26話 神父の初物を虎視眈々と狙うエルフ
前回のあらすじ:ロイズレッド「善いことをしましょう」リリ「イイことをしましょう」猫「悪い奴らをとっちめよう」
季節はもうすっかり夏。一日一善の草の根活動を開始してからひと月以上もたって、季節が廻るに合わせるかのように、わが教会にも様々な変化が起こっていた。
リリはルカを熱心に教育し。様々な魔法を伝授してくれている。
飲みこのはやいルカでも魔法は上手くいかない場合もあるらしいが。よき教師となったリリは叱ったり怒るようなことはなく根気よく教えてくれている。
そんなリリも俺に対して心を開きかけてくれているようで、事あるごとにお喋りを催促してくるようになった。まるで親のあとをついて回る子供のようで実に可愛げがある。
草の根慈善活動も、要領を掴んだらしいファミリアの方々からは様々な報告がなされるようになった。
「魚が釣れなくてしょぼくれてたガキどもに魚を直接狩る方法を教えてやりましたぜ」
「貧民街で炊き出しをして、いも煮をふるまってきました。子供の笑顔というのは種族を選びませんね。みんなまぶしいったらねぇんですよ」
「相談に乗っているうちにお互いイイ感じになっちまいまして……その、彼女ができました……へへ」
各々が各々のやり方で想像よりもはやいペースで絶望の根絶に当たってくれているご様子。
恋人云々の話をしている猫人にはリリが詰め寄り壁まで追い詰められ、根掘り葉掘り尋ねられていた。
恋愛の話しに興味があるらしく、「そういうのわからないから後学のためにね」と、いかにもリリらしい、好奇心旺盛で勤勉な姿勢を見せている。
それぞれの仕事もある中で、空いた時間を見つけては善行を積んでくれているファミリアのみなさま。お陰で教団の評判も良い方向へ転んでいるらしく教会へ足を運ぶ人の数も着実に増えてきている。
俺はほぼ何もしていない盗賊団の件で感謝を伝えられることも多く。非常に居心地が悪いのが正直なところでもある。
何もしていないと言っても次から次へと感謝されてしまう。実際は隙を見て何度も逃走を図ろうとしたと語っても、「闘争本能がうずくのですね」と曲解と誤解を重ね、俺の誤ったイメージがかためられていく始末である。
向けられる純粋な気持ちがとにかく俺を責める。最早感謝を暴力だとすら感じるほどに。
だがいまだに俺の顔を見るだけで絶望の底に沈む人も多い。「なんで教会に蛮族が……? い、いやぁああっ!」などと、泣き出してしまう女性が結構な数いる。この町の人は本当に思い込みが激しいね。
そのため神父でありながら必要なとき以外、若いひとが多くおとずれる時間には顔を出さないよう気をつけなくてはいけなくなった。
他人に関心を持たないリリにさえも「若い女がきたときは隠れた方がいいね。絶対にそうしたほうがいい。一緒に隠れてあげるから女の前には絶対に顔をだなさいほうがいいよ。絶対にそうするべき」と、信徒たちを心配して念を押して止められる始末だ。
顔を出さなければ出さないで陰に潜む暗黒街のボスだとか。裏から獣人を操って悪事を企んでいる貧民街の支配者だとか。文明の利器を手に入れた蛮族王だとか。街を牛耳る闇の帝王だとか。そんなろくでもない噂が流れるようになってしまった。
この前も、以前ぼったくり被害にあった串焼き屋の店主とすれ違うと、目が合った瞬間に泣きだされて「は、腹をすかせた子供と嫁がいるんだ! どうか命だけは! 命だけはお許しを!」と、涙をこぼしながら足に縋りつかれてしまい、噂の拡散具合を実感させられた。
リリが上手いこととりなしてくれたからよかったが。あのままでいたら警備隊に捕まってモッキーの子孫たちと再会していたかもしれない。
教会の運営は軌道に乗り出したが、俺個人の評価は下がる一方。人生とはままならぬものである。
しかし、だからこそ退屈せずに生きていけるのだと前向きに考えることにした。
☆
その日は朝からルカの鍛錬の成果とやらを見せてもらっていた。
