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25話 超慈善団体が爆誕する

前回のあらすじ:暴力はすべてを解決する

 あれから数日が経って、教会に訪れる信者が急増した。

 盗賊団を俺が壊滅させたという誤解による大手柄によって、教会に興味を持つ者が増えたのだ。


 増える事それ自体は大変喜ばしい。だが、入信者の大半は猫人と猫獣人であり、そのすべてが「ロイズレッドファミリア」なる実体の不透明な団体の構成員という点が俺の頭を悩ませるている。


 信徒ならば教会に来てくれるのでわかるが、ファミリアの中には顔を出さない者がほとんどなので自分でもどれだけいるのかも把握しきれていない。

 少なくともシザラはファミリアでも信徒でもないのは確かだ。子猫の件は感謝するがティアスとの義理を通したいとのこと。

 あのパーティーから引き抜きなどしたらいよいよ殺しにきそうなので、義理を通してくれて助かった。できればそのまま通し続けてほしい。


「旦那、おはようございます。今日はお耳に入れたいことがありまして馳せ参じました」


 朝の鍛錬をしていると、直立歩行の可愛らしい猫ちゃんであるところのキジシロさんが塀をのぼって顔を出す。

 突然現れるものだから一緒にトレーニングをしていたリリと二人、なにごとかとかたまってしまった。


「これはおはようございます。どのようなご用件でしょうか」

「貧民街の残党もほぼ掃討しました。これであのシマはオレたちのもんだと言っても過言じゃありませんぜ。まだ他のグループとの縄張り争いは残っちゃいますが、それも時間の問題でしょう」


 朝からなんて気分の悪くなる良いニュースを俺の耳に吹き込んでくれるのか。

 俺はシマなんていらない。この教会でもひろすぎるぐらいなので手いっぱいだというのに。勝手にオレ「たち」に含めないでほしい。


「金に左右されてばかりの警備隊や衛兵どもの腑抜けた治安維持活動には街の者たちもうんざりしていましたからね。旦那の行動はやつらに喝を入れ、一石を投じたと思いますぜ」


 無暗に石を投げたくなかった。どんな波紋が広がるか想像もできない。


「法外なショバ代に苦しめられていた貧民街のやつらも、これで楽な暮らしができるってもんで、旦那を称えるために祭りを開くんだと張り切っていやがりました。オレたちが裏で仕切って盛大なもんに仕上げますぜ」


 君たちは次から次へと余計なことをしてくれるね。


 猫獣人たちの評価が高いのは素直に嬉しい。

 猫人たちも街ですれ違えば挨拶に来てくれて可愛らしい。だが跪いて一々手に鼻を当てる儀式をするのはやめてほしい。周りの目が痛いのだ。こうなるとシザラはファミリア入りしていないのがせめてもの救いである。


 酒場のマスターが言うには、「街のやつらにはあんたが新たな犯罪組織のボスとして認識されてるみてーだな。盗賊が蛮族に変わったって騒ぎになってるぜ」とのとこ。


 確かに聖棒をブーツで隠したりして蛮族らしい姿をさらしたこともある。あのスタイルは蛮族の衣装にも見えたかもしれない。猫人たちに担がれて行進するのもいかにも蛮族の族長に見えただろう。

 だが俺はそんな数瞬のおかしな時間よりも、ずっと長い時間を神父として過ごしている。なぜそんな簡単に印象を塗り替えてしまうのか。


 それはそれとして別に驚くことがあった。


 盗賊団のボスはゴルドーという名の元神父であったのだ。

 そこまでは教えてくれたが名前を変えて盗賊団の頭領などやっていた理由は話すこともなく。黙秘を貫いたまま警備隊たちに連れられて投獄されてしまった。

 

