↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/60

27話 彼に近寄る女はだいたい敵視してる

前回のあらすじ:魔王は絶望に憑りつく。では善行を押し売りして未然に防いでしまおう。

 いつになく元気のない様子のリリ。

 歩いていても横からぴたりとくっついて離れないのはいつも通りだが、どこか元気がない。


 これは不安の表れだ。

 気丈に振舞っていても、俺が助けたときには心が限界に達してしまっていた。それから緊張の糸が切れたままなのだ。死のうとしていたぐらいなのだからそれは間違いない。


 壊れた心を戻すのは簡単ではない。戻したところでつぎはぎされた心にはヒビが残ってしまう。一度割れた水瓶を修復しても水が漏れてしまい、水を注ぎ続けなければ水位は増えない。


 今のリリにもそれと同じだ。常に愛情という名の水を注いでやらなければ、心はすぐに空っぽになってしまう。


 優しさと愛は行動で示すだけでは足りない。

 人は心など読めない。言葉にしなければ伝わらないのだ。

 特にリリのような心を病んでしまった者は、人の行動から何かを察する力も低下しているものである。


「これからも私はリリに惜しみない愛を注ぎ続けます。あなたはもう一人ではありませんよ」

「……うん(今夜は子種を注ぎ続けてくれるってこと? 一人じゃないって……赤ちゃんを胎に!?)」

「昼はあんなに暑いのに夜になると涼しいですね。肌に触れる夜風が心地よい。ここに酒が加わり体が火照るとなおよいのですが」

「うん、君の体は本当に温かいよ。くっついてると安心する」


 リリがくっついていたのは寒かったからだったようだ。

 早合点して慰めてしまった。ああ、なんて恥ずかしい。


 だが注いだ愛情が無駄になることもあるまい。

 いずれ新しい水瓶を用意できるその日までは、こうして父《ママ》として振舞ってやろう。


 くつきすぎて歩きづらくはないのだろうかと歩幅を合わせてやる。

 すると俺の歩幅が短くなったと気づいたリリも合わせて歩みが遅くなる。

 お互いがそうやって歩幅を合わせているうちに立ち止まってしまい。二人して歩幅を合わせていたのだと気き、リリは笑いながら俺を見上げる。


「リリと私で、はからずとも息があってしまいましたね」

「うん一緒だね。なんか楽しい(腰の動きのタイミングを合わせる練習が着実に上手くなっている手ごたえを感じる。あとは実戦だ)」


 楽しいと言ったリリがすぐに暗い表情をする。彼女は自分が笑うことに抵抗を覚えているのだ。


 人は幸せを感じれば自然と笑う。でもリリは笑うことを罪悪だと感じている節がある。

 天に召された師は二度と笑うことは叶わないのに自分だけが笑うなのは罪深い――そんな勘違いをしているのだ。


 憐れな子である。

 いつかあの満月のように明るく曇りのない笑顔を取り戻し。幸せを幸せとして受け入れられる自然な生き方を歩ませてやりたい。


「月が綺麗ですねぇ」

「うん……(ダーリンの方が綺麗だよ……)」


☆


 外にも声が漏れるほど騒がしかった酒場が、リリと連れ立って入ると一瞬で静まりかえる。


 すぐに気を取り直して、さっきまでの騒ぎをつづけようとする者がいる。信徒となった猫人たちである。

 挨拶をしたかったのだが、こちらにはあえて気づかない振りをしてくれているようだった。オンとオフは切り替えるタイプのようだ。


「マスター。お久しぶりですね」

「おう。でもなんだろうな、神父さんの顔はインパクトが強すぎて忘れられないからか、毎日会っている気がしてよ。なぜか久々って気はしないんだよな」

「あなた、私をあんなに激しく抱いておきながらこの人の顔を思い浮かべていたの? そういうことなの?」


 ロリ奥様が早速とんでもない誤解をして、気色の悪いことを言いだしている。


「そ、そうじゃねぇよ。お前を見ているときにお前以外の事なんて考えられるかよ。こんな美女はまたといないからな」

「もう……あなたったら」


 イチャイチャしてないではやく注文を聞けよ。「どう? この男は私のものよ?」みたいな、くすぐったそうな顔で俺にドヤるな。


 まあ鬱陶しくはあるが仲睦まじいのはいいことだ。

 リリに悪影響をあたえるのでほどほどにしてほしいところではあるが。


