人魚伝説
「溺れた。人口呼吸して」
開口一番リリが言う。無駄な説明を省いた簡潔な要求である。
してもいいなら迷わずするさ。俺もリリの息を吸うさ。
変態? そうだよ? 変態というのは他者が作った常識を基準したものから逸脱した者を指す言葉なのだろ。だったらひとは、誰しもが等しく変態的な嗜好を持っているものさ。だってこの世にまったく同じ人なんて一人もいないのだから、みんながみんな自分とは違う変態だと思っているんだ。もちろん程度の差はあるけどね。
僕から言わせれば逆に変態であることを否定している者のほうがより変態的だと思うね。生殖行為は正常位しか認めませんなんて拘りを持つ者がいたら、それは少数派に分類される一つの変態だろ――とは、幼い頃に旅の途中で知り合った精霊の言葉だ。
当時は何を言っているかわからず、司教の魔法によって追い払われているのをただ眺めていた。
だが今なら精霊の言葉の意味が理解できる。自分は業の深い変態なのではないかと思うたび、彼の言葉が俺の背を支え、そして前に進ませてくれるのだ。
「なぜ人口呼吸を?」
「人口呼吸……してくれないと詰む」
冒険者であり、泳ぎも達者なリリが溺れるはずもない。
それに人口呼吸を必要とする者が普通に喋れるはずもないので、これは俺を笑わせようとしているリリ流のジョークだ。
本当に面白い子である。どこにいてもこうやって笑わそうとしてくれるので、一緒にいて飽きる暇も退屈している時間もなく。ただただ忙しさが心地よい。
「あれは呼吸が困難な意識不明患者に施す緊急処置の医療行為であって、意識のあるリリにするものではないかと存じますが」
「あっ、意識が遠退いていくぅ……」
こうやって悪ふざけをしては俺を笑わせて癒してくれる。
ローレンツの重たい以外に中身のない話とは大違いだ。あいつが面白いのはブーメランパンツが引くほど似合っているぐらいなものよ。
サングラスをつけて腰に手を当てて斜めを向かれた瞬間は噴き出しそうになった。リリは笑いのツボが浅いので顔をそらして噴き出していた。
似合わなくて笑うのはわかるが、似合いすぎて笑わせるのは本当にすごいと能力だと思う。
「どうして波打ち際で倒れて動かないのかと思えば、そのネタを披露するためだったのですね」
「ネタじゃなくて本当に動けない……」
どうしたって胸や体に視線が行きそうになるので、視線をフォーカスさせないよう定期的に水平線へ目をやる。
風は強く波も立っている。遊泳には少々不向きなコンディションであるように思えるが、長い板に乗って波とたわむれる運動――サーフィンにはもってこいのロケーションである。
あの荒波をパドリングする自分を想像するだけで筋肉が躍動してしまう。
「いい波が来ていますね」
「うん。その波に乗ってきたクラーケンに足を刺された」
「クラーケンですか?」
クラーケンとは神話の怪物の名を持つ毒クラゲである。
大型なものになると海洋哺乳類すらも動けなくする強力な麻痺毒を持っている。
「まさかその場で動かないのは、動けないからですか?」
「うん。だから人口呼吸を所望してる」
リリの言う通り足首と太腿のつけ根に奇妙な腫れがあるのを確認する。
その上にはさらに大きな腫れがあるが、それはただの尻だった。聖棒が腫れる前に視線をそらそう。
「そういうのは早く言って――ましたね。私が聞く耳を持たなかったのがいけませんでした。どうかお許しください」
「許す」
クラーケンが並の人間を毒で刺した場合の症状は、寒気に痺れるような激痛。繰り返される嘔吐による呼吸困難に陥り。最悪は心臓発作を起こす場合もある。
今のところリリに変化があるとすれば血行不良による目のくまぐらいしか見当たらないが、それだけでも十分な病状である。
ダンジョンの矢毒にも耐えていたリリだからこそ平然としていられるのだろう。
「どうしてもっと声をだして呼んでくれなかったのですか。呼んでくれればすぐにでも駆けつけたのに」
