精視線を浴びるほど受けて
ビビアン率いる若いメイドたちに牽制されながら、ローレンツとビビアンの引っ越し作業を全て済ませ。あらたに錬金術の研究室も用意し終えた頃には旅から戻って三日も過ぎていた。
露骨に難色を示したつもりだが、鍛冶作業の小屋があるならば錬金術の研究室があってもおかしくはないとビビアンが強弁して猛プッシュ。
代わりに部屋代として伯爵からの援助も受け取れるというので渋々ながら了承することに。
そこでローレンツことロニには幸運が訪れる。
研究室の環境をオーレリアが大層気に入ったため、オーレリアは研究室を寝室として使うと言い出したのだ。
そのときのロニの気色悪さといったら絵に描いて後世にのこしてやりたいほど狂喜乱舞し。駄々をこねる子供のように転げまわって本気の涙と涎を流していた。
リリはそれを見て「今すぐ記憶から消し去りたい」と呟いた。
ルカは「大人もはしゃいでいいんですね!」と。
ネロシェイドは「失格」と。
そしてビビアンは何も言わず。ただ遠くを見ていた。
それからさらに七日が過ぎて。ロニの遊覧に付き合ってやり、街のあちこちを見て回った。
その結果「絶世の美男子に首輪をつけてちんぽしていた」「男娼を飼っている。性欲の解消に見境のない性獣」「アリの巣を犯して女王アリを妊娠させた」などなどの称号や逸話を新たに頂戴するにいたる。
それらはロニと俺との関係を揶揄したものだが、リリやルカに対する悪い噂ではないので積極的な否定をせず、訂正することなく放置することにした。
ロニ、おまえ一人だけ絶世の美男子とかいう美味しいポジションに据えておくと思うなよ。
死なば諸共だ。お前はこの街で、俺の性奴隷と認識されて生きるがいい。
☆
「だいぶこの町の空気にも馴染んできた気がするな」
「それは重畳。環境への適応がはやいのはさすがですね」
「なにをいう。これも散歩に付き合ってくれたロイズのお陰だろうに。見ろ、今日も今日とて雲一つない見事な快晴。街を歩く子供たちが輝いて見える。これぞ散歩日和というやつだな。散歩最高! 散歩最高ぅ!」
お前がそうやって散歩散歩と連呼するせいで、散歩をチンポと聞き間違えられて、不名誉な噂が新たに増えているんだぞ。散歩ぐらい静かにできないのか。
「お父様もこうして日の当たる場所を歩いてくれてるといいのだがな……」
ここ数日ともにしてわかったのは、ロニはとにかくテンションの上げ下げが極端だということ。
特に色気のある女性などを前にすると途端に大人しくなり。可愛いものを見ると見境なくテンションをあげる。
この前など可愛い茶器セットを見て興奮していた。そのセットを使っている幼女とお茶をしている自分の姿を妄想してたぎったらしい。目の離せないイカれた野郎だ。
こいつのせいで魔王が誕生したら俺が直々に手を下してやる。
「散歩程度で楽しんでくれるならいくらでも。私にお役に立てることがあるなら喜んでお受けいたしますよ」
監視も兼てな。
周囲に獲物はいないかと目を光らせるロニ。子供に襲い掛からぬよう目を光らせる俺。ギラギラとした眼光の二人を街の住人たちも警戒している。
「――聞きました奥さん、チンポ程度で楽しくイクなら私が勃てるから悦んでウケにまわるですって! 公衆の面前で恥ずかしくないのかしら!」
「しっ! もっと小さな声で話しなさいな。あれ、噂のロイズレッドファミリアのボスよ」
「あれがあのロイファミ……? 見るからに性欲の強そうな見た目だと思ったら。人はみかけによるのね」
たったいま新しい噂が誕生する瞬間に立ち会ってしまった。
噂をしている婦女子たちを見ればサッと顔を背けられた。
「目が合うと孕むらしいから絶対に目は見ちゃダメよ。ナタリーさんのとこの弟さん、あの男に犯されて、三日で三人産まされたって話だから」
「あれって嘘じゃなかったんだ……」
嘘に決まってんだろ。
そこまでいったら魔物だよ。野放しにしていい存在じゃない。
そのうち冒険者組合に討伐依頼を出されそうだな。
「そういえば今日もエルはついてこないのだな。最近は付き合いが悪いというか、城にいた時とは別人のように素っ気ないじゃないか」