「ちゃんとご覧になっててくださいねロイズレッド様! お姉様との特訓の成果を遺憾なく発揮して、びっくりしちゃう光景を御覧にいれてみせます! びっくりするけど驚かないでくださいね!?」
びっくりさせておいて驚くなとは、また無茶な要求をされたものだと思わず笑ってしまう。ルカは本当に可愛い子だ。
つい先日も、リリにどれぐらいルカが好きなのかと尋ねられたので、目に入れても痛くないほどだと答えてやった。するとその話を横で聞いていた闇の精霊が「わかりますわ。わたくしもナカに入れても痛くないどころか気持ちがいいのですもの」と不穏なことを口走ったので、リリと二人で激烈に詰めた。
結局は言葉の綾、もののたとえの比喩であり、実際にはまだ何もしていないという事だったので一旦処罰は保留としておくことにした。
「はいお願いしまう。一秒たりとも瞼を閉じずにじっくり拝見させてもらいますとも」
「す、すごい。ロイズレッド様は一日瞼を閉じなくてもいられるんですね!」
いやそうは言っていない。そんなことをしたら目がくしゃくしゃになるわ。
「ではいきます!」
ルカが両手をあげて天を仰ぎ、何やら詠唱めいた文言を並べる。しばらくして晴れわたった夏の空からひらひらと雪が降りてきて、その雪が集まっていくと俺を模した雪像となった。
「…………」
率直にイヤだなーと思った。
自分の容姿はあまり好きではないので、精巧な雪像が目の前にあるとあらゆるコンプレックスを刺激されてしまう。
だがなんで俺なのかとは問わなかった。
ルカが俺を兄や父親のような存在として慕ってくれているのは肌で感じとっている。だからこれは子供が親に絵を見せにくるような可愛らしいイベントの厳ついバーションであると認識することにしたのだ。
「はぁー、すごいですねぇルカは。魔法を習ってひと月かそこらでこんなことまでできてしまうとは」
「教えてる先生も偉いからね。一突きでいいからご褒美がほしい」
リリが期待するようにジッと見上げてくる。
探索者稼業であるリリに無償の奉仕を続けていてもらっておいて、報酬の一つも祓わないのは確かに甘え過ぎていたかもしれない。
しかし探索者にひと月もの間、毎日報酬を払い続けたらうちは破産してしまう。なのでどうか金銭の要求だけは勘弁してほしい。
もちろんそれがルカを弟のように可愛がっているリリの冗談であるというのは理解しているので、「今はこれで我慢してください」と、頭を撫でて褒めてやった。にへらと笑って満足してくれたので、誤った選択ではなかったようだ。
「ルカは簡単にやってのけたけど、ここまでこまかい造形を形にするのは私でも難しいんだよ。ルカには芸術の才があるのかもね。ところでルカ、これ百個ぐらい並べない?」
「僕の魔力量だと五十個ぐらいならできると思いますが、クオリティーを維持するならあと十個ぐらいが限界です……。でもやってみる価値はありますね!」
「よし、じゃあ私が雪を降らすからルカがそれを形にしてみよう」
「おやめなさい」
俺みたいな大男の雪像が何体もあったら雪男の大軍が出たと通報されて警備隊が飛んでくる。
天才とはルカを指す言葉なのだろう。
ルカと書いて天才と読むのだ。名前を付けるときに最初から天才にしてあげればよかったかもしれない。
魔法が一つでも使えればそれだけで将来は安泰である。
学もあるならば貴族様のお屋敷や、運がよければ宮廷にも臨時講師として招かれるだろう。
探索者や冒険者になれば引っ張りだこで、名をあげれば貴族様の専属講師になるのも夢ではない。そうでなくとも街の魔法師としていろんな仕事が舞い込むはずである。
それが三属性も使えると言うのだからルカの未来は明るく無限の可能性を秘めている。
ただ気になるはルカが契約した、いかがわしい精霊だ。
元々はリリが契約していた精霊らしいのだが、とにかく情操教育に悪い姿をしていて片時も離れずについて回っている。
