37話 話のわからない貴族
馬車の中。槍を横に置いて片膝をつき、顔面蒼白になって様々な言葉で許しをこうオーレリア。
「申し開きのしようもない……」
開かれたのは俺の城門だ。ロイズレッド城がロイズレッド嬢になるところだった。
しかしリリに詳しく知られるのあれなので申し開きの必要はない。これ以上開くな。
「いいんですよ」
開いてもいいんですよ――と、誤解されそうなので言葉を続ける。
「オーレリアの過去についてはお話いただいておりましたし。そも私が頼んだのが原因ですから。配慮が足りませんでしたよね」
だからといって城門を開いてもいいというわけでもないが。
こんなにも誠心誠意を尽くして誤っているのだから、許さないでいるのもかわいそうだ。
「しかし……世界樹様の樹洞は――」
いい。余計なことは言うな。
「あれがわざとではないとわかっています。魔物を前にして昂ってしまう気持ちも十分に理解が示せますよ。私も神父としてまだまだ未熟者。自制がきかずにそういった場面に出くわすこともありますからね」
リリの前で二度もオーク化しているからな。理性があるぶんオーレリアはまだましだ。
「ど、どれぐらい入ったの? 結構奥までいった? わざとじゃないならいいの?」
どれも答えたくないイヤな質問ぜめだな。
なんで嬉しそうに笑ってんだよ。
「リリ、そういうのは聞かないでください。私にも自尊心というものがあります」
「…………そっか、肛門が傷ついて自尊心まで傷ついたらたまらないもんね」
言わなくていいって。こっちは濁してるんだから察してよ。
「彼は気にしてないって言ってるんだから、もう気にしなくていいよ」
「奥方と世界樹様が寛大な方でよかった……。しかし守るべき世界樹様を傷つけてしまうなど拭えぬ汚点を残してしまった。守り人としてあるまじき失態。必ずやお役に立って。恩に報いるためにも汚点に勝る成果を捧げよう」
「私はひとより頑丈なので気にしておりません。自分を責めすぎないでくださいね」
これでは肛門がタフみたいに聞こえてしまうな。いや聞こえないか。
「肛門まで人よりも強いんだ……」
聞こえてたわ。
「そのようだな。毒針に新たな毒は塗られていないとはいえ、まだ多少は残っていたはず。それなのにこうして話せているのが何よりの証拠。大事に至らなくてよかった」
「毒に耐性があるもので」
「魔力の流れを乱して内側から肉体を崩壊させる毒なのだが、それだけ体が大きいと効果も薄いのだろうな」
待て、そんな毒きいたことないぞ。一気に不安になってきた。
「こ、今回の不幸な出来事はお互いに忘れて、気を取り直していきましょう」
「……(肛門は強いのにニワトリに突かれると弱い。受け入れられる強弱があるのかな)」
リリが静かにこちらを見つめているのが不穏だ。
当たり前のように膝の上に転がり、俺を見上げて視線をそらそうともしない。俺を見ていながら宇宙を見ているような、そんな感じが怖い。
「話を変えましょう。ところで妖精というのは男性もいるものなのですか?」
「いるぞ。か弱く、ひ弱で、世界樹様の肛門とはくらべものにならないほど惰弱だ」
もう俺の城門の話はいいって。
「だからオスをまもるのもまたメスの使命の一つでもある。羽はあるのに餌もろくに集められず。力も弱く毒針も持てないほどだからな。常にメスの世話にならなければ死んでしまう。世界樹様の肛門をみならってほしいものだ」
だからもうそれはいいのよ。
しかし妖精は生態が人とはかけ離れているのだな。
「それってヒモってこと?」
「ヒモというのを世界から教わっていないのでわからないが、生殖以外に能のない役立たずだ。羽もメスを探すためにしか使わない」
とんでもない種族だな。妖精のオスに生まれたかったわ。
「余のように羽を失って起きたメスは、オスの交尾の練習台にされることもある。幸い余の城はオスがいなかったので、そのような心配はなかったが」
「ふーん。いいね(ダーリンの練習台になって本番にもつれこませたい)」
リリ、適当に相槌を打つのはおやめなさい。
飯食ってセックスして普段はゴロゴロしているなんてなにもよくないですよ――とは妖精を前にしては言えないのが歯がゆいところだ。
