その薬は栗の花の香り漂い、ねっとりしとていて喉にはりつく
「俺の研究が間違っていなければ、これは日光を遮断する薬になっているはずなんだ。さあ一口で効果が出るはずだから飲んでみせてくれ」
お前の研究が間違っていた場合に俺はどうなるのかの説明も必要じゃないか。
少なくとも俺はリリの治療をする際には必ず納得のいく説明を添えるようにしているぞ。
しかし平民風情が貴族様の命令に逆らえるはずもなく。仕方がないとはいえ散々リリが無礼な妻を演じてしまっている手前、これ以上の無礼は避けなければなるまいと、承諾せざるを得なかった。
「飲んだところで効果が実感できるものなのでしょうか。日光を遮断すると言われましてもピンとこないのですが」
「難しく考えなくていい。ただの日焼け止めの効果しかない。しかし飲むことで効能を発揮するという点が画期的なポーションなんだ」
日焼け止めは虫よけの泥などと同じように肌に塗るのが一般的だとおもうのだが。かえって危険な臭いが増してきたぞ。
「日焼け止めは元来肌に塗るものではないのでしょうか」
「フッ、あの気難しいお父様のお眼鏡にかなうだけのことはあるな。さすがの博識ぶりだ。ロイズレッドの言う通り、日焼け止めは世界各地に様々な種類が存在し。そのどれもがそれぞれの地域の環境や生態、歴史に根差した進化をしている。だが飲む日焼け止めは世界に一つとしてなかった。いや正確にはあるのだが、そのほとんどは抑制効果があるに過ぎないんだ」
多弁モードに入っちゃった。
一言でいいのにいらない説明をはさんで遠回しに結論を言おうとしている。
俺が欲しいのは納得のいく簡潔な説明だ。中出ししたら子供ができるよ――みたいな。
「世に一つだけ、抑制ではなく完全に遮断するポーションがあったんだ。その技術は失われて久しく。しばらく世に現れることはなかった。それを再びこの世に復活させるのが俺の夢……目標の一つでもあったんだ!」
趣味と言っていた割りに本格的に取り組んでいたんだな。
夢を語られては茶化すのも悪い。真剣に聞いてやろう。
俺も将来は、処女で爆乳で俺だけを愛してくれる浮気をしない素敵な女性と結婚するのが夢だ。
その夢は笑われるようなものかもしれない。だから俺も人の夢を笑わない。
「なにせ塗るものでは効果が薄いし、塗り忘れや、塗った部分が剝がれないように気をつければならない。しかし完全な飲み薬ならば人体構造を利用して全身にいきわたらせることができる!」
いや、自分で試せよ。
夢は自分で叶えてこそだろ。
「ロイズレッドが飲んだ後に外へ出よう! すぐ近くに浜辺があるだろ。日焼けをしないかどうかをそこで裸になって確かめてほしいんだ」
「さあ飲んで。ぐぐいっと一気に!」
いつの間にかリリが青いポーションを持って俺に差しだしてきた。
海で遊ぶための口実を得るため、俺に無茶をさせようとしていやがる。
「飲めないなら口移ししようか? 苦かったら私に戻していいよ?」
海で遊ぶためなら手段をえらばないらしい。
「ロイズレッドの奥方はなんというか……その……献身性の強い方なのだな」
「これぐらい普通だよ。愛してたらできないことなんてないでしょ」
「愛ゆえにか……それはまさに真理だな」
リリは仮初の妻という立場を利用して、すぐにでも海に遊びに行きたいだけなのを俺だけは知っている。
「自分で飲めますよ。ただ……いえ、飲みますのでかしてください」
素人の作った薬など飲みたくないと言いたかったが、本人を前にしては言えるわけもなかった。
ローレンツは少量で構わないと言うのでほんの一口だけ流し込んだ。
☆
薬を飲むとすぐに別の部屋へと移動させられる。
「さあロイズレッドもエルも、このなかから好きな水着を選ぶといい」
「水着? なにそれ?」
薬は美味しいものではなく。例えるなら栗の花のようなイヤな香りがした。
まだ口の中に臭いが残っていて不快でならない。
今のところ体調に変化はないが男としての大切なものを奪われた気分だ。
「まさか水着をしらないのか? 海に囲まれた都市なんかでは一般的な物なんだが、マフィーダから来たのならそれも仕方がない。水着というのは吸水性と撥水性を兼ねそろえた生地でつくられた――」
「私と彼は水着いらない。裸でいいよ」
いやいるよ。貴族様の話を遮ってまで俺を巻き込むなって。
「ふむ……やはり裸の方が効果の確認がしやすいよな」
全裸だけは嫌で、交渉の結果この部屋にきたのに話を振り出しに戻すな。
「そうだよ。全裸の方が何事においてもいいに決まってる」
「いやいや、日焼けをした後とする前の差を明確にするためにも、水着の着用は義務かと。全身を日光に浴びれば確認が難しくなってしまいますよ」
「そうか。うん、それもそうだな」
「……チッ」
リリさんいま舌打ちした?
リリは結局最後まで駄々をこねたが、一番布面積の多い野暮ったい水着を着させることに。
あてつけなのか選んだ瞬間に俺の前で着替えようとしたのでローレンツと光の速さで部屋から出ることになった。
俺の水着はリリがどうしてもこれがいいと言うので、普段履いている下着よりも布面積の少ない際どいものを選ばれそうになった。
無論そんなものを履けるはずもない。そんな小さいもの着用したら聖棒がはみ出るというもっともな指摘をしてくれたビビアンには感謝したい。
それでも聖棒も日焼けするかの確認もするべきだとごねるリリを宥め。最終的に下着とほぼ変わらない。生地が膝上まである物を選んだ。
そしてローレンツはリリが俺のために最初に選んだ際どいものにされれいた。それはビビアンさんの決定である。
歪んだ愛情が見て取れるな。
☆
浜辺で膝を抱えて座る俺の横に腰を下ろすのは、ブーメランパンツ姿のローレンツ。
お前も水着を着て日焼けするつもりなら最初からお前が飲めよと言いたかった。
ただ効果を待つだけなら海で泳いでいたいのだが、抜け出すタイミングを完全に逸していた。
リリの水着すがたが官能的過ぎて聖棒が予断を許さぬ状態になってしまったのだからいたしかたない。
あえて野暮ったいものを選んだはずなのに、胸と尻が野暮ったさを貫通してまっていてたまらない。しばらくは聖棒が落ち着くのを待とう。
リリはさっきまで元気に泳いでいたのに、今はうちあげられたクラゲが如く波打ち際でうつ伏せになって胸を押しつぶしている。
俺を見ているがなにをしているのだろう。あれで遊びに誘っているつもりなのだろうか。聖棒がクラゲの間に遊びにいっちゃうぞ。
「――お母様は元々平民の出だったんだ」
突然始まるローレンツによる身の上話。
趣味の話し以外もできるのかと感心する。
「平民でありながら宮廷で働く才女だった」
「平民で宮廷に入ったとなると、それは相当な才があったのでしょうね」
美貌で宮廷入りしたとかだったら、この話は嘘だと決めつけるところだった。何かしらの才があるなら納得である。
恐らくはあの筋肉を買われて騎士団にでもスカウトされたか。女性の貴族たちのボディーガードでも勤めていたのだろう。
「お母様は錬金術師でね。そのときに宮廷に出入りしていたビビアンとも仲良くなったそうだ」
あのなりで科学者枠で宮廷に?
嘘をつけ、筋肉を生み出す錬筋術師の間違いだろ。
「そしてビビアンがクロロック家へ奉仕に来る際に、一緒にこの城へ呼ばれたんだ」
「そこで伯爵様がお母上を見初めたという話でしょうか」
「察しがいいな。その通りだ」
「…………」
美醜の価値は見た目でははかれないものだが、あの容姿のどこに惚れる要素があったのか不思議でならない。だって俺だぞ。
同じ見た目として参考にするためにもちゃんと聞いておいた方がいいかもしれない。
「だが少し違うな。宮廷に呼ばれた父が、母に一目惚れをしてこちらに呼び寄せたのだ」
目が腐ってんのか。
「それで、伯爵様はどのようにしてお母上を射止めたのでしょう」
「気になるのかい? 自分で言うのもなんだけど、他人の家族の話をそんな親身に聞こうとしてくれる姿勢をみせてくれるというのは、やはり君は誠実な男なんだろうな」
「ローレンツ様が非常に興味深い話をしてくださるからですよ。話し上手なのでつい自然と傾聴してしまうのでしょうね」
「フフ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「(……なんか二人がいい感じになってる気がする。止めたい)」
俺がモテるためのヒントが隠されているかもしれないからな。いやでも親身にもなる。
「これはもう聞いているとは思うが、お父様は吸血鬼なのは知っているだろ」
やってくれたなお前。
あぁあ、やったなこいつ。
俺はそんな話は伯爵から聞いていない。ちゃんと聞かなければよかった。いまからでも鼓膜が破れていることにはできないだろうか。
そこらへんに落ちている貝でも突き刺せばなんとかならないものか。
すみません貝が耳に入っていて聞こえませんでした――とか。
「慎重なお父様のことだ再三にわたって注意をされているとは思うが。この話を下手に口外すれば処刑されてしまうから気を付けてくれ。国でもごく一部の信頼に値する者にしか知られていないんだ」
知ったら殺されるような秘密を俺に共有させるな。
慎重なお父様は最初から何も言ってこなかったよ。
決めた。絶対に聞かなかったことにしよう。
