彼はお母さんみたいな筋肉質で強面な大男
奴隷商を買収しろ?
それは神父に頼む話ではない。商人組合あたりに話を持っていくべきだ。
「お言葉を返すようで大変恐縮なのですが。そういった依頼は商人組合。または冒険者組合などの荒事を専門とした組織にお声掛けいただくのが妙手ではないかと。甚だ浅学ではございますが、一案としてご提案いたします」
「表の組織では無用な軋轢を生むのだよ、黒豹」
俺が所属しているシクリッド教団だって思いっきり表の組織だよ。
「私もシクリッド教団に属する神父にございます。教団はけっして裏のある組織ではございませんよ。それに閣下は誤解をなさっていらっしゃるご様子。私のような微力で凡庸な人間が、恐れ多い世界と繋がれるはずもございません。どうか大いなる誤解をお解きくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
久々に誤解を解くために全力を出している。いつもは諦めていたが、こればかりは正したい。
なんだよ奴隷商の買収って。自分でしろよ。
「フフ、なるほど。表向きはシクリッド教団の神父であると主張しておけば、確かに国も貴族も手を出しにくいだろう」
シンプルに失礼なやつだなこいつ。神父は表向きではなく表そのものだよ。
それに手を出しにくいなら牢獄などに入れられるものか。あいつらは俺を神父だと信じないで容赦なくぶち込んだぞ。
「教会が民や領主よりも力を持っている町も多く存在するからな。よい隠れ蓑を用意したな。それも教団の指示か?」
「私には閣下が何の話をされているのかさっぱりわかりません。教団からの指示はたった一つ、教会を運営せよというものだけです」
「教団の権利を自由に振舞う権限を得ているということか。あの狡猾な教団にそこまで信を置かれているということは、それだけでも信頼に値するぞ」
信などない。放任されているのだ。
崩壊寸前で賊の根城にされていた教会をぶん投げられただけだ。
「言葉のまま受け取れば馬鹿を見る、深読みをしなければ真意を汲ませぬ話術も中々のもの。貴様との対話は実に面白い。人との対話でこうも心が躍るのはいつぶりだろうか」
言葉のままに受け取れよ馬鹿。深読みして勝手に盛りあがるな。
ただの神父だって言ってんだろ。
「そして警戒心の強さも申し分ない。緊張しているかのように見せかけて、一分の隙も見せず。この期に及んで強情な姿勢を貫くのも信頼に厚みを持たせるではないか。黒豹、私は貴様を増々気に入ったぞ」
「(ダーリンがどんどん男に気に入られていく……)」
この期に及ぶも何もルカを人質にして、無理やりこの期に及ばせたのはお前らだろ。
「あまりに過分な評価、心苦しさを覚える次第です。このような凡夫に閣下直々の依頼など荷が勝ちすぎておりますゆえ」
「なるほど、な……フフ」
多分なにもなるほどってないなこいつ。これはさらに大いなる誤解をしている顔だ。
「そういうことならば今夜は足休めのためにも我が城に逗留していくが良い。今宵の宿は保証しよう」
「(ダーリンと外泊……。若い男女。密室。私が何も起こさないはずもなく……)」
どういうことならばそうなるんだ。
保証なんていらない。すぐに帰らせてください。
「寛大なるお申し出、誠に恐れ入ります。しかしながら教会に残してきたまだ幼い子供が寂しさのあまり枕を濡らしているかと存じますと、保護者の身としてはどうしても後ろ髪を引かれる思いにございます。不肖の身勝手、重々承知の上で申し上げます。どうか今宵は去らせていただきたく――」
「それならば心配はいらぬぞ」
「と申しますと……?」
「貴様の隠れ蓑にしている教会ならば既に護衛を配置している。無論何者であっても気取られぬようにな」
「…………」
つまりルカは人質のままだと言いたいらしい。