「あの男と神妙な顔つきで話しをしていたから邪魔したらダメかなって」
リリはこうしてすぐに自己犠牲の精神を発揮してしまう。
できれば邪魔してほしかったぐらいなのに。
「くっ……。リリよりも優先すべきことなんてありません。次からは私が何をしていても遠慮せずに呼んでください」
「……うん。それは真夜中とかでも可?」
「可です。可可可の可です」
「わかった……(ふふ……言質はとったよ……。真夜中も一緒にいてよいと……!)」
「では肌に触れますよ」
「お好きなだけどうぞ」
口数が妙に少ないのも毒が回っていたからか。
リリを抱き上げて波打ち際から離れ、波の届かぬ砂浜に仰向けにおろす。
胸がどう動くかを目で追うのを意識して阻止し周囲を確認。
何が起きているのか気づいていないローレンツが暢気に手を振っていらっしゃる。ぶん殴るぞ。
俺もリリに同じことをしていたのだと思うと無性に腹が立ってきた。これは八つ当たりだが、ローレンツには、あの栗の花臭いポーションを全身に浴びせてやりたい気分だ。
「治療の前に一つ」
「二つでも三つでも。一本でも」
「治療のあとで話を合わせてください。患部は足ですが、ここで足を舐めると疑われてしまうかもしれません。ですので夫婦が場所もえらばず熱烈なキスをしているふりをして、いったんは内部からの治療をほどこします」
「夫婦なら足舐めもいいけど……うん、きて……」
やめて。そういう言い方をすると意識しちゃう。
弱っているからだとわかっていてもやましい想像をしてしまう。
「それでは失礼します」
「いっぱい失礼してね」
やる必要もないが気道を確保してからリリと唇を合せる。
空気を送り込むのではなく治癒効果のある唾液を流しこむ。
「どうでしょうか。痛みなどは消えましたか」
「し、心臓が止まるかもっ……(青空の下で太陽に見られながらするのは解放感がすごい)」
心臓マッサージをしてほしいとねだっているのだろうが、それだけ喋れるならばそれは大袈裟である。
仮に必要な場合でもリリの豊満な胸が視覚的に邪魔をするだろう。
比較的皮下脂肪が薄い場所。胸の谷間にあたる胸骨の上をさがすのだが、目隠しをしなければ「そこは私の隠れ家ですよ」と聖棒がふくれっ面で抗議してくる未来が視える。
しばらく容態を見ながらキスを繰り返すと、リリが足先をピンと伸ばしたあたりで身体の力が抜けて柔らかくなる。
「目のくまは消えたので血行は戻ったはず。まだ痺れや痛みなどはありますか」
「ハァハァ……この甘い痺れが……癖になる……」
生を実感するために刺激を求めるのは相変わらずなようだ。
この癖はなかなか治らないな。
俺はリリと舌を絡めることが癖になりそうだから、そうならないよう気を引き締めていこう。
「声のほうは調子を戻していますね。容態を見みながら休みましょう。夜になったら足の患部の本格的な治療を施します」
「ウヒっ……うん、そうして。いっぱいして」
それでも生きるために治療を期待してくれるならいい傾向である。
リリを抱いてローレンツのもとへ向かおう――そう思ってリリを持ち上げようと足の間に腕を通して膝を立てた矢先である。
浜から巨大な黒い影が近寄ってくることに俺は気づいていなかった。気づけば浜から姿を現した、巨大な口を開けた謎の巨大海洋生物が俺の下半身を丸のみにしていた。
「はんっ――!?」
「おぐぅっ――!」
何者かの襲撃を受けているのだと瞬時に理解し、巻き込まれぬよう咄嗟にリリを放り投げた。
砂浜に落とされたリリは腰を打ったらしくブリッジをしてめちゃくちゃ痛そうにしている。あとで謝ろう。
「――ぬわぁあああああああああ!」
謎の巨大海洋生物は俺の下半身を咥えこみ、海に引きずり込もうと暴れる。
その魚――らしい生物には逞しい腕と足が生えており。砂浜に爪を立てて抵抗する俺を嘲笑うかのように、手足を器用に駆使して、海中へ引きすりこもうとする。
