24話 あれよあれよと担がれて
街で探索者組合の場所を尋ねて回るうちに昼を過ぎていた。
道を尋ねても全員が全員ちがう回答をするので、到着にはかなりの手間を取ってしまった。
なんで道案内で嘘をつくやつしかいないのだこの町は。
最後は言われた方向とは逆に進むことで到着できた。
ようやくたどり着いた探索者組合だが、ティアスに会いたいと告げるとにべもなく断られてしまう。
ティアス様ご一行は依頼の達成率も優秀で大貴族のパトロンがついた売れっ子探索者。大口の相手か貴族様しか取り合わないという組合の方針だそうな。
安い酒場にいたので身近に感じていたが、本来は会話もできない雲の上の人らしい。
普段はずっと雲の上にいてくれたらいいのに、どうしていらないときばかり俺の前に降りてくるのだろう。不思議だね。雨なのかな。
探す当てもないのでとりあえずマスターのいる酒場に向かって昼食をとった。
教会には教会で用意があるので心配はいらない。
食事を終えて重い腰を上げると、マスターが「――そういや、とんでもねぇ美人をさらって性奴隷にして毎日犯しまくってるって噂が流れてるぜ。街中でヤリながら歩いてたとかなんとか。いったいなにしたらそんなことを言われるんだ?」と、俺が道案内を正しくしてもらえなかった理由の一つが垣間見えるような噂を教えてくれた。
たったの一日で町中を駆け巡るほどの噂になっているとは。
凄まじい拡散力と、危機に対する街の一体感を称賛したい。
魔物が大挙してきてもこの町ならばスムーズに避難できるだろう。
細かい説明は省いて、「エルを助けて治療しただけですよ。やましいことなどありません」と弁明する。マスターは「まあそんなこったろうとおもったぜ」と笑った。だがロリ奥さんは楽しそうにしている旦那と俺に嫉妬したらしく、恨みがましい目で睨んでいる。
今夜はフォローが大変そうですよマスター。
☆
酒場を出てから冒険者組合の方にもよったが探索者組合と似たり寄ったりな理由で門前払い。
例によって道案内が機能せずに迷子にもなったのでかなりの時間をくわされてしまった。
「串焼きを一つお願いします」
「……あいよ」
ベルトに結ばれた小型のサイドパックから銅貨を取りだし、露店商に鳥の串焼きを一本注文。
適正価格よりも明らかに高い値でぼったくられそうになったが、適性の値段まで下げて交渉成立。直後に来た次の客には半分の値段で交渉なしで売っていた。世知辛い。
ひそひそと話す人の目が怖くなってきたので暗い路地裏へ退避。
人の目があるところで串を頬張れば「天下の往来でセルフフェラをしていた」という噂を流されたこともあるので警戒するにこしたことはない。
ゆっくり鳥串を味わおうとしたところで一匹の子猫を発見。
子猫は目を開けられず、そのばで立ち上がっては座ってを繰り返していた。
何者かの邪気を感じ取る。
目を凝らして暗闇の奥をみれば、子猫の二倍はあろうかという、嘴の白いカラスが子猫を狙っていた。
これも自然界の厳しい掟だ。
子猫を助ければカラスが困る。
カラスにも家族がいて、子が腹をすかしているかもしれない。
大変心苦しいが、ここは何もみなかったことにしてその場を立ち去ろう。
「シネーシネータスケテーシネー」
「…………」
あっ、こいつカラスじゃない。魔物だ。
☆
カラスの魔物は世に数多く存在する。
その多くが通常のカラスよりも大きく、武器を持たぬ一般人ならば下手をすれば殺されてしまうこともある。
今回俺の前に現れたのは通称は墓地ガラス。本当の名前はイツマデ。