「とりあえずいつものを用意してもらってもいいですか」

「おう。つまみと酒、それに焼き魚だな。そちらの嬢ちゃん……ああ、なんだエルかよ。髪型が違うからまた違う女かと思ったぜ」

「また? 違う女? (誰それ。消去リストに入れなくちゃ)」


 リリは驚いて目を見開き俺を見ている。「こいつそんなにモテるの!? この顔で!?」とでも言いたげだが、本当にモテないからその疑いは正しい。


「それでは私が色んな女性を連れ回しているような言い方に聞こえますよマスター」 

「ああ悪ぃ悪ぃ。そういう噂が頻繁に流れてくるもんだからつい流されて口走っちまった」

「まったくマスターも困ったお人ですね。女性の知り合いなど、この子と若奥様ぐらいしかいませんよ」

「あんな噂が広まったらそりゃそうだな」


 どの噂のことを言っているのかさっぱりだが細かいことは気にしないのが俺たちの流儀だ。

 マスターと二人で笑いその場を和やかにしめる。

 やはり歳のいった方や人生経験が豊富な方は見聞が広いので誤解をすぐに解いてくれるのでやりやすい。


「リリは何を飲みますか? 無理にお酒を飲まなくてもいいですからね。そうだ、ここの果実を用いた季節ごとの果実水は絶品ですよ。知っていましたか?」

「果実酒でいいよ。今日は飲みたい気分だから(あなたの体液を)」

「そうですか? ではマスター果実酒をお願いします。できるだけ酒精の薄いものをこさえてくださると助かります」

「あいよ。エルの分の食い物はいらねぇのか」

「それではサボテンのステーキを彼女に――それでいいですか?」

「好き」

「そうですね、リリはサボテンのステーキに目がありませんからね。ではそれでお願いいたします」

「(危なっ。心の声が漏れ出てた。私が好きなものを言い当てられて油断した)」


 しばらくして酒が運ばれてくる。

 リリは細く滑らかで白い両方の手で大きなジョッキを掴んで果実酒をちびちびと飲む。


 ああ、なんて愛おしい娘なのだろう。何をしても可愛く見えてしまう。

 父性と母性が本日何度目かわからない喧嘩をしている。父性は膝の上に乗せてかまいたいと騒ぎ、母性は静かに見守ってやりなさいと主張している。俺としては間をとって二つ同時にしたい。


「一気に飲んではいけませんよ。体に悪いですからね」

「うん。でも私そんなに弱くないよ?」

「そうやって油断すると痛い目を見てしまいますよ」

「うん(痛い目にあえば気持ちいい目が待っている)」

「ハッ、なんだよお前ら。さっきからまるで夫婦みたいだぜ」

「もう、よしてください。そんなんじゃありませんよ。どちらかと言えば娘と親みたいなものですよ」

「そうかぁ? あんたみたいな強面からこんな美人が生まれるもんかねぇ」


 じゃあマスターの娘さんも相当厳ついことになるが。二歳なのにニ十歳ぐらいの見た目してそう。


「あなた?」


 マスターが美人だなんて口を滑らせるものだからロリ奥さんに涙目で見上げられている。懲りないなこの人も。


「……(マスターは話の分かるいい人だね)」


 リリは我関せずと言った様子で酒を楽しんでいる。


 闇の精霊がルカの口を拭いてやる気持ちが少しわかった。見ていると世話をしたくなってくる。

 でもあいつはルカの口を拭いた布を一回自分の口に含んで、胸の谷間から新しい布を取り出すから俺とは向いているベクトルが違う。


「でもお似合いですよー? もう結婚しちゃったら?」


 ライバルを消したいがために無理やり結婚をすすめるロリ奥さん。そんなに俺とマスターが仲良くするのが気に食わないのか。


「……(はい、奥さんはもっとイイ人っと。この店に何かあったら私が守ろう)」

「だからそういうのではないんですよ。親子みたいなものだとおもってください」

「……(この言質が取れ続けている間は、娘としてダーリンに甘え続けられる。また眠ったふりをして膝枕してもらおう)」


 リリの飲むペースが急にはやくなっている。

 飲む量こそちびちびとしているが、ずっとジョッキで口を隠している。


「そんなに一気に飲んでしまうと本当に体に悪いですよ。倒れてしまったら大変です」

「うん、わかっ――らない」


 一気にゴクゴクと喉を鳴らして果実酒を飲み終えるリリ。

 空になったジョッキを置いて俺を見つめている。反抗期かな?