これだから貴族は。こいつらは平民を駒か道具としか思っていないのだ。
「左様でございましたか」
腹が立ってしまい偽りであっても感謝の言葉が出せなかった。
「心配いらないよ。あいつがついてるから。あれはルカを溺愛してるからね」
ずっと静かにしていたリリが口をはさむ。
あいつとは闇の精霊を指しているのだろう。
「そうでしょうか。ですが心配をしないというのは難しいかと」
「今のあいつがその気になれば村一つぐらいなら容易く滅ぼせるぐらいの戦力はあるよ。ただ力がありすぎて調整できないだろうし、一か十の極端な力しか出せないかな」
さすがにそれは大仰ではないか――そう口に出す前に、遅れてリリの意図を完璧に理解した。
つまりリリは、ルカに手を出すならば、ルカを守る謎の存在がそちらの護衛を皆殺しにする――という牽制をしているのだ。
「それもそうでしたね。彼女がついているのであればルカも安心でしょう」
脅しには屈せず、さらなる脅しで上書きする。リリの巧みな交渉術には舌を巻くばかりだ。村を滅ぼすなどブラフだとはわかっていてもこのまま合わすことにしよう。
「だから伯爵のお言葉に甘えて泊っていこう」
「ええ、その通り……ん……?」
そういうことか。
ここで慌てて帰ろうとすればこちらのブラフが看破されてしまう。なので一旦は相手の要求をのむふりをしているのだな。
「たしかに急ぐ理由はなくなりましたからね。折角御厚意を頂戴したわけですし、ここでゆっくりしていくのもいいでしょう」
「でしょ?」
「クックック、貴様の愛妻は実に肝が据わっているな。堂々と役目を果たしている」
「(愛妻だってさ。私が妻だって噂を冒険者組合も使ってコツコツひろめ続けていたけれど、こんなところにまで拡散しているのは嬉しすぎる誤算だね)」
「いえ彼女は――……」
妻ではないと否定しようとしたが、それはまずいと気づく。
伯爵がリリを妻であると誤解していたのは、馬屋に語った虚偽の情報を知っているからだ。
旅の道中での話しは全て聞かれていたと考えておいた方がよさそうだ。
豪華な馬車のわりには御者台との間の防音が薄かったのもそのためだろう。
一杯食わされた。あの気弱そうな馬屋が間諜だったなんて。一体いつの間に情報を流したのだ。
さすがに考えを改めた方がよさそうだ。
この貴族、ただの金持ちだと思っていると痛い目を見る。
もしかしたら治療の件すら勘づかれている可能性もある。
「どうした? 言葉を続けよ」
熟女の口ぶりからも察っせられるように、監視をされていたのは間違いない。
妻ではなく娘であると否定しようとしたが、それでは道中の治療を怪しまれてしまう。
であるならば、ここで娘と紹介するのは悪手。余計な疑いを増やしてしまうだけだ。
「そう、私は彼の愛され妻だからね。旦那を補助するのも私の役目だし。いたらぬ部分は穴埋めをしないといけない。そのほか諸々も全部私がしてあげないといけないんだ。もちろん夫にも私の穴も埋めて埋めて埋めてもらいまくってるよ。そうやって支え合って生きるのが夫婦なんだから」
「ほう……支え合うのが夫婦ときたか」
流石はリリである。何も言わずとも、傷の治癒がバレぬようにと大袈裟に妻役を演じてくれた。馬車では一時的に妻役を頼んでいたが、ここでもその役に徹し続けてくれるようだ。
「まあ合わなくてもいいかな。私が勝手に支えるもん」
「それは大きく出たな。その男の支柱となるには相応の力が必要だぞ?」
「そうだね。だから私以外でが彼の妻になるのは不可能だと断言しておくよ」
「威勢のいいエルフの娘だ。面白い」
まるで状況を俯瞰的に見ているような、冷静な判断力と大胆な行動力だ。
伯爵が釣れると踏んで論点をすり替え恋愛の話に移行し、無理なく本題を霧に隠す巧みな話術。
驚異的な頭の回転のはやさは見習いたくとも真似できぬ、卓越したセンスを感じる。