名前からは魔物らしさを感じないがこいつもれっきとした魔物であり、人を殺す力を有している。
害のないカラスまで不吉な存在として語られやすいのは、だいたいこいつらのせいである。
墓地ガラスは無念の死を遂げた者が死体を失い魂だけとなり彷徨っていると、魔力を糧にしている別の悪霊と混ざり合って具現化してしまい、このような姿になるされている。
同じ理屈で生まれる悪霊系の魔物の中では比較的弱く、ナマラカインなどとは比べるまでもない。だが、それでも油断をすれば痛い目を見るだろう。
本来は墓場などに現れる魔物なのが、こうして街の裏路地に現れるのが何を意味するのか。それはこの周辺で人が殺され、恨みを残してこの世を去ったということにほかならない。
「討伐ではなく除霊ですね」
高位神父ならばさくっと除霊してしまえるのだろうが、俺はまだその手の修行を積んでいない。司教の育成方針により基本的に力技だけを磨いてきたので。
俺としても体を動かす方があっていると思うのでそれに対しての文句はない。
「シネーシネー」
喉に水がたまったような野太い音に不吉な言葉。不快でイヤな鳴き声である。
恨みはないが野放しにしておけば子猫が食われてしまうし、人にも害をなすだろう。
飛んでいかれてしまう前に片をつけよう。
「フゥー……」
メイスを持たぬ俺にできることなど拳を使った肉弾戦だけである。
戦闘に意識を集中して、鋭い嘴には十分に注意し、あとは筋肉による破壊あるのみ。
「行きますよッ!」
俺が動くと同時に墓地ガラスは飛び上がり上空に逃げようとする。
その足をつかまえて地面に叩きつけた。パァンという小気味のいい音を鳴らすと墓地ガラスの体は光の粒となって消えていく。
「どうか安らかにお眠りください……恨まないでください……」
霊が受肉などするから負けるのだ。実体のない霊のままなら手も足も出なかった。
この手の霊的な魔物は素材がのこらないのでハズレ扱いをして誰も討伐したがらない。そのため多くの依頼は教団に寄せられ、教会の戦闘要員たちが駆り出される。
俺は最初から今まで神父希望で通しているのに何故か戦闘要員枠に入れられていたので散々相手をさせられた。はじめこそ善良な霊もいたのではないかという葛藤もあったが今では倒すのにも慣れたもの。人に害をなすならそれすなわち悪霊である。
子猫は無事かと視線を落とすと、俺が倍の値段を払って買った串焼きが落ちていた。
「ハァ……いつ落としたんだろ」
戦う前に投げ捨ててしまっていた気もする。
戦闘に集中しすぎたな。
気を取り直して子猫を探し、しゃがんで様子をうかがう。
さきほどの墓地ガラスに殺されかけていたのだろうか。両目をくり抜かれており、威嚇すらできず鳴き声をあげる力すらない。
落とした串焼きを食わしてやろうかと思ったが、これではそれも叶うまい。
そもそもこの年齢の猫にはまだ固形の餌は早い気もする。
「誰も見ていませんね……?」
周囲を念入りに確認し、サイドパックから小型の治癒ポーションを取り出す。
これは俺の体液の入っていない純正の物。薬草よりは若干効き目がある程度のものだがそこそこの値がする。
「少ししみますよ。我慢してくださいね」
子猫をつかまえてその小さな体を俺の大きな体に寄せる。
加減を誤れば握りつぶしてしまいそうなほど小さく、体は異常なほどやせ細っていた。
「もう長くはないかもしれませんね……」
ポーションを適量振りかけて細かい怪我などの治癒はしたが目は治っていない。
「…………かわいそうに」