 身柄は教団が引き受けるということなので詳しい話はいずれ司教から聞けるだろう。


「祭りですか。やるなら怪我や喧嘩のないようにとお伝えください。それでは私は祈りを捧げる時間なので」

「おうっ。またなんか進展があったら報告に寄らせてもらうぜ旦那」


 進展、あってほしくないな。



 心の中で祭壇に置かれた神像に祈るとすぐに反応がある。


『――ご機嫌麗しゅう』


 そういうキャラじゃないはずだが、今日はそういう気分なのだろう。

 司教の気まぐれを一々気にしていたら胃に穴があいてしまう。気にしたら負けだ。


『ごきげんよう司教様』

『ゴルドーの一件、改めてご苦労様でした。こちらにも正式な文書が届けられました。あなたが届けるよりずっとはやかったわ』


 俺よりもはやいと言うのは、俺が直接伝えにいくと様々な問題に巻き込まれて四ヵ月以上かかることへの皮肉だろう。


『その話題は私のような下っ端の神父が知っても問題のないものなのでしょうか』

『ええ構わないわ。むしろ直接かかわった関係者なのだから知っておいた方がいいでしょ。信徒には知られぬ方がよいかとは思うけれど』


 それはそうだ。教団の恥部だからと隠そうなどとは思わないが自分から広めようとも思わない。


『自白草を使った結果わかったのだけれど、ゴルドーが束ねていた盗賊団にはどうやら貴族が関与しているようなの』

『貴族ですか? それはどちらの』

『それはまだわからないわ。ゴルドー本人も仲介を経ているから直接の面識はないんですって。小賢しいわね。顔が見えないなんてまるで壁ハメセックスみたい。不道徳だわ』


 不道徳の化身がなんか言ってら。


『ではあの盗賊団……ゴルドー元神父は貴族が裏で操っていたという話でしょうか』

『断定はできないけれどそう考えるのがいまのところ自然よね。参ったわー』


 民があっての国。民が支えてこその貴族。その民を守るべき貴族が民を苦しめていたとは世も末だな。それじゃあ、あべこべじゃないか。


『引き続きあなたのためになるような情報が得られたらすぐに報告してあげる。だから毎秒話しかけてきなさい』

 

 それは面倒だからお断りします。

 司教との念話は消費カロリーが高いのだ。


『それと出発前には言いそびれたのだけれど、今からちょっといいかしら』

『はい。なんでしょうか』

『あなたをその教会に送った理由の一つにゴルドーの件も実はあったの』

『そうでしょうね。そうなのではないかと薄々思っていました。それを言うのが終わった後なのは納得がいきませんが――まあ過ぎた話です』

『あなたの強さは教団では有名でしょ。あなたならそう簡単には手出しができないと思ったの。でもこれで悲しい事実も発覚したわ。ゴルドーが手を出さなかったということは、教団からあなたの情報が洩れていたということになるわ』

『ゴルドーは十年も前に赴任した神父でしたね』

『そうよ。だから本来はあなたが手ごわい相手だと判断できるはずがない。私はそれを教団のなかに内通者がいたと見るわ』


 まあそれはそっちの仕事なのでお任せしたい。

 たまには司教らしく責任を全うすべきだ。


『でも私が強いなどというのは、いささか買いかぶりすぎです。信頼に応えられるほどの力など持ち合わせておりませんから。ましてや教団内の問題を解決するための策に組み込むなど荷が重すぎます』

『カリ被りすぎ……? あなた剥けているわよね?』


 無視しよっと。


『話というのはそれだけでしょうか。まだ朝食の支度ができていないので、くだらない話に付き合わせるおつもりなら念話を切りたいのですが』

『あーん、まだあるわよー。ゴルドーはあなたを警戒していたようだけれど、その背後にいる貴族は貴方をよく知らないから軽んじているはずだわ。いずれ望まぬ形で接触してくるんじゃないかしら』

『どんな貴族かもわからないはずなのにお詳しいですね。それは予言ですか』

『いいえ、ただの勘よ』

『左様ですか。では気を付けなければなりませんね。細心の注意を払います』


 司教の勘を侮ってはいけない。

 これ毒っぽいな――という勘だけで俺に謎のキノコを食わせて、そのどれもが本当に毒キノコだったのだ。

 これは大丈夫そうだなという俺の勘はすべてはずれた。だから牢獄でも未知のキノコを食べて素敵な夢を見た。


『できればどの貴族が裏で糸を引いていたかを特定してくれると助かるんだけどぉ。わかりさえすれば教団からも手を打てるし?』


 この国にいったい何人の貴族がいると思っているのだ。少なく見積もっても400人はいるのに、一介の神父が特定するなど不可能に近い。よほどの幸運に恵まれなければお近づきになることすらできはしないだろう。


