23話 志望動機 オネショタが映えそうだから
ダーリンが朝食を済ませた後に探索者組合にいってしまった。寂しい。ヤダ。ダーリンの匂いが薄れていくのがつらい。同じ空間じゃないと息がしづらい。
でも私はルカの面倒を見る約束をしていたので、ルカの姉としての責務をしっかり全うしようと意気込んでいた。
ルカは庭の掃除をするからと外に出たので私もついていく。しばらく暇かと思ってダーリンとの四十八手連続合体を妄想しようとしたら、ルカは恐ろしい手際で終わらせてしまい。庭には鳥の糞も落ち葉も何一つ落ちてない綺麗な状態を作り出してしまった。
まだ十手目までしか妄想できていないのにすごいはやさだ。
「お姉様」
「ん?」
「あの、守られてばかりではお二人の足手まといにしかなりません。ボクはそれを許容できません……。お姉様は一等の探索者だと聞き及んでいます。ですのでどうかボクに戦いの指南をしていただけないでしょうか」
「ん。いいよ」
人に教えるのは初めてだけれど、ダーリンとの間にできた子供にもこういう日が来るかもしれない。予行練習させてもらおう。
「えっ、いいのですか? そんなあっさり?」
「うん、自分の身は自分で守れないといざというときに困るからね。私が守るだけじゃルカの今後のためにもならないだろうし。それにダー……彼に憧れているんでしょ? その気持ちに蓋はできないよね」
「お姉様……ありがとうございます……」
ルカはよく泣く。ダーリンもよく泣く。この家族の男は涙もろい。感受性豊かだね。
「それじゃあ何から教えよう。剣かな、槍かな、盾かな、弓かな」
「なんでもできるんですね……でもボクは、ま、魔法を覚えたいです!」
「魔法かぁ……教えられないこともないけれどね。それなりの素養が必要だから、ルカに魔法の素養がなかったらどんなに頑張っても覚えられないよ」
「じゃあ素養があるかを確かめていただきたいです!」
「まあそれはそうだね」
まずは魔力の有無を確認するためにルカの頭に手を乗せる。
ダーリン以外の男に触れたことを心の中で謝る。「ごめんなさい……アナタ」と。
なんでかオノドリムが好んで話していたNTRの記憶が呼び覚まされた。
「魔力量は……うん十分にあるね。この歳でこの量なら世界一の魔法使いにもなれるかも」
「そんなご冗談を。あはは」
冗談じゃないんだけれど、それはそのうち本人が自覚するだろう。
「じゃあまずは初歩の初歩。魔力がどこにあるかを感じてみよう。お腹の下らへんにもやもやしてるのに固いものがあるはずなんだけれど、それを感覚でわかるかな。これを熱くできれば火の素養。冷たくできれば水の素養。できないなら別の素養があるかもしれないから、個別の方法で確かめるよ」
これをつかむのに普通は早くても半日はかかる。私は感覚がないのでとても苦労して一週間もかかった。
「お腹の下に魔力がある……うぅーん」
子育てってこんな感じなのかしら。
ダーリンとの子供を育てていると思うとどうしようもなく下腹がじくじくと疼く。
「疼く……?」
疼くのはおかしい。精霊が感覚を奪っているはずなのだから。
ねぇ、さぼっているだろ精霊。契約の穴を突いて感覚を奪えないようにしているでしょ。そこまでやるなんて汚い精霊だね。
『お願いします、もう性的な興奮の系統はイヤなの。感覚はお返ししますから私との契約を解除してください! 朝からあんなに興奮されたら身が持ちません! なんで触れられてもいないに絶頂するんですか!』
うるさいな。好きなんだから当然でしょ。
『でもだからって見ただけで目でイクのはおかしいですよ! 涙が噴射して干からびるかと思ったんですからね! さっきも叫ばれただけで耳でイッてるし……匂いを嗅いで鼻でも! 挙句のはてには数分の妄想だけで何回も!』
あんなに素敵な感覚のなにがそんなに嫌なのか。精霊は恋を知らないんだね。
『うちは実体がなくて感覚しかないから、あなたよりも感じ方が数千倍も数万倍も激しいの! このままじゃ光の精霊になっちゃいます!』
闇の精霊が快感で転じると光の精霊になるのはちょっと面白いね。
『面白くないんですよ! これはアイデンティティの侵害なんですからね! 世界を敵に回すような許されざる悪徳ですから!』
なら精霊警察にでも通報して私を逮捕してもらえばいい。
全員まとめて契約してあげるからかかってきなよ。
『キィー! できたらそうしていますよ! できないからお願いしているんです!』
いつまでもうるさい精霊をシャットアウト。
まだ扉を叩くような音がするが無視である。
「あっ、これかな? でも熱くもなるし冷たくもなりますよ?」
「あっ、じゃあどっちも使えるやつだね。けっこう珍しいよ」
もう感覚掴んだんだ。こりゃ天才だね。
「本当ですか!? やったー!」
ふふ、喜んじゃって。
私も嬉しくなってしまうじゃないか。
「じゃあ次は……基礎五行だから木と土と金の確認だね」
☆
結論から言うとルカは金と土以外の三属性を使えた。
金と土はドワーフやエルフなどの自然に近い種族の専売特許みたいなものなので使えなくて当然であるとして、ほか三つを操れる人間というのは並みではない。
「すごいねルカ。君は天才だよ」
「そんな、きっと世の中には上には上がいますよ。ロイズレッド様にはその上がありませんけどね」
「わかる」
ダーリンより上って何? 外宇宙? 6次元? なんか概念の話になってくるね。
念のためルカには番外の光と闇の確認しておこう。
「ちょっと待っててね。いま精霊と話すから」
「せ、精霊とお話を!? お姉様かっこいいです……すごいなー」
精霊、ちょっと出てきて。
『き、気持ちいことしませんか?』
しないしない。
今はダーリンいないから。
『ち、ちょっと、考えるだけで感じないでくださいよ!』
あなたが想像させたのだから自業自得でしょ。
『だからってこの数瞬に前戯からの性行為までのワンセットをノータイムでいくのはおかしいって言ってるんです!』
うるさいなぁ。
本気出すよ?
