寝取られは文化
いつもの寝室で裁縫をしていると、突如として美しい女性が現れ。俺に並々ならぬ好意を抱いていると詰め寄ってきて、並々ならぬ行為をしようと持ちかけてきた。
追いやられるようにベッドへと倒れてしまうが、鍛え上げられた強靭な理性でもって、執拗にキスをせがむ女性をまずは座らせることに成功する。
「――お願いだからうちを抱いてほしいんすよね」
「駄目だ、断固拒否する。深い信頼関係が結ばれており、お互いが愛情を抱いていなければ、そういった行為は行われるべきではない」
「一発だけ……先っぽだけでもいいから入れてください。彼女面はしないし面倒なことは言わない。子供ができても一人で育てるっす。絶対に負担にならないようにしますからー」
「子供ができたのに、それを放置するような男だと思われるのは心外だ。愛し合った女との間に生まれた子供を負担と考えるような卑怯者ではない」
「じゃあ抱いてください」
「それは断る。俺はあなたを愛していないし知りもしない」
きつい口調で言っても、その女性は愛しているから抱いてほしいの一点張りで譲ろうとしない。
「どうして俺なのか。他にもいい男ならいくらでもいるだろ」
「う、うち、惚れっぽいから? それでこの前告白した人にも振られちゃって……。けっこう本気のつもりだったから、振られたときはもうしばらく恋愛はいいかなって。そしたら、お兄さんを街でみつけて一目惚れしちゃったんすよ」
「傷心を利用し、弱った女性の心につけこんで、己が欲望を発散するなどあってはならない悪行。唾棄すべき悪辣で卑劣な行為だと俺は信じている。俺のことは忘れて他の恋を見つけるんだな」
「わあぁああ! 待つっす!」
立ち上がって部屋を出ようとすると、バインドでもかけられたかのように身動きできぬ俺を手早く裸にひん剥いてしまう。
「なにをする! やめろ!」
「口で言ってわからない男は口でイッてもらうのがうちの流儀っす! 所詮男なんて性欲には抗えないケダモ――のぉぉおぉお!?」
完全体になった聖棒を見て腰を抜かし悲鳴を上げる女。
聖棒は完全に俺の制御下にあって、朝立ちとオーク化でもしない限りは完全体にはなり得ない。
だというのに今の聖棒は雄々しく堂々とそそり立ってしまっている。
「普段は聞き分けもよく行儀のよい息子が、見知らぬ女性を相手にきかん棒になるはずがない……なぜだ」
「む、息子なんてレベルじゃないっすよ! うちのパパだってこんなにデカくはないのに……。公園デビューしてこんな子供がいたら、うちの子抱いて逃げますってば!」
「ハハ、それ面白いな」
「ぜんぜん面白くないっすからね。こんなのぶち込まれても半分がやっとっすよ」
「なら潔く諦めればいい。俺は妻以外の女性とは決して契りを交わさない」
「そうもいかないのが世知辛いところなんすよ。これでも女の端くれ。ヤッてできないことはないをモットーに生きてるんすから」
ヤリマンというやつか。絶対にお断りだな。
俺のような器の小さい男は、今までの男性遍歴が気になってうじうじしてしまうのが目に見えている。
「パパよりデカいってことは、これを飲み込めればパパよりすごいってことになるんすから。これはもうヤッてやるぜの意気っす。で、でもやっぱ怖いかも……」
常に礼儀と行儀を弁えた模範的な囚人として生活している聖棒が、看守の意に反して制御下を離れている。それが意味するところは何か。
聖棒に怯えている女性をしり目に。聖棒を丸出しのまま深く思考する。
答えは単純である。これは俺の夢なのだ。
こんな可愛らしい子が俺に一目惚れをしている時点でおかしいと気づくべきだった。真面目に返事をしてしまった自分がバカみたいじゃないか。
そうとわかれば話は早い。本性を現して好き放題してやろう。
「艶やかな濃い紫髪。胸こそ慎ましいが、腰回りは申し分ない。布面積は下着よりも極端に少なく男心をいたずらに煽情する淫らな服。悪魔のような尻尾をつけたサキュバス風のファッションか」
「な、なんすか急に査定をはじめて。やる気になってくれたんすか?」
「肌はリリよりも白く、ぶっかければ同化してしまいそうだ。これじゃあまるで神父の大敵であるところの淫魔じゃないか」
「ぜ、全然淫魔じゃないっすけどね!? うち淫魔とかしらないし!? えっ、淫魔って何!? はーわからん」
何を焦っているのか知らぬが、夢の中に現れた女性は挙動不審になって、癖なのだろう尻尾を掴んでいじり始める。
「わかっているさ。俺のイチモツを見て怯えるような女が淫魔であるわけがない」
「むっ……」
目を細めて怒りを表明する女。
淫魔と言われていい気のする女などいないが。淫魔を否定されて怒るとは変わった女だ。