目の見えない子猫を見ているとどうしてもルカを思い出してしまう。
このまま放っておくべきなのだろう。しかし助けてしまうのは無責任だとわかっていても、両の手が届く範囲にいる子猫を見捨てる気にはなれなかった。
子猫の顔を口のすぐそばまで近づけて自身の涎を大量に垂らす。
尿を浴びせてやるのが効率もよいのだが万が一誰かに見られたら「死にかけの猫に小便をかけていた変態鬼畜の悪魔神官」とか言われそうなのでやめた。
「ニッ――ニー」
子猫は暴れる素振りを見せたが体力がないのか揺れる程度の抵抗しかしない。
それがまた助けを拒んでいたリリを思い出させてなおのこと放っておけなくなってくる。
「治るのにはもう少し時間がかかるでしょうけれど、これでもう大丈夫ですよ。あなたはいずれまた光を見ることが叶います」
情が湧いてしまった子猫の目やにだらけの目ものとをポーションで濡らし布で拭いてやるとパッと瞼が開く。
再生途中の目玉が膨らんできている途中で大変グロテスクな光景だった。
「あらーパッチリおめめの美人ちゃんでちゅねー」
目が治ったら俺のスイッチが入ってしまった。
「ニー」
「わー、お声も綺麗なんでちゅねー」
どうして人は可愛い動物を前にすると、声を高くして赤ちゃん言葉を使ってしまうのだろう。もうこれは遺伝子に組み込まれた反射的な反応としか思えない。
「きっさいやつニャ。おめーやっぱり変態だったニャ」
「ッ!?」
俺が裏路地に入った方向から不意に声をかけられて跳ねた。
見られた。聞かれた。
逆光になって見えないがそこには人が立っている。
「あっ、やっ、これは子猫ちゃんが魔物に襲われていたので! 私はいかがわしいことをしようという意図などありません!」
子猫にちゃんをつける必要もないのだが焦ってつけてしまった。
俺のような大男が猫を抱きながら言うと余計に気色悪い変質者にみえるから困る。
「はんっ、必死ニャ。変態はみんなそう言うニャ。自分が変態ですなんて喧伝するのは変態的な自分に酔ってるまがい物の変態。行動で語るおめーは正真正銘純度100%の変態だニャ!」
つかつかと歩み寄る人影。
見上げるとその姿には見覚えがあった。
ダンジョンではお世話になった長毛種の猫人、ティアス一味の一人シザラである。
「人型の女だけじゃ飽き足らず子猫まで犯そうとするなんて。極まった変態ぶりに言葉も出ニャいな」
「私は何もしていませんよ」
「まだ未遂でよかったニャ」
「まだとかそういうのではなく誤解だといっているのです」
弁明の余地はなさそうである。
しかしこれは千載一遇の好機。ティアスへの依頼をこのニャー子に頼もう――というのはこの状況では難しいだろう。なにせ子猫を性的虐待をおこなった変態だと思われているのだから。
「そんなのは最初から見てたから知ってるニャ。ニャーの好物の鳥串をぶん投げたときは子猫を食うのかと思って焦ったニャ」
「で、では信じてくださるのですか?」
「信じるもニャにも、おめーは魔物からそいつを助けてポーションをかけてくれてた。それでニャッているニャ?」
最初から見てたなら助太刀しろよ――とは言わない。
喋り方が独特すぎて一々考える時間が必要になるニャ。普通に喋ってほしいニャン。
「大儀である。褒めてつかわすニャ」
「あ、ありがとうございます?」
すっごい上からくるなこの人。
「まあいきなりキスをしようとしていたから後頭部を蹴っ飛ばしてやろうとは思っていたんニャけど。目の確認をしているんだとわかって許してやったニャ。ありがとは?」
「あ、ありがとうございます?」
俺が言うの?
