源として生まれたのではないかというほどにあざとい。
これは自分が可愛いことを完全に理解していて、自分の容姿に絶対の自信があるタイプの女だ。美貌や可愛さを武器にして男に接近することになれている。
純粋すぎるあまりにベタベタと甘えては聖棒に触れようとしてしまうリリとは正反対で真逆の魔性持ちだな。
いまも完璧な角度調整で無意味に胸を揺らし。ブラウスからこぼれ出しそうなドームシールドがそこには二つあるのだろう。
陽の当たり具合も絶妙で、天使が舞い降りたのかと錯覚させるほどだ。
これほどまでの、常軌を逸した可愛さを演出しておいて天然であろうはずもない。
普通に生きていれば美女が首をかしげるという仕草がどれほど男の股間をざわつかせるかというのは知って然るべき。知っていてあえてやっているのだから天然ものではないと断定できる。天然なのはその胸だけだ。
「まあ本当は知ってるんだけどね。お兄さんの名前はロイズレッドでしょ」
「あら、よく知っていましたね」
ロニはロイズとしか言っていない。なのになぜ知っている。
動揺のあまりビビアンみたいな口調になってしまったじゃないか。
「えっへへー。町の人に聞いたんだー。いい名前だよね。」
えっへへーがあざと可愛すぎる。
リリの発作的に出る笑いとはまるで違うな。
「名前を褒められたのは初めてですので、なんだかおもばゆいですね。ありがとうございます……で、よいのでしょうか」
「うん、苦しゅうないよ。ちこう寄る?」
「寄りませんよ」
もう十分に近いだろ。これ以上寄ったら接合してしまうぞ。
俺の聖棒はカンディルよりもエラが発達しているので、一度挿入されたら種を搾りつくして萎びるまでは絶対に抜けないと思え。
「なーんだ残念」
「残念なものですか」
「そりゃあ残念だよ」
二人の間にはふわふわとした空気が漂っている。
なんだこのあたりさわりがなく、とりとめもない会話は。居心地の良さと悪さが同居した不可思議な感覚を覚える。
しかし現在一番居心地が悪いのは間違いなくロニだ。親の買い物に付き合わされた子供みたいに、さっきからすっごい帰りたそうにしている。
「一応聞いておきたいのですが。私に礼をするためにわざわざ国境までこえたのですか? さすがに、ほかに用事があったついでですよね」
「ついでなわけないじゃん。お礼をする以外に、船までつかって言語も違う遠い大陸にまでくる理由なんてないよ」
「…………」
ないはずがないだろ。むしろ礼を言うためにくるほうが稀だ。
助けた美女が自分を探し続けていて、数年ぶりに再会したかと思えば抱き着いてくる――。
そんなイベントが俺に限っては起こりうるはずがない。
これは絶対に裏があるな。
考えられる理由の最有力候補は美人局。
次点でなにかしらの不利益を被る勧誘。
次いで濃厚なのが怪しげな商品の押し売り。
大穴はなくて、その三つのどれかとみた。
礼のためにさがしていたなんて言葉をそのままの意味で受け取ってはいけない。
口先だけの世辞。つまりはリップサービスだ。
たまたま見つけたカモの気分をよくさせようとしているだけであり。鵜呑みにして調子に乗ったら最後。骨の髄までしゃぶられ、借金の山をこさえる羽目になるのは目に見えている。
借金だけならばまだいい。美人局だった場合、骨の髄をしゃぶらんとする野獣のような男たちが待ち構えていて。屈強な、その道の方々にありとあらゆる俺の突起物をしゃぶられ、「お前もリップでサービスしろぉ」としゃぶり返しを要求されてしまうのだ。
すまないロニ。もしそうなったら、美男子のお前を身代わりにさせてもらうぞ。荒療治にはなるが、これもロリコンという難病を治すための治療だと思って掘られ尽くしてきてくれ。
心の病までは俺の体液では治せないので、治せる体液を浴びてくるんだ。
「積もる話もあるしさ。お礼もたーくさんしたいんだよね。とりあえずどこかゆっくりできるところにいかない?」
そらきた。