いたらいたでテンションを抑制してしまうくせに心配はしてくれているらしい。
実害のある変態ではあるが、こういうところが憎めない理由なのだ。
「いまは探索者稼業に精を出しているようですよ」
「なんだそういうことだったか。確かに精が出るな」
「毎回大量の成果物と言いますか、魔物の討伐報酬や素材を持ち帰ってきてくれるので助かっています」
「――こんなとこで精が出るって。きっと遠隔操作の魔法淫具をお尻に入れているんだわ」
「大量の精を出してやるからお持ち帰りするとも言ってたよね」
この豊かな町に足りないのは、ずばり優秀な医師だ。
耳の治療に特化した医師を国中からかき集めてきて診察してやってくれ。
「どうりで毎日毒系の素材を提供されるわけだ。あの高い背で睨みながら渡してくるものだから、殺されるのかと思って毎回ひやひやする……」
俺の知らないところでリリはプレゼント攻勢を仕掛けていたらしい。
娘の成長を嬉しく思う反面、なんだか寂しい気持ちにもなる。
俺だってリリからプレゼントなんて貰ったことないのに。
「毒系統の素材はポーションづくりにも大いに役立つのではないでしょうか」
「さすがによくしっているな。毒が強ければ強いほど魔素の含有量は高い。実際に役立たせてもらっているぞ。ポーションの研究が捗るので助かっている。今は子供になれるポーションを研究しているのだが。あと一息でたどり着けそうなのだが、これがなかなかうまくいかなくてなぁ」
絶対に上手くいかせちゃ駄目だろその研究。
そんなものができたら全生物がこいつの獲物になってしまう。
「だが一人でダンジョンにいくなんて、ロイズも心配だろう。お前はエルを溺愛しているからな」
「ええ、極力低階層以外にはいかないよう注意はしていますよ。中階層にいくならば私にも声をかけるようにと」
「――一人でダンジョンでイクな。エロを溺愛して貞操に注意してイかないようにしろ……?」
「イクなら私にかけろって、街中でなにをするつもりなのっ!」
鬱陶しい。あの婦女子たちが姦しいので別の場所に移りたい。
「市場の近くは騒がしいので別の場所を回りましょうか」
「そうだな。しかしこれほど人が集まっている場所を歩くのは数十年ぶりだ。マフィーダがこうも発展しているとは思わなかったぞ。流れる人の波を見ていると眩暈がするようだ」
数十年とか数百年という話題が出たら絶対に触れないと決めている。
「おぉ、見ろロイズ! あんなところにきゃわいい猫ちゅわんがいるぞ! お腹に顔をあててハスハスしたいなぁおい!」
きゃわいいて。ちゅわんて。ハスハスて。
俺が純粋に可愛いと感じたものをロニは欲情を上乗せしている。共感は一切できないが、まったく理解できないわけでもない。
要は俺がリリに感じる不埒な感情と寸分たがわずに同じで。俺がリリに対する気持ちを抑えなければこうなるという見本なわけだ。
こうはなってはいけない。リリに嫌われる。絶対に表にはださないようにしよう。
「あれは黒服を羽織っているのだから黒豹の一味なのだろ? どうにか便宜を図ってもらえないだろうか。俺は彼らと友人になりたいのだ」
勝手に俺の私服を真似ているだけなので、俺自身は彼らに特別な仲間意識があるわけではない。
伯爵に黒豹と呼ばれていたのもマフィーダに帰ってきてからその意味を理解したぐらいだ。伯爵家の情報収集能力の高さと伝達の迅速さには驚かされたものだ。
「仲間を売るような真似はできませんね。ロニ紹介したら何をされるかわかりませんから」
「くっ……! せめて一口。一回だけでも吸わせてもらえないか!?」
俺の聖棒を吸いたいとか、ソッチ系の噂に繋がるような発言は控えてほしい。
「見ろ、布に爪が引っかかって周りをきょろきょろと窺って助けを求めているじゃないか! 助けに行こう! なっ!?」
「身動きの取れない猫獣人にロニがナニをするかわからないので近寄らないであげてください。知性は人間並みに高いのであれぐらい自分でなんとかできますよ」
カーテンのような薄布に爪が引っかかり、取ろうとして体を動かし奮闘している猫獣人。
回れば回るほど爪が食い込んでしまい、布も雑巾を搾るときのようにねじれてしまっていた。