「マスター同じのをもう一杯ちょうだい(倒れたらキスで治してもらえる。この機を逃すのは愚かだ)」

「大丈夫なのですか? 果実水にしたほうがいいのでは?」

「大丈夫。私は無敵」


 いまさら探索者としての強さに疑いは持っていないがアルコールの分解力とはまた別だ。


「危ないと思ったら止めますからね」

「止められるものなら止めてみて」

「なんで挑戦的なんですか」

「好き……だから……?」


 リリがお酒好きなのは意外である。


「はやく結婚しちゃいなさい。結婚は勢いとスピードが大事よ。それと体の相性もね。体が合うとわかったら絶対に逃しちゃダメ」

「ふーん……(相性などいいに決まっている。未来を視えてもいつも性行為しかしてないから)」


 ロリ奥様は勘違いを続けてここぞとばかりに結婚をすすめてくる。

 マスターも「あわわっ」とか顔に似合わない可愛い照れかたしていないでワイフの暴走を止めろよ。

 

「――失礼します」


 マスターのうざったい可愛さに父性が目覚めそうになっていると、帽子を目深にかぶった女性が俺の横に座る。


 日もない夜。日よけ用のつばの広い帽子は酒場には似つかわしくない、お高くとまったファッションに見えた。


 衣服もいい生地を使っており。このあたりでよく見かけるエプロンドレスではなく、貴族のメイドが着るような豪奢なレースのついた本物のドレスを着用している。


 何よりも目を引くのはその白すぎる肌。ぶっかけたら精子と同化しそうだ。


「ねぇ、じろじろ見てはダメだと思うよ。見るならこっちを見なよ」

「あ、ああ、失礼いたしました」


 リリに当たり前のことで咎められてしまった。親として恥ずかしいところを見せてしまったな。


「ははぁん、娘ちゃん嫉妬しちゃったんじゃない? お父様をとられちゃうと思ってぇ」

「……(なぜバレたのか。さっきから鋭いなこのエロ幼女。師匠と呼びそう)」

「彼女はそんな子じゃないですよ。私のぶしつけな態度を注意してくれただけです」

「……(そんな子なんだよねー)」


 なんでも恋愛にこじつけたがるなこの夫婦。

 娯楽を嗜む暇もなく、昼から夜まで働いて。それこそセックス以外にすることがないのだろう。ならばこうなってしまうのも仕方がないか。

 

「ねぇマスター、この方に一杯奢ってくださるかしら」

「いや、いえ、そんな、初対面の方に施しをうけるだなんて――」


 喋り切る前にずしりと重そうな袋を前に置かれる。

 虫とかいっぱい入っていたらイヤなので思いっきり席を後ろに離した。リリも一緒に席を離した。


「とある高貴なお方が、あなたにお目通りの許可をしてくださったの」


 そんなこと頼んでないんですけど。なんの話をしているのか。


「藪から棒ですね。いったい何の話でしょう。それにこの袋の中身はなんですか」


 虫なら帰るぞ。これから焼き魚がくるのに虫とか置くなよ。


 昔、司教がこうやって袋に詰めた毒虫を投げてきたのがトラウマなんだ。しばらくは自分の玉袋にすら怯えるほど怖かったんだからな。


 なんで虫が「キシャー」とか鳴くんだよ。おかしいだろ。半分魔物だったぞあれ。


「こちらは前渡金。残りはきていただいたときにお渡しさせていただきますので」

「あの、本当になんの話でしょうか。一方的過ぎてなにがなにやら。せめて詳しいお話しをしていただけませんか」

「それなら私が話し相手になるよ?」


 なんでリリが事情を説明できると思ってんだよ。相当酔っているだろこれ。二杯目は俺が飲んでやろう。


「詳しいお話はここではできかねますので、こちらの事情をお察しください」

「そんな無茶を言われましても挨拶に困りますね」


 〇+〇=〇みたいな穴埋め問題を出すな。察しようがないわ。


「それにしても教会にいるあの子、何といいましたっけ。可愛いお子さんですよね。ああ、そうそう確か名前はルカ……でしたよね?」


 口角をあげる白い肌の女性。


「なんでそれを。いえ、どうしてルカの名前をこの場で出す必要があったんでしょう」


 一気に緊張感が増す。

 ルカは有名になりつつはあるが、この場で名を口にするのはあまりにも不自然。

 なにが狙いなのだろう。まさかルカを狙っているのか? 可愛すぎるルカを性的に搾取しようとでもいうのか!?