言ってほしいとは思わないが俺が感謝するのも違う気がしてならない。
しかしどうやら唾液をかけていたのは角度的にも見られていないようだ。
裏路地で野良猫にキスをする変態というレッテルもはられかけたがそれも回避できた。
今日は一日イヤな想いばかりしたからか、その揺り戻しが来ているのかもしれない。人生悪いことばかりではないな。
「子猫を魔物から守るなんてなかなか骨のあるやつニャ。正直見直さざるを得ニャい」
腕を組んでふんぞり返っているシザラの後ろにはダンジョンでも見た直立歩行でブーツを履いた猫たちがついてきていた。
三匹の内訳はハチワレ、キジシロ、灰。
特にキジシロさんの白いお腹が可愛すぎて目が離せない。
顔を埋めてスーハーしたい。
「鼻息が荒いニャ。おめー発情してるんかニャ……? いっておくがニャーはおめーに抱かれるほど安い女じゃないからニャ」
こちらからお断りである。
お目当てはそこのキジシロさんだ。俺は小さくて可愛いものに弱いのだ。
体が大きいのでだいたいのものは相対的に小さくなってしまうが。
「姉御、恩人をそんな乱暴にあつかっちゃーいけませんぜ」
「この旦那はガキの命を救ってくださったんだ。義理人情に欠けたことはいっちゃならねーやな」
「どうもすまねぇな旦那。うちの姉御はどうも気が強すぎていけねぇ。気分を害したならこの通り――オレらが頭を下げるんでゆるしてやってくだせぇ」
一斉に頭を下げる三匹。
まとめて抱き寄せたい。
「あっ……っす」
でもなんか思っていたのと違う。声はふとくて可愛くない。
いやでもギャップがあって可愛いかもしれない。慣れてくれば余裕でスーハーできる。
「これ以上手間かけるわけにはいかねぇ。ガキはこっちであずからしていただきやす」
あっ、俺の子猫ちゃん……。じゃあかわりにハチワレさん抱いていい?
「最近はガキがこのあたりで襲われる事件が多発してやしてねぇ。オレたちも犯人探しに躍起になってたところ。そしたらどうだ、旦那がバシーンッと一発きめてくれてるじゃあねぇか」
「ありゃあ痛快だったな。感謝してもしきれねーや」
礼などいらない。どうしてもと言うならそこにならんでひとりずつ腹を吸わせてくれ。シザラは結構ですので。
「見直してやったついでに礼でもしたいニャ。でもおめーに礼なんてしたらティアスが怒りそうだから困ったニャー」
いや彼を怒らしてまで受け取る礼など結構ですよ。本当にいりませんから。
「姉御、仁義が廃れりゃこの世は地獄ですぜ」
「恩に報いてこその男道ってもんよ」
「旦那、遠慮せずになんでも言ってくだせぇ。姉御はこの通り面倒な性格をしてますが、根は筋の通ったイイ女なんだ」
根とかしらない。
筋とかしらない。
俺に遠慮のない暴言を吐く時点で面倒なだけである。
「遠慮せずにと言われましても、私は見返りを求めて助けたわけではありませんので。ティアスさんを怒らせるとあればなおのこと礼など不要ですよ。そこまで気を使ってくださらなくて結構ですから、お気持ちだけありがたく頂戴しておきます。困ったときはお互い様ですので」
「かぁー! 聞いたかいおめーら!?」
「こいつぁホンモンだ。ホンモンの男の中の男だぜ……」
猫ちゃんたちの評価がうなぎのぼりである。
なんとしてでも俺に絡んでやろうという気配をイヤな予感としてビンビン感じる。
「そう言われちまうとオレたちの恩義が宙ぶらりんだ。どうかオレたちの顔を立てると思って。オレたちのメンツをまもってはくれやせんか旦那」
「うーん参りましたね。では串焼きの一つでも買っていただければそれで帳消しということにしませんか?」
「みみっちいことを言いなさんな。そんなケチなもんじゃあこの大恩の返しにはなりもしねぇぜしゃらくせぇ」
段々面倒くさくなってきたな。