『ごめんなさい。静かにします』
ちょっとルカの魔法適性を見てほしいんだ。
『あの将来有望そうな美ショタのですか? いいでしょう。特別に見て差し上げますよ。あの少年は間違いなく美青年に育ちますから覚えておいてくださいね』
なんか偉そうなのが腹立つんだよなー。
『光の適性はほとんどありませんね。皆無と言うわけではないですが、それも人の影響を受けている印象で、自分由来の光ではなさそうかな。たぶん異常なほどの光を放っているあの大男の影響ですね。闇はぁ……なにこれヤッバ……』
反応から見て相当に闇の適性があるらしいね。
『察しがいいですね。もしかしたら今の光化しかけているうちよりも闇が濃いかもしれませんよ』
そうなんだ。よかったじゃん。
『いやいや何を暢気な。精霊と同じレベルの闇ですよ? 人の体で抑え続けるのは難しいと思いますけど』
そうなんだ。まずいじゃん。
『このまま放っておいたら世界の光と闇のバランスが崩れてしまうかもしれません』
ふーん。
『だからなんでそんなに他人事なんですか……?』
子供はのびのび育てたいから。
『のびのびしている間に世界がほろびるかもしれないんですよ?』
それをルカが望むならそうなればいいよ。
『誤った道に進んだら止めてやるのも親の仕事です』
男も知らない処女精霊の分際で教育論を語るなんて片腹痛いね。
『処女は関係ないもん……教育は学問だもん……』
はいはい。
でも私とダーリンが地に足着いた生活を送れなくなるのは見過ごせないね。
『痴に足着いたの間違いでしょ。どこまでも自分本位なひとですね。世界のためではなく自分の性欲を優先しますか』
私はダーリンの次に自分が大切だからね。一位二位が危機とあらば動かないわけにはいかないよ。
『それで、大切な人を守るためにどうするおつもりなんですか』
精霊が見張っててよ。
『えっ? うちがですか?』
うん。契約を結んでルカについてあげてほしい。定期的に闇を吸い上げていればあなたも闇を維持できるし、ルカも闇に染まらない。
利害は一致してるでしょ。私の喉が渇いたときにダーリンが尿意を催している――それと一緒。
『いいんですか? あなたから離れますよ?』
べつにいいよ。いらないし。
最初はこわかったけれど、やっぱりダーリンのすべてを受け入れたいから感覚が薄いのはちょっとね。
なんかバッチリ避妊した性行為に挑んでおいて子供を欲しがるみたいな矛盾を感じるんだよね。
『……ッシャー!! ヨシッヨシッ! 美ショタきたぁあ! 生きててよかった! 光にならないでよかった! ドМの変態異常性欲敏感エルフに我慢して付き従っててホントによかったぁー! この日のためにうちはうまれてきたんだね!』
そんなに喜ばれるとさすがに腹がたつね。
ダーリンには見向きもしないくせにルカを性的に見ているのもとても気持ち悪いし。
腹も立つけど悲しいよ。私たちの間に絆はなかったのかい。
『ないですね。契約してからずっと痛いのばかり味わうかと思えば、今度はイカれた量の快感にハマって……絆などありませんよ!』
ふーん。腹立つから契約解除やーめた。
『あります。二人の間には確かに強固な絆がありました。わかれたくないから涙が止まりません』
まあどうでもいいけどね。
お互い便利に利用し合っていた関係だし。
『関係の認識にひどい齟齬がありますね。私が一方的に使われていただけですよ……? あなたは食にも拘らないし気持ちいこともしない。したと思ったら馬鹿げた量の快感にハマるし。私は痛い思いしかできないのに、あなたは私の精霊術でお金を稼いだりしてましたよね?』
もうそういうのいいじゃん。
面倒くさいなぁ。
『…………』
契約解除の前に一つ注文があるんだけど。いいかな。
『なんですか。内容にもよりますよ』
契約の内容を私のときみたいに感覚の共有ではなく闇の提供にしてあげてほしいんだ。
『それは願ってもない契約内容ですね。そうしましょう。もう気持ちよすぎるのも痛すぎるのもイヤです。一生の何十万倍は味わいましたから』
じゃあそういうことでよろしく。
「闇の精霊がね、ルカとどうしても契約したいんだって」