直接彼女を貶める意図はなくとも種族をけなされていい気分にはなるまい。
群意識が強く、ある種の共同体感覚を持っているならばなおのことだ。
「もうすぐ着きますよ旦那」
話しが一段落ついたところで御者が声をかけてくる。
ガラス越しでも意外と声が通る。俺たちの話し声も丸聞こえだったに違いない。俺の城門突破の話ももちろん耳に届いていただろう。最悪だ。
☆
馬車から降りると緑の背の低い草が敷かれた切り立った崖がまず目に飛び込んできた。白い崖の後ろには水平線まではっきりと見える青い海。
白、緑、青と目に優しい土地である。
そして崖の中ほどにはぽつんと建てられた巨大な――城だろうか。屋敷にも見えるが城のようにも見える。いつ建てられたのかもわからないが随分と古い世代のものだ。
「古城……というわけではなさそうですし、なんとも不思議な出で立ちの屋敷ですね」
「今回依頼をいただいたのはあそこに住んでいらっしゃる領主様です」
「さようですか。領主様でしたか……」
また随分と格の違うひとにお呼ばれしてしまったな。
貴族と言うだけでも緊張するのに、領主となれば国からの信頼篤い大貴族ではないか。
「旦那をここまで連れてくるようにと結構な金額をいただいております。これで数年は困らないのでありがたいことですわ」
しかしこんな辺鄙な土地に領主がいるというのもおかしな話である。
ここからでは大きな町にいくにも遠く、港もすぐにはない。ましてや城下町があるわけでもなし。
国からお呼びがかかった時などもお互いに面倒だろうし、戦争などで急ぎの用の場合にはどうするつもりなのだろう。
これではわざわざ人目を避けているようにすら見える。
領主がバカンスに使うための一時的な保養所であると言うのならばまだ納得もできるが。
「ここまでありがとうございます。ところで帰りは待っていただけるのですか?」
「ええ、そのように仰せつかっておりますので。馬もこちらから借りたものですし、私はまた往復しなくちゃあなりません。まあそれに見合う以上の金額をもらっていますがね」
めちゃくちゃお金の話が好きだなこの人。
普通の馬屋をやっていれば、一回の仕事で数年も食べれる額を貰えたなら浮かれもするだろう。
「あれって海?」
「地図が間違いないならとそのようですね。というか磯の香りがするので間違いなく海です」
「ふーん(海水浴でダーリン浴したい欲)」
「海は初めてですか?」
「初めてじゃないけど、いつも見る海よりも……なんだろう、ワクワクする? 上手く言えないけど気分は高揚してるね」
「そうですか。それはよかった。帰りに時間が取れるようなら泳ぎにいくのもいいですね」
「ホントに!?」
しまった。期待を持たせるようなことを言ったが、ここにどんな魔物が出るかも調べていないのだった。
領主が住むぐらいなのだからそこまで危なくはないのだろうが、下調べもなしに海という危険のつまった場所で遊ぼうなどと軽々しく言うのは軽率が過ぎた。
ついさっき水浴び問題で一悶着あったばかりだというのに俺は何をしているのだ。
「海、海、産み、産みたい!」
そしてリリはもう絶対に遊ぶという決意に満ちた目をして、海たいなどという新しい言葉まで作ってしまっている。これを説得するのは骨が折れそうだ。
どうか出立のときには雨でも降ってくれと願うが、空は快晴の一言。
晴れわたる空はまるでリリの心のように澄んでいる。
俺のように暗く澱んだ雲は一つも見当たらない。
「これはまた汚らしい海だな。世界樹様から滴る黄金の雫を見習ってほしいものだ」
そんなもの見習わせるか。
ここの海の方が圧倒的に綺麗だよ。
「それはそう」
リリもそうじゃない。
さっきから適当な相槌を打って同調するな。ちゃんと取り合ってやれ。
「あー、それでは私は馬屋に彼女を……スレイプニルを預けてまいりますので。ご出立の際にはあそこの馬屋まで声をおかけください」
御者が指さしたのはここから少し離れにある掘っ立て小屋。
屋敷に比べると貧相に見えるが、街で見かける一軒家よりもしっかりしたつくりをしている。
「はい、重ね重ねにはなりますが、ここまでどうもありがとうございました」