ついて回るのはいい。ルカを守ろうとしている姿を何度も見た。そのお陰で俺もリリも自由に動ける時間も増えたのでありがたいとは思っている。
だが情操教育に悪いのが見た目だけではないのが困る。
「あらあら契約主様、ここのサイズ感が誤っていますわよ。あの大男の股間はこんな貧相なブツではございません。ゆったりとした服の上からでも時折垣間見える実物はこれぐらいのものですよ。そいっと」
俺を模した雪像の股間に、どうやって収納していたのか胸の谷間から取り出した極太の大根を突き刺しやがった。
子供の描いた父親の絵に、陰茎を描きたすような幼稚な悪戯である。
「これでは先細りになってしまいますが、実物は先端がニワトリの卵よりも大きいのです。こんなものを毎日叩きこまれたら二度と形が戻らなくなるでしょうね。受け入れたがる物好きはそういらっしゃらないでしょうけど。それよりも契約主様、私の卵に種をつけるという遊びに興味はないかしら?」
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
ルカやリリがいる前でアホなことをするなと声を荒げそうになった。それに俺のはもう少し大きい。
精霊にまともなやつなどいないのは昔から知っていた。
人間の感性ではかると精霊は変態と評するほかない。まともな精霊もなかにはいるらしいが、まともな感性の精霊は精霊たちに変態扱いされるという。
そして変態なので純粋な人間を特に好み。お互いに変態ならば、それはそれで変態同士で気が合ってしまうからどっちに転んでも人間と惹かれ合う。
この凶悪な変態精霊がリリと知り合いだったのも、リリが純粋すぎるあまりにつきまとわれていたのだろう。時折放たれる意外な言葉も、おそらくこいつの悪影響を受けているのだと見ていい。
「精霊といると頭がおかしくなりそうですね……。その大根を今すぐ抜きなさい」
「(角度が甘いね。にわかめ。それにダーリンのはもっと太い)」
「ヌきなさい? いえ、その、わたくしは契約主様のモノですのでそういったお誘いは誰であれお断りさせていただいておりますの。この蠱惑的な身体に盛ってしまったのならごめんあそばせ。どうぞそこのお二人で発散してくださいませ」
「はぁ……頭が痛くなりますね」
「(いいアシストだ。見直したよ)」
リリは言葉の意味がわかっていないようで呆けてしまっている。
司教の下ネタ好きが可愛く見えるほど性に忠実な変態精霊。
こんな精霊を譲渡してしまったリリを責めるのは酷な話だろう。
なぜならリリは清純で清楚な女性。そういった変態的な行為に俺が眉をひそめていても表情を変えず、「あれは何? あなたのその口で教えて?」と、純粋な好奇心から尋ねてきてしまうほど無垢なのだから。
「ねぇねぇ、二人で発散するって何のことだろう? 詳しく教えて? なにをどうやって発散するの?」
ほらみろ。さっそく知的好奇心に突き動かされてしまっている。
「あのような低俗な遊びや発言をリリは気にしなくていいのです。精霊は悪ノリが過ぎますね。いずれ正しさとは何かを説いてやらなければならないかもしれません。それよりも今はルカを褒めてあげましょう」
「ふーん(ダーリンと低俗な遊びがしたい。悪ノリして上に乗りたい)」
とはいっても精霊の献身性は本物である。
ルカの食事の時にはこまめに口を拭いてやり。照れていやがるルカに「あーん」などをし。水浴びも布面積の極端に少ない格好に着替えて付き合い。暇さえあればルカの頭に長乳を乗せて肉感のある体におさめて守ろうとしている。実に羨ま……けしからん。
こいつは精霊ではなく性霊である。
ルカはまだ子供なので、あの邪悪な性霊の性欲を母性であると勘違いしているようだが。あれは間違いなく獲物を狙う目だ。
この前など「催したのですか? ではどうぞご自由にお使いくださいまし」などと舌を大きく出し、頬を横に引っ張り口を開けて放尿を受け入れようとしていた。