『それとなんだけどね。もう一つ言い忘れたことがあるの』

『次はなんでしょうか。言い忘れたのではなく言わなかったの間違いであるのは存じておりますが』

『意地悪言わないの。プンプンッ』


 きっついなぁ。美貌の衰えぬエルフとは言え、年齢不詳の老女がプンプンはきついよなぁ。


『実はね、そちらの町らへんに魔王みたいなのが復活するそうなの』

『…………なんですかそれは? らへんとか、みたいとか、そうなのとか最初から最後まで曖昧なのに不穏当極まりないんですが』


 むしろ曖昧なせいで余計に不安をあおっているという見方をすべきか。


『知り合いの聖女がね、神のお告げをきいたって百年前に言ってたの。この百年以内に魔王が誕生するだろうって。それをこのまえ思い出したのよねー。最近物忘れがひどくて……歳かしら』


 物忘れがひどいで済ましていい問題ではない。

 聖女が神から告げられたのなら神託ではないか。


『もしや、それで私をこちらに?』

『思い出したのはつい最近だからそれは偶然ね。ママそんなものがいるとわかったら、可愛い子を差し向けたりしないもの』


 可愛い子には地獄を見せろが座右の銘であるところの司教の言葉とは思えない。


『しかし魔王と言われてもピンときませんね。その方は何を生業として暮らしている方なのでしょうか。おとぎ話の存在ですよね』

『生業は全生物の殺戮ね。生きとし生けるものすべてに災厄をもたらす存在よ』


 穏やかじゃないね。


『人も植物も精霊も妖精もなにもかも問わず、生きているものをただ殺すことだけを目的として生まれる超常のバケモノ。もはや災害の一種ねー』

『そんなものがいたとして、それを私に伝えてどうしろと? 教団の本部に戻れという事でしょうか』

『いいえ、それであなたには魔王を探してほしいの』


 それは悪い貴族を探すよりも難度が高いです。


『仮にですが、それらしいものを見つけた場合は対処すればよろしいのでしょうか』

『そっちで処分してちょうだい』

『ゴミでも片づけるように軽く言ってくれますね。できるわけがないでしょう』

『軽くイってくれる……? 私が?』

『そうは言ってねーよ』

『イってねーよ? いつもはイッてるような口ぶりね! いつイッたのよ! もしかしてもう女の子をつかまえたの!?』

『はぁ……』


 一回付き合うとこうなるとわかっていたから無視していたのに、結局司教のペースに飲まれてしまっている。同じエルフなら高潔で清純なリリを見習ってほしいものだ。あの子は猫人たちが軽い下ネタトークをしていても、他の言語の話をきいているかのようにキョトンとしているぞ。


『どうすればいいのか真面目に答えてください。茶化していい話ではありません』

『そうねー。だったら捕獲して飼いならすなんてのはどうかしら』

『それは処分するより難しいと思いますが。いや難しさが突き抜けすぎていてどちらの難度が高いか比べられませんよ』


 殺戮を生業にしている方なんて捨てられた愛玩動物みたいに簡単に飼えるものじゃない。かといって処分するというのも無理な話だ。


『でもあなたならできるわ』

『どこからその信頼が生まれ出てくるんですか』

『子宮よ』

『フフ……』


 生まれ出てくるにかけたんだろうな。ちょっと笑ってしまったのが悔しい。


『……まず魔王の特徴を教えてください。見つけたらすぐに報告しますので』

『何もわからないわよー。六千年前、観測された初めての魔王は人に宿ったと言われているわ。四千年前、先々代の魔王は樹木に宿って国一つを腐らせた。二千年前、先代の魔王はエルフの男の体に宿って大陸にいる半数の命を奪った。そして今代の魔王はまだ生まれているのかもわからないの』

『聞きかじったことがあります。まず戦うことはないだろうと思って詳しく調べたことはありませんでした』

『戦闘するのが前提で勉強していたのよね。変わった子』


 お前のせいだろ――そう叫んでやりたい。


『次は人間なのか、妖精なのか、エルフなのか、ドワーフなのか、獣人なのか、植物なのか。はたまた別のなにかなのか。精霊なんかがなっていたら厄介ね。自然現象に呪いなんて混ぜられたら防ぐのが難しいもの』