「いいんですいいんです。金払いがよかったから」
本当にお金好きだな。
☆
城のような屋敷の前まで歩くと、屋敷のような城の石壁に囲われた門の後ろにメイドらしき人影を視認する。
そのメイドは以前にも酒場で会った白い顔の熟女であった。
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
メイド熟女がそう言うと門は自動で開く。
旧世界の遺物の転用か、魔法による自動開閉機能を備えているようだ。
「見たところ無事でなによりです。魔物なども多く現れる道を辿ってこられたと思いますが、お怪我の一つもないとは大変運がよろしいのですね」
ゴブリンに襲われてリリは大怪我をおった。俺は城門を突破されている。これで運がいいはずがないだろ。
「楽勝だったよ」
リリがここでも適当な返しをしてしまう。
そのいい加減な返答はブーム到来の兆しなのか。というかブーム真っ只中か。
「楽勝……でございますか。楽に勝ったということは、それなりの戦闘はあったようですね」
鋭い熟女だ。伊達に長く生きていないな。
リリの短い言葉からそこまで想像を膨らませるのは大したものである。
だが俺の城門のことまでは知るよしもあるまい。
「お尻の具合はいかがでしょうか」
「なんッ!?」
なぜ知っている。
熟女の底知れぬ雰囲気を漂わせた微笑みも相まって総毛立つのを抑えられない。
「楽勝だったよ」
こらこらリリ。いい加減に返すな。
それだと俺の城門が槍の一突きを余裕でウケられたみたいに取られるでしょ。
「あらあら、本当にそんなことがあったのですね。尋ねてみるものです」
なんちゅうカマかけだよ。
アナルに一点賭けとか一点突破が過ぎるだろ。
「ええそれはもう。用意していただいた馬車の具合がとてもよかったので、臀部の負担も少なくここまで楽にこれましたよ」
「あら、そういう意味でしたのね。やだわ、私ったらとんだ勘違いをするところでした」
危ない。我ながらナイスリカバリーではないだろうか。
「え? お尻に魔物が――」
リリの後ろに回り込んで口を両手で閉じ。熟女に聞こえぬよう耳元で「おやめなさい」と囁く。
リリはへなへなと脱力してしまったので腋を掴んで立たせるが、糸の切れた人形のように膝が曲がってしまう。
「大変仲がおよろしいようで」
「もがもが(出すなら中がおよろしいよ)」
「世間に疎い子なので、人様に失礼をおかけしてしまうこともしばしば。こうして力技に頼らざるをえない場合も多くて困ってしまいます」
「そのようですね。これより先では、無礼や無作法、不調法があっては冗談では済まされませんので。あなたがしっかり手綱を握っておいてくださいませ」
「しかと肝に銘じておきます」
リリを前に歩かせるとろくなことを言わなそうなので、しばらく後ろにいなさいと腋を掴んで後ろに置く。
腋を触った瞬間こそビクンと跳ねたが、遊びと勘違いしているらしくキャッキャと楽しそうに藻掻いていて可愛い。
体は性女でも心は聖女のように清らかで純粋なリリ。
いつでもどこでも楽しもうとする精神は見習いたいものだが。場を弁えるというのも覚えてほし。
そういえばオーレリアはどこに行ったのだろう。海の話しをしたあたりから姿を消してしまっているが。
また次元がどうとか世界がどうのとかいう俺たちには理解の及ばない技術をつかっているのかもしれない。
「御主人様のお客様がいらしました」
熟女が伸びのある声で告げると、屋敷の入り口がこれまた勝手に開く。
俺も声をかけたら股を開いてくれる恋人がほしい。その代わり俺もどんな命令でも聞くから。
建物のなかには赤いカーペットがしかれており、横幅の広すぎる階段まで真っすぐに伸びている。外観は武骨な城のような印象を受けたが、内装はそれを裏切って古風な屋敷を連想させる。やはり城なのか屋敷なのか判断のつかない不思議な建物だ。
「それでは入る前に武器の確認をさせていただきます」
「武器は持ち込んでおりません。リリはなにか武器になりそうな物は持っていますか?」
「ううん。強いて言うなら私は身体が武器だよ」
確かにその肉体は男を仕留める必殺の武器ではあるな。
いやわかっている。リリは魔法使いは体が資本だといいたいのだ。