「それにしても、無毛なせいでより立派に見えるっすね……なんか光沢あるし。蛇ぐらいだって話だったのに、これもう国から討伐要請とか懸賞金が出るレベルの邪竜っすよ」
互いに戦力分析を終えたらしく。決意に満ちた目線が交差すると火花が散った。
「うちで勝てるかなぁ……。でもこいつを倒せばうちもドラゴンキラー。一人前になってパパに褒めてもらうんだ……!」
圧倒的有利は俺にある。夢であるとわかれば心理的余裕も生まれているので臆することもない。
一方怯えた様子のサキュバス風の女。
無理やりするのは好みではないので、ありったけの優しい言葉を囁いて警戒を解くことから始める。
「見目麗しき少女よ」
「な、なんすか」
夢の中の俺は無敵だった。
夢だとわかれば嫌悪も悪評も恐れるに値せず。容姿のコンプレックスを刺激されこともない。
片膝をつき、まずは彼女の美しさを思いつく限りの言葉で褒め称えた。
それは見た目の美しさだけではない。短いやり取りからくみ取った内面へのアプローチを意識し。性欲など微塵も出さず淡々と事実を並べていった。恐らく彼女が強みだと意識しているであろう部分を徹底的に。
「い、いやそんなことないっすよー……。ま、まあお尻は確かに自信あるけど? 安産型だねって言われるし。でもそんな、百人孕ませても飽きがこないとか……そこまで褒められるのは慣れていないから照れるっすよ。えへへぇ……。あ、あなたもよく見てみれば中々の男前じゃないっすか? その顔でけっこう女を泣かせてきたんでしょ」
恐怖で散々泣かせてきたよ。夢のくせに知らない振りをして絶妙なラインを突いてくるな。
「ややや、不釣り合いってことはないと思うっすよ? む、むしろうちでいいのかなって今さら緊張してるし……。いやいやいやいや、これぐらいの容姿の女ならいくらでもいるっすよー! お兄さんの方こそ今まで選び放題の側だったんでしょ。目が肥えてるからうちなんかじゃ……え? 肥えた目でみてもうちが? そ、そんなに……?」
褒めれば言葉を引き出せる。褒めれば褒めるほど彼女の内面がすけていく。透けていけば更に褒めるための材料が増える。
彼女はいわゆるネガティブ気質で、自信を持てない性格。
根は臆病で慎重にことをすすめたがる石橋は叩いて渡るタイプのようだ。
かといってプライドが全くないわけではなく、確固たる芯と目標を持っている。特に華奢な体にそぐわぬ大きな尻には、一定以上の自信を持っているらしく、そこを褒めると尻尾が右に左にとうねってしまう。
臆病ゆえに卑怯な一面も見えるが、誰もがリリのように清く正しく勇敢に生きられるわけでもない。これが普通の人間の在り方だ。リリが特別に清廉潔白なだけである。
「え、えぇ? そんなイイ感じっすかねぇ。うちってけっこうせっかちなところがあって……。この前も仕事でへましちゃって――」
次いで自分では考えもしないであろう、肉体的精神的長所をさがして褒めてやる。明らかな短所も見方を変えて長所としてとらえてやった。
気をよくした彼女は上機嫌でバインドを解き、ベッドへと俺の腕をひいて座らせる。
当初の予定である性行為など忘れたかのように彼女は雑談に興じ。俺も真剣に彼女の悩みに耳を傾ける。
徹底した聞き役に回り心をほぐし、解決策など一つも提示しない。俺がやるべきは、ただただ彼女が言ってほしい言葉だけをチョイスして浴びせ続けるのみ。
「うはははっ! マジすかマジっすか!? そんなの絶対ありえないじゃないっすかー!」
爆笑トークと軽い冗談で心の距離をさらに縮める。
これによって彼女は本来の、素の表情を見せ始めた。
「え、笑顔が可愛いって……。うち八重歯っ子だからあんま口を開けてわらいたくないんすよね。え? これがそんないいんすか? これが性的な個性だなんて、おばあちゃん以外に言われたのはじめてっすよぉ……」
コンプレックスを悪い方向へ刺激しないよう配慮し、自己肯定感を高める。
己の美しさを鬱陶しいと感じているリリにいつもやっているので慣れたものである。
「なんかこんなに褒めて貰えたの数年ぶりだから、元気と自信がついたかもしれないっす。男の人にも、うちみたいなシャバイ女を褒めてくれる人っているんすね」
ここで焦ってはいけない。合わせは完璧なタイミングで行わなければ魚はばれて逃げてしまう。ものの本にもそう書いてあった。
引き続き彼女の隙を伺い、釣り針を飲み込む瞬間をじっと待つ。
「――にしてもでっかいすねぇ……。お兄さんの好きな体に変化して口でしましょうか……? い、いやならいいんすけどね! お兄さんぐらいの色男は、うちみたいなシャバシャバ女じゃ興奮しないっすもんね。これも催淫の効果でそうなってるだけだし……」
今だ!
