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貴公子の歴史は脳破壊の歴史

 馬車に揺られてマフィーダの教会へ向かう。

 往路は一台だった馬車が復路では五台に増えているのは、ローレンツの護衛と諸々の荷物を輸送するため。

 

 これで貴族じゃないとバレたくないは無理がある。

 しかし俺たちに護衛役をやらされても責任はとれないので余計なことを軽はずみには言わない。


「――ビビアンがいると煩くてな。普段はこんなことは言えないのだが、俺は爵位など興味がないんだ」


 なぜか俺たちと同じ馬車に乗るローレンツ。なぜかもなにもオーレリアが目当てなのはわかっているが、当のオーレリアは俺の肩から動こうとしない。

 リリも不満らしく、俺にもたれかかってむすっとした雰囲気を延々と出していた。

 少しも休まる暇がないのはリリにとっては負担なのだろう。いずれ息抜きができるように取り計らってやらねば。


「――権利も地位もいらない。金はその日を生きるのに必要な分だけあればいい。ただ自由に生きていたいだけなんだ。だがこの血のせいで、自由を得るなど叶わぬ夢……」


 お前が自由に生きたら逮捕されて終わりだろ。下手に放置すれば、妖精さん妖精さんと呟いては幼女に触れて回りながら街中を徘徊する変質者の出来上がりだ。ビビアンに監視されているぐらいがちょうどいい。

 マフィーダの噂の拡散力を舐めるなよ。女性にぶつかった次の日には性犯罪者に仕立て上げられているからな。

 警備隊に「またお前か」と呆れられ、顔なじみとして認識されてからが本番だ。


「自由に生きられる者などいませんよ。みんな必死に生きていて、何かしらのしがらみのなかで、やりたくもないことをやらなければならないのです。そこには平民も貴族もありません」


 ローレンツの境遇を考えれば一般的な人間の常識を語ったところで無駄かもしれない。公的に存在しない男として生きるなど、真の意味での共感は難しい。


「愛とまではいかないが、実は子供の頃に好きな子がいたんだ」


 こいつは人の話を聞かずに急に話題を飛ばす癖があるな。

 数百年を生きた貴族様の過去話とか共感できる気がしないので反応に困りそうだ。


「その子は誰とでも仲良くなれてしまう、太陽のように明るい子だった」


 太陽とか吸血鬼にとって天敵だろ。


「ある日呼び出されてな。その子に言われたんだ。私、あなたみたいに暗い顔の人は好きになれない――とな」

「それは本ッ当におつらいですね」


 めちゃくちゃ共感できる話がきた。

 わざわざ呼び出されて悪態をつかれるあたりが共感ポイント高めである。


「でもいい男になったら結婚してくれると言うので、俺は必死に明るくなる努力をしたよ。鏡の前で笑顔の練習をして。話術を磨こうと積極的に使用人たちと会話をした。元々は薬師の資格試験を受けて、ゆくゆくは錬金術師になろうと考えていたんだが。予定を変えて王都にのぼり、騎士団に参加して体を鍛えることにした」


 以前騎士団に所属していたというのはそういう経緯があったのか。

 性欲を抑えるために体を鍛えた俺と。恋のために体を鍛えた男。似て非なるものだが近からず遠からず。妙なシンパシーを感じずにはいられない。


「続けて」


 恋愛話が好きらしいリリが興味を示して前のめりになっている。

 離れてしまったせいで腕の温もりが消えていく。寂しい。


「そうして身分を隠して数年勤続してな。入団当初から、この顔が気に入らぬと先輩方から不当な扱いを受け。つらい下積みも彼女のためならばと歯を食いしばって堪えたんだ」

「その気持ちわかります……」


 俺も教団では同じような扱いを受けていた。体が出来上がってからは表立って嫌がらせを受けるようなことはなくなったが。


「文字通り命がけの日々だったが、彼女への想いを支えに頑張った。不思議なことに憎むほどに嫌いだった騎士団でも、長く居ると帰属意識みたいなものが芽生えてな。いつかは殺してやろうとまで考えていた部隊長たちにも敬意を感じるようになっていく。そして戦友たちとともに駆けたソロニュ平野の戦いでは、俺も一人の騎士団員として従軍し、国の勝利に貢献したんだ」


 ソロニュ平野の戦い……二百年以上前の有名な戦争だな。この部分は聞かなかったことにしましょうね。


「戦争にも勝って、自分の肉体と性格にも自信が持てるようになり。逞しくなった自分を彼女に見せて求婚しようと領地に戻った。するとどうだ、あの子は既に他の男の子供を胎に宿していたんだ……」 