彼女ほどの人材が貴族をパトロンに持つことなく在野に埋もれていたのが不思議でならない。
ルカに魔法指南をしているところを見るに、その気になって売り込めば宮廷魔法師としての採用も十分にあり得ただろう。
だがそれだけの才を持ちながら前に進まず。ダンジョンで矢を受けて死のうとしていたのは、それほどまでに心の傷が深かったからだ。
「リリ……」
「……っ(顔面つっよ。見てるだけで子宮おりてくる)」
場を弁えずに彼女を抱擁してやりたい気分になってきた。
決して闇になど飲ませぬよう、これからも大切に、娘のように愛していこう。
「突然見つめ合ってどうしたのだ? よもやこの場で子をこさえようなどとはすまいな」
「伯爵が望むならそうするけど? 貴族の命令なら仕方ないからね。する? (準備は万端。椅子も使いたいから伯爵は邪魔。部屋の隅にでも行ってて)」
仕方ないでそこまでさせてなるものか。
もしそんな命令を下されたら伯爵にアックスボンバーしてでも逃げ出してやる。
「ククッ、黒豹が度の過ぎた愛妻家であるという噂は耳にしていたが、噂以上に溺愛しているのが見ているだけで伝わってくる。そして黒豹以上に愛妻は惚れ込んでいるようだな」
「そうだよ。彼は私だけを特別に溺愛してるんだ。他の生物が入り込む余地はないよ。もうこれは溺れる愛どころじゃないね。愛の海に沈んでるから愛沈だね。私たちは愛沈しあっている」
「あいちん……? ハッ……!」
大袈裟で奇妙な言い回しなのですぐに気づけた。
これはルカの人質としての価値を下げるための嘘なのだ。
俺が妻だけを狂ったように愛し。狂気じみた関係を構築していると思い込ませることで、己に注目を集めてルカの身を守ろうとしているのだ。
己の身を挺してまで俺を守った、自己犠牲の精神が強すぎるリリらしい判断と言えよう。
ならばリリだけに無理をさせるわけにはいかない。俺も演技に合わせなければ。
しかし俺は演技などできないので、いつもは抑えている本心を表に出そう。
「お言葉になりますが、私以上に彼女が私を愛しているという言葉は聞き捨てなりません。私ほどの愛を抱く者など、この世界に一人として存在しえないのですから」
「ほう……」
理性で本能と感情を抑えていたが、それを解き放つのだ。
娘として扱うのではなく、理想的な女性を妻に迎えた幸福な男として。重すぎる愛情を持った真の俺をさらけだせ――。
「彼女のためならば、私はこの世のすべてを敵に回してもいい。彼女がこの世のすべてを敵に回すならば、私は彼女の前に立ち、彼女の敵をすべて討ち滅ぼしましょう。妻の望みが私の望み。妻の夢が私の夢。妻の全てが私の全てです。ですのでどうか訂正していただきたい」
「ヒュッ――(愛が重すぎて理想的過ぎる。言葉の精子で絶対着床した。言葉の赤ちゃん産みそう)」
ここまで言えばルカへ向けられた意識も変わることだろう。
「ほう……これまでは怯えて震える子犬のようだったというのに顔つきが変わったか。ここにきてようやく本心を見せたようだな、黒豹。貴様の心の内はどうにか暴こうとはしていたが、よもや妻への愛であけることになるとは思いもよらなかったが」
「隠せぬ想いでありますゆえ――。ご無礼の数々、どうかご容赦を」
リリの肩を無理やり抱き寄せる。片膝を立ててしゃがんでいるので体勢的につらい。
するとリリは、足を崩して甘えるようにしなだれかかってきて、頬にキスをしてくれた。俺には真似できない臨機応変な演技だ。
しかしわずかに震えている。治療でもなし。好きでもない男に自分からキスをするのは流石につらいのだろう。
「妻を器量のよさだけで選んだ……というわけではなさそうだな。貴様がいなければ我が娘にほしいほどだ」
不敵に笑う伯爵。その笑みは俺たちの偽装と誘導が見抜いているかのようだった。