「えー? 本当っすかー? うちは結構ひとを選ぶ体だと思うんすけど……。でもはじめてっす。うちがいいなんて言われたのは……。なんか今日だけでたくさんの初めてを貰われちゃってる気がするっす!」
そこからは徹底的に愛を囁いた。
無論、個人的な感情の吐露などではない。臆病な彼女を勇気づけ、前に進ませるための囁きである。
「あ、あの、これもうそういうことっすよね? そんな大きいのは初めてだから……できれば優しくしてほしいっす。夢ではそこそこ経験あるんすけどね。でもそれはなにかしらに変身しているときだし、この身体でするのは初めてで。現実ではまだ処女のままだから……その、心が追い付かないかなって」
さすが夢の世界。現実とは違って俺に都合のいいように話が転がっていく。
「――案ずることはない。俺はこれでも聖職者だ。未婚のまま未婚の女体に聖棒を叩きこもうなどとは考えていないさ」
「え? いいんすか? でもうちは叩きこまれる覚悟はできてるけど……」
そんな簡単に性行為などするはずがない。だって夢精しちゃうもの。
夢精などしたら、横で眠っているリリが大変なことになってしまう。恐らく聖液で溺れてしまうのではなかろうか。
「その代わりと言ってはなんだが、女体のどこが弱いかを教えてもらいたい」
「それはお安い御用っすよ。でも本当に本番はしないんすか? 体の中にも弱いところはいっぱいあるんすよ?」
「最初に言っただろ。愛し合っている者同士でなければしないと。するのならば結婚したそのあとだ」
「……お嫁さんすか。いいなぁお嫁さん……」
暗い顔をする女性が苦手なので、華奢な体を抱きしめてやりたくなったが、それは危険だと本能がとどめる。
こんなに聖棒を猛らせたまま抱けば、絶対に夢精するから。
「あの、じゃあまずご奉仕をさせて――」
「いらぬ。聖棒には一切触れるな。ここは未来の妻の所有物であって、何人たりとも触れることを許されぬ聖域だ。それが将来妻になる人であっても許しはしない」
「でも女の手垢がついてるっすよ? 魔力の痕跡がそりゃもうべったりと。ちょっと唾液もついているかも?」
「いい加減なことを言うな。嘘をつくとは夢のくせに小癪な娘よ」
童貞の聖棒にどうやって女の手垢がつくというのか。どうしてもやりたいからと適当な嘘をつきおって。
押しが強く生意気なぐらいが丁度良くて、我儘な女性が大好物なので、普段の思考と性嗜好が夢の世界にも大いに反映されてしまっているようだ。
「う、嘘じゃないっすよ。うちはそういうのが見れる淫の魔眼っていう目を持ってるんす」
「わかったわかった。そういうことにしておいてやる」
「あーそれ、絶対信じてないときの反応っすよねー!」
「ハッハッハッ――」
二人して笑いあう股間のデカい全裸の大男と、尻のデカい小柄な女。
こんなところを現実に見られたり人に話されたら人生詰みだね。
「なんかお兄さんは包容力がすごいっすよね。なんでも受け入れてくれそうっていうか。うちは自分を持ってないから、お兄さんみたいに引っ張ってくれるひとが、本来理想の相手何だろうなって」
「何を言うかと思えば。自分ならあるだろうに――」
ここで追い打ちの口説き文句。
長々と彼女の長所を並べ立てては、彼女のおばあちゃんならばこう言うだろうという言葉と、彼女が言ってほしいであろうセリフを選んで誉めそやす。
夢のなかの女性は声ともとれぬ微かな鳴き声のような相槌しかせず、潤んだ瞳で俺を見上げて黙って話を聞いていた。
「……うち、本気になっちゃうっすよ?」
「小娘の一人や二人、受け入れられずして何が神父か」
「うぅ! 懐とあそこが大きすぎるぅ……」
抱き着いてくる小娘を華麗にいなしてベッドに寝かせる。
そうして始まるキスなし、性的接触なしのマッサージタイム。
無論マッサージをするのは俺だ。
どこからともなく現れたオイルをつかって全身を指圧した。
どこが弱いか。どの強さがいいか。最初は質問しながらの行為だったが、女が喋れなくなったので反応を頼りに学びを得ていく。