ゆっくりできるところには、もっこりしている無数の益荒男たちが俺をぱっこりハメようと待機しているんだろ。そしてこれが礼だと言わんばかりに身体を開発されてしまうんだ。
早速出番のようだぞロニ。体を温めて準備しておけ。
「お誘いいただけるのは光栄です――」
ちらりとロニを窺うと、「断れ」を呪詛のように連呼している。
今は笑わせるな。
「――実はこれから、どうしても外せない用事がありまして。時間もかかる用なので今日のところはこれでお暇させていただけたらなと」
「そうなの? それなら仕方ないかぁ……じゃあ次はいつ会える?」
「次……あーっと。次ですか?」
捕まえたカモを逃がす気はないということか。
代わりにロニを置いていくのでどうか俺だけは見逃してくれ。
「もしかしていやだった……? た、確かにちょっと強引だったよね」
「いえ、そういうわけではないのですよ」
罠だとわかっていても、あざとく潤ませた瞳が強烈すぎて強く拒絶できない。
これが司教の言っていた魔眼というやつだろうか。
眼球に魔法の起動印を埋め込んだ。あるいは生まれつき埋め込まれた者がいるという。きっとセレスもその一人なのだろう。彼女に視線をむけられるとどうにかして期待に応えたくなってしまう。
いかん。気をしっかり持てロイズレッド。
可愛さに流されたら、罠にハメられ男にハメられるぞ。
「それにしては強張った顔をしてるみたいだけど……。もしかして僕、迷惑だったかな?」
記憶の中のセレスはこんな子じゃなかったはずだ。もっと物静かで暗い雰囲気の子だった。
考えてもみればダンジョンのなかで一度あっただけの関係である。彼女の本質など知りようがない。
いずれにせよ一つ言えるのは、男慣れしていて男を手玉にとりなれている彼女は、絶対に非処女であるということだけだ。
さきほどの言いよる男たちに対するぞんざいな扱いや、俺への極端にあざとい対応をみればそうとわかる。長いスカートを履くことで胸に意識をいかせる高等テクニックなど達人のそれだ。
きっとこれまでに何人もの男を咥えこみ。男の弱点を熟知し、男を味わい尽くし。ファーランド人男性は食べ飽いてしまい、ご当地巡りの旅に出立したのだろう。
そうして男を求めてこの国――オストガルドに流れつき。多種多様な人種が集まるマフィーダへとたどりついた。
そこで偶然にも俺という、しゃぶりつくせそうなカモをみつけた――。
煮てよし焼いてよし。金を巻き上げるも精を搾り取るも彼女の気分次第。
もし美人局ではなく単純な性欲による好奇心で俺にちかづいたというならば、「毎日食べるなら一流シェフの高級料理がいいけど、たまには体に悪そうな脂っこいものも食べたいよね――」みたいな理屈で執着しているのだろう。
男慣れした女とはそういうものだ。
肉食である犬が体調を整えるために草を食むように、女も常に美男だけを貪っていては体調を崩してしまう。
箸休めに醜男も食べたくなり、ときにはおつまみをメインに据えたいときもある。――と、ものの本には書いてあった。
「迷惑なんてとんでもない」
「じゃあなんで? もう会いたくない感じじゃないの? ハッキリ言ってくれないとわかんないよぉ」
「ぐぬぉっ!」
なんだ今のは。突如放たれた光の波動を受けて危うく吹っ飛びそうになったぞ。
セレスクラスのシコ度数ともなると、俺ほどの巨漢でも見た目だけで足を浮かせてしまうのか。
「なにも二人して飛び退らなくてもいいのに。そんなにイヤだった? イヤならイヤでいいよ?」
自信をもって然るべき美女が、まるで俺に断られるのを恐れているかのように自信なさげに問う。
庇護欲をそそる今にも泣きそうな表情が可愛くないはずもなく。喋れば喋るほど可愛いと思ってしまい。可愛ければ可愛いほど本能が警鐘を鳴らす。
「私も多忙な身なので――――ッ頭を下げて!」
「うひぁぃっ!?」
唐突に投げつけられた鋭い殺気を感知し、とっさにセレスの頭を守るように抱えこんだ。
なんだこの邪気は――。