せめて仰向けならば殴ることもできたが、うつ伏せのままでは手も足も出ない。恐怖の勢いで小便ぐらいなら出せそうだが、出したところで聖水の効果により相手を元気にさせてしまうだけだ。
「ふんぬぉーっ!!」
指での抵抗は諦め、肘を砂浜に打ちつけて踏ん張る。止まることはできたが、ここから先のプランがない。
そこへリリの放ったつららが海洋生物の脳天を左右から貫く。
釣り上げた魚をしめるときに刺す部位が見事にぶち抜かれている。
「あ、ありがとございます。なんなんですかこれは。こんな魔物聞いたことがありませんよ」
「こいつはゴライアスだね。魔物と魚の中間の魚類。浅瀬にくることは滅多にないんだけど。ここまで大きいと硬くて食べれたもんじゃないと思う」
「また魚か……」
ナマズのトラウマを克服したばかりなのに新たなトラウマができてしまった。
怖すぎてまじで漏らすかと思ったぞ。
「それよりもリリは無事ですか」
「なにが?」
今だってうつ伏せで腰を上げて痛そうにしているではないか。
「なにがだなんて強がらないでください。私が投げたせいで腰を打っていたでしょう。それに毒をもらっている状態で魔法など使ったら体調にも響くものではないのですか」
「いや全然…………無理だね。腰痛い。魔法行使のせいで毒が活性化した気がする。魔力も切れたかも。迅速な治療が必要な急を要する事態」
「やはり無理をしていたんですね。私がしっかりしていればこんなことにはならなかったというのに……。何度も無理をさせてしまって申し訳ありません」
「謝罪はいらないよ。謝意は誠意ある性意的な行動でしめして?」
「ええ、もちろんですとも! それではしばし我慢してください――」
その後、少しでも腰の痛みが和らぐよう腰に唾液を塗ってやり。リリを膝の上に乗せて優しく腰を撫でながら治療をした。
☆
いつもより濃厚な治療を繰り返したせいで、治療疲れでぐったりとしてしまったリリを抱いてローレンツの元へ戻る。
怪我や病を治すのは最終的には自分の免疫力や治癒機能である。それを無理やり引き出されるのだから疲れるのは仕方ない。多少の性的な快感も付随しているらしいので、精神的な疲れも合わさってその疲労は限界にたっしていることだろう。
「お゙っお゙っ……!」
膝蓋腱反射のように足が定期的に跳ねてしまっていて。足だけではなく全身が痙攣しているのが不安を煽る。
治療の効果は怪我が大きければ大きくなり。病の身体への負担が大きいほど反動も強くなる。つまり、それほどまでにクラーケンの毒が強力だったということだ。
無論デトックスを済まさせてやるのも忘れていない。
またゴライアスに襲われぬよう警戒しつつ。股を開く形で抱きながら海中に連れていってやり、両手で顔をかくすリリに「ほら、お出しなさい」と、緊張や嫌悪を覚えぬよう努めて優しい声音を意識してデトックスを促してきた。
水着の上からなので不快感はあるだろうが、そこは我慢してもらうほかない。
脱がしてそんなことをして、股の間の素敵な巣的空間に何か入ったら大変だ。
純粋な治療行為だったが、見る者が見ればやましい変態行為だと勘繰られてしまうだろう。だが今回に限ってはそうみられたいという思惑もあった。ローレンツには海中での行為をしているように勘違いされるぐらいでちょうどいい。
今のところリリの体調がよくなった様子はないので、念のため今夜は不眠不休で治療すると宣言しておいた。
「お熱いな。夫婦だとは聞いていたが、まさか外でもあんな激しいキスをするなんて思いもしなかった。今どきの若い夫婦とはそういうものなのか?」
今どきなどという言葉を使って暗に自分が圧倒的高齢者であることを匂わすな。
伯爵が吸血鬼であったりローレンツがその何かしらの影響を受けているであろうとは察しがついている。こっちはどうにかして聞かなかったことにしたいんだよ。
しかし夫婦がキスをしていただけだと思われているので安心だ。