「ついさきほど、川で陰茎を振り回して暴れている凶悪な不審者がいるという報が入りましたので」
「なんと。それは恐ろしい」
「……(それダーリンじゃない?)」
「なんでもその不審者は血が騒ぐだの。この時を待っていただの。魚と会話をしたり絶叫したりと、正気とは思えぬ叫び声をあげていたとか。ですので疑うわけではありませんが念のために確認させていただきたいのです」
「……(絶対ダーリンだ)」
どんな変態だよ。
リリたちもいるので遭遇しなくてよかった。
「そのようなことがあったなら協力させていただきます。ですが、この通り何も持っていませんよ。荷物もすべて馬屋番の方に預けてしまいましたし」
「なかには隠し武器をしこまれて入られる方も過去にはいらしたので。念のため体を触らせていただきます」
役得だな――などと思っていたのは大きな勘違いであった。
胸から触りはじめて熟女が腹のあたりを撫でるとその手が止まる。
「こちらに随分と大きな武器を隠していらっしゃるようですが……出していただいても?」
「いえ、あの、それは……」
聖棒だよ。出せるかよ。
「形状的にメイスだというのは見当がついております。護身のためにお持ちなのでしょうが、あなたの身の安全はこちらでお約束しますので、どうかお出しください」
出してと女性にねだられるという男にとっての夢が一つ叶った――などとと喜んでいられない。
「それは護身用ではなく攻撃用だよ」
「リリ、余計なことを言わないの」
リリはなにもわかっていないな。
本当にメイスを隠していると思っているのだ。
「やはりそうですか。強引な手段を用いてお誘いしてしまったこちら側にも非があるのは認めましょう。ですが殺傷能力のあるものはすべてお預かりさせていただきます。どうしてもというのならば無理やりにでも奪いますが。いかがなさいますか」
是非とも無理やり奪っていただきたいところだ。
違うとわかっていても熟女に無理やり童貞を奪うと言われていると脳が錯覚している。
ふざけている場合ではない。恥を忍んで正直に言うべきか。
「申し訳ありません……それは私の肉体の一部でして」
「武器に愛着を持つ方がいらっしゃるのは存じております」
「そうではなくですね、その、それは私の陰部なのです」
「陰……ご淫棒? これがですか?」
言いなおす必要はまったくもってない。余計にいやらしくなってしまっている。
興味を持ってしまったリリが、「どれどれ」と、後ろから触ろうとしてきているので両手を掴んで止める。
「勘違いをさせてしまい大変心苦しいのですが、お恥ずかしながら私は多少人よりも大きいらしく……。なのでいつまでも触れているのは遠慮していただきたいのですが」
「そうだ触るな淫乱熟女。変態あばずれ女。あっちいけ」
「クッ……忌々しい小娘……」
忌々しいとか言い出したよ。
相変わらずお互いにあたりが強いし仲が悪いな。
「こらリリいけませんよ。そんな汚い言葉どこで覚えてきたのですか」
本音では汚いなどと欠片も思っていない。
むしろ男心をそわそわとさせる魔法の言葉だ。
「脱げと言われれば下着姿ぐらいにはなりますが」
「脱げ」
リリはどちらの味方なのかな。
なぜ急に熟女に対して協力的になるんだ。
「ではそうですね。上着を脱いでいただいてもよろしいですか」
上着を脱げばチュニックと下着しか着ていない。
見られて恥じるようなものでもないので素直にボタンを外していく。リリも手伝ってくれたので倍速で脱げた。
「……確かにメイスではありませんね」
熟女に股間の見分をされているこの状況、極めていたたまれない。
リリも一緒にしゃがんで、顎に手を置いて花でも愛でるように観察している。やめてくれ。チンポポの種が飛ぶぞ。
「それに多少の範囲ではおさまらないように思いますが……」
「普通はどれぐらいなの?」
「私の元夫のはもっと小ぶりで、これぐらいの……。でも一般的にみれば普通のサイズで、この方のが異常なだけで――」
「ふむふむ」
手を使って元旦那のサイズをリリに教える熟女。そのサイズをリリが譲り受けて俺の股間に合わせ「半分もないかな」「そうですね」と頷き合う二人。本当は仲がいいのかな?
