夢魔は淫魔
結論から言うと、ダー棒による私のダンジョン探索は失敗に終わった。
言うまでもなく鉄壁の処女膜は依然として健在である。
あの天にも昇るような治療の最中に色を仕掛けようというのが、実現不可能な絵空事だと早々に気づくべきで。あれはチャンスではなくピンチ。いかに理性と意識をたもてるかの戦いだった。
ダーリンの子供を慈しむような手つきと、それに相反する、まるで口内を性器に見立てて荒々しく犯すがごとき舌づかい。
腕が数本、舌が数十本あるような錯覚を引き起こす巧みすぎるテクニックに翻弄され。手足の力が抜けて自分の意志では動けなくなり。身を委ねてなすがままに可愛がられていつも通り気を失ってしまった。
ダーリンの治療はもはや魔法。女を蕩けさせる性魔法だ。
毒の排出を促すためにと、全身のリンパをくまなく刺激する手つきと舌の動き。
彼の舌は私の口が収納しているはずなのに、胎の上もなぞられているような感覚があり。手は握りあっているのに、三本目四本目の手が私をあっけなく昇らせ、あらゆるものを何度も吹かされた。
性経験の皆無な私が言えば笑われるかもしれないが。これだけ体験すれば、ダーリンが戦巧者であるのは疑いようのない事実であると断言できる。闇の精霊やウンディーネから習った話を照らし合わせれば間違いない。
ウンディーネ曰く、真の男は己の欲の解消ではなく、女を満足させることに焦点を置く――。
彼がまさにそうだ。その極地だ。私がここまで無防備でいるのに一切の性的接触を行わない。女が同部屋で寝るとはそういう意味なはずなのに、私ばかりが馬鹿みたいに昇らせられてしまっている。
唇を合わせるだけのキスで女を何十回と昇らせる男がこの世にどれほど存在するのだろう。舌を入れて数え切れぬほど連続で気をやらせる男はどれくらい――。
今度あのアホに尋ねてみよう。多分あんまりそういう男はいないと思うけれど、一応念のために確認しておきたい。それでダーリンが特別だったらなんか嬉しいから。
やけにダーリンにあたりの強いあの熟女でも、ダーリンと一度唇を合わせれば即座に陥落するのは想像に難くない。
ローレンツとかいう、私とは一切目を合わせず。会話をするときもダーリン経由でしか話さないボンボンも要注意だ。接近を警戒し、目を光らせておかなければ。
入浴場をわけるという提案を了承したのも、「あなたがどうしても別の入浴場にいかないと駄々をこねるならば、無理やりにでも連れて行く手段はいくらでもありますからね。今従わないのならば、罰として、私があなたの愛する旦那様の背を流しましょう。全裸で体を使って――」と、拷問や死刑よりも恐ろしい、狂気の沙汰としか思えぬ悍ましい脅しをかけてきたからだ。
一瞬想像しただけでも生きる希望を失って死にたくなった。反射的に結構な強さで舌を噛んでしまうほどだ。
そのお陰で舌の治療を念入りにしてくれたのはまさに怪我の功名と言える。
治癒効果による身を弾ませる快感と、あの太くて逞しい腕に包まれる悦び。
いくら暴れようともびくともしない重さと拘束感が癖になる。
どんなに抵抗しようとも優しく犯してくれる――そんな信頼と安心感があるのだ。
今回は特に太腿がすごかった。刺したクラーケンには感謝したい。もう殺しているけど感謝しておこう。
ダーリンは私の秘部を見ないためにと自発的に目隠しをした。治療とは言っても越えてはいけないラインがあるのだと。今さらなのに、そういう誠実なところも好き。
この機を逃すものかとダーリンの上の口を、私の下の口に誘導しようとしたが、それが裏目に出てしまう。
頭を掴まれたダーリンは狙いを定められなくなり、脚の傷口のない部分を延々と舌で彷徨わせた。できるだけこらえたものの、結局林であげたようなあられもない声を連発してしまう。
その嬌声を傷の痛みだと勘違いしたダーリンは慌てた。慌てて舌の回転速度を上げた。
私の腰を片手でがっちりと掴むと、怪我とは全く関係ない場所へ、「リンパの流れを正せば毒の排出が――」と、豊富な医学知識を武器に。舌と同時並行で、ぶっとい指でなぞるような指圧を行い。ただ気持ちのいいだけのマッサージをお見舞いされてしまう。
そんなものに雑魚性感の私が何秒も耐えられるはずもなく。ようやく傷口へ到達した頃には痙攣がおさまらず。彼の言うところの「デトックス」をしながら気を失ってしまった。
普段は慈悲深い神父様。甘えると滋味深いお父様。戦う姿は無慈悲な戦神。
