32話 ルカの冒険 リリの棒見
前回のあらすじ:リリに手斧が飛んでくる。躱す気はない。断固直撃の構え。
ロイズレッド様たちがお出かけになられても、ボクのやることはいつもと何も変わらない。
ロイズレット様に頭を撫でてもらえない日が長く続くのはつらいけれど、留守をまかされたのだから立派にやり遂げて見せるんだ――と意気込んでいた。
教会に足を運んでくださった信徒さんたちと祈りを捧げ。オルガンを奏で。歌をうたい。お喋りをし。美味しいお菓子屋さんやパン屋さんの話しで盛り上がる。
最後に献金をいただける場合もあればそうでないこともある。献金はお気持ちなので強制はしないし、貰えたからといって信徒の方々の間に優劣はつけない。
高齢の方々はよくしてくれて「うちの孫にならないかい?」なんて誘いもかけてくれることもある。お金持ちの老夫婦で、お子さんが巣立ってしまった方たちが多くて心の隙間を埋めたいようだ。
もちろん丁重にお断りさせてもらっている。だってボクにはもう大切な家族がいるから。
「そのなかには私も含まれますわよね?」
「もちろんですよネロさん」
「御存じですか。私との間に家族を増やすことも可能ですのよ~?」
闇の精霊さんの名前はネロシェイドというらしい。さっき思いついたと言っていたけれど、ネロさんが不思議なのは今に始まったことではないので深く考えないことにした。ボクもロイズレッド様につけてもらうまでは名前がなかったし。
「坊、本日のシノギお疲れ様でした」
「キジシローさん。今日も来てくれてありがとう」
「へへ、来てくれてだなんて水くせぇ」
キジシローさんは猫の獣人で、シクリッド教団員でもありロイズレッドファミリアの一員でもある。シザラさんという街でも有名な探索者とも知り合いでとても顔の広いひと。こうやって会いに来ては体を擦り付けてくるのがすごく可愛い。
「実は折り入って相談がありやして」
「相談? 今日はまだ少し忙しので時間がとれるかな……急ぎの用ですか?」
「幹部であるボンの耳にも入れておかなきゃならねぇ問題です」
「なるほどファミリアの話しですね。それはのんびりしていらないね」
ボクはロイズレッドファミリアの幹部として裏でロイズレッド様のお手伝いをさせてもらってる。あのたくさんの獣人さんたちが笑顔の凱旋をするのを見て、陰ながら支えることを決意したんだ。
ロイズレッド様に救いを求める人は大勢いる。神様だけじゃ救いの手は足りないんだって思った。
「かねてからボンが気にしていらした貧民街のガキの売り買い。人身販売の件なんですが……ここじゃあどこに耳があるかわからねぇ。教会をしめたらいつもの場所に集まりやしょう」
「わかりました。ではそのように」
いつもの場所とは貧民街にある盗賊団の第一拠点だった場所。
そこをボクが個人的に買い取って、今はロイズレッドファミリアの隠れ家。活動拠点として運用している。
「ネロさんも来てくれますか?」
「もちろんですわ。契約主様の行くところでしたら例え火のなか水のなか私の膣。どこへでもお付き合いいたしますし、いつでもお突き愛しますわよ」
ネロさんはこうやっていつもボクを甘やかしてしまう。
もっとしっかりしなくちゃいけない。頼ってばかりじゃロイズレッド様みたいにはなれない。そうわかっていてもお姉さんだと思って甘えてしまう。
「オネショタは芸術ですわ。私は自分の名をショタチンポスティン子と言う名前にするか悩んだほどですもの」
ネロさんはときたま何を言っているかわからないときがある。
そういうときは笑って誤魔化すことにした。
「ふふっ、その冷笑ゾクゾクしますわ……」
☆
ロイズレッドファミリアの隠れ家にいくと、いつもの面々が先に集まっていた。
キジシローさん。ハイローさん。ハチニャレさん。この三人は猫獣人で、身体が猫と同じぐらいなので、背の高い椅子をつかってみんなと同じ円卓を囲んでいる。
「ボン、待ちくたびれましたぜー」
「ごめんなさい。掃除と裁縫と買い出しとカーペットの修繕に鳥小屋の修理が重なっちゃって中々出てこれなくて」
「そ、それだけ忙しいなら逆にはやいくらいですわ。無茶言ってすんません」
ハイローさんは素直で可愛い。
「ようボン。久しぶりだな」
「ガルシアさん、帰ってきてたんですね!」
壁に寄りかかって腕を組んでいた虎顔の獣人さんは猫人のガルシアさん。力がとても強くて頼りになる人。
前に盗賊団のボスに片目を奪われてから復讐に燃えていたんだけど、一人じゃどうしたって太刀打ちできなくて途方に暮れていた。そんなときにロイズレッド様が立ち上がって、自分の片目を奪ったボスを一撃神罰。