 しかし手掛かりなしで地域だけ指定して探し物を知ろとは随分な命令である。


『案外冷静じゃない。あまり驚かないのね。いつもみたいにオーバーリアクションで気絶でもするかと思ったのに』


 毒を盛られたときの反応を言っているのなら、あれは人として自然な反応でオーバーなどではない。


『数千年前の魔王と言われましても現実感が湧かないといいますか。討伐するのも国や教団上層の役目ですよね? 探すと言っても私だけではないでしょうし』

『そうね。六千年前と四千年前は、その頃の文献が少ないからどうだったかしらないけれど、二千年前は人間と精霊とエルフたちが協力して討滅したそうよ。魔法対魔法で地形が変わるほどの激闘の末にね。大昔のエルフは未来が視えたから勝ち馬に乗れるからと協力的だったみたい』


 大昔のエルフは未来が視えたのか。初耳だな。


 もしもリリにも未来を見える能力があるのならダンジョンであんな目には合わなかっただろう。それに司教は魔王の居場所を特定できるはずだ。つまりその力も今はもう失われたと考えていい。

 

 ドワーフも昔は金の精霊を自在に操り鉱物の位置を目をつぶって当てられた。獣人は木の精霊の加護を受けていて自然と一体となって生きていた。だが今はその名残も少ない。時代が進んで精霊の自我が育ち、自立化が進んだからだと本には記されていた。


『そういえばエルフは心が読めるという眉唾な噂を聞きまして……あれはさすがに嘘ですよね?』

『え? 本当よ? 私読めるもん』

『うっ……おぅっ!?』

『嘘よ。なにを慌てているの? 知り合いに可愛いエルフの子でもできて卑猥な妄想を毎晩ぶつけていたのかしら?』


 心臓が爆縮するかと思った。

 それにしても凄まじい解像度で俺の不安を言い当ててきたな。どんだけ勘が鋭いのだ。


『秘密は誰にでもあります。教団の機密情報が洩れていたらと思って焦っただけです』

『へぇ~? 本当は? あなたの巨大な肉棍棒をパイスラさせて常備させたいとか、そういう事を考えていたんじゃないの?』


 何故わかるのだ……? 本当に勘だけなのか?

 まずい、この話に付き合うとぼろが出そうなので流そう。

 でも心が読めるというのはこれで否定されたのはよかった。もう本当によかった。


 リリは異性に興味をもたないのか、俺の前では気を抜いているのか、やたらと隙を見せてくる。そのため長耳を撫でたいとか胸を吸いたいとか腋を舐めたいとか足で擦られたいとか、ふとした瞬間に発作的に思い浮かぶことがある。それを読まれていたなら俺はリリに合せる顔がなくなってしまう。


 どの面下げて生を説いているのかと。生を性だと勘違いされてしまう。


『しかし魔王とは人の力で打ち倒せるものなのですね。もっと恐ろしい存在かと思いました』

『一対多数でやっとと言ったところよ。それなりの被害はでるけれど不可能ではないと歴史が物語っているわね。でも魔王出現は歴史の転換点にもなるから悪いことばかりではないの』

『死は生き物にとっては悪いことでは?』

『人の進歩は停滞してしまうとすぐに淀んでいき、進歩が望めぬところまでいくと周囲を巻き込んでの自滅の道へ進んでしまうもの。そうやって人は何度も滅びているのよ。だから魔王は神の用意した必要な痛み』


 必要悪に創造論か。

 神の慈悲とは多様なものである。人の進歩を促すために他の生物まで巻き込んでいるともとれるが、そうしなければすべての生物が滅びてしまうのなら致し方ないものなのか――。


 神のご意思に逆らうような思考はやめておこう。

 俺が考えたところで休むに似たりだ。


『とにかくあなたには魔王をさがしてほしいの。見つけられなくてもかまわないわ。他にも探す者は手配したから最初からあなただけに任せようなんて考えていないし。神父の片手間にでも探してちょうだい』