なにかのタイミングでスイッチが入ると、精悍な顔は性感な顔に変わり。私を褒め殺そうとする愛の殺し屋になってしまう。
見る精神安定剤。舐める情緒安定装置。生きる拘束具。耳で楽しむ性的快感増幅器。全身按摩器具。喋る媚薬――。
それが私の愛する旦那様。ダーリンの別の顔。
私から彼を奪おうとする者がいるなら性別を問わず消してやる。
奪われたらもう死ぬしかない。ダーリンが他の誰かと愛し合っている姿など、たとえ相手が犬猫であっても我慢できないから。
☆
目が覚めるとまだ世界は暗いまま。ほのかな蝋燭の灯りが揺れる教会の一室にいた。
「この匂いはダーリンの寝室だ……」
家具の配置から匂いまで全て記憶しているので間違いない。
仮にタンスが一ミリずれていても私なら気づけるし。やたらとダーリンにベタベタしてくる猫どもの毛が一本落ちているだけでもわかる。
「そうあか……あのまま気を失って帰ってきちゃったのか……。それぐらいすごいキスだったもんね。帰りの旅を楽しめなかったのはもったいないけど仕方ないや」
思い出すだけで身体が疼く。
ダーリンとの治療を繰り替えすごとに受容体が増え、感覚が研ぎ澄まされているのだ。これが体が合っていくということなのだろう。
ダーリンほどのテクニックがあれば、体の相性が合わない生物など存在しないはずだ。感覚のなかった私には弱い場所なんて自分でも把握していないのに、ダーリンは次々と見つけていってしまった。
まさか浜辺でくすぐりあっている最中にまで発見されるとは思わなかったので、油断して漏らしかけた。
ダーリンは弱いところを見つけてもすぐには責めてこない。適度に散らしてからここぞと言うタイミングで仕掛けてくるのだ。そのここぞがすごい。「もう欲しいなぁ」の「も」が出かけるタイミングで仕掛けてくる。
心でも読まれているかと思うほど完璧なタイミングでくる。
「っ……」
ダーリンの香りが染みついた薄い毛布のなかに深く潜り込み、自分を慰めるべきかと悶々とする。
キスをして見た未来は今のところ幸福なものばかりで固定されていた。だいたい私が襲っては勝手にイキ狂っているものばかりだが。
なかにはダーリンが例の性感な顔で私を褒め殺しながらハメ倒しているものもあった気がするが、この能力は記憶が曖昧になるのでハッキリ思い出せない。
あんなキスをされながら未来の記憶まで保持できるほど人の脳は優秀ではないのだから仕方がない。
未来が変わらないなら、何もミスはしていないはず。このままの調子で行けば幸せな未来が待っているのだ。焦る必要はないだろう。
ならば自分を慰めるのはやめるかと指をもとに戻すと、人の気配を察知した。
床がきしむ音と風の揺らぎからしてダーリンのもので間違いない。
ダーリンは何故かあけっぱなしになっていた扉から姿を現すと、その見事な肉体を惜しげもなくさらし。下半身を薄布一枚で隠しているだけの性交可能状態で部屋へ入ってくる。
あまりにも美しい姿に、心臓が口からはみ出し、目が飛び出して落ちるかと思った。
「な、なにしてるの? ほとんど裸だよ」
人に見せびらかしたくなるほど美しい肉体をしているのに、いつもは人前で脱ぎたがらないダーリンがどうして。私神様からご褒美をもらえるほどいいことしたっけ。
「目覚めましたか。私の愛しいリリ。そちらにいってもいいですか?」
「う、うん。もちろんいいけど。だってここは君の部屋のベッドだし。私のじゃないから」
「何を言っているんですか?」
なにかおかしなことを口走っていたか。
いつも心の中で考えているようなことが無意識に飛び出してしまったかと不安になる。
「そこは夫婦で共有するベッドなのですから、私だけのものではありませんよ。私とリリの愛の巣でしょ」
「フゥァァー!」
教会についても夫婦設定であることが確定して思わず怪鳥のような声が出てしまった。
そんな不気味な怪鳥の眠るベッドにダーリンは乗ると、腕を組んで私を見下ろした。
「な、なに? 寝ないの?」
やはりいつもとは明らかに様子が違うダーリン。
ただ夫婦のふりをしているのとは違う。何かを求めているような雰囲気がある。
ダーリンの様子から、これはそういうことだと思った。
上体を起こした私の胸や肩に向けられた情欲のこもった視線。
薄布しかまとわぬ彼らしからぬ出で立ち。
こいつは二人の愛を確かめ合う肉体的生結合の予感しかしかない――。
「っ……」