シザラはというとなんか誇らしげだ。
子分どもが仁義とやらを守るのが嬉しくてたまらないのかもしれない。
「ではそうですねぇ……。実は教会の神像が盗まれてしまいまして、今はその捜索を行っているところなのです。大して高価なものではないのですが、もう一つ用意をするとなると手間がかかります。できればそれを取り返したいと考えておりまして」
「失せ物の捜索かい!」
「それならオレたちにまかせてくだせぇ!」
「それで、そいつはいつ頃なくなったんで? 手がかりがあるなら全部仰っていただきてぇところだな」
乗り気な猫ちゃん可愛い。
シザラは完全に目を瞑っている。
これは猫人の敵意はありませんよーという合図だったか。飽きて眠っている可能性もあるな。
「昨夜に奪われてしまってそれっきりですね。憶測になりますが、盗んでいったのは以前に教会を隠れ家にしていた盗賊団の一味かと」
「あぁ、まぁたあいつらか……。まったく懲りもしねぇで」
「そいつぁ厄介なやつらに目をつけられたもんですわ」
「あいつらならやりかねねぇな。旦那には勝てねぇと踏んで、嫌がらせをしたんでしょう。弱きを挫き強きに媚びるを地でいくろくでもねぇやつらだからな」
「それならニャーたちで壊滅させればいいニャ。それが恩返しニャ」
シザラがカッと目を開けてとんでもないことを言い出したな。
「いえそれはすがに……盗賊団を壊滅させるなんて警備隊などの仕事では?」
「あいつらはどうせ動かないニャ。ニャーたちも腹に据えかねていたところだから、もう堪忍袋の緒はズタズタニャ」
ギリギリ切れてはいないんですね。ではそのままお直ししておいてください。
「そうと決まれば行くがはえー!」
「場所は知っているのですか?」
「いつでも討ち入りして潰せるように調べ尽くしてありやっせ。第一から第三拠点まで、その侵入経路も完璧に頭に入ってやす」
待ってほしい。
俺の望みは神像を取り返すことであって盗賊団の壊滅ではないのだが。
「なぁに、あんなハンチクども旦那がいりゃあ百人力よ!」
おや?
「さっきの戦い見させてもらいましたが、魔物を一撃で仕留めちまうあのバカげた膂力には同じ男として惚れ惚れしましたぜ」
何か誤解をしていらっしゃるようだが俺はいきたくないぞ。
盗品さえ帰ってくればいいのだから暴力的な解決は望まない。
「ティアスに勝って、あの氷みたいな女のエルが懐くほどの男ニャンだからニャーもそれなりには評価しているニャ」
「買いかぶりすぎですよ。私の戦力など微々たるものです。皆さんも討ち入りなどは取りやめて、情報の収集だけしてくだされば結構ですので。神像の再手配には面倒こそかかりますが唯一無二の二度と手に入らぬ品というわけでもありませんので。どうか無理だけはなさらぬよう――」
「ニャーたちも随分なめられたもんニャ! そんなに頼りなく見えていたなんてニャあ!」
「いえ、けっしてそのようなことはありませんよ。ただ無傷ではすまぬような大事に発展するのでしたら遠慮していただければと――」
「これでもニャーは貧民街育ちの現役探索者ニャ」
「姉御はマタタビ絶ちもできた女傑ですぜ」
それがどれだけすごいのかがわからないからどう反応していいかわからない。
とりあえず笑っておくか。
「へへ、結局旦那も血が騒いでいらっしゃるようで……。仲間だとわかっていてもブルっちまうぜ」
「おう、血沸き肉躍るってのを顔で体現してるな」
平和的な笑顔です。スマイルですよ。
「ゴチャゴチャと話すのはもう終わりニャ。考えるより先に動けがニャーたちの活動方針だニャ!」
考えなしの行動はよくないと思うなぁ。
「うっしゃあ! 討ち入りだぁ!」
「仲間を集められるだけ集めろ!」
「うーし、野郎ども旦那につづけぇ!!」
俺に続く? 俺が先頭なのは違くない?