ほどなくして彼女は大量のデトックスをしながら霧のように消えていってしまう。
それが朝を迎える合図であった。
「いやぁ、いい夢だったなぁ……。男として一皮むけたような爽快な気分だ。いつかこの経験が活かせる日が来るといいな」
それは俺の妄想の産物なわけで。ここで得た知識を現実で活かせるものではないのだが。
これ以後、度々夢に同じ小娘が現れるようになり。俺にマッサージのレッスンをつけてくれるようになった。
☆
玉座のような、豪奢で古い椅子に座る伯爵の前に膝をついて並ぶ俺とリリ。
初日とは違うのは、やや上から見下ろす伯爵の横にはローレンツがたっていること。そしてリリの距離が前より更に近くて、もはやくっついてしまっていること。
「黒豹の飼い主よ。話は聞かせてもらったぞ」
何の話だろう。聞かれてまずいというか、気まずい話がありすぎて心拍数の上昇著しい。
昨夜のリリに施した治療の件だろうか。
今朝がたも、念のためにと治療をせがむリリに軽めの治療を施していたが、それも夫婦という視点から見ればさしておかしくはないはず。
本番までいかないことを怪しまれているならどう返すべきだろう。
林の中では激しくしまくっていたという事にしてしまっている手前、「なぜ性行為をしなかったのだ」とか聞かれたら返答に窮してしまう。
うるせえ出歯亀――とでも言えたら痛快なのだろうが、俺の特殊な体質を怪しまれているなら開き直るなどもってのほかだ。
「――私のために、日焼け止めポーションを作ってくれたそうだな」
ああ、そっちか。
よかった。先手を打って言い訳などしていたら語るに落ちるところだった。
「その伝聞には少々の食い違いが見受けられ、事実と異なっていらっしゃるようですので、恐れながらも訂正させていただきます。その妙薬はローレンツ様が作ったものであり。私は一切の介入を行っておりません」
「フフ、食事をともにしてもなお胸襟は開かず。その謙遜ぶりは相も変わらずか。つれない男よ」
緊張して味のしない食事会で、少しでも仲がよくなって距離が縮まったなどと思うのは、誤解も甚だしいな。
あの時はリリの美しい所作だけが俺の癒しだった。
食べているところを眺めて癒されていると、気づいたリリが顔を赤らめ「見てたの……?」と上目づかいで抗議してきた。
可愛さのあまり勃起してテーブルをひっくり返すかと思ったね。
夫婦のふりをしている間は必要以上にべったりしてきて、羞恥心などないかのように振舞っていたので。不意に見せる素の姿は聖棒に特効だった。
ここ最近は娘力もぐんぐんと高めてきていたが、即興で行われている妻力も凄まじいものだった。
だがそのときばかりは演技を忘れてしまったらしく、普段の清純で淑やかな本性が出てしまっていてたまらなく可愛かったのだ。
思わずシスター服を着せたい――そう願うほどに。
黒い衣装に身を包む清らかな乙女リリ。
軽く想像しただけでも似合いすぎている。
清貧と謙遜と自己犠牲による奉献を示唆する黒い衣装は、リリの内面と外見が完全に一致してしまっているじゃないか。
着崩して胸に穴をあけたり。全身タイツに上から被るだけの法衣を合わせたり。信徒たちを中腰にする、やたらと淫らな司教にも見習ってほしいものだ。
真面目な話、シスターになるというのは世俗的な欲望や個人的な誇りを捨てることを意味する。
探索稼業で糊口をしのいできた誇りたかきリリにはあまりにも酷な仕打ちではなかろうか。
なによりも今のリリに自己否定させるのは危険だ。
シスター服を着るリリの姿は妄想の中だけにとどめておこう。妄想もほどほどにしないと、今朝のような夢を見て、眠っている間に暴発しかねない。
最近はやたらといやらしい夢を見てしまうことが増えたので気を引き締めたい。
まるで眠っている間に聖棒を誰かに弄られているような生々しい夢ばかりみてしまうのだ。