「いえ、どちらかと言えば私たちは世間でも珍しい部類であると自覚しております。普通よりも熱愛しておりますので」
「夫、大好き」
「はは、さすがにそうだろうな。それにしても熱烈という言葉では足りないほどの愛情の注ぎぶりだな。それも一方的ではなく相思相愛なのが一目でわかる」
「夫、超好き」
浜辺で足を延ばして座る俺と、その足に抱き着くようにして頭を乗せているリリ。毒の気怠さや痺れを誤魔化すための演出なのだろうが、指先で俺の足をフェザータッチするのは勃起を促す危険な行為なのでやめていただきたい。
ローレンツはそうとは気づいていない。ただ周りの見えないバカップルが人の目も気にせずイチャイチャしているだけに見えるようだ。
もはやリリの演技は名優の域にたっしている。
その顔はいつもの凛々しいリリからは想像もできないほど弛み切っており。まさに愛する男から一秒たりとも離れたくない。肌に触れて至福の時を楽しんでいるメス顔の淫婦のそれである。
旅芸人の一座が、そこに本物の壁があるようなパントマイムを披露してくれたことがあった。リリはそれに勝るとも劣らない名演技をしてくれている。
潤んだ瞳で見上げては俺の足に身体や頬を擦りつける仕草も演技とは思えぬほど自然で、リリの力演には脱帽するばかりである。
「ねぇ、キスしよぉ?」
「こらこら、ローレンツ様の前ではしたないですよ」
「んぅー……いつでもしてくれるって言ったのにぃ……じゃあ夜だよ?」
俺が夫らしい演技などしなくともリリ一人で十分にまかなってしまっているな。
演技だとわかっている俺でも時折リリが本当の妻なのではないかと錯覚してしまうほどだ。ローレンツが見抜けずに誤解をするのも仕方あるまい。
「いやはや見ているこっちが赤面してしまう愛されようだな」
「そうですね。ですが私も負けないぐらいに妻を心から愛していますよ。彼女の髪を撫でるたびに、この世に生を受けたことを神に感謝してしまいます」
「フヒッ――」
「神父らしいのかそうではないのか……これが新時代の若者か」
世代を感じさせる年寄り臭いことを言うのはやめろ。聞きたくない。
「美しい妻を見ていると歯止めがきかなくなることが多々ありまして。さきほどのように時と場所を選ばずに愛でてしまうのです」
いきなり治療を始めた言い訳をここでも念入りに挿入。
「もはやこれは病気の域に達しているのかもしれません。愛する妻を視界におさめるだけで歯止めがきかなくなり、理性を失ってしまうのです。いかなる状況においても理性を保てるようになるポーションなどがあればいいのですが――いえ、あったとしてもこの深い愛情を止められるとは思えませんが」
「ホヒョッ――ひんんんぅ!」
リリも俺の言葉に合せて体を動かしては可愛く唸って媚びるように甘えてくる。相も変わらずうまい演技である。
しかし行き過ぎな気もする。これでは妻というより発情して性行為をねだる情婦のように映るのではないか。
甘えたがりなのはいつものことだが、普段はここまで扇情的な振る舞いをすることはない。お陰で勘違いをしないで済む。
この状況を悪用して「いつものように外でセッセセでもするか」などと言えばリリを困らせるどころか嫌悪されてしまうだろうな。
「病めるほどの愛情か……羨ましいものだな。俺にはそれほどの愛情を注げる者も。注いでくれる者もいなかった」
「ローレンツ様ほどの美男子であればすぐにでもお相手は見つかりそうなものですが。それこそ妻が取られてしまうのではないかと不安でなりません」
「むっ……」
リリがふくれっ面で見上げてくる。
これも絶妙な演技だ。私の愛を信用していないのか――と憤る妻を言葉もなしに完璧に表現してしまっている。
こんなことを本気でされていたら、この場でウツボッキがリリの巣穴に永住権の習得手続きを申請していただろう。
「まいったな。ロイズレッドほどの美丈夫に美男子などと言われたら、光栄を通り越して委縮してしまうだろ」
俺が美丈夫だと? 喧嘩売ってんのか?