「――って、何を言わせるのですかはしたない!」
「ノリノリだったよ破廉恥熟女」
「この小娘っ! 破廉恥なのはこんなことをさせたあなたでしょうに!」
「彼は武器なんかないって最初から言ってたのに、無理やり確認しだしたのはそっちだよ。ホントは見たかっただけなんじゃないの?」
「キーッ! ああ言えばこう言って、口の減らない生意気な子ですね! あなたからも何か言ってください!」
「あの、もう服を着てもよろしいでしょうか……」
「ダメ」
なんでリリが主導権を握っているのだ。握るのは聖棒だけにしなさい。
☆
聖棒をめぐって喧嘩していた二人も服を着た頃にはすっかり落ち着いていた。
なんかどっと疲れたな。帰りたくなってきた。
「先ほどは失礼いたしました」
「ホントだよ。反省しなね」
「っ……」
熟女の眉間に皺が寄る。
だが言い返さないあたり大人である。
「リリおやめなさい。彼女も仕事のため仕方なく確認したのです。悪気があったり、私を辱めようとしたわけではありませんよ。私のために怒ってくれるのは嬉しいですが、彼女を責めるのはお門違いというものです」
「その通りですよ。まったく……!」
「じゃあこれからその仕事は私がやる」
「意味が分かりません」
メイドとしてこの屋敷で働くという意味だろうか。
メイド姿のリリが給仕してくれるのか……いいな。シスター服も捨てがたいがメイドもありだ。
「にわかには信じられませんが我が主のお客様にこれ以上の無礼は働けません。知らぬとは言え、お大事様を触ってしまったこと平にご容赦を」
「いえいえ、こちらこそありが――勘違いをさせてしまって申し訳ございません」
危なくありがとうと言いそうになった。正直者な自分が憎い。
「ただで触っておいてそれだけで済ませようなんて失礼極まりないね。これは年増が触っていいものじゃない。感謝は相応の金額で示せ」
「こ、この小娘は……! なぜ私がお金を払わないといけないのですか!」
俺を睨まないでください。俺に言わないでください。
あとで厳しく言っておきますから。暴力は好まないが、今回に限ってはお尻ぺんぺんも辞さない構えです。
「リリ、突っかかってはいけませんよ。何度も言っているでしょう」
「だって頭にくるでしょ? お腹が大山脈だよ」
腹が立っているのを山にたとえるほどご立腹なのは理解した。でも山脈となると、妊婦になったリリを想像してしまい聖棒が反応してしまうのでやめてほしい。
「次に迷惑をかけたらお尻ぺんぺんですよ」
「え……(ご褒美くれるの!?)」
うっかり思っていたことを言葉にしてしまった。
リリも見たことのないような暗い顔をしている。やらかした。
「次はあなたの番ですからね。さあ手をあげてくださ――なんで四つん這いになるんですか! 手をあげたまま立っていなさいよ! どれだけ私の言うことを聞きたくないのですか!」
熟女メイドの血管が浮き上がっていらっしゃる。
リリはどうして彼女だけにはこんなにも反抗的なのだろう。
☆
「――確認は済みましたのでどうぞお進みください」
リリの持ち物検査が済んだのでようやく次の場所へいける。
胸の谷間まで調べると言い出したときはどうなるかと思った。
後ろを向いて天井を見上げて待っていたが、いったいどのような調べ方をしたのだろう。俺にも手伝わせてほしかった。
「その前に触らせていただいてありがとう――でしょ? 特に彼には膝をついて言うべきだよ」
「ぐっ、くがぅっ――! いかがわしい意図があって触ったわけじゃありません! それに触って喜ぶようなはしたない女でもございませんので!」
「いくら男日照りでも見境がないにもほどがあるよ。会って二回目の男の股をまさぐるなんてさ」