「おぅ……」

「寝取られたの!?」


 なぜリリは寝取られ話を聞いてテンションをあげているのだ。


「昔の思い出などなかったかのように、見違えるほど良い男になったね――などと他人事のように言うじゃないか。俺の知らない、俺とは対照的な、陽気で自信に満ち溢れた男に肩を抱かれながらだ……」

「心中を察すると、我が胸が張り裂けてしまいそうなほど痛みます。我が身に降りかかった事のように共感できてしまう……」


 俺の体はガイアの次に涙腺が弱いので、こういう話を聞くと反射的に涙が出てしまう。

 一方リリはいつになく険しい顔をしている。今日はいつになく感情豊かだ。


「わかってくれるのかロイズ」

「ええ、もちろんですとも。そもそも女性に好かれたことがないのであれですが」

「何を言うかと思えば。そんなに素敵な奥方をつかまえておいて。百年の恋よりも一つの愛だぞ」


 数百年生きて恋しか知らぬ男の言葉には含蓄があるな。

 

「――ずっと待たされていた子の気持ちを考えたことはあったの?」


 リリが水を差す。


「な、なにがだ?」


 いや俺に聞くなよ。直接リリに尋ねてくれ。


「何がじゃなくてさ。どうせ何も言わず騎士団に行ったんでしょ? その子に、逞しくなったら付き合ってくれとか。君に見合う男になったら俺を選んでくれとか言わずに、勝手に待たせて勝手に出て行ったんじゃないの?」

「あ、ああ、確かに自分の考えは何一つ話した覚えはないな」

「はぁあ……やっぱね。そういうところだよ。男の悪いところが全部出てる」

「男の悪いところ?」 


 厳しめな採点が始まったな。

 しかし女性視点の意見を学べるのはまたとない機会なので黙って傾聴しよう。


「男はさ、そうやって言葉にせず結果で語ろうとするでしょ。恋愛は結果と同じぐらい過程が大事なのをわかってないんだよ」

「そ、そうなのかロイズ!?」


 いやだから俺に聞かれましても。

 聖行為には抽挿も大事で射聖も大切なのはわかるが、女性の恋愛観などさっぱりわからない。


 一口に女性といっても人によって考え方も違うだろうし、リリの話は主語が大きいように思う。だが童貞で恋愛歴なしの俺には口をはさむ権利などない。


「言葉にするのは大事。私の夫は毎日ちゃんと言葉にして可愛い可愛いと言ってくれるよ」


 それは言わされているのだがあえて言うまい。

 リリが水を差したところに俺が水を差すと洪水になって論点が流れてしまう。


「それだけじゃない。頭も撫でてくれるしキスもしてくれる。それ以上のことも毎晩休みなくバンバンしてくれるんだから」

「休まないでバンバンしているのか!?」


 一々俺に確認を取るのをやめろ。

 リリも自らを窮地に追いやるようなことを言うな。演技の難度があがってしまうぞ。いったい何が目的なのだ。


「その子はお前のことが好きだったんだよ」

「なぜそう思うんだ?」


 もう俺のほうに聞かれても何も思わなくなってきた。リリのお前呼ばわりも気にならない。

 ロニは大人の女とは話せないから俺に話しかけているのだとわかっている。リリを時折ちらっとは見るが、基本は目を合わせようとしない。お前呼ばわりもやむなし。


「だって結婚なんて好きな人としか考えないもん。嫌いな人と結婚を考える人なんているの?」


 貴族は好き嫌いでは相手を選べないものだと思うが、また数百年前は違ったとか言われたら返事に困るので黙っておこう。


「好きだって直接伝えるにはとても勇気がいる。だから不器用ながらも想いを伝えるため、そんな言いかたをしたんだと思う」

「…………」

「何も言わずに出ていかれて、待たされるだけの女の気持ちを考えてみなよ。好きな人がいるのに、好きな人に会えない。それは、生きている意味を失うほどの絶望と恐怖だよ」


 リリにとって御師様がそうであるようにか。


 恋愛感情とは違うのかもしれないが、好きだった人が遠くに行ったまま帰ってこない者の気持ちはリリが一番よくわかっている。


「……で、でも、その子はすぐに離婚してな。もともと複数人の男と頻繁に関係を持っていたらしく、お腹の子も夫の種ではなかったんだ。浮気がバレたときは同時に五人もの男を相手にしていて、そのどれもが夫の友人だったと……」