☆
――みたいなことがあって貧民街まで足をのばす運びとなってしまった。
自分が原因で始まった手前、可愛い猫ちゃんたちと女性を盗賊団の拠点に向かわせておいて教会に戻るなんて真似もできるはずもなく。渋々ながら同行を余儀なくされている。
猫ちゃんズがそこらに声をかけて回っているらしく。ぞろぞろと集まってきた猫獣人たちはあれよあれよと言う間に五十人をこえる。
シザラと同じ人型の亜人種であるところの猫人も一人また一人と合流していき。最終的に百人を超えるかという集団となってしまう。
けっこな数が集まったところで、ちょうどいい木箱の上に座らせ、一人一人に挨拶代わりに俺の手と猫たちの鼻を合わせる猫人流の挨拶をされる。
だが挨拶だと思い込んでいたそれは、そんな生ぬるいものではなく親愛の情の証だと言う。
彼らにとっては強きボスの軍門に下るという意味が言外に込められていたと、挨拶が一通り終わってから知らされた。そういうのはちゃんと言葉にしてほしかった。わかっていたら拒否していたし自分たちの常識が世間の常識だと思うな。
「うちの若いのを助けていただいた上に、獣人をさらっては外の国に売っているあの盗賊団を退治してくださると聞きました。ぜひ俺も仲間に入れてください。やつらは妹の仇なのです」
「……はい。ともに頑張りましょう」
たまにこうして声をつかっての決意表明をされる方もいる。これぐらいになるともう手遅れで、気づけば団体様の一時的なリーダーというポジションにおさまってしまっていた。
☆
時は夕暮れ――。
「野郎ども! 絶対に旦那の恩に報いるぞー!」
「応ーッ!」
定期的に行われる鼓舞を目的とした号令。
叫ばれるたびに仲間が増えていって重なる声も大きくなっていく。
装飾された厚い板の上に豪奢な椅子が配置されており、そこに座らされて担がれながら貧民街へと連行される哀れな俺。加工場に連れていかれる羊の気分だ。
俺の横では猫人の基準では美しいのであろう毛並みの綺麗な女性がそれぞれ左右に一人ずつおり。大きな扇で暑くもないのに懸命に扇いでくれている。
街の人々から飛ばされる刺すような視線が痛いことこの上ない。
この規模になると誤解もくそもなく。次はどんな噂を流されるのか想像もつかない。街の人々にとって俺はどういう存在として映るのだろう。本当はただの神父なのに。
騒ぎを聞きつけて俺たちを一目見ようと集まっていた群衆のなかに見知った顔を見つける。
群衆の中でもひときわ目立つ強面は酒場のマスター。まるで花畑の中に立ち上がった熊がいたかのような存在感。一目でわかる異物感である。
そんなマスターに目で「助けて」とコンタクトを送ったが「話は聞いたぜ! やるときゃやると思ってたがよ。まあとにかく一発かましてこーい!!」と応援されてしまった。ロリ奥さんも肩車されてぶんぶんと元気に手を振っていらっしゃる。何かしらの怪我を負うことを期待していそうな悪い顔をしている。
子猫を助けただけなのにどうしてこんな目に合うのか。
☆
貧民街に着くと一目で荒くれ者とわかる怖い人たちの気配が増えた。
だが少しでも突っかかってこようものなら勇敢かつ勇猛な猫人さんたちが容赦なくそれを猫パンチで制圧していく。
幅の狭い石橋を渡るときなど問答無用で川へ放り投げられている者もいた。
暴力的なのはいけませんとたしなめても「へい、殺しはしていませんのご安心を!」と何にも安心できない言葉かえってくる始末だ。
そして迎えた第一拠点。
一見すれば二階建てぼろい民家。だが内部は民家のそれとは違い、盗品であろう品が乱雑に投げ捨てられるように置かれていた。
建物の地下室には複数の盗賊が潜伏している気配。
突然扉を蹴破って突入されたことで大混乱の盗賊たち。