伯爵は馬鹿なのか、馬鹿じゃないのかどっちだ。考えていない振りをして考えているようにも見える。底の知れない男である。
「良妻を娶ったな黒豹」
「良妻などという言葉では足らぬほどの妻です」
「では愛妻が死してこの世から永遠に姿を隠したら、そのとき貴様ならどうする」
「(私なら即死する)」
これは脅しの一種だろうか。それとも何かのテストか。
質問の意図は読めないが、馬鹿正直に答えよう。
「もう一度彼女を見つけます」
「……というと?」
「彼女以上の女性など幾万年もの時を要して、星の海を越えても見つかりはしません。ですので、再び生まれ変わった彼女をこの世界で見つけだします。それこそ数万年かかろうとも」
「(じゃあ私も死ぬのやめる。蘇生の魔法を数万年かけても開発しよっと)」
「なるほど、シクリッド教団は輪廻転生を信じるのだったな。だそうだ、愛妻殿。どう思う」
「愛が爆発した。今夜はいっぱいご奉仕する」
あぶねぇ。嘘でも勃起しそうになった。
「クアーハッハッハッハッハ――! どちらも想いを隠しもしない、気持ちの良い夫婦ではないか! そうだ。愛とはそれでいいのだ!」
ひとっておっさんになると、やたらと若者に愛を語りたがるよな。
俺の顔面偏差値を見れば不要だとわかるだろうに、よくその手のおっさんには絡まれる。
マフィーダに向かうときに乗せてもらった商人なんかがそうだった。「若いうちに恋愛をたくさんしておけよ!」とか余計なお世話である。できたらしてるわ。
「私を前にしても臆せずこのような態度をとれる者など久方ぶりよ。まさか人の妻を羨む日がくるとはな」
「仰る通り私のような不肖の身には、いささか過ぎたる伴侶にございます。家を守る彼女の賢明さと支えがなければ、このように伯爵様との会話すらままならなかったでしょう。妻こそ我が家の唯一の誇り、そして宝にございます」
「フヒュッ――フヒヒ!」
上手い。照れるふりをして両手で左右から寄せた髪を掴んで口に当てている。それならば演じるのが一番難しい口元を隠せるな。耳まで真っ赤にしているのは髪で息を止めているからだ。
リリは演技の才まであるのか。
「家を守るか……なるほど、たしかにファミリアを守るに相応しい知恵分別を有している。そして自分は不甲斐ない男を演じて愛妻に交渉の権利を委ねる貴様もな」
言うほど交渉したか?
そっちが無理やり押し通して恋バナをはじめただけだぞ。
「実に上手いやり方よ。人を見抜く目を持たぬ者には、貴様がただの神父か凡夫にしか映るまい。だが私のこの目は誤魔化せなかったようだがな」
ただの神父で凡夫だよ。見抜きすぎて壁でも見てるのかこいつ。
いや、騙されるな。これも二周回って馬鹿なふりかもしれない。
「ふう、有意義な時間を楽しめた。ではさっそくだが部屋を用意させよう。屋敷の中は自由に動いてもらって構わない。使用人たちにもそのように伝えておく」
精霊を匂わせても全く動じた様子もないことから、ここで断っても次の脅しが用意されているのは目に見えている。もはや宿泊は逃れられそうにない。
「……(二人部屋こい二人部屋こい二人部屋こい。そしてダーリンは私の赤ちゃん部屋にきて)」
リリも万策尽きたのかついに黙ってしまった。
これはつまりリリをしても切り抜けられない、一枚も二枚も上手な相手だということになる。
貴族になる者には貴族になる資質や理由があるのだと思い知らされた。
長らく領地を維持しているという話をリリが唐突にふった時点で、侮るべきではなかった。
リリは最初からそうと気づいていて、俺に知らせるために話していたのだ。
己の頭の鈍さがいやになる。
「夫婦ならば部屋を分ける必要もあるまい? いや宗教上の理由から二つ部屋を用意しなければならな――」
「一つでいいよ」
できれば二つに分けてほしかったが、リリが先に答えてしまう。これも考えあっての返答だったのだろう。