「ふーん」


 スッと表情を戻して再び俺にもたれかかるリリ。

 さっきまでの恋愛トークへの熱意はどこへやら。まるで興味を失ってしまっている。


 だが俺は違った。本気で惚れた女性が股の緩い、誰とでも寝る女だとしったときの気持ちなど聞いただけでも心が痛む。

 ましてや他の男の。それも友人の子を宿していたなどと……ダメだ、怒りと悲しみと興奮で鬱勃起しそうだ。


「そのときロニが何を感じたかは我が身の如く理解できます」

「ロイズ……やはりわかってくれるか。お前ならばと信じて話した甲斐がある」

「ええ、わかりますとも」

「じゃあ、そこから小さくて可愛いもに執着するようになったもわかってくれるな!?」


 それはわからない。


☆


 ダーリンとボンボンがなんかいい感じになってるのが腹立たしい。

 名前も短くして呼び合っているのも、とても気に食わない。


 別の馬車には熟女も乗ってついてきているのも気がかりだ。

 ボンボンの世話役だとか言っていたけれど、護衛は他にもたくさんいる。絶対ダーリンに気があるからついてきたんだ。

 その証拠に自分もマフィーダに住み込む気満々で荷物を大量に用意していた。


 どうしてダーリンは男にも女にも獣人にもモテてしまうのだろう。

 これだけカッコよければモテるのも仕方がないのはわかるけれど、頭で理解していても心が追い付かない。


 ダーリンはどこから見ても死角がない。どの場面を切り取っても愛おしい。

 ボンボンのNTR話を真に受けて泣いてるところも可愛すぎて思わず抱き着いてしまった。妻設定があってよかったね。


 NTR愛好家であり蒐集家であるところのオノドリムと会話させたら、ダーリンはどれほど可愛い姿を見せてくれるのだろう……っと、想像したら涎が。

 熟女も上の口では厳しいが、ダーリンの可愛さを見たら下の口では私と同じように雄弁に愛を語りながら涎をたらすのだろう。


 この可愛さをどうにかして独り占めできないものか。

 まだ泣いているダーリンを赤子みたいにあやしておっぱいを飲ませてあげたい。母乳が出るとか出ないとか関係ない。出るようなこともしたい。


 それにしても邪魔だなボンボン。

 椅子がパカっと開いて馬車から転がり落ちていってくれないかな。


 そんなことを考えていると馬車が速度を落として完全に停止してしまう。

 また魔物でも現れたかと思えば、行きのときにもいた馬屋の男が馬車内に顔を出す。


「一度休憩をはさもうと思います。後続の荷馬車隊とも離れすぎてしまいましたので。到着は遅れてしまいますが辛抱してください」

「承知しました。座りっぱなしというのも疲れますし。そろそろ体を動かしたかったところですので丁度いいですね」


 私もダーリンと体を動かしあって愛を深める運動がしたかったところだ。気が合うね。体も合うだろうね。


「へへ、今度は林もないので隠れてするには不向きですよ」


 馬屋と同じことを考えていたのがなんか癪だ。


「そういう意味ではありませんよ。純粋に運動をしたかっただけです」


 私も純粋にダーリンと不純なことがしたい。

 不純な気持ちではない。生粋で純粋な愛だ。


「俺も長居してしまっては悪いので、次からはあちらの馬車に移ろう。夫婦水入らずを邪魔して悪かったな」

「ホントそう」

「こらリリ……。お気になさらなくてもいいのですよ?」


 気にさせないとダメだよダーリン。そいつはハッキリ言わないと気づかないタイプだよ。二人っきりの時間が減っちゃう。妊活タイムの刻限が近いんだ。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいんだがな。なんというか……奥方の目も鋭くなってきているし……」


 馬車から蹴りだすかは悩んでいたけれど睨んでいるつもりはなかった。

 きっと疎ましく思っていたから自然と目が鋭くなってしまったんだと思う。


「あぁ、そういうことでしたか」


 ダーリンが耳に口を寄せて「気が利かなくて申し訳ありません」と囁く。

 片耳が孕んだね。子供の名前を考えておこう。

 念のためもう片方の処女耳も向けると「あとで続きをやりましょうね」と、さらに甘い囁きで貫いてくれる。これで両耳が孕んだ。双子確定だね。


「な、なにするの?」


 なんの続きだろう。今朝がたに患ったばかりのキスしたい病――仮病の治療だろうか。

 日に二度もキスをしてもらえたら、私の口が孕んでしまうのではないかと不安半分、狂喜半分、狂喜乱舞なのだけれど。


「カードゲームが途中でしたよね。三勝四敗で私が負け越していますから。今度は負けませんよ」


 カードの話しだった。


 でも私はめげない。次は負けた方が脱いでいくルールを提案しようと思う。


 そして最後まで脱がしきった方が何でも言うことをきくのだ。

 負ければ脱いで誘惑でき。勝てば命令して既成事実ができる。一分の隙もない完璧な作戦だね。

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