 両手でも難しいものを片手間でやれとな。


『もしもその魔王とやらが目覚めたらマフィーダはどうなりますか』

『地図から消滅……とまではいかないかもしれないけれど廃墟にはなるかもしれないわね』


 なおのこと片手間でできる用事ではなく大事ですねそれは。


『心配しなくてもなるようになるわ。あなたの不幸体質を信じなさい。そして誤解を受けやすい呪いを』


 余計に心配になるようなことを言うな。


『私はどうなっても構いませんが、この街で関係を築いた方たちが不幸に見舞われるというのは見過ごせません。どうにかできないものでしょうか』

『もしあなたが教団本部に戻ってくれば見捨てることになってしまうのでは――と考えているなら、その関係を築いた者たちとやらを連れてこちらにうつってきてもいいのよ』


 そうしたいがもう手遅れだ。ルカやリリだけならそれもできたが、何人いるかも不明なロイズレッドファミリアとか作られちゃっているんだもの。


『できるだけ手を尽くそうとは思います。まず何を手掛かりにすればよいのでしょう』

『魔王は深い闇に囚われた者にその魂を宿すの。それは魔法属性としての闇ではなく心の闇。身から溢れるほどの深い絶望を知り。闇に飲まれてもなお生を望む強き心を持った者に魔王の魂は宿る――。でも絶望の容量など人それぞれでしょ。絶体絶命な死の直前でも希望を捨てぬ者もいれば、友人に約束を破られただけでも死ぬほどの絶望を味わう者もいるわ』

『つまり特定など不可能では? それこそ人の心が読めなければ』

『そうね。ちょっと難しいわね』


 ちょっとかな?

 ちょっとではないよね。


『でも素体に選ばれる者は、それなりに強靭な肉体をもつ者や、強い精神力を持った者が選ばれるから、何の素質もないただの樹なんかには宿らないはずよ』


 であるならばリリやルカにも魔王が宿る可能性は十分にあるのか。

 リリの強さは言うまでもなく、ルカには魔法使いとしての天賦の才があると聞いている。

 そしてそのどちらも、俺の基準では十分な絶望を味わっていた。

 もしも同じ体験をしたら、俺ならとっくに心神喪失しているだろう。だが二人とも強い精神力でもって持ち直している。


 これからは二人とも一段と優しくすることを心がけよう。今日の夕飯は質素なものにする予定だったがハンバーグとクリームプリンだ。


『だからそうね。あなたが闇を感じた人を手あたり次第救っていれば、いずれは出会えるかもしれないわ。そうすれば復活もせずに未然に防いでしまえるから』

『それはつまり今まで通り善行を詰めという意味でしょうか』

『あなたはあなたの思う正しさを信じて進めばいいの。魔王が現れたからといって、あなただけの責任でもなし。被害を未然に防げればいいけれど、最小限にとどめられたならそれもまたよし。あなたはただ両手の届く範囲の人を救っていればいい』

『ですが矛盾しませんか。人の進歩の停滞の話しと。未然に防げば進歩は停滞してよどむのでは?』

『何もせずにいるのならそれこそ停滞よ。でも人が何かを乗り越えんとする意思と姿勢が続くことで進歩は成るの』


 言いくるめられたような気がするが、ようは今までの通りに困った者に救いの手を差し伸べよという教団の教えに従えばいいだけらしい。


 でもそれをいつまで続ければいいのか。魔王は復活を果たすまで延々と素体を探すのではないのか。


『この行為に終わりはあるのでしょうか』

『終わりがないものなんてないわよ』

『……そうでしたね』

『あなたの性欲は例外だけれど』

『…………』


 俺の性欲は魔王よりすごいのか。


『でも善行を終わらせる日なんてないでしょう?』

『それもそうですね。自分らしく生きてそれが魔王復活の抑止となるなら、より精が出るというものです』

『いっぱい精を出す? ダメよ、やめて! また自然のバランスが崩れちゃう!』

『はいそれではこれにおいとましまーす』

『あっ、待ちな――』


 魔王は恐ろしくもあるが、この命は司教に救われたものである。

 なんの意味もなく死ぬのは恐ろしいが、司教のため、人のためになって死ねるのならそれも本望かもしれない。


 とにもかくにも善行を積もう。



 人を巻き込むのは本意ではなかったが、巻き込まなければ皆が死んでしまうかもしれない切迫した状況である。そのためロイズレッドファミリアの力を使って魔王捜索をすることにした。


「子供でも大人でも、植物でも動物でも、富める者が集まる邸宅街でも貧民街かも問いません。あなた方の目に映る、深い絶望の中にいるように見えた者たちを手あたり次第探してください。そしてできる限りの救いをその場で与えてほしいのです。少しでもその者たちが絶望から距離を置けるように寄り添っていただきたい。もし難しいのならば、そのときは私のもとへ――」