いまさら俺が出しゃばってもろくな展開にはならない。ここはリリに任せよう。
「そうじゃなきゃ泊まらない」
「そうだろうな。わかりきっていたが念のためだ。ならば部屋は一つだと伝えておこう」
ここで異を唱えれば怪しまれる。頷くほかない。
「閣下の寛大なご配慮にはただ痛み入るばかりにございます」
「……(よしっ! よぉしよしよしよしっ!)」
きまってしまったものはしかたない。問題は朝立ちどうするかだな。
☆
世界樹様に先立って城の中を探索しようと姿を消して徘徊していると、猛烈な尿意を催してしまう。
こちらの世界では排尿をする場所もかなり限られている。
我々妖精の老廃物は、魔力を主食としている分、魔力の含有量が非常に多い。下手に好き勝手撒けば魔物が寄ってきてしまうので、どこに撒いてもいいというわけではない。
「うぅ……っ! しかしこれ以上我慢すると鱗粉が増えてしまうッ!」
尿意の原因は川で泳ぎを習ったさいに水を大量に飲んだせいだろう。
「味はさほど悪くはなかったが、世界樹様の雫に比べれば泥水に等しかった。あんなものを飲み続けられるとは、この世界の人間の腹はどうなっているのだ。世界樹様の肛門が強靭なのも納得がいく」
できれば世界樹様の口を借りたいところなのだが、それはダメだと奥方に禁じられている。
どこかにトイレに代わる場所はないかと飛び回っているうち、世界樹様に似た香りを放つ部屋がった。
扉の隙間から侵入すると、部屋の中心にはテーブルがあり、その上に三角形の頂点だけが伸びた不可思議な形の瓶を見つける。
そこから漂う香りがどうしようもなく尿意を加速させ、鱗粉を激しく降らせる。
「この水は世界樹様の匂いに似ているな。ならばここでさせてもらおうか」
☆
お断りしたかったのに引き留められてしまって一晩泊まることになってしまった。
夕食の時間になったら食事をしながら奴隷商の買収についての擦り合わせを行うそうだ。俺はやるなんて一言も言っていないのに。
貴族が平民の意見など聞いてはくれないのはどこの国も同じようだ。
リリと二人で部屋にいてもセックス以外にすることが思いつかなかったので、案内された部屋からはすぐに出て、オーレリアをさがすついでに自由に歩いていいと言われた屋敷を散策することにした。
「外にはでれないの? 海にいきたいんだけど」
「今は難しいでしょうね。先にオーレリアを探さなければなりません。それに帰りも急がなくてはいけなくなってしまいそうです」
「むっ……まあいいか。今日はお泊りだしね」
リリは海に行けなくてご立腹な様子だったか持ち前の切り替えの早さですぐにニヘラと笑った。
こんな立派なお屋敷には滅多に泊まれない。安宿暮らしだったリリからすれば嬉しいのだろう。
「それにしてもルカが心配です……。こんなことならば連れてくればよかったかもしれない」
「絶対問題ないよ。だってあいつが受肉して守ってるもん。私と契約していたときの比じゃないからね」
リリは憶測ではない強い言葉で断言してくれる。
遭難した際には力強い言葉が生きる希望を持たせてくれる。冒険者でもあったリリは、俺みたいな気弱な男など数えられぬほど見てきたのだろう。新米冒険者のように気を弱らせている者を励ますなどお手のものなのだ。
「それに、こういう時のためにルカは魔法を覚えたいんだって言ってた。私たちを見送ってくれたのも自信がついたからだし。信じてあげないとかわいそうだよ」
「そうか……それもそうですね。不安な気持ちが消えるわけではありませんが、少なくともルカの前では言わないように気を付けないといけませんね。男としての矜持が傷つけられますから」
「(そういえばダーリンはお尻の傷大丈夫なのかな。見てあげるから見せてくれないかな)」
子供だと言ってもルカだって男だ。努力を否定されて面白く思うわけがない。