それからロイズレッド様の曲がった道理も正してしまう腕力と。見ず知らずの一匹の子猫にも情けをかける慈悲深さと義理人情に惚れこんでロイズレッドファミリアに参加してくれた。
「ボン、今回のはガルシアが引っ張ってきてくれた情報なんだ。情報担当のオレたちよりも働かれちゃあ面目丸つぶれだぜ」
困ったふりをして嬉しそうなキジシローさん。ペロペロと手を舐めてて可愛いね。
こういうことを考えるとネロさんがすぐに真似をする。その意図はわからないからとりあえず笑っておく。
「契約主様の方が億倍可愛いですわ」
ネロさんはボクと心がつながっているので考えたことは全部読まれてしまう。
いつも一緒にいるせいでおねしょをしたのもバレてしまったけれど、手早くシーツを交換してくれて内緒にしてくれた。ありがとうの気持ちでいっぱいだ。
でもあのシーツはどこにやったのだろう。ネロさんの胸の中に収納されてそのままきえてしまったっきりだ。
「企業秘密ですわ」
席についてみんなを見渡す。
ファミリアの幹部だけが座れる円卓に並ぶのはボク以外みんな猫の獣人だ。
ガルシアさんが立ったままでいるのは幹部になって余計な責任が増えるのを嫌っての事。けっして無責任というわけではなく、自分の足と目を使って貧民街を守りたいんだって。いずれはガルシアさんの活躍に相応しい席を用意しないといけないね。
「ボンが前々から言っていた人身売買の取引所をガルシアが見つけた。木を隠すなら森の中とはよくいったもんで、川沿いに旧邸宅が並んでるだろ。そこの赤い扉のひときわおっきな屋敷がそうだったらしい。堂々とやってるもんだから逆に誰も気づかなかったんだ」
「あそこは旧市街の中でも露店が並んで人通りも多いからな」
「ようやく見つけたんだね……」
「ボンの言っていた通り、子供だけを専門に扱う奴隷商だったぜ。奴隷商は用事がなけりゃほんとど顔をださねぇが、それなりに護衛もつれている。屋敷のなかも厳重だ。魔法使いらしきやつらもちらほらいやがった」
「魔法使いもいるのかよ。魔法組合はなにやってんだ」
「そういうのは組合に所属しない、未登録のはぐれ魔法使いだろ。脛に傷を持ったやつらは貧民街に流れやすいもんだ。そもそも奴隷商を野放しにしている商人組合と領主にも問題があるぜ」
「そうなると最低でも兵隊を三十は動員するべきか? 魔法使いとの戦いとなるとそれでも少ないぐらいだよな」
「やっかいなのは魔法使いだけじゃないからな。多ければ多いほどいいんだが、いかんせん家の中の狭い空間で暴れることになる。戦闘員の数を考えるとこっちは圧倒的に不利だな」
ボクが文字通り目を奪われたのは、人身売買によって貴族様の家に売られたあとの事だった。
いっぱい痛いことをされたけれど、それはボクが愚図でのろまだったからだと教えられていた。役に立てば痛いこともされなくて、認めてもらえるとなどと思い違いをして一所懸命に働いていたのが懐かしい。
でもある日、ご子息様の一人にボクの目つきが生意気で気に入らないと言われて目を潰されてしまった。あれはとても痛かった。
目はポーションで治療されたけど治りはしなかった。
目の見えない奴隷にできることなどそう多くはない。そのあとはご子息様の殴られ役として飼われていたけれど、飽きられてしまって捨てられてしまった。捨てられたのは、ボクが我慢強かったせいでろくに反応しないのが楽しくないって理由だった。
でもそのお陰でロイズレッド様に拾っていただけたんだから悪いことばかりではない。
「もうボクみたいな子を増やしちゃいけないと思うんだ。根本的な解決にはつながらないかもしれないけど、悲しい思いをする子や、不幸なままでいる子たちがいるのを見て見ぬふりはできないよね」
「旦那もそんなようなことを言っていましたからね。だが助けた後はどうする? さらわれたのが大人なら自分で生きていけるだろうが、子供だったらそうもいかねぇやな」
「それは身をもって知ってるよ。ロイズレッド様に救われていなかったら、今こうして生きていられたかもわからないからね」
「契約主様……闇が溢れていますわ」
ネロさんはボクが少しでも暗い気持ちを抱くと、包むように抱きしめてくれる。そうすると不思議と心が落ち着いてきて暗い気持ちが薄れていく。
触れることで闇をバキュームフェラしていると言っていたけど、ボクにはまだ難しい話だと思った。でもネロさんが下心のない優しい人だということだけはわかるんだ。
悪いことを考えている人は目を見ればだいたいわかるから。