 ならば代わりに俺を連れていけ。

 ルカの代わりにいくらでも搾りとられてやる。

 少し歳はいっているようだが年齢差など俺は気にしない。60ぐらいまでは余裕で許容範囲内だ。女と柿は熟れれば熟れるほど甘くなるというのが持論である。


「私、なんでか知ってるよ。この人、ショタ好きの熟女で間違いないね。闇の精霊と同じ感じがするもん。そこの袋に入ったお金もルカを買うためのものと見たね」

「やはりそうでしたか!」

「なにがやはりなものですか!」


 一瞬ピキッという音が聞こえた気がした。

 眉間に皺が寄り、赤い紅をつけた唇が歪んでいる。


「……私のことはいいのです。来るのですか来られないのですか? それと私は熟女ではありませんから言葉には気を付けてください」

「ふーん、ショタ好きは否定しないんだね」

「多くを語る必要はないと判断しただけです」

「想いは言葉にしないと相手には伝わらないってダー……彼は言っていたよ」


 初対面の人とこんなに話すリリをはじめて見た。

 いや感心している場合じゃない。喧嘩になりそうだから止めなければ。


「あの、まずは一旦落ち着いて――」

「おいおい黙って聞いてりゃなんだそりゃあ。子供を脅しに使うなんてろくなやつじゃないなあんた」


 マスターが酒とサボテンのステーキを持ってきて話に混ざる。

 ところで焼き魚はいつ来るのだろう。


「なあ姉ちゃん、そんな調子じゃあ、いくら積まれたって人は動きたくならねぇぜ」

「部外者は口出しなさらないでくださるかしら」

「私は口に出ししていいよ?」


 リリに口出しすることなどない。かなりっ酔っぱらっているなこれ。


「だが本当に誘拐やらなんやらが目的あってんなら、普通はこんな場所で、わざわざ金をチラつかさねぇよな。あんたの上の人が、この神父さんになんか依頼したくてきたんだろ」


 なるほどそういうことか。

 ルカの名前を知られているというのは、お前の周辺は調べ上げているぞ――という意味であり。来なければどうなるかわからないという脅迫だったわけか。


 ならもったいぶらずに最初からそう言ってくれ。


 危うく熟女とイイ仲になれるのかと酒の勢いで暴走するところだった。

 娘の前でとんでもない痴態を晒さずに済んでよかった。ありがとうマスター。あなたは命の恩人だ。


「語らずとも伝わる想いもあります。それが大人の駆け引きというものですよ。ねぇ、お嬢さん」

「……(一理ある……ダーリンのキスには愛がいっぱいこめられているのがわかる)」


 俺があれこれとない頭をフル回転して考えている間にバチバチやりあっている雰囲気。


「承知しました。あなたの言葉に従いましょう。後日伺わせていただきます」

「あら、金額の確認はしなくてもよろしいのですか?」

「ルカの名前を出されれば金額など関係ありませんよ」

「噂通りのお人――というわけではないのですね」


 どんな噂を耳にして、どんな依頼をするつもりなのだろう。

 マスターとデキてるという噂も流れているようなので、それを真に受けて、投獄された犯罪者を拷問の代わりに全員掘り倒せとかだったら――。


 内容も聞かずに受けてしまったのを後悔してきた。


「それで、私はどのように身を振ればよろしいのでしょう。招待をされてもどこへ向かえばいいのやら」

「七日後に教会へ馬車を送り、お迎えに上がります。はやくとも丸一日はかかる旅になるかと思いますので、多めに見積もって三日分以上の旅の支度はしておいてください」

「かしこまりました――」


 三日もかかる旅か。

 どんな依頼なのだろう。なにが起こるのだろう。なにをされるのだろう。


 駄目だ、自分の不幸体質からしていやな予感しかしない。

闇の精霊:眠ってるショタの太腿エッッッロ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。