にっちもさっちもいかなくなったのかヤケクソで飛び上がると、足が浮き上がった拍子にくるくると横に回転して大変なことになっている。
本当に知性が人間なみにあるのか不安になってきた。
「可愛いなぁ! 可愛すぎるぞあの猫ちゅわん!」
「見て愛でるのもまた一つの愛のカタチですよ。彼らはひと種であって愛玩動物ではないのでおさわりは厳禁です。ロニだって自分の数倍も大きな生物に体を撫で回されたら嫌でしょう」
「そ、そうだな。大人の女に触れられるだけでも失神ものだからな。だが、そうとわかっていてもぉ……!」
我慢しているらしく、爪が食い込んで血が流れるほど拳を強く握っている。病気だなこれ。
最初は趣味ぐらいなものかと思っていたが、治療には専門医が必要な深刻なやつだ。
この街には色々な専門医が足りていない。
☆
ロニとポーションの素材と食材の買い出しを終え。さて教会に戻ろうかというところで思わず二度見してしまうような人物を見つける。
ロニも俺の反応に気づいたのかその人物を見るがあからさまにテンションを下げて視線をさげた。
その人物は、薄紫色の編み込まれた髪を後ろへ流し。鎖骨までざっくりと開いたブラウス。下はドレススカートを合わせて華やかでありながらもどこか気取らない庶民的ないでたち。
しかしその一方で、庶民的ではない豊満な胸に押し出されたブラウスから、「破れちゃうよ」という、布地の悲鳴がきこえてきそうな爆乳が俺の視線を掴んで離さなかった。
キョロキョロと落ち着かず。何かをさがしている様子で靴屋の前にいる女性。
その女性の放つ凄まじい色香に思わず聖棒が反応してしまったので、即座にスクワットを開始する。
女性の顔、体、匂い、性格、胸囲、服装などからロイズレッド測定法によって算出される数値のことをシコ度数と呼ぶ。
シコ度数は、対象をオカズにした場合の一晩に抜ける回数の目安となる数字である。
脳内で女性を回転させて、総合シコ度数を目算でざっくりと計算してみた。
「ぬおっ……なんという度数だ」
「度数? 淫売度数か?」
なんてことを言うのだこいつは。
「あの女、ローレンツ測定法によると三万淫度はあるぞ。ちなみにローレンツ測定法は数が少なければ少ないほど良いとされており――」
ロニの話は無視しよう。どうせ幼女が1で大人が10,000とかなんだろ。
ロイズレッド測定法によるシコ度数の参考数値は、一般女性の平均が10シコ。美人と呼ばれる女性が80前後である。
ネロシェイドは40。熟女は32。シザラは頑張っても2。こちらは美人ではあるが、性格面で大きく数字を下げている。
そしてリリは見た目と性格だけでも十分にずば抜けているが、肉体的接触も含めれば240といったところ。
しかし靴屋の前でたたずむ女性は、匂いと性格を除外しているにも関わらず軽く100をこえようかという数値をはじき出している。
心の奥に潜む、普段は理性で抑え込んでいるオークの血も騒いでいる。
その溢れだす色香に反応し、見ているだけで理性を揺さぶられ目覚めの予兆を示してしまっているのだ。
それだけ目立つ容姿をしていれば世の健全な男子たちも当然ほうっておくわけもなく。
チラ見だけして立ち去る者もいれば、不躾にも釘付けになっている者もいた。なかには声をかけては軽くあしらわれている者もちらほらいるので、続く者たちは二の足を踏んでいる。
「とてつもない美人ですね。ちょっとした人だかりができていますよ」
「そうだな。根源的な恐怖を覚えるぞ。見てくれ、こんなに鳥肌が立っている。怪談話をした夜、灯りのない雷雨のなかでトイレをさがすような気分だ」
「真っ先に怖いという感想を抱くロニのほうがずっと怖いですよ。今後はルカへの接近距離をあと2歩ほどと離すようにしましょう」
「そんな! それでは教会から出なければならないじゃないか!」
その通り、遠回しに出て行けと言っているんだ。犯罪者予備軍の軍団長め。
俺たちと同じように遠巻きに見るだけで近寄ろうとはしない一団がいた。何を話しているのかと耳を傾けてみる。
「性の権化っているんだなぁ」
「いにしえの伝説の淫魔族、エチチの化身だろありゃ」
「いいや、あれは魔族なんかじゃねぇ。女神だ。性の女神クッセスが降臨なされたんだよ」