「や、闇ですか? 嬉しい申し出ですが、それは恐ろしいのではないのでしょうか……ロイズレッド様に嫌われたりしませんか?」
「扱い方次第だね。闇は暗くても根底にあるのは悪ではないよ。人の基準では暗闇は恐れるものだけど、闇に生きる生物もいるでしょ」
夜はいっぱい可愛がってもらえるしね。夜最高。
「そっか……言われてみれば怖くても悪ではないですね。あっ、ロイズレッド様の多角的にものをみるという教えと同じ視点を持てばいいんですね!?」
「うん、ダー……彼の見方だね。素敵だよ」
「はい! あの教えのお陰で今の僕があります!」
いい子だ。ダーリンの教えを忠実に守る実にいい子。
こんな子をあのアホに預けるのは気後れするけれど、いないよりはましだと思うしね。
「じゃあしばらくしたら精霊から契約を求められると思うから。イヤだと思ったら断っていいからね。そしたら精霊はまた別のところに彷徨っていくと思うから」
人に依存する精霊は人がいないと最悪は死ぬけど、それも運命だよね。
『うちは美ショタの飼い精霊になると決めました。どんな姑息な手を使おうとも契約してくれるまで頑として粘りますよ』
そういうところあるよね。
「精霊はけっこうしつこいかもしれないから覚悟してね。イヤなときはイヤってちゃんと言わないとだめだよ」
「はい! なんかドキドキしてきました。精霊かあ……かっこいいのかなぁ。どんな見た目なんだろう」
「闇の精霊の見た目は羊の頭蓋骨だったり、人骨だったすることが多いね。基本的にひとの根源的な恐怖を刺激する見た目を好むんだ。根暗だから」
「こ、こわいですねそれは。なんかしり込みしてしまいそうです。夜に急に出てきたりしたら……うん、怖い」
『…………』
それじゃあ契約を破棄するから。あとは好きにして。
ルカになにかあったらダーリンと一緒に祓うからね。
『彼は私にお任せください。必ずや美ショタを数々の魔の手から守りヌきます』
魔の手はお前なんだよなー。
☆
契約を破棄すると精霊が誰の眼でも確認できる状態になり、ルカと私の丁度真ん中に漂う。
精霊はついさっきまで羊の頭蓋骨にもやがかった体と、黒い儀式的な服をまとっていたのに、今はとんでもない長乳で妖艶な女の姿になりやがった。
口元と胸には一か所ずつホクロをつけて。大人らしさを前面におしたいのか額を見せたウェーブのかかる跳ね上がった前髪。前から見れば裏側は青だとわかるが、別の角度からは黒く見える奇抜なロングへア。前髪以外がストレートなのも性的嗜好の押し付け感がある。
子供には刺激の強い胸の開きすぎたロングドレスは、すらりと伸びた肉感のあるラインをこれでもかと強調している。多分下着もつけていない。
片手には何のためかわからない金の天秤。もう片方の手には豪奢な杖。頭の上には幾何学的な輪。背景にはガチャガチャと動く意図不明な謎の歯車。子供がこういう不思議なアイテムをもった超存在に弱いのを熟知している。
属性をてんこ盛りにしてルカを本気で堕とそうとしているのが伝わってくる。
ダーリンに夢中な私ですら本気で引いてしまって言葉が出ないほどのヤル気に満ちている。
『あなたがわたくしの新しい契約者様ですの?』
喋り方もかえていやがる。しゃらくさい真似を。
「あ、あの、ボクはルカと申します! ロイズレッド様につけてもらった大切な名です!」
精霊はにこりと微笑む。口の端から涎出てるよ。
馬脚を現すのが早すぎる。もう馬脚が見えすぎて馬でしょこれ。
「お、お姉様お姉様……」
「ん?」
小声で私を呼ぶのでしゃがんで耳をかしてあげる。
「ま、まさかこんなに美しい人が現れるとは思わなくて……そ、その緊張して上手くお話ができません。このあとはどうしたらいいのでしょう?」
ルカが私にだけきこえる声で話すが、精霊にもちゃんと聞こえているので口角が震えて涎が飛んでいる。汚いなぁもう。
「気にいったのなら契約内容を確認して契約を結べばいいよ。イヤだったら放流」
「イヤだなんてとんでもありません。こんな美しい方がボクについてくださるなら光栄この上なきですよっ」
精霊は表情をつくるのに限界がきたらしく、空を見上げて舌先を出している。気持ち悪いやつ。
でもダーリンに同じこと言われたら私も同じことしそう。いやしてたかも?