流石にそれは異常な行為であるとリリにもわかるらしく、しっかり叱ってくれた。精霊はルカの見えないところへ連れていかれ全裸土下座させられていた。
あの性霊を放っておけば教会の風紀が乱れて崩壊してしまう。既にその予兆もある。色事に無知なリリも影響されてしまっているようで、細く切った芋を口にくわえ見様見真似で俺に食べさせようとするという悪影響が出ているのだ。
可愛いルカが性的嗜好をこじらせて誤った形で精通をしてしまう前になんとかしなければ。そして影響を受けたリリが他の男に同じようなことをする前に――。
☆
夜、たまには酒精を舌で転がして味わいたい気分だったので、息抜きに酒場へとでかけることにした。
ルカのおもりは精霊がいる。むしろ最大の危険は精霊なのでそちらの方が心配だ。今も広間でルカとリズムに合わせて手を合わせる遊びをしていて、隙あらば胸を触らせようとしている。その遊び代わってくれないかな。
「さてと」
「……」
俺が立ち上がるとリリも立ち上がる。そして俺を見上げて次の行動を待つ。
まるでどこにでもついてくるひな鳥のよう。こうなってしまったのはリリが俺の言葉の解釈を間違ったからだ。
自分のやりたいことをしてもいいのだと諭しても、「いつも一緒にいると言ったのはあなたでしょ?」と、何がおかしいのかと首をかしげてしまう。
こちらとしても目の届かぬ場所で死のうとされても困るので近くにいてくれた方が安心できる。ましてや魔王などを宿されたらたまったものではない。それで苦しむのは俺ではなくリリなのだから魔王云々の問題ではないのだが。
だからではないがついつい甘やかしてしまう。
以前よりも明るくなってよくお喋りをしてくれるようになったリリ。
しゃがんで作業をしていれば俺の髪をいじって遊ぶ癖もついた。
じゃれついてきた猫獣人の子供たちとポジション争いをしている姿は実に微笑ましい。
ダンジョンで助けてから背負われることが気に入ったのか、隙を見ては背負われようとするし。いつも俺の横からぴたりとくっついて離れない。
庇護を求める子猫のような振る舞いは、エルフと言うよりは猫人のよう。それも猫獣人が近くにいる影響なのだとしたら、精霊の影響を受けやすいのも納得できる。
作業の邪魔になってもお喋りに付き合い。料理中にもちょっかいをかけてくるので危ないからと首に手を回させておんぶする。
この前など自作のベンチで一緒に日向ぼっこをしていると、俺の膝に頭を乗せて眠ってしまった。その頭を起こさぬように撫でてやると、口の端からだらだらと涎を垂らして眠っていた。そんなリリが可愛いと思う父性と、欲情を感じてしまう義父性。日向勃起しないように一人エッチの代わりにストレッチをして気を紛らわしたものだ。
見た目は爆乳の弩ストライクエルフだが、娘のようにじゃれてくるリリが愛しくてたまらない。
これだけ可愛がっても、どこか影のある暗い顔をしてソワソワとしているときがあるので心配で目が離せないのは、相もかわらずなのだが。
想い人――師を失った絶望などそう易々と癒えるものではないのだろう。
時間をかけて癒してやりたい。ここが帰る場所であると認識させてやりたい。彼女から危うさが消えて自立できるようになるまで、あふれ出る父性と母性で包んでやりたい。だから性欲など溢れさせてはいけないのだ。
「リリも一緒に――」
「うん、ついてく」
「そうですか。実は酒場へいこうと思っていまして。リリはほかに――」
「そこでいい」
すっごい食い気味。
最近は教会の中で作業をしてばかりだったから外に出たかったのだろう。それに気づかぬとは父失格である。
「ではリリの準備ができたら行きましょうか」
「イキましょう? 準備はいつでもできてるよ……?」
こうやって時折暗い顔をして視線を逸らすことがある。
そしてこういう時はきまって闇の精霊は鼻で笑うのだ。やつは闇の精霊なので、リリの心の闇に敏感に反応するのだろう。
そういう事ならば今夜は俺の爆笑トークで明るい顔を取り戻させてみせよう。
闇の精霊:さて、脱ぐか