無論そんなはずはないのだが、眠っている間に細い指で撫でられる――そう思わずにはいられないほどの快感を夢のなかでも味わっている。
そういう日は決まってリリがベッドにもぐりこんで眠っているか。部屋のどこかしらにいる。
おそらくはリリの体臭が夢と繋がってしまってしまい、脳が不埒な夢を作り上げてしまっているのだろう。
「貴様が我が身をなげうってまで効果の検証を行ったと聞き及んでいるのだがな」
「身を投げうつなど語弊がございます。私はやるべきことをなしたまでですので」
貴族に命令されて断れるはずがないだろ。
お前ら貴族は平民のことなど、忠実に命令を守る利口な犬程度にしか思っていないのかもしれないが、こちらにだって物事を選択する意思はあるんだからな。
「して愛妻よ、貴様は我が妻をどう思った」
「超美人。女性では世界一綺麗」
いきなりリリに話題を振るな。
また俺の鼻に髪をさしているタイミングで止まってしまっただろ。
「ククッ……そうか。そうだろうな」
意味深な笑いである。
まったく意味が分からなくて浅いところですらくみ取れない。
「黒豹の主は女の扱いが上手いな。勉強になったぞ」
急に俺にも意味不明な話を振ってきた。何が目的なのだ。
「妻帯者とはかくあるべきだ」
「そうだよ」
リリが俺の代わりに返事をしてくれたが意味をわかっているのだろうか。俺はさっぱりわからないぞ。
「ポーションの礼もある。褒美を取らせよう。何を望む」
「褒美などいただけるほどのことは何も」
「フハッ、あくまでも謙遜するか。貴様がそう言うならばそうしておいてやろう。そのほうが貴様にとっては都合がよいのだろう? なあ黒豹の飼い主」
なんの恩恵もない恩を押し売られた。
すごいなこの人。礼をすると言いながら、無から恩を作り出したぞ。恩着せがましいの上位互換だ。
「どうだ、ローレンツ。こやつはそういう男だと言っただろう」
「はい。お父様の仰るとおりでした」
「ではどうするローレンツ」
「俺から言わせてください。男の下した決断です」
「フフ、男の決断か。逞しくなったな。まるで彼女をみているようだ……」
小声なので聞こえないが、なんか物々しい話をしている気がする。
リリは早々に飽きたふりをして俺の髪で遊んでしまっていて可愛い。
「ロイズレッド、頼みがあるんだ」
イヤです――と即答したいところだが邪険にはできまい。
「何でございましょうか。なんなりとお申し付けください」
「俺をマフィーダへともに連れて行ってはくれないか」
絶対にイヤである。何としてもお断りしよう。
「俺は広い世界を見てみた――」
「いいよ!(僥倖きた。妻のふりの次はホントのママへ昇格する好機)」
何故かリリが食い気味にこたえてしまう。
リリはわかっているのか。ローレンツがついてくるということは夫婦のふりを続けなければならないということなんだぞ。
俺は役得なので構わないがリリの精神的な負担は尋常ではないはず。素の自分を出す暇などほとんどなくなってしまう。
仮に心の治療が完治して教会を出られるようになっても、夫婦という関係である以上は複雑な手順を踏まなければいけなくなる。
「奥方はこう言ってくれているが。ロイズレッド、君の口からも聞いておきたいんだ」
面倒くさい彼女かよこいつ。
マスターのところのロリ奥さんみたいなことを言うな。
「話の流れから察するに、伯爵様の許可は既に得られているのですよね。それでしたら私からは何も言うことはございません」
「おおう! そういってくれるか!」
そう言わざるを得ないだろ。平民を舐めるなよ。
「ですが一つ。私はただの神父でございます。重々承知の上かとは存じますが、ローレンツ様の身を守れるほどの力はありません。ご自分の身はご自分でお守りいただきますようお願いいたします」
「ククッ……よく言う。クックックッ……道中でレッドキャップを素手で屠った猛者が力がないときたかっ。どこまでも楽しませてくれる男よ」
伯爵が腕で顔を隠して大うけしている。