「わたくしと契約を結んでくださるのならば、この身体と心、隅々まであなた様のものとなりましょう」
精霊警察が存在しないのが悔やまれるね。
こんな生きた性犯罪黙示録みたいなやつを野放しにしておかなければならないなんて。
「その、契約の内容はなんでしょうか?」
でもルカはしっかりしていてよかった。
ちゃんと契約内容を確認している。私のときとは違うね。
弟くんが立派でお姉さん安心。
「私があなた様の闇を貰いうけ、あなた様は私を自由に使役できますの――そういう契約でいかがでしょう。あなたほどの闇をいただければいずれは受肉して夜の伽も可能でしょう」
こいつ子供に何を吹き込んでいるんだよ。
それに使用に制限を設けないなんて私のときより格段にいい条件じゃないか。
契約のときにプラスアルファを仕込むのも実に汚い。本当に手段をえらばないつもりなんだ。
「夜の伽……? そ、添い寝ということでしょうか?」
「……そうですわ?」
嘘だ。絶対その先までするつもりだこいつ。
私にはわかる。だって私が精霊でダーリンが契約主なら同じ手を使うもん。なんだかんだと長く一緒にいたから手に取るようにわかる。
「じゃあ悪いことはしないんですね?」
「もちろんでございますわ。契約主様に害をなし、万が一死なせてしまえばわたくしも野に放たれてしまいますもの。そうならぬためにも精霊は主を守るものなのですわ」
性加害も害の一つだよ。ルカが拒絶したらそれまでだけどね。
「うーん……あの、これでいいですかお姉様? ボクには難しくて細部までは理解できませんでした」
「いいと思うよ。何かされてもイヤならイヤって言えば何もできないから」
「本当にイヤな場合の二人だけの合言葉、セーフワードを作りませんこと? イヤよイヤよも好きなうちという言葉がありますので反射的に出てしまったイヤもありますからね」
ノリノリだなこいつ。
契約に妙なものを織り交ぜて、絶対に性交するぞっていう強い意志を感じさせる。
せめて自分で選択できる大人になるまでは待ちなよ。私はダーリンにルカの守護を任されているんだから、大人になるまではなにがなんでも阻止するからね。
☆
精霊は栄光を勝ち取った。
ルカは闇の精霊と契約を結んでしまった。
私に邪魔をする権利はないので聞かれたこと以外の口出しはできずに、ルカを魔の手に差しだしてしまったのだ。
ダーリンに怒られたらどうしようといまさらになって恐ろしくなってきた。
でも風が吹くと、肌が涼しいと感じて、その懐かしい感覚に気持ちが流されてしまう。
なんかダーリンは許してくれる気がする。この風のように爽やかに笑って。
「精霊の使い方は簡単だよ。頭の中で念じればできることをやってくれる。できないことはやってくれない」
「あ、あの精霊さんは頭の中でずっと喋っています。ボクの好きな食べ物はなにかとか、好きな女の子のタイプとか、そういうのをずっと……」
「なれてきたら頭の中で蓋ができるから今のうちに練習しておくといいよ。私は狭い部屋に放り込んでた」
「それは悪い気がします……。上手く付き合っていく方法を模索してみますね」
放っておいたらノイローゼになるよ。そいつうるさいから。
こうしてルカに精霊がついて、魔法の練習も始めた。
精霊はもう半分ぐらい受肉できたらしく私にも見える。
座りながらルカを眺めては、魔法が上手くいくとパチパチと優しい拍手を送ってあからさまに好感度をあげにかかっている。実に鬱陶しい。
昼を過ぎて、夕方になってもダーリンが帰ってこない。
もうダーリン成分が枯渇しているので早く会いたい。早く吸いたい。早く抱かれたい。
夜になっても帰ってこないので、二人して焦燥感にかられ勢いのまま探しに行くことにした。
街の方々で聞き込みを続けているとすぐにダーリンがどこにいるかわかった。
ダーリンは貧民街にある盗賊のアジトに向かったそうだ。
最初からそのつもりだったのだろう。
自分が頼りにされていない気がしてチクリと、はっきりと胸が痛んだ。