シザラが先頭をきって戦いをはじめると、みなが一気になだれ込んで第一拠点は制圧完了。数の暴力の恐ろしさを知った。
第二拠点は町の離れの山の中。山菜や果実がとれそうなのでいつかは来ようと思っていたところに、木の柵で囲われた如何にもな雰囲気の漂う拠点が建てらていた。来なくてよかった。
そのたたずまいは盗賊と言うよりは山賊の根城である。
ここも第一拠点と同じようにシザラが先頭をきって戦闘開始。数にものを言わせた集団戦術で即座に殲滅してしまった。
結局神像はそこでも見つからず第三拠点へと移動。帰るための口実は完全に失った。こうなるともう最後までついていかなければならないだろう。
この地域の猫人たちは夜行性の気が強いらしく、夜になるにつれて興奮の度合いを増して人の数もぐんぐん増えていく。
第三拠点に到着するころには夜も更けてきたのでたいまつやランプを掲げている者もいる中、いつの間にか用意された「ロイズレッドファミリア」と書かれた大きな旗を振り。ラッパを吹いてドラムを叩き、明るくテンポのはやい歌などを陽気に歌って楽しげに行進している。
ここまでくると猫人や猫獣人の興奮は最高潮に達していた。
俺たちは無敵だ――そう言わんばかりの昂りを見せている。
最初は騒ぎを聞きつけて我々を取り締まろうとしていた警備隊が、シザラから事情を説明されると慌てふためく。「こいつらと合流しろ! 他の管轄のやつらにも手あたり次第に救援要請をだすんだッ! 急げよ、国の威信にかけても後れをとるわけにはいかん!」と、大変はしゃいでいらっしゃるご様子。
そこから重武装の兵士と騎馬兵がどこからともなく駆け足で合流。呼応するように槍を担いだ衛兵たちも集まり、「警備隊、お前たちだけにいいかっこはさせられないぜ」などと謎の対抗意識を燃やしている。こうして熱気あふれる暴力集団ロイズレッドファミリア軍団数百名は第三拠点を目指した。
これもう俺いらないだろ。
☆
――様々な種族の集まる群衆に囲まれて戦う巨漢が二人。
この宙を舞う大男と、剛腕を振るった大男が中心に描かれた絵のタイトルは『聖なる行進』の最終章である。
切っ掛けは瀕死の子猫の命を救うところから始まった。
町に巣食う賊の数々の蛮行に常々心痛めた聖ロイズレッド。
衰弱した子猫は一命をとりとめたものの、失われかけていた小さな命を目の当たりにしたことで激情を抑えられずにいた。
賊に苦しめらていた民の悲痛な声も後押しとなったのだろう。神父の身でありながら義憤にかられ「国も領主も救いを求める無辜の民を見捨てるというのであれば立ち上がろう――我に続け!!」そう勇ましき号令を高らかに叫んだという。
その行進はたったの五人から始まった。やがて猫人、猫獣人、衛兵、警備隊、さらには腕に自信のある町人たちまで混ざり。最終的には千を超える規模の軍団を作るに至る。
第一第二拠点の活躍はあまりにも有名。様々な作品として世に広まっているのでここでは詳細を書き記すまでもないのかもしれないが、あえて一言「圧勝であった」とだけ記しておこう。
そしてこの絵は最後の第三拠点の制圧の折、平原を跨ぐ街道へ逃げた賊の頭領と、追いかけた聖ロイズレッドの一騎打ちの場面を描いたものがこれだ。
最後まで無血での平和的な降伏を望み。忌むべき賊を相手にもその慈悲を与えんとしていた聖ロイズレッド。しかし愚かにも賊の頭領は、聖ロイズレッド御心を汲めず暴力での解決を選んでしまった。
この流れの詳細を伝える文献が少ないので定かではないが、猫人の口伝によれば聖ロイズレッドは「もうやめましょう」、そう涙ながらに訴えかけたとされている。
その猫人たちの伝承からも察せられるように、一騎打ちを選んだのは恐らく聖ロイズレッドであろう。他の者が血を流すのを耐えられなかったのだ。