気にしないでおこう。笑いのツボは人それぞれだ。口に虫が入って焦ってるとかそういう可能性だってある。
「重々に重々を重ねて承知しているさ。これでも騎士団に所属していたこともあるんだ。嗜む程度の剣術で少々型が古いかもしれないが、野党などに遅れはとらない」
その長く生きてたのを匂わせるのやめろって。古い型だとかの注釈はいらないんだよ。
「であるならば私からは何も」
「貴族だと思われるのは不都合も多い。これからは俺を友と思って砕けた口調で接してもらえないだろうか」
命令されたら従わなければならない。平民のつらいところである。
だが友という響きは実に魅力的だ。命令だとしても友達ができるというのは願ってもない話である。
帰ったらまとめておいた『友達ができたらしたいこと1000』を開こう。
焚火を囲んで酒を飲みながら肩を組んで歌うとか。笑い話に肩を叩いてツッコミを入れるとか。夜に好きな子の話を交互にするとか。待ち合わせをして釣りに行くとか。草原で葉笛をふきながら風をあびるとか――。
これらが全部叶うと思うと……まずい、ローレンツが好きになりそうだ。
「むっ……」
リリが膨れている。
いいからはやく話しを進めろという合図だろう。
リリにだけ負担をかけておいて俺だけ楽しむわけにはいかない。いずれは偽装夫婦であるということもローレンツにだけは話せる日がくるといいな。
「かしこまりました。それではこれより我らは友人という体でいるよう心掛けさせていただきます。よろしくローレンツ」
「お、おおっ! 久々に友ができたぞ! こちらからもよろしく頼むロイズレッド。いや、ロイズ!」
「むむっ!?」
省略したあだ名で呼んでくれた。嬉しくてよだれ出そう。
でも俺が初めてじゃないんだ……。俺に友と呼べるのはネズミとナマズしかいなかったけれど、ローレンツには人間の友達がいたんだね。
「では私もこれからはロニと呼びましょう」
「ロニか……いいな。自然にスッと胸の内に入ってくる。まるで何百年も前からそうよばれていたようにすら感じるぞ。ロイズには名をつける才もあるんだな」
「むぉぅー!?」
気に入ってくれたようでよかった。
でも何百年とかそういう歴史を感じるワードは出すな。友達として扱えなくなる。お供え物とか用意したくなるだろ。
「できればかしこまった口調も変えてほしいところだが……それはおいおいといったところだな。どうしたって身分の差は気になってしまうだろう?」
「仰る通り……いいえ、ロニの言う通りですね。平時から堅苦しい喋り方をしているとご指摘いただくような性分ですので。これでも砕けていると受け取っていただけると幸いです」
「むー! むぅー!」
いきなり距離感を詰めるのは違うよな。
敬意を払いながら少しずつ友情をはぐくんでいこう。
「クク、黒豹の主よ、貴様の愛妻が膨れているぞ。男同士の友情もいいが、あまり妻を蔑ろにしてやるなよ。女はな、男同士の友情にも嫉妬するものなのだぞ。私の妻もそうであったからわかるのだ……」
いりませんよ。数百年前の過去話は挟まないで結構ですからね。
「申し訳ありませんリリ。けっして蔑ろにしようとは思っていませんからね」
もちろんリリがそんな嫉妬をするはずもないのだが、仲睦まじい夫婦を演じるためにも機嫌を取っておこう。
「……じゃあ可愛いって言って」
「リリは世界一可愛いですよ」
「世界一? ふへへぇー」
ちょろい。ちょろい演技が上手い。
これは妻としてではなく娘としての一面が漏れ出てしまっているのだろうか。
なにせプリンを食べさせたくなるようなあどけない笑顔を見せてくれている。一口ずつスプーンですくって口に運んでやりたくなるあどけない笑顔だ。
「可愛いものと言えば……オーレリア様はいないのか?」
友よ、もしかして本命はそっちだったのか?
俺とは遊びで、オーレリアが狙いだったとでもいうのか。
世界を見たいとか言いかけていたが、お前が真に見たいのは妖精の全裸ボディなのだな。