エッジがききすぎてるなぁ。
言葉のナイフが鋭すぎるぜ。
「股なんてまさぐっていないでしょう!? 私はお腹を触ったのに、そこまであるほうが異常なんです!」
「怒ると小じわが増えるって美容の本には書いてあったよ。彼を落とすつもりなら気をつけたほうがいい」
「だ、誰がこのような淫棒男に手を出すものですか! あんなもの叩き込まれたら股が閉じれなくなりますよ! 馬でも相手させておきなさいな!」
鋭いナイフは跳ね返されて俺の胸をえぐったよリリ。
「リリ、人をそんな風に言ってはいけません。ちゃんと謝りなさい」
もうおやめなさい。俺が死ぬ。心を刺されて失血死しそうなの。
「ごめんなさい」
「私に謝ってどうするんですか」
まっすぐ俺を見ている。意地でも熟女には謝らないつもりらしい。
「ふーん」
リリは納得していない様子だったが渋々さがってくれた。
何がそんなに気に入らなかったのかはわからないが、今日は虫の居所がわるそうだ。これは海に連れていって機嫌を取らないといけないかもしれない。
「そ、それでは主様の元へご案内いたします」
あ、俺に対する暴言は謝らないんだね。
☆
通されたのは玉座のある謁見の間かと見紛う広い空間。
薄暗い部屋の足元には入り口でも見た金縁の赤いカーペットが敷かれている。太い大理石の柱が何本も立ち並び、そのさきにある玉座のように大きな椅子に人が座っていた。
領主と聞いたときは執務室か何かに連れていかれるものとばかり思っていたので、この展開は意外だ。まるで王との謁見である。
「よくぞ来てくれた。勇敢なる蛮族の王よ」
誰のことを言っているのだろう。俺? いやそんなはずはないか。
「あいや失敬。今は闇社会の帝王……それも古いな。たしか黒豹。そうだ、マフィーダの黒豹の飼い主――そう言えば伝わるか」
いや何一つ伝わらないのだが。
さっきから何を言っているのだろうこの人。
小粋な貴族ジョークなのだろうか。
「お初にお目にかかります。私はマフィーダにて神父をやらせていただいておりますロイズレッドと申します。領主様とお見受けしますが、お間違いありませんでしょうか」
膝をついて恭しく挨拶をする。
本来直立で胸に手を当てるところなのだが、相手がシクリッド教団以外の宗教を信奉している場合は余計の争いの種が生まれそうなので、この国の仕来りに従っておく。
リリを放置した結果、監督不行き届きにより熟女メイドとバチバチにやりあってしまったのでこれ以上の失態は許されない。
「そう畏まって気を遣わずともいい。もしどうしても気をつかいたいのなら、私が声を張らずともよい距離まで来てもらえるか。この歳になると大きな声を出すのも億劫でな」
顔をあげて改めてご尊顔を拝見させていただく。
容姿は一言で言えば、一言で済ませられぬ超がつくほどの美中年。
白とも銀とも言えぬ強めのくせ毛を肩よりも下まで伸ばしたその中年は、目鼻立ちが嫌味なほど整っていてる。
輪郭は頑健とでもいいえばいいか、骨太で男らしくくっきりとしている。
ルカのような中性的な顔立ちではなく。誰が見ても男らしく映る凛々しく美しい顔立ちをしていらっしゃる。
第一印象は暫定美中年だったが、改めて見直せば美丈夫と称した方が、見た目の印象に近いかもしれない。
彼に点数をつけるとしたら10点満点で10点。こういう歳の取り方をしたいと思える理想の中年である。ちなみに俺は100点中で0点だ。悲しいね。
「そのあたりでよい。それ以上近づくと殺してしまうやもしれん」
低い階段の三段上に座っている領主はそんな物騒なことを呟く。
近づかせておいて殺すとか、これだから貴族様は好きになれない。
「失礼いたしました。何分、学もない田舎の育ち故、高貴でいらっしゃる方との距離の加減を知りません。どうかお許しくださいませ」