盗賊団最大の拠点である第三の根城では多くの血が流れるのをみて、最後は自らの血だけで済まそうとしたという見解が現在の主流である。
そして光視のルカの絵に描かれている、街道の石床に刺さっているナイフは卑怯にも不意打ちをしかけた賊の頭領が投げたもの。
その詳細を伝えるのが以下である。
「――私が遅れてその場に到着したのは、下投げで放られるナイフが師の心の臓に突き刺さる瞬間であった。目にも止まらぬ速さのナイフに誰一人として反応できる者はいなかった。悲鳴をあげる者。息を飲む者。気を失う者。反応は様々だった。私も狂乱し、無意識に声を荒げていたように思う。だが師の心の臓にそのナイフが届くことはなかった。その投擲されたナイフを二本の指で受け止めておられたのだ。今にして思えば、雨を躱して濡れずに移動できると冗談めかしに語っていた師であるならば、あの程度の投擲は容易く躱せたのだろう。だがそうはせずに自分の死も厭わずに武の極致を披露したのは、師の後ろには守るべき多くの弱き者たちがいたからである」
以上、光視のルカの手記より抜粋――。
ともに立ち上がった者たちすらも弱き者として守護する聖者となるに相応しき振る舞い。このとき聖ロイズレッドはまだ20歳であった。
ナイフを胸先で止めるなどという曲芸じみた技が本当に可能なのかは学者たちも首を捻るところ。それが奇跡だったのか、それほどの武術の達人であったのかはわからない。わかるのは聖ロイズレッドは一つの傷も得ることなくたったの一撃で賊の頭領を打倒したという事実だ。
筆者が調べたところ、現代の格闘イベントでも一撃で勝負が決まるというのは非常に珍しいという話である。一定以上の体重差と実力差。積んだ鍛錬とほんの少しの運の差で発生する珍事であると。
炸裂したのは剛腕一閃。別の手記には樹齢千年の丸太も己の密度を恥じて爆ぜてしまうとも評された、極太の腕によるラリアットでの決着とされている。
これがかの有名な固有魔法。聖ロイズレッドが得意とした「アックスボンバー」の初出である。
宙を舞う頭領はこのあと数回転したのちに腰から落ちて、その時には既に気を失っていた。
「――それは狙いすました、狙い通りの一撃であったのは間違いない。斧を振るかのような鋭い一閃。火山が噴火したのかのような爆発音。生かさず殺さず無力化する。暴力を極端に嫌う師が、無血での制圧を望んだうえでの苦肉の策であった」
このように光視のルカの手記によると、驚くことに聖ロイズレッドは一撃での決着をはじめから狙って実行したのだという。
それも相手の賊は聖ロイズレッドに勝るとも劣らぬ巨漢であったと記されている。
同じ階級の大男相手に、狙って一撃で昏倒させるなど不意打ちでも仕掛けなければ不可能な芸当である。
この辺りの逸話も聖ロイズレッドが戦神として崇められ、今もファイターたちの間では強い信仰を集めているゆえんだろう。
聖ロイズレッドは打ち倒したその頭領に、涙を流して祈りを捧げていたと言う。
今では手軽に入手できる治癒ポーションだが、当時は非常に高価なものだったとされている。その高価なポーションを迷いなく振りまいて頭領を癒したという。
最後に光視のルカはこう結んでいる。
「我が最愛の姉にして敬愛する第二の師、聖母様は、師のあまりの勇ましさと民を想う気持ちに胸を打たれておられた。口数の多くはない彼女が、この世全ての愛の言葉を口にし。熱に浮かさてたかのように、歌い上げるように、陰ながら想いを告げ続けていた。私の作曲した『真愛の熱』の詞は、その時の彼女の愛情深さから着想を得たものである。聖母様は師に、より一層の愛を誓っていらした。私もまた憧れをより強固なものとし、師のようになりたいなどという、今に思えばおこがましくも傲慢で浅はかな夢を抱いてしまうに至る――」