とりあえずうつ伏せのまま俺をみつめて動かないリリに手でも振っておこうか。おっぱいが揺れて返事をしている。眼福眼福。
「母は、吸血鬼がゆえに日の当たる時間に外へ出れぬ父を不憫に思い、日焼け止めの飲み薬の研究を始めたんだ」
こいつ何が何でも念入りで入念に吸血鬼の話をするつもりだな。
「妖精の手を借りなければ作れない薬をですか?」
「ああ、だから簡単なものではなかった。何度も失敗を繰り返したそうだ。効果の弱い媚薬をつくってしまったり、効果の強い媚薬をつくってしまったり、苦労に苦労を重ねてようやく生み出すことができたんだ」
媚薬しかつくってねぇな。
そんな大切なものを俺に使ってもよかったのか。というかこれ媚薬だったらどうするんだよ。半勃起しているのも媚薬だからじゃないのかこれ。
どうせなら伯爵を実験台にしろよ。
しかし伯爵様も、あの栗の花の臭いを味わっていたと思うと感慨深いな。さぞイヤだったろう。
「妖精の力を借りて薬を完成させるため、母は連日ダンジョンにこもったそうだ。いったいどうして他人のためにそこまでできるのかと父は首をかしげていたそうだ」
「愛でしょうね。それは紛れもなく愛の力です」
「父もそう解釈したみたいでね。でも母は目の前に苦しんでいる人がいるのを見逃せない人だったんだ。愛は愛でも恋愛感情とは違う、友愛の情に近いものだったらしい」
つまり損得勘定を抜きにしてダンジョンへ潜っていたというのか。それも遭遇できる確率などほとんどない妖精に会うために。
なんという献身性か。シクリッド教団に入っていたなら間違いなく聖女となっていただろう。
「父はその優しさに胸を打たれて結婚を申し込んだ。側室などではなく正室にな。母は身分の差を気にして最初は断っていたようだが、父の猛烈な求愛と求婚に根負けして平民の身でありながら貴族に嫁ぐこととなった。普段は父がエスコートしていたが、セックスは母が優位だったらしい」
聞きたくない話の中へ更にいらないクソみたいな情報をひとつまみっと。
「しかし母は突然倒れてしまった」
だいたい予想がつく。女性は出産にたえられず死んでしまうこともある。
ローレンツ様がどこか暗いのも、自分が生まれたせいで母親を殺してしまったという思い込みからくる負い目を感じているのだろう。
「季節外れの風邪をひいてそのまま肺炎を患ってね……。当時の治癒ポーションではろくに回復もできず、僕が物心つく前には亡くなってしまったんだ」
まったくの見当外れだった。
「それ以来、父はふさぎ込んでしまってね。夜であっても城の外には出なくなってしまったのさ」
「だからローレンツ様が日焼け止めの薬を作って外に出る機会をつくろうと……そして作っている途中に奇跡的に妖精の力が宿ったという話ですね」
「いいや、今回の日焼け止めはただの偶然だ。目標の一つではあったけれど、あれは別の薬を作っている途中だった。人を子供にする薬だ」
じゃあ俺は今までなんの話を聞かされていたんだよ。人を子供にするか、媚薬効果があるかもしれない薬を俺に飲ませるなよ。
聞かなくてもいい話の中で聞いちゃいけない秘密を赤裸々に語られた俺はどんな顔をしていたらいいのだ。
「でもそうだな。これを機にお父様が外にでてくれればいいとは思っている。お父様は吸血衝動をおさえるために極力人を近寄らせないし、自ら近寄ることもない。だが世界があの城の中だけというのも息詰まるものがあるだろう。たまにはこうして水平線を眺めるのも心の薬になると思うのだ」
だから伯爵は近寄ると殺すと言っていたのか。
あれは血を吸いたくなってしまうからこれ以上近寄るなという警告だったわけだな。
美しい女性の吸血鬼ならまだしも、おっさんに血を吸い殺されるのはイヤすぎる終わり方だな。
しかも妻が俺に似ていると言うならなおのこと。胸とか尻とか聖棒を愛撫しながら吸われたら死んでも死にきれないぞ。
「でしたらこの薬がただしく効能を発揮するといいですね」
「そうだな。お母さまが亡くなってここ数百年、父はほとんど外に出ていなかったからな」
「……左様でございましたか」
奥方が死んでから数百年?
ではローレンツ様は何歳なのだ?
友人だったらしい熟女メイドのビビアンは?
いや、聞くまい。聞いて余計な責任が増えるのはごめんだ。
「実は俺も――」
「おっと愛しき我が妻が、私にかまってほしそうな瞳でこちらを見ている! これは急いで愛してやらなければなるまいてぇ!!」
不敬であるのは承知で聞こえないふりをして全力でスタートを切って駆けだした。
これ以上秘密を聞かされても俺では処理しきれない。