「かまわん。けっして不快ではなかった。不愉快でもない。ただ不可侵なだけだ」
もうまったくもって何をいっているのかわからない。
俺の頭が悪くてわからないのはそうなのだが、一周回ってあっちも馬鹿なんじゃないかと思ってきた。
「私の至らなさを寛大なお心でお許しいただき、深く感謝申し上げます。温かいご対応に、ただただ救われる思いにございます」
率直に、この人との会話つまらな。
意味不明なことを言われて、そのあと俺が感謝か謝罪するだけの会話だ。
はやく本題に入ってほしい。
この部屋にいると、喉元にナイフを突きつけられるような。口元に陰茎を突き付けられたような緊張感が充満していて生きた心地がしない。
「では早速本題に入るとしよう」
「ハッ」
嬉しくて子飼いの兵士みたいな返事をしてしまった。
「貴様は、私を誰かは知っいるか」
知るわけないだろ。
こっちは名も明かされずにつれて来られているんだぞ。領主である以外の情報はない。
やはり一周回って馬鹿なんじゃないのかこの人。
「不躾ながら、お見受けしたところ只者ではないと感じております。失礼でなければ、あなた様のご素性を伺ってもよろしいでしょうか」
「よい。私こそがバルタザール・クロロックだ」
ここまでもったいぶって、だれでも知っているかのような口ぶりから知らない名前が飛び出してきたから困る。
「…………」
「…………」
頼むからそこで止めないでくれ。
領主だからってみんなが名前を知っていると思うな。知ってほしいならもっと積極的に町や教会に顔をだせ。まだマフィーダの教会に赴任してから数か月しかたってないのに領主の素性などわかるか。
平民はお前らが思っている以上に貴族なんぞに興味がないんだよ。だって接点がないんだもの。
横目でリリを見ると、いつもの無表情だった。だが無表情だからこそ感情が読めず。今にも「あいつ誰?」とでも言いだしそうで怖い。
「クロロック様……ですね」
「そうだ」
「……」
「……」
だから話をそっちで止めるなよ。平民は貴族様に話しかけただけでも罰せられることもあるんだ。
「クロロックと言えば、このあたりの地域と同じ名前だね。長いことこの地域の名前は変わっていないはずだから、誰にも奪われていないということになる。大したもんだよ。すごい方の貴族だ」
すごくない貴族もいるみたいな言い方はやめて。貴族の横のつながりは平民のそれとはわけが違うんだから。
「ほほう、よく知っているな。その通りだエルフの娘」
「まぁね」
リリがフランクに話しかけているの心臓に悪い。
どうか熟女メイドみたいな扱いはしないでくれ。した瞬間にキスして口を塞いでやるからな。
「そこの娘の言う通り、私はこの領地を統べてから一度も土地を奪われたことがない」
ちょっと誇らしげな気がする。角度のついた男らしい眉が少し柔らかくなった。
「クロロック様の手腕、まことに感服いたしました」
よくわからないが、とにかくよいしょしておこう。
「貴族同士でもあるまい。伯爵でも領主でも好きに呼ぶといい。名に誇りは持つが、人にその名を呼ばれるのは好きではないのだ」
名前に罠を仕込むのやめろ。最初に言えよ。
「大変失礼いたしました。それでは以後、僭越ながら伯爵様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「許そう。マフィーダの黒豹の飼い主よ」
俺はクソ長い謎の名で呼ぶんだな。
それされると短縮してる俺が失礼になるだろ。無理やり罪を作るな。
「ねぇ、なんで伯爵は私たちをこの場に呼んだの。用があるならそっちがくるのが筋でしょ」
こらこらこらこら。