お前と並ぶと対比でさらに俺の醜さが際立つのに、 髪をかき上げて殊更に色男アピールしやがって。
じゃあお前は俺みたいな顔の女をお前でも抱けるのか――抱けるんだろうな。父親の目が腐っているのだから、息子のこいつも余裕でいけるだろうよ。
では本気で褒めてくれているのか。それはそれで複雑な気分だな。
「逆ですよ。絶世の美男子であられるローレンツ様に美丈夫だなんて……それこそこちらが委縮してしまいます」
「謙遜も過ぎれば嫌味だぞ」
こっちのセリフだよ。はっ倒すぞ。
こちとら女性が目を合わせただけで失神したり失禁したことがあるのだ。成功体験も性交体験も得られずに育ってきた男の容姿に対するコンプレックスの強さを侮るなよ。
「貴族受けのする高貴な顔立ちをしている」
なるほど。貴族は総じて目が腐っているのだな。
「俺もロイズレッドのような顔に生まれていればな……というのは詮無きことか」
地獄を見るぞ。不細工な男に生まれて生きる辛さを何も理解していないのだな。想像力がまるでない。
司教の話しでは、この広い世界には夢の中に入り込んで人を堕落させる淫魔もいるという。夢を操られぬ想像力と強い意思がなければ抵抗もできずに精力を吸いつくされてしまうのだとか。
こいつがそんな淫魔に襲われたら、起きたときには干からびているだろう。
「んぅー!(男同士でイチャイチャしてる。ローレンツが私よりも先に孕まされる)」
私を見ろと言わんばかりに唸って足をぺちぺちと叩くリリ。
髪を撫でてやると眠りについた猫のように大人しくなった。
「まるで猛獣を手懐ける猛獣使いのようだな」
リリが猛獣? 何を言っているんだ。どうみても甘えたい盛りの可愛い子猫ちゃんだろ。本当に目が腐っているんだな。
「笑わないでほしいのだが。あまり外に出る機会がないので男女の経験がないのだ」
「笑いません。それは純潔を守るという意味で尊いものですよ」
俺も童貞なので笑えません。
童貞は捨てるものなどではない。守るものだ。そして愛する人に捧げるものよ。
「ハハ、お前ならそう言ってくれるだろうと思ったよ。俺は公的には認められていない存在なので縁談もこないんだ。何百年も生きているとバレたら面倒だからな。お父様もそうだ。何代も入れ替わっている振りをして生きている」
だからさらっと聞いちゃいけない情報を小出しにするのやめろよ。
今のでこの場にいるリリまで巻き込まれたじゃないか。
「では結婚などはお考えにはなられていないのですか?」
「俺も人間だから性欲もあれば、そういった行為に興味もある」
「失礼かもしれませんが、使用人などには一切手を付けておられないのでしょうか。綺麗どころが集められているように見えましたが」
「は?」
リリがとんでもない形相で俺を見上げている。哀しみが九。怒りが一といった割合の今すぐにでもキスをしてやりたくなる悲痛な表情である。
「もちろんリリが一番綺麗でしたよ。どこにでもある砂粒と、一つしかない月を比べるようなものですが」
「ふーん(ふぁー! 好き好き好き好き好きっ!)」
表情はすぐに和らいだ。演技なのだからそれはそうだろう。
「屋敷には歳のいった女ばかりでな……。俺の趣味には合わないんだ」
歳のいった女とは言うが、適齢期の女性も多くいたように思う。容姿に関しても粒ぞろいで。よくもここまで美人を集めたものだと感心したほどだ。
「俺は可愛いものが好きなんだ。いや、こよなく愛していると言った方がいいか」
可愛いものだと?