 魔王のことは伏せてそう命じた。

 いずれは教えるにしても、いま公表するのは無用な混乱を招くだけである。


 とりあえずは信徒となった獣人の方々には草の根活動をしていただいて。マフィーダにおける幸福度の底上げに貢献していただこうという算段である。


「深い絶望の中にいる者に救いの手をさしのべる……?」

「つまり棄民や貧民のなかに苦しい生活をしているもんがいたら助けてやれってことかい?」

「野良猫や野良犬、花やらなんやらまで慈しめってお達しだな」

「悩みを聞くだけでいいならオレでもできそうだぜ」

「なぁ、もしかして旦那はよぉ、あのガキを救う前から既にこういうことを計画していたんじゃねーのかな」

「まさか貧民街のはみ出しもんたちも最初から救うつもりでいたってか?」

「はみ出しもんたちもそうだがよ、貧民街には親に死なれて一人で生きてるガキどもが山ほどいるだろ。そいつらだって大人になれるのはほんの一握りだ」

「旦那は子供が好きだといつも言っているが、もしかしてそれは俺たちも含まれるんじゃないのか?」

「たしかに父親みたいなでっかい背中をしているよな……」

「それじゃあまるで神様みたいな考え方じゃねぇかよ」

「ファミリアのトップは父親だ。要するにゴッドファーザーってわけか」

「そうだな…………」

「俺たちだけの父親におさまる器じゃなねぇもんな…………」


 猫獣人たちがなにやらニャーニャー話し合っている。

 あー可愛い。見ているだけで癒されるね。


「難しく考えなくていいですよ。困っている人がいたら助ける。人として当たり前のことをしてほしいだけなのですから」

「これが人として当たり前だと思えるのは旦那ぐらいなもんだぜ……」


 猫人も猫獣人も目を輝かせ、体を擦り付けてくるので服が毛だらけにされていく。

 彼らの肉体的距離感は極端で、こうしてニャーニャー言いながら急に擦り寄ってくることがあり。中にはしがみついて胸まで駆け上がってくる者もいる。大変至福。


 可愛いにゃんこたちに擦り寄られて嬉しくないわけがない。つい顔がほころんで「おほっ」てしまいそうになる。いっそ寝転がって滅茶苦茶にされたい。顔面騎乗も喜んで受け入れよう。


「ッ!?」


 ふと殺意にもにた悪寒を感じたので、感知した発信源のほうへ恐る恐る視線だけを向けてみる。


「…………」


 リリが柱の陰から目を細めて俺を見ている。

 凄まじい眼力で射殺すかのような眼差し。俺が猫獣人に欲情している変態だと思われている気がしてならない。


 違うんだリリ。猫人も猫獣人たちはたしかに可愛いが性対象にはならない。もしもシザラになにか吹き込まれているなら、そんな戯言を真に受けないでくれ。

 俺は大人の女性が好みであって性対象は人間だ。特にリリのような凛々しく気高い芯のある女性にこそ弱い。それらは全て自分にはないものだからかもしれない。


 リリにはその気がないのはわかりきっているから、迷惑にならぬようそういう対象として見ないようにしているだけで。本当はリリみたいに普段は凛としているのに二人のときは甘えん坊になってしまうよう子に擦り寄られて性的にニャンニャンされたいのが本音だ。


 などと、心を読めないとわかったので強気に心の中で叫べるというのはストレスから心が解放された感じがする。これからは勃起さえ気を付ければいくら妄想してもいいのだ。


「……(私もニャンニャンしたい。あいつらは自分の立場を利用して汚い真似をしてる卑怯者だ)」


 リリの眼差しがさっきよりもさらに鋭くなっている。

 本当に心を読めていないんだよな。


「ところで旦那、具体的に救いってのは何をすりぁいいんですかね」

「難しいことはしなくてよいですよ。人には向き不向きがありますし、できることとできないことがあります。無理をせずに今の自分にできることをしてください。たとえば落ち込んだ様子の方がいるならば、話をきいて悩みを吐露させて心を軽くするお手伝いをしてさしあげる――それだけでのことで構いません。まずは簡単な手助けから始めていきましょう。一日一善というやつです」

「……(前戯したい。一日一前したい)」

ロイズレッドファミリア「善いこと……? 善いことの反対は悪……悪人を懲らしめるってことだな!」

リリ「(無理せず自分にできるイイことをするか。オチンコ出てる様子のダーリンがいたら、精を吐露させて玉を軽くするお手伝いをしてさしあげる……とか? よし、夜這いだな)」

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