男だと言っても子供だから心配なままだが。
「それにしてもオーレリアはどこにいったんだろうね」
「屋敷に入る前まではいたと思ったのですが」
「川で遊んでいたときに、人にはあまり見られたくないって言ってたよ。だから姿を消してるのかも」
「それで消えてしまっているのでしたらいいのですが。せめて一言欲しいところですね」
「……お母さんみたいだね。ホント心配性」
そうかもしれないな。ルカやリリの世話をするようになってから俺のなかでは父性よりも母性のほうが優勢な気がする。
いまも外套を着ないで生足を晒しているリリに対して、父性は心配しているが、一方の母性は親子のように並んで一緒に買い物などして、似合う服を探してやったり、テラスのある店でお茶をしたいとか考えてしまっている。
他方、心のオークは「包みこみたい」という、どうとでもとれる主張を展開していて判断に困る。
それはリリを精神的に包み込みたいのか。それとも聖棒を爆乳でもって肉体的に包みたいのかどっちだ。
「――おっと」
「ぐわっ」
考え事をしながら曲がり角曲がろうとすると、走ってきた人とぶつかってしまう。
勢いよくぶつかってきたせいで相手は倒れてしまっている。俺はびくともせず、大胸筋がぴくっとしただけだ。
「いっつぅ……なぜこんなところに壁が……」
山ときて灯台ときて世界樹ときて次は壁ときたか。
しかし怪我をしてそうな反応だ。まずい。
倒れているのは伯爵様と同じ銀色の髪の美青年だった。
魔力で輝く蝋燭の光を反射するその髪は、男の俺でも思わず見とれてしまうほどに美しい。
ティアスと比べてどちらが色男だろう。男らしさという点で評価するならば、こちらの男性の方が上か。男性ホルモンの出し方がこちらのほうが上手い。
「お怪我はありませんか」
見た目からして伯爵様との血縁関係者であるのは間違いない。
貴公子を転ばせておいて罰もなく済むはずがないので内心では冷や汗がだくだくと出ている。
「お前、どこに目をつけてるの? ちゃんと前を見て歩きなよ。彼が怪我したらどうするのさ」
「あっ、あっ、あっ……すま、すみま、ごめんなさ……」
「あっ、やめっ、ダメ、リリ、こっちが悪っ……」
リリが俺ではなく倒れた貴公子を注意したせいで、貴公子と俺は混乱し二人でしどろもどろになってしまっている。
どう考えても俺の不注意なので彼を責めるのはやめてほしい。俺が死刑になる。
「それにこれはさ、誰の許可を得て彼に触れてるんだって話なんだよ」
「あっ、あっ……」
「こ、こちらが気を付けていなかったのが悪いのです。相手を責めてはいけません」
俺はなんとか喋れるようになったが、貴公子様はまだ混乱している。
リリは身長も高く、見た目も怖いほど美しい。貴公子でも美女から物申されるとパニックになるんだな。なんか親近感が湧くな。
「いいやこいつが悪いよ。君に悪いところなんて一つもない。君はいいところしかないもん」
親想いなのは嬉しいけれど、それ以上貴族様を刺激してはいけない。
「あの、お怪我はありませんか。さあお手を」
「怪我はないので心配はいらない。手もいらないさ。ただの骨折程度ですんでいる」
それは大怪我ですね。
心配しないは無理がありますし、そうなると俺の罪状が心配になってくる。
「ど、どちらにお怪我を!?」
「(まずい。治療されたら私のダーリンが他人を舐めたり吸ったりしてしまう)」
この際尻を骨折していても俺の聖水で!
「怪我してるなら殺す」
リリが証拠の隠滅を図ろうとしているな。
人様の家で家主の息子を隠滅するのは無理だろ。
「ハハ、怪我をしたと言うのは冗談だ。だから殺さないでください。それよりも――――えっ……お、お母さま……?」
貴公子は俺を見上げて意味不明なことを呟く。
折れたのは頭の骨だったのだろうか。視覚情報から得られる認識に甚大な問題が発生している。