この世でリリとルカよりも可愛いものなど存在しない。
当然ローレンツもリリを可愛いと思っているはずだ。こんなにも可愛い娘を可愛いと思わないのなら本気で目と頭を疑う。
そうなると偽装夫婦であるのがバレたらリリが狙われてしまうのではないか。貴族の強権を利用してルカもセットで持っていかれたらどうしよう。
教団に泣きつけばなんとかなるかもしれないが、警戒を強めるにこしたことはなさそうだ。
「可愛いと言えば我が妻ですね。特に彼女のみせる笑顔以上の可愛いさなど、この世に存在しないと確信しております」
「ウヒヒッ――ヒャヒ――!」
空気を読んで本当に可愛い笑顔を見せてくれるリリ。
毒で口の周りがマヒしているのだろう。涎もたれてしまっているが本当に世界一可愛い。涎が出ても可愛いなんて反則だろ。舐めたい。
「やれやれ……お熱いな。安心してくれ。もはや何者であっても二人の間に割って入れるとは思っていない。王が奪おうとしても、お前ならその腕で王を粉砕してしまいそうだしな」
「よくぞ言った。偉い」
唐突に偉そうなリリも可愛いよ。
でも無礼だからやめてね。頭撫でるから静かにしてて。
「それに俺は壊れそうなほど脆く小さくて可愛いものを愛でたいのだ。そういったものをそっと抱きしめてともに眠りたい……」
ロリコンか。業の深い趣味をお持ちのようだな。
ならばリリの心配は無用か。
リリは身長もあるし胸と尻のでかい凛とした大人の女性である。
ロリコンがゾンビならばリリは聖なる光。ロリコンのローレンツなど触れた瞬間に塵となって消滅するだろう。
となると問題はルカだ。女物の服を着させれば十分に女児に見える中性的な容姿をしている。
貴族は平民とは違い倒錯的な趣味を持つ者が多いと聞くので、念のため確認をしておこう。
「小さくて可愛いものですか。私は子供が好きでして、一緒に遊ぶのが夢だった時期もあります。教会で待っている子供など目に入れても痛くないほどです」
「私は夫をお尻に入れても痛くないよ?」
絶対痛いよ。
性知識が闇の精霊依存のせいで、偏ったことを言ってしまうのだろうな。
「おおう、なんとロイズレッドは同志だったか! かくいう俺も子供に目がなくてな!」
ロリコンの同志扱いはやめていただきたい。子供に目がないは完全にアウトだ。
俺は純粋に子供が好きなのだ。お前とは正反対の性反対。どんなに飢えていても子供を性的な目では見れないし、見たこともない。
リリのような成熟した肉体を持つ大人すら、本当の子として見れるほど子供との触れ合いに飢えているのだからな。もはや病気だ。
「自分が子供のころに病弱だったからだろうな。元気のある生き物に憧れを抱いているのかもしれない」
ロリコンとはすぐそうやって自分の性的嗜好の成り立ちに理屈をつけたがるものだ。
しかし目がないほど子供が好きで、男でも女でもなく生き物ときたか。
性別不問でどちらもいけるとはお得で羨ましい。
人類の半分もいけない俺とは違い、こいつは全生物がターゲットなのだから。
そうなるとやはりルカが危険だな。絶対に会わせないようにしたい。
「妖精を追いかけていてロイズレッドにぶつかったのも、あのときは妖精しか見えていなかったからだ。美しい薄羽に小さな体……俺はあの肉体に究極の美を見出した」
オーレリア。ずっと隠れていろ。見つかったら犯されるぞ。全身を日焼けポーションの臭いにされてしまう。
「――やっと見つけたぞ世界樹様。こんなところにいるとは。あちらこちらを飛び回って随分とさがしまわってしまったじゃないか。しかしこちらの世界は魔力の流れも不安定で不便極まりないな――」
「なっ……あ!? よ、よう、妖精さん!?」
逃げろオーレリア! ボテ腹妖精は特殊嗜好すぎる!
☆
海洋保安組合より通達――。
近海にて異様なほど筋肉の発達したマッシブな人魚が、浜辺で海水浴を楽しむ見目麗しいエルフの女性を襲っていたという通報アリ。
容姿は極めて凶悪。性欲を形にしたような容貌はオークに酷似。
抱卵期間中の女性は浜に近寄るべからず。放精され望まぬ子を孵化させられる危険大ナリ。
近隣に暮らす住民も速やかに退避されたし。
繰り返す――。