「それはあいすまなかった。だが私はこの城より離れることが叶わぬ。そのため貴様たちをこうして呼びつけさせてもらった」
「事情があるなら仕方ないね。いいよ」
胃が痛い。心臓と胃が痛い。
しかしリリのお陰で話しが回り始めている。
それにしても本題に入ると言ってからしばらくたつが、いつになったら本題に入るのだろう。
前戯が長いタイプだな。多分俺も同じタイプだ。
「貴様たちをよびだしたのはほかでもない。内密にしてもらいたい頼みごとがあるのだ」
ずいぶんとこねくり回されたが、やっと本題に入ってくれたか。
「黒豹の飼い主よ、貴様の武勇はここまで届いているぞ。貧民街に長年巣食っていた大規模な盗賊団を打ち滅ぼしてくれたそうではないか。そしてその力を見込んで頼みがあるのだが――」
まってほしい。俺は一回戦っただけで見込まれるほどのことは何もしていない。見込み違いも甚だしいぞ伯爵。
リリも「ヒューヒュー」とかはやし立てて肘でつっつくな。そういうことをしてもいい気楽な場面じゃないんだよ。
「既に耳にしているとは思うが、貧民街には子供を専門に売買する奴隷商がいる」
聞いたこともない。
俺は赴任したばかりで、このあたりの情報には疎いのだと最初に言っておくべきだった。言うタイミングを完全に逸してしまったな。
「とある大貴族が背後にいてな。盗賊団に金を流し、我が領地で好き放題していたのも、その貴族なのだ」
「ふーん」
リリ、俺も「ふーん」ぐらいの感想しか浮かばなかったが表に出しちゃダメ。
「貴様は既に接触されているかもしれぬな。これまでにも私以外の貴族から多く声がかかっていただろう。しかしよくぞ数ある貴族のなかから私を選んでくれたものだ。さすがの慧眼と言わざるを得ないな」
いや誰からも声をかけられていないが。
ティアス対策のため、信徒希望者以外には基本的に居留守を使っている。
もし接触をはかろうとしていた貴族がいても、我が教会の誇る鉄壁の門番たるルカが追い払ってしまっている可能性が高い。
そこでいくと、俺ではなく酒場で直接声をかけてきた熟女メイドを褒めるべきだろう。
「どうだ。貴族どもの誘いは、二つ三つあっただろう」
「いえ、とんと存じ上げません。伯爵様にお招きいただき、高貴な方との会話はこれが初めてとなります」
「フフ、そうか。どうやら噂通りの男のようだな」
どの噂を信じていらっしゃるのでしょう。噂がありすぎて見当もつかない。
積極的に火消しをしなかった俺も悪いが、いい加減な噂に騙されて俺を呼んだというなら、この伯爵を一段下に見ざるを得ない。
一周回った馬鹿であると断定してやる。
「ではここまで話せばもう必要もあるまい」
あるある。必要ある。何一つ伝わってない。
「大変恐縮ではございますが、どうか伯爵様のお言葉に変えていただければと」
「フハハ! さすがに用心深い男よな。言質をとらねば交渉の窓は開かない……それが裏社会の冷徹な交渉術というわけか。増々気に入ったぞ」
「(ダーリンがまた男に気に入られてる……)」
用心深いとかではないし裏社会も関係ない。本題を話すと言って本題を濁されたら誰だってこうなるだろ。
そんな察してちゃんみたいな態度で人と真っ当に意思疎通できると思うな。
「いいだろう、言葉にしよう。のちほど書面も用意させておく。それで構わないか黒豹」
呼び名を徐々に短縮されて、ついにはネコ科にされてしまった。
「さきほどは貧民街で違法な取引をしている奴隷商がいると言ったな。貴様に頼みたいと言うのは、貴族の息のかかった奴隷商を買収し、マフィーダの黒豹の傘下に入れてほしいのだ」
「…………」
うーん、それって一介の神父に依頼するような仕事ではないよね。