「ファミリアで預かるってのはどうですかい? 自分たちがどうしたいかを決めるまでの間は俺たちが育ててやるって寸法さ」
「このなかに子育てなんかできるやつがいるのか?」
「子作りならできますわよ!」
「姉御、そういうのはまだボンの前では控えてくだせぇ……」
「ロイズレッド様に相談すればボクみたいに教会で預かってもらうことはできると思う。どちらにせよ一時的な安全だけは確保できそうだね」
ロイズレッド様はいつも子供のことを考えているご様子で。路頭に迷う子供たちを救いたいと常々仰っている。住まわせるための部屋も既にいくつか用意されていて、教会の空いた敷地にも新たに宿舎を建てようとしているぐらいだ。
これは思っちゃいけない悪い気持ちなんだけど、ボクはそれにちょっと嫉妬してしまっている。お父さんを他の子に取られるみたいでモヤモヤしてしまうんだ。
「信徒さんのなかには子供を欲しがっている夫婦も多いから、面談をしてみるっていうのも考えてるんだけどどうかな」
「養子縁組は悪い考えじゃないな。他の町でもそういうのは見かける。だが親元から無理やり離されたガキもいるだろうから、元の家族のところへ帰りたがるのも一定数はいるだろうよ」
「そういう子は身元をちゃんと調べよう。誘拐ならまだしも、戻ったところでまた売られてしまうかもしれないから」
「ケッ、子供を売るなんて腐ってやがるぜ。胸糞わりぃ」
「仕方ないよ。子供を売らなければ家族みんなが死んでしまうかもしれない――そういう困窮した状況だったのかもしれないし。離れたくて離れたわけじゃなく、売られた先での幸せを願っている親もいたはずだよ」
「ボンはお人よしが過ぎるのが短所だな。世のかはそんな綺麗ごとだけで回っちゃいねーぜ。まあ汚い部分は俺たちが担うから、ボンはボンのままでいてほしいんだけどよ」
「へへ、ちがいねぇ」
みんなはそう言ってくれるけど、自分だけが安全なところで綺麗なままでいようなどとは微塵も思っていない。
ボクも足手まといにならないよう懸命に修行して、みんなと一緒に汚れたい。
綺麗なのはロイズレッド様とお姉様だけでいいんだ。
二人は将来結婚するんだと思う。
特にお姉様はロイズレッド様を心より愛しているのが傍から見ていても伝わってくる。いっつもロイズレッド様ばかりをみていて、心ここにあらずと言った調子だから。
ロイズレッド様はボクを本当の息子のように。そしてお姉様を娘のように可愛がっている。けれど、お姉様の頑張り次第ではその関係も揺らぐはず。揺らいだときにお姉様が秘めているつもりで駄々洩れの愛を全てぶつけられたらあの恋は成就する――そうネロさんは言っていた。そういうときのネロさんはとても悪い顔をしていて面白い。
二人の間に子供ができたなら、その子供を陰ながら守るのが今のボクの夢だ。
そしてそれはファミリアみんなの夢でもある。
ボクたちには時間がない。二人の子供が誕生する前に、まだみぬ子が目を背けなくてもいい綺麗な世界を作っておかなければならないのだ。
だから自分だけ汚れずにいようなんて甘い考えはもっていない。
救われた恩は、この命で返すんだ。ボクの人生のすべてをこの恩のために費やしたい。
「でもボクはね、この両の手が届く範囲にいるすべての不幸を取り除きたいんだ」
そのためには手を伸ばすだけでは足りない。もっと別の方法も考えないといけない。例えば歌でロイズレッド様の慈悲深さを広めたり。絵を描いてロイズレッド様の功績を世に証明したり。ボクにできるあらゆる手段を用いて色々試していこうと思っている。
「そいつは旦那の教えですね。言うのは簡単だがやってみるとこれが案外難しかった」
「旦那は口だけじゃなくて実際にそれをやってのけているからすげぇんだよな。痺れるぜ」
「ボクたちも憧れているだけではだめだよ。とにかく行動に移さなきゃはじまらないんだ」
「もちろんっすわ。旦那の影に恥じないファミリアを目指しましょう!」
「喋ってばかりじゃあはじまらねぇぜ。さっそく奴隷商屋敷討ち入りの計画を立てましょうや」
☆
結論から言うと、私はイった――。
レッドキャップの投げた斧は私の首元を目掛けて飛んできていた。
矢よりも遥かに遅いそれを躱すのは容易かったと思う。その気になれば氷の壁など出さずとも軽々と躱せるだろう。風を吹かせて減速させて、首を捻ればそれで無傷で済む。
だが私は無傷でいてはいけないと気づいたのだ。
ダーリンに可愛がってもらうためには何が何でも深手を負う必要があると思った。
「リリィー!」