ああ、こういう軽いノリで俺に関する噂も膨らんでいるんだろうな。
こりゃあ止めようがないわ。
女性は次から次へと声をかけてくる、欲望丸出しで性欲を隠しもしない男どもを軽くいなしてあしらっている。
取り付く島もなく、冷たくあしらわれた男どもが肩を落として退散していく姿は憐れみを誘った。
「あっ――!」
不意にシコ女神が元気な声を出すと、その視線を追って男子たちの視線が一点に集中する。
視線の集まる先にいたのは俺――――ではなくロニだった。
「なんで皆がこっち見てるんだ。あ、あの女もこっちをみているぞ……! おい、こっちに向かってくるじゃないか? もしかして面と向かって気持ち悪いとか、なよなよしてるとか言いに来ようとしてるんじゃないだろうな!?」
酷い被害妄想だな。過去に何があったらこんなにも大人の女性が苦手になれるのか。
「んだよ、色男の彼氏がいたのかぁ」
「だったらそう言ってくれっつんだよな」
「でも今日はかなり濃いのが出せそうだぜ……よく見ろよ、あっちも中々の美男子じゃないか」
「言われてみれば色っぺえ男だな……」
「俺は女にしか興味なかったんだが、あいつならイケる気がするぜ」
「骨ばった指がそそるじゃんかよ。握らせてぇ……」
「ダメもとでちょっと声かけてみるか?」
逃げろロニ。
注目のされかたに問題がある。お前になんかあったら俺が熟女に殺されるんだ。
性欲をたぎらせる男どもの視線には精子でも含まれているのかというほどねっとりとしていた。精子の視線で精視線といったところか。
さっきまでこの視線を一身に集めていたのかと思うと女性にも同情してしまう。
「ロイズ走ろう。どうやら俺たちは危険な領域に踏み入ってしまっていたようだ。なぜかそんな気がする。俺はこの不快な視線を騎士団でも浴びせかけられたことがあるからわかるんだ!」
大昔にも精視線をぶっかけられていたらしい。
では慣れたものではないか。焦ることもあるまい。
「いい機会なので覚えておいてください。ロニも、その不快な視線とやらを子供たちにぶっかけているのですよ」
「おいおいロイズ。こんなときにも冗談を言うなよ。あまり笑わせないでくれ。上手く走れなくなるだろ」
自覚がないのは厄介だな。
「ですがそうですね。屈強な男どもがロニの中に踏み入る前に駆けましょうか」
「他人事だからと不吉なことを言ってくれるな。さあ急ぐぞ。駆け足で子供の多い場所へ逃げるんだ!」
いいや、お前が行くべきは牢獄だ。
道案内ならまかせてくれ。行きつけなんだ。
「では私の行きつけの店に行きましょう」
「い、いきつけの保育所があるのか!? どうして今まで隠していたんだ。ぜひその天国へ連れていってくれロイズ!」
「はい、天国というか牢獄ですので。そこでゆっくり話を聞いてもらってきてください。どうかご安心を。檻の中なら誰も近寄ってこれませんから」
「ナハハ。まったく、冗談がすぎるぞロイズ。こいつめぇー」
俺は本気だ。
こいつを野に放っておいてはいけないと確信した。
「――ねぇ待ってよ!」
「ハハッ、待てと言われて待つ者がいるものか! さあ走るぞロイズ!」
犯罪者としての立ち回りも堂に入っている。
見事としか言いようがないな。
これだと警備隊も捕まえるのに苦労するだろう。
厄介なことに町を守るはずの衛兵たちは領主直属の兵。つまりは伯爵が権限を握っているのでロニをつかまえることはまずないだろう。
色々なしがらみもあるだろうが、国家運営の警備隊の皆さんには是非とも奮闘していただきたいものだ。
薄紫色の長い髪をゆらしながら、逃げ出そうとする俺たちに軌道を修正しつつ猛然と駆け寄ってくる女性。走り方が本気だ。女の子らしい腕の振り方をしていない。
俺たち道を塞ぐように止まると、深呼吸をして一拍を置いたのちに腕を広げて飛び込んできた。
ロニは両腕で顔を覆うようにして腰をかがめ、「ひぃー……!」などと毒虫にでも襲われたかのような情けない声を出している。どれだけ大人の女性が嫌いなのだ。
「やっと見つけた……! やっと捕まえた!」
「おっおっおーっ!?」
だが女性の捕まえたのはロニではなかった。
捕まったのは――――俺だ。