視線が怖い。変な体をしていないだろうか。髪は。顔は。臭いは――。
ここぞとばかりに襲うべき場面なのに、いざとなると緊張して動けなかった。
舌が乾く。ダーリンの唾液が欲しい。そう思っても足に力が入らずキスどころか言葉もでない。
がっついて、はしたないと思われるのがイヤだ。
恥ずかしくて俯いてしまい。無意識に髪を触って手櫛を通してしまう。
どうしてダーリンを見て興奮すると髪を触りたくなるのだろう。
これが癖というものなのか。少しでも綺麗に見られたいという願望の表れなのかもしれない。
それにしても、いつもより髪を触っている気がするし、触ってほしくて仕方がない。
「脱がしなさい」
「……へ?」
聞き間違いだろうか。
いまとてつもなく幸福含有量の多い言葉をダーリン様から頂戴した気がする。
鼓動がうるさくてちゃんと聞き取れなかったのでもう一度聞きたい。
「聞こえなかったのですか? 私の下着を脱がせと命じたのです」
命じた――。
命令されただけでも身を震わせてしまい全身が熱くなるというのに、彼はあの聖域を隠すベールを脱がせと命じた。
「い、いいの? ほ、ホントにしちゃうよ? ホントのホントにいい? 怒らない? ぬわぁあああとか言わない?」
浜辺で彼の大切な部分に顔を埋めようとして、勢いあまって攻撃してしまったのが結構なトラウマになっている。
お尻を突き出して苦しんでいるダーリンも可愛すぎて、そのお尻に指を添えたい気持ちを下唇を嚙みながら耐えたものだ。
あのときの私は、ルカの股間に指を伸ばしている精霊と同じような葛藤を抱いて、同じような醜い顔をしていたと思う。
「子供が起きる前に済ませたいのです。はやくなさい」
「……はい」
そうか、ルカが起きたら確かに大変だもんね。いつも以上の嬌声を聞かれたら姉としての威厳が一発で失われる。
心臓が高鳴りすぎて腕が振るえている。
それでも着実にダーリンの腰に向かっていった。
薄布は細い紐で腰の横に縛られており。一本をつまんで引っ張るだけで簡単に結び目がほどけていく。
こんないやらしい下着をいつのまに用意していたのだろう。今日のため、私との記念すべき日のために作っていたと言うのならこれ以上の悦びはない。犯してやろうという強い気持ちがたぎってくるではないか。
「ハァッ……ンッ」
ついに眼前での対面である。
ダーリンが眠っている間に何回も見て色々楽しませてもらっているが、お互いが覚醒している状態での挨拶はこれが初めてである。
夜中に忍び込んでいるのがバレないように「初めましてこんばんは」とでも言っておこう。
ダーリンのダー棒の大きさからして、立ち上がった瞬間に顎を打たれるかもしれないので下着が落ちる前に少し離れる。直撃すれば下手な探索者の拳よりも効く。一回貰っているので経験済みだ。痛いのが幸せに直結する不思議な感覚だったね。
紐を引っ張ると遅れてはらりと落ちる薄布。そして――
「ふふ、どうですか。あなたほどの美女であっても、これほど巨大なモノは見たことは――」
「ちっっっさ! なにこの貧相で役に立たなそうな棒切れ」
「そうでしょうそうでしょう…………はん? 今、なんと……? 聞き間違いですかね」
「はぁ……。これさ、一応は上を向いているけど、まさかこの程度で本気ってわけじゃないよね? こっから何回かの変身を残しているんだよね?」
「い、いや、この程度って! 顔に影が映るほどの巨根でしょう!」
「はぁぁぁぁ……がっかりだよ。夢にしたってこれはないね」
これが夢であると気づくのに随分な時間を要してしまった。
考えてもみれば当たり前だ。ダーリンが脈略もなく私を抱いてくれるはずもないのだから。
女として見られていないのなんてわかっている。
私は彼にとってルカのお姉さんであり、わがままな娘なんだ。いきなり寝起きに現れて妊活してくれるはずがない。
「な、なにをいうのですか! これほどの極太の女体破壊兵器は世界を見渡してもそうは存在しませんからね!?」
「それで破壊される女がいるならリスかなにかでしょ。オーレリアだって唾を吐いて蹴り飛ばすよ。だって私の愛するダーリンはこんな短小じゃないもん」
「なぁッ!? た、短小!? 言うに事欠いてこの巨根を短小ですと!?」
夢とは言えダーリンを侮辱するのは許せない。
「いいでしょう。ものを知らぬあなたに女の悦びを教え込んであげますよ。あなたの言う貧相で役に立たない棒切れでね!」
うるさいな。とりあえずこいつは消そう。