私を守ろうとして飛ぶように駆けているダーリン。反応速度が速すぎてかっこよすぎる。でも間に合いそうだったので足元の水分を増やし泥沼に変えてその足を奪った。
「なぉっ!?」
がくんと膝をおるダーリン。
飛んでくる手斧。手を伸ばすダーリン。
これで確実に怪我ができると思って口角があがってしまう。
「なッ!」
首を傾けて調整したつもりだったが、反応が遅れたうえにダーリンに魔法を使ったせいで行動がやや遅れてしまい、思った以上に深手を負ってしまった。
久しぶりに感じる熱い痛み。肌を切り裂かれて血が噴き出る感覚。
これから降りかかるであろう至福の時を思うと、この痛みすら私を昂らせるエッセンスとなった。
「リリィィイー!!」
彼の太くて逞しい腕で抱き上げられていると、ふと精霊と契約を解除したときのことを思い出す。
――解除後にすぐは歩く感覚すらなれず。走ることもままならずによく転びそうになっていった。
いまでこそ私がつきまとっているが、事情を知ったダーリンは何をするにも付き添ってくれた。
目隠しをして水浴びも手伝ってくれたし、駄々をこねれば二回に一回はトイレもついてきてくれる。
ダーリンは子供のころからおしっこが好きだったので、これで興奮して襲ってきてはくれないかと甘い期待を抱いて放った。だがまだ女としては見られていないらしく期待したような結果は得られなかった。
ダーリンにはそういうところがある。女だからと簡単に欲情してくれないのだ。
男の視線には鈍感だった私でも、人に見られている感覚ぐらいはあった。
私が胸当てをきつくしていたのも不快な視線が寄せられると気づいたからだ。
だがダーリンはどうだろう。私の体をいやらしい目で見るどころか、胸に視線を送ることすら一度もない。
さすがの私でも、これには女としての尊厳が傷ついた。
だから今日は闇の精霊に頼んで髪型を変えてもらっている。
ものの本には男は女の変化とギャップに弱いと書かれていた。
いつもは静かな女が夜になると乱れる――そういうのが男はたまらなく好きらしいのだ。
大変参考になったので、ものの本の初級編から試すことにした。
ダーリンは即座に気づいてくれた。この髪型を可愛いと褒めてくれた。もうそれだけで天にも昇る気分だった。足が震えてその場で漏らすか倒れるかしそうなほど。
だがそんなとき、闇の精霊はニヤニヤとして耳元でこう囁いた。
「ミニスカートで生足を見せて悩殺しちゃえ……」
あいつはアホだが色ごとに関しては極めて秀でている。無知な私から見れば天才の域にいると言っていい。私では思いつかなかった戦略を次々と思いつくのだ。
だから私は闇の精霊の提案通り、買い出しのときに買っておくよう指示されいたミニスカートを装備してきた。
でも恥ずかしいから外套でかくしてしまい、なかなか生足を見せる機会はなかった。
足を気にして動きが鈍くなり思ったように甘えられなかった。
本当はもっとくっつきたいのにいつもより一ミリも体を離してしまう。
ミニスカートなど履かなければもっと大胆にベタベタできたと思うと、こんな格好をしなければよかったと後悔した。
だがこの選択が功を奏する瞬間がきた。
夜、林の中で本格的な治療をしてもらうときだ。
☆
抱き上げられて馬車へと連れていかれる私。ダーリンだけのお姫様になったみたいで唾液の分泌が止まらない。
ダーリンは腑抜けた御者に指示を飛ばして馬車を動かせる。
首から止まらない出血。御者台とのしきりに黒いカーテンで遮ったまま、ダーリンは私の傷口に口を当てた。
もう一発である。私は一発で飛んだ。唇が触れた瞬間に気をやった。待ち望んでいた生肌での接触により一瞬で二回は果てた。
精霊がいないだけでこうも違うのかというとてつもない快感に襲われた。
肌と肌が触れる感覚はいつもより濃厚に感じられる。
辛うじて意識を取り戻すと、それはダンジョンのときと同じ。元々凛々しいダーリンが、さらに数倍も凛々しく慈愛に満ちた表情で私を見ていた。
一目見て眼球でイキそうになった。
精霊が目から潮を吹いたという話も理解できる。
あまりにも尊くて、目からは涙が止まらなくなっていたから。
「――リリの肌はまるで磨き抜かれた大理石……あるいは極上の白磁のよう。そして絹糸のように滑らかで透き通るような光を湛えている。美の神でも嫉妬するリリの柔肌を傷つけた醜悪な魔物は私の手で葬りました。もう大丈夫ですよ……今はただ私の胸のなかでゆっくりとお眠りなさい」
そうして私は眠るのではなく鼓膜を性感帯にされて気を失った。
ロイズレッド:聖人化
リリ:性人化
ルカ:悪